第2話 君のこと知りたい

僕は1人の人間のために作られた存在。

僕はその人と一緒に住むことになった。



「あなたの部屋、空いていると言ったけれど少し散らかっていたから片付けてくるわ」

完全にあの部屋の事忘れていた。あの部屋にあるものどうしよう。

「僕も手伝うよ」

彼はそう言って私についてきた。

そして彼は部屋に入って行った。

「この部屋にあるのって全部絵?」

彼は部屋を見渡しながらそう言った。

部屋には風景や人間などが描いてある紙が散らばっていた。

「そうよ」

この部屋こんなに汚かったんだ。しばらく入ってなかったから全然知らなかった。普通に汚い部屋見られるの恥ずかしいな。

「全部君が描いたの?」

「…そうよ」

「すごいね!!色んな絵があるよ!!」

心做しか彼の目がキラキラしているように見えた。彼は部屋に散らばっている紙を全部拾った。全部拾って全部見た。

「そんなに見ても面白くないと思うけど」

「そんなことないよ!!面白いよ!!君すごい絵が上手いんだね!」

彼は私の絵をマジマジと見ていた。彼のおかげで床が綺麗になった。

「それ、いらないから捨てておいてくれる?」

「えっ!!捨てちゃうの?勿体ないよ!!」

「だっていらないし。そんな出来損ない取っておいても意味が無いわ。完璧じゃない絵なんていらないわ」


完璧じゃない絵なんていらない。

不完全の出来損ないなんていらない。


「僕には出来損ないには見えないよ。全部素敵だから。いらないなら僕が貰ってもいい?」

私は彼の言葉が理解出来なかった。なぜ出来損ないを欲しがる?出来損ないになんの価値もないのに。でも彼が欲しいというのなら、私は彼に出来損ないの絵を彼にあげた。

そしたら彼は喜んだ。

「へへっありがとう!!僕すっごく嬉しい!!」

「そう。それなら良かったわ」

私は出来損ないにも役に立つことがあるんだなと思った。

その後雑巾がけをして部屋を綺麗にした。

そして彼の生活に必要最低限なものを買いに行くことになった。

行きの道での会話で私が絵を描いて生きている事を言った。

彼はそれを応援してくれた。

『君の絵はすごく素敵だ。もっと沢山の人に見てもらって評価されるべきだ』と

こんなこと言われたのいつぶりだろうか。

私が小学生の頃コンクールで賞をとった時両親に言われた時以来かもしれない。


それ以降の称賛は全部嘘に聞こえていたから。


買い終わったあとの帰り道で彼が

「ねぇねぇ君は絵を描くのが好きなの?」

こう聞いてきた。

「さぁ…どうなのかしらね。自分でもよくわからないわ。昔は好きで描いてたんだけど今は…今は……わからないの」

私は最近絵を描く楽しさが分からなくなっていた。

「そう…なんだ。でも昔から好きで今も続けてるってことは好きってことなんじゃない?」

「そうなのかもね。そういう事にしておく」

「ねぇねぇ!!僕、君の事もっと知りたい!君の事教えて!」

彼の目がまたキラキラしているように見えた。

「教えてって言われても…教えるほどの価値のある人間じゃないわ。私なんて」

私が最後まで言い終わる前に

「そんなことないよ!!生きてるだけで価値があるよ!」彼は食い気味でそう言った。

「この世に生を受けて、絵を描き続けた君の人生が価値のない人生なわけないよ。自分の好きな事を見つけて、夢中になれるコトを見つけて、それに一生懸命になって、打ち込んで、頑張ってきた君の人生が価値のない人生なわけないよ。価値のない人間なんていないよ。君という存在が生きてるだけで誰かが幸せになってるんだよ。君を大切に思ってる人はたくさんいるんだよ。だから価値がないなんて言わないで」

彼には私がなんと言おうとしたのか分かっていたようだ。

でも

「私のこと大切に思ってる人なんていないわ」

心の声がポロッと出てしまった。

「そんなことない!!僕が大切に思ってる。僕は悲しそうな顔で寂しそうな顔でそんなことを言う君を幸せにしたいと思ってる。僕は何があっても君のそばにいるって、君を幸せにするって決めたんだ」

彼の目はまっすぐ私の方を向いていた。

私はそんな彼の目を見ることが出来なくて彼から目を逸らした。

その後家に着くまで気まずくて何も話さなかった。


家に着くと彼が

「さっきはごめん。少し感情的になりすぎちゃった。今度からは気をつけるから」

彼は少し怯えているようだった。

おそらく自分が捨てられるんじゃないかと恐れているのだろう。

「別にいいと思うわ。感情的な方が人間らしいと思わない?」

「ホントに?でも僕…君を傷つけていたらって思うと…」

「大丈夫。傷ついてなんかないわ。むしろ嬉しかったわ。あなたがそんなに私のこと思ってくれていなたなんて。あなたの感情というか私に対しての気持ちはデータとして組み込まれていると思っていたから…それとも本当にデータなのかしら?」

「データなんかじゃないよ!!僕の感情も君に対しての気持ちも全部データじゃないよ!!僕自身のモノだよ」

彼の目が私に対してまっすぐで嬉しかった。こんなにも私のことを見てくれる人は初めてだったから。

「ねぇもっと君のこと教えて」

彼にそう言われ私は自分の事を話し始めた。

「私はどこにでもある普通の家庭に生まれたの。私は本を読むのが好きだった。知らないことを知るのが楽しかった。私はその中で絵の世界に惹かれたの。絵のことが色々書いてある本を積極的に読むようになった。私は絵を描くのが好きになった。絵を描くのが楽しくて楽しくて小さい頃はずっと絵を描いていた。もちろん今もだけど。でもどれだけ絵を描いても誰も見てくれなかった。両親も親戚も周りにいた人は誰も見てくれなかった」

