第33話 雨男

2017年3月4日-


人に迷惑がならないように、死に場所を探すことがこんなに難しいこととは思いもしなかった。グーグルで捜し回った結果、八王子市にあるこの城山に決めた。

日付が変わった瞬間に、執行されるかもしれないので、昨日の夕方に山頂まで登って来た。

東京の街が見渡せることができ、この中のどこかで優子さんがいると思いながら、その時を待てることが、ここに決めた最大のポイントだった。


高尾山と違って、この城山の山頂には誰もいない。いや、僕を殺すために、ななしの組織のメンバーが潜んでいる可能性はあるが…。

僕がマサムネだったと言っても、それでななしの組織が残酷な死刑を見逃してくれるとは到底思えない。


それにしても、棒倒し合戦の後に行われた、聡さんの反省会はおもしろかったなあ。特に罰として、聡さんがファンタスティック肉女魂の曲を踊った時は、最高に盛り上がった。

その夜は、危険人物罪の賛成派と反対派がお互いの健闘を讃えあって、一緒にお酒を飲み交わしている様子がテレビで放送されていた。皆、楽しそうに笑っていて、日本中に爽やかな風が吹いているようだった。


優子さんと聡さんは仲良く一緒に暮らすようになってほしいな。

千里ちゃんは、きっと素敵な女優さんになるんだろうな。

楓ちゃんは、自分を責めないで子供らしく生きてほしいな。

鈴木さんが研究していたカツカレーを食べてみたかったな。

吾郎さんと麻美さんの親子は、もっと素直になればいいのにな。

高科さんは、またNHKに戻ってきてくれるといいなあ。


棒倒し合戦の翌日、総理大臣の前島が危険人物罪を次回の国会で成立させると宣言した。事実上、危険人物罪が成立したようなものだった。

楓ちゃんが眠った後も、朝まで反省会を続けていた僕らは、そのニュースをかつ日和で一緒に見ていた。

危険人物罪が必ずしも悪い結果を生むとは限らないから、僕らは抵抗しようとは思わなかった。たった一人、高科さんを除いて…。

「ななしの組織の思い通りになるなんて絶対に許せません!諦めないで危険人物罪を止めましょうよ!」

と高科さんは、鈴木さんに食い下がったが、鈴木さんから爆弾発言が飛び出した。

「俺らNHKの上層部と、ななしの組織の上層部は、遺族の方を中心とした同じメンバーなんだ」

僕らは言葉を失った。

「言ってみれば、衆議院と参議院の2院制みたいなものだ。ななしの組織が暴走した場合、それを止めるのがNHKの役割だ。つまり、ななしの組織は、俺らNHKの敵ではないんだ」

「そんな、そんなこと…私は…私は…NHKをやめます…」

そう言い残して、高科さんは大粒の涙を流しながら、かつ日和を出て行った。ダイアナが言っていた兄弟ゲンカとはこのことだったのだ。


そんなことを考えたり、思い出したりして日の出を待っていたら、予報外れの雨が降ってきた。折りたたみ傘を準備していてよかった。雨は降り続け、夜が開けても東京の街を見ることはできなかった…。

まあ、いいさ、この方向に優子さんがいることには違いないから…。そう自分を励まし続けた。だけど、一向に僕の死刑は執行されなかった。こんなに待たされるとは思ってもいなかったから、食料なんて持ってきていない。

お腹が空いてきた僕は、餓死で死んでしまった赤ちゃんのニュースを思い出した。なんて残酷なことをするんだろう…。待てよ、残酷な死刑とはなんだろう?

『殺人免許証について』のファイルに、死刑ではなく、残酷な死刑と書かれていた理由は何なんだ?まさかだとは思うが…。スマホをポケットから取り出すが、圏外で通じない。


そして、何も起こらないまま、夕方になる。間違いない…狙いは、僕自身じゃないんだ。ななしの組織の言っている残酷な死刑とは、僕が愛する人を…。しまった!こんなに遠いところに来てしまった。僕はどうしてこんなにバカなんだろう。僕が慌てて山頂から降りようとすると、茂みから何者かが出てくる。