そう。

私の絵を見てくれる人はいなかった。


あの日までは


ある日私はコンクールで賞をとった。初めまして応募したコンクールで私は最優秀賞をとった。その時すごく嬉しかった。周りの人間が次々と私の絵を褒めた両親も褒めてくれた。私は賞をとったら【見てくれる】そう思って沢山コンクールに応募した。そして賞をとり続けた。褒めてくれる人が増えた。私の絵を見てくれる人が増えた。

『君には才能がある』『天才だ』

そんなありきたりな言葉が嬉しかった。

それが嘘の言葉とも知らずに。

ある日家に知らない大人達がいた。その人達達は両親と話していた。

『あなたの娘さんの絵は素晴らしい。是非売っていただきたい』

その中にいた男が言った言葉。

『是非私にも』

そう次々と大人達が両親に行った。

両親は困った顔をしていた。

そんな中で1人の男がこう言った。

『そうだ。たくさん絵を描くのは大変だ。娘さんが描いた絵をコピーして色んな所に売るのはどうですか。コピーすれば沢山描く必要ないですし、娘さんの絵は本当に素晴らしいのでいくらでも売れると思いますよ』

その話を聞いて両親は少し2人で話し合いたいと言って席を外した。

すると

『よくそんなこと思いつきますね。彼女の才能を評価しているから沢山の人に見てもらいたいのですね』

1人の女性が先程の提案をした人に言った。

『才能を評価?そんなわけないじゃないですか。金さえ手に入ればなんでもいいですよ。才能があろうがなかろうが金になればいいんですよ。才能があるんじゃなくて金になる絵をかけるだけですよ彼女は。それにあんな絵誰でもかけるでしょ。所詮は小学生が描いた絵ですし』

彼はそう言った。

その言葉を聞いてそこにいた人間は全員頷いていた。

そう。彼らはお金のことしか考えていなかった。

『金さえ手に入ればいい』『誰でもかける』

彼の言った言葉は全て私にナイフのように突き刺さった。小学生だった私は、大人の汚さを知らなかった私は、深く傷ついた。

言葉は凶器であるとそう思った。

そして両親は彼の提案に乗った。両親も金の事しか考えていなかったようだ。あの日以来称賛の言葉は全部嘘にしか聞こえなくなった。褒められても、あの時のことを思い出して全部嘘に聞こえる。ただそれでも私を【見てくれる】ならと思い絵を描き続けた。それに何を言われても私が絵を描くのが好きなのは変わらなかった。

でもそんなある日、完璧な絵を描き続けろ、出来損ないの絵を見せてくるな、完璧だけを求めて絵をかけ、と両親に言われた。

私は両親の言う通り完璧だけを求め続けて絵を描いた。不完全な出来損ないはいらない。気に入らなかったら何度も描き直したし両親に描き直せと言われることもあった。

私は絵を描く楽しさが分からなくなっていた。今まで完璧じゃなくても自分の描きたいものを描いていたから。自分の世界を描いていたから、完璧に縛られて楽しさを忘れた。それは多分今もそうなんだと思う。

私が中学生になる頃に私の絵は色んな美術館で飾られるようになった。私は色んな絵を描き続けた。風景画も人物画も他にも色々。やがてこういう絵を描いてほしいという依頼が来た。私は生きるために依頼を受けた。私は自分の存在意義を見出したくて、私の絵を心から見てくれて、私を見てくれる人がほしくて、色んな人と出会えばいつかそんな人に出会えると思って依頼を受けた。最近は依頼が増えてきている。ゲームのキャラデザや小説の挿絵などなど。色んな依頼を受けてたくさん描いた。

でも誰も私を見てくれなかった。

見ているのは私の絵の値段だけ。私が描いた絵を見て『すごい』と口だけで褒めてきっと頭の中は金のことばかり。

誰も私のことを見てくれない。

両親もきっと私じゃなくて私の絵にしか興味が無い。

私のことなんかどうでもいいと。


私は今まで誰にも言ってこなかったことを彼に話してしまった。

胸が苦しくなった。昔のことはなるべく思い出さないようにしていたから。でも彼は私を見てくれる。だから私のこと知って欲しかった。昔のことを話している時は辛かったけど話終わったらなんだからスッキリした。

すると彼は私にこう言った。

「ずっと誰にも言えなくて辛かったよね。大丈夫。僕は君のことちゃんと見てるよ。君の絵を心からすごいと思うし君のこともすごいと思う。今までずっと何も言わないで描き続けてすごいなって。これからは僕にちゃんと話してね」

彼の言葉が私の心に響いた。

心に突き刺さったナイフが消えた。

心が軽くなった。

「本当に私のこと見てくれる?」

私は泣くのを我慢しながら彼に言った。

「うん。もちろん」

彼は笑顔でそう言った。

私はその言葉で泣き崩れた。

私はその後も泣き続けた。

泣いて、泣いて、泣きじゃくった。

彼は優しく私のことを見守ってくれた。そばにいてくれた。私が泣き止むまでずっとずっと。


彼女はたくさん泣いた。

きっと今まで誰にも本音を言えず辛かったんだろう。やっと言うことができて心が落ち着いたんだろう。

僕は彼女じゃないから彼女がどれだけ辛かったかはわからない。でも泣きたい時は泣くのが一番だと僕は思った。だから彼女が泣き止むまでそばにいた。

ずっとずっと。

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