よかった、やっぱり僕に死刑が執行されるのか、と喜んだの束の間、現れたのは優子さんだった。

雨に打たれて、びしょ濡れになっている。


「優子さん、どうしてここに?」

「わかっちゃうのよ。高杉くんが考えそうなこと…それに市民を守ることが刑事の仕事だから」

とにかく、優子さんが近くにいてくれてよかった。

「もしかしたら、このまま死刑は執行されないのかもね」

万が一、残酷な死刑が僕の愛する人の命を奪うことだったとしても、優子さんを守ることができる。

僕が傘を渡すために優子さんに近づこうとすると、優子さんの心臓にレーザーポインターの赤い点が当たる。

パンッと銃声が雨音を裂いてこだますると、胸を撃たれた優子さんが倒れる。

「優子さーーーん!!」

僕の目の前で優子さんを殺す、それが残酷な死刑だったのだ…。僕は優子さんのもとへ駆け出す。その間に、後方からもう一発銃声が聞こえてきた。

僕は気にせずに走り続け、優子さんのもとへ行き、抱きかかえる。

「よかった、高杉くんにケガがなくて…」

「そんな僕の心配より、自分のケガを…」

撃たれたはずの優子さんの身体から血が流れていない。

「いたたた…」

と言いながら優子さんは起き上がり、シャツのボタンを外して、中に着用していた防弾チョッキを見せる。


「よくも憧れの先輩を撃ってくれたわね。ちゃんと謝りなさいよ」

背後から声が聞こえ、振り返ると高科さんが腕を撃たれた男を連れてくる。

「これは…どういうことですか?」

すると茂みから、鈴木さんが出てくる。

「8年前、ある少女に間違って殺人免許証が届いた…」

「鈴木さんもいたんですか?間違って届いたって、そんなこと…」

「その少女はいたずらだと思い、殺人免許証をすぐに捨てた。そして、ななしの組織が人違いだと気付いたときには手遅れで、その少女の愛する人が…」

「その少女って…」

「先輩、作戦通りですね!」

「…高科さんのおかげよ」

「エヘッ、先輩に褒められるのが一番嬉しいです!」

高梨さんのこの笑顔の裏にそんなことがあったなんて…。僕がショックを受けていると、今度は吾郎さんと麻美さんの親子と、石橋さんが茂みから出てくる。

「NHKに戻ってきてくれんかのう?」

「それは、保留させてください」

「ええー、理沙が本当にいなくなったら、おじさんばかりになっちゃうよ」

「麻美ちゃん、おじさんだって傷つくんだからねー」

「大丈夫よ、麻美ちゃん。頼れるルーキーが入りそうだから」

高科さんが僕にウインクをする。


そして、茂みの中から、クシュンと子供のくしゃみが聞こえてくる。

「もう来ちゃダメって言ったのに…千里、楓ちゃん出て来なさい」

「だって翔太さんが心配だったんだもん」

「楓は翔太なんか心配してないぞ。チサネエが心配でついてきただけだから」

そう言いながら、千里ちゃんと楓ちゃんも出てくる。

頼むから、あの人だけはこないでほしい…。

「ええ、この手紙を読んでいる頃には僕はもう死んでいるでしょう」

僕が置いてきた遺書を、ニタニタしながら読んでいる聡さんも茂みから出てくる。

「聡さんが卵を食べらるようになって、優子さんと幸せな家庭を築くことを天国から見守っています」

「もうやめてくださいよ!」

僕が聡さんから遺書を取り返そうとすると、

「さすがに君は天国に行けないと思うがね」

と正春さんまで現れる。


「お前のせいで全員、びしょ濡れになっちまったじゃないか」

「ごめんなさい。でも、聡さんには僕は雨男だって言っていたじゃないですか!何でそれを皆に教えなかったんですか!」

「それは、演出だよ。演出。そのほうがありがたみが出るってもんだろ」

「はあ?絶対に忘れただけでしょ!国会議員になっても、バカはやっぱりバカですね」

「なんだと!」

「ほらムキなる、やっぱり典型的なバカですね。いっそ、おバカ党を作ったらどうですか?」

「おっ、それいいな!ってなるわけないだろ!」

聡さんが僕にスリーパーホールドを決める。

「くっ、苦しい…」

僕が苦しがる様子を見て、皆が笑ってくれていたから、ギブアップせずに必死に耐えていた…そしたら段々と意識が薄れていって…。


あれっ、ここはどこだ?なぜだか僕は空を飛んでいる…。

見覚えのある学校に近づくと、木村くんがいじめられているところ見た涼子さんが、いじめていた生徒たちを注意する。木村くんは嬉しそうに笑っている。

誰かに操られるように、今度は公園まで飛んでいくと、虐待で死んでしまった女の子が、お友達と楽しそうに遊んでいた。

そうか、ここはパラレルワールド…。

他の世界で不幸だった人たちも、ここの世界では幸せに暮らしているんだ。

よかった。

その笑顔が見たかったんだ。

そしてかつ日和に向かって飛んでいくと、出前に出かける僕がいた…。


「高杉くん、高杉くん」

僕を呼ぶ声が聞こえてくると、僕は宇宙まで上昇し、ブラックホールに吸い込まれていく。

目を覚ますと、ポタッと滴が落ちてきた。

「心配したんだから」

優子さんが僕を強く抱きしめてくれる。

僕は病院の集中治療室のベッドで寝ていた。

「どうしてすぐにギブアップしなかったのよ…」

「だって、皆が僕のために来てくれていたから、せめて笑ってもらおうと思って…」

「バカね…何日も意識不明だったのよ…」

「えっ、何日もって…今日は3月5日じゃないんですか?」

「今日はもう3月13日よ」

「ってことは、聡さんとはどうなっているんですか?聡さんは卵を食べられるようになったんですか?優子さん!」

「さあ、それはどうでしょうね。知りたかったら、早く元気になって退院することね」

「そんな、今すぐ教えてくださいよ!気になって絶対に治りません!」

「じゃ、言うけど…ショック受けないでよ…」

「ま、待ってください。やっぱり、退院してからでいいです。聡さんや千里ちゃんにも見舞いに来ないでくださいと伝えていてください」

「ふふふっ、わかったわ」

強い優子さんも、意地悪な優子さんも、そっけない優子さんも、慌てる優子さんも、弾けた優子さんも、強引な優子さんも、やさしい優子さんも、みんなみんな僕は大好きだ。


僕はこの世界で、罪を償いながら生きて行こう。

病院の多目的ホールにぽつんと置かれていたピアノで、『ファンタスティック肉女魂』の曲を演奏すると、患者さんや看護師さんたちが喜んでくれた。


退院の日、東京では例年より一週間以上も早く、桜の開花宣言が発表された。



                                    完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺免~あなたに殺人免許証を交付します~ 桜草 野和 @sakurasounowa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