第31話 合戦~夢なら~

2017年3月1日-

棒倒し合戦当日。


「翔太、どうしたんだその腕!」

ギブスをつけた僕の左腕を見て、聡さんが焦った表情を見せる。

「また自転車で転んでしまって…すみません」

優子さんの裸を見てしまったために、かかと落としをされ、左腕で命を守ったからと言ったら、聡さんに右腕も折られるに違いないから、とりあえずこの場はウソをついた。

優子さんのあのかかと落としをまともにくらっていたら、僕は間違いなく正春さんのお友達になるところだった。

「俺をバカにするなよ…」

「えっ?」

「翔太がウソつくときに、口をちょっと尖らせることくらいとっくに知っている」

ああ、だから昨日のババ抜きでも負けていたのか。


「でも、まあ今日はそのウソを信じてやる。そうする理由があるんだろうからな…。さて、サルは誰に代わってもらうかな…」

「大丈夫です!僕がサルを務めます!」

「でも、お前…」

「大丈夫です!片手でもやれます!」

とっさに利き腕の右手ではなく、左手で防いだことは幸いだった。昨日、あんなに幸せなことが起きたのだから、ここで男を見せないと罰が当たるに違いない。


それに渋谷のスクランブル交差点付近に集まった大勢の皆さんの声援を聞いていたら、武者震いがした。

上空には監視やテレビ中継のヘリコプターの他に、大手企業の広告をプリントした飛行船がいくつも飛んでいた。

新宿区や渋谷区など、会場周辺にある企業や店舗、学校は休みとなり、巨額の契約を結んだスポンサーから補償金が支払われていた。


開始時刻の10時に近づき、聡さんは先陣を務めるため代々木へと向かった。

賛成派側の様子を伝えるオーロラビジョンには、賛成派の本陣がある都庁都民広場の様子が映っていた。

賛成派のほうにも大勢の応援団が集まり、盛り上がりを見せている。


すると、優子さんからLINEにメッセージが届く。

『危険人物罪ゲームを行った時にストーカー容疑で逮捕した女性署員が、本当にストーカー行為を繰り返していて、今朝相手の男性を刺したみたい。こちら側に寝返るはずだった足立西署の隊が寝返らないかもしれないわ』

危険人物罪があったら、男性は刺されずに済んだということか…。直ぐさま聡さんからもLINEにメッセージが届く。

『こんなこともあるかと思って手は打ってある』

さてはまた裏工作を行ったな…。

まあ、僕は余計なことは考えないでサルの大役を務めることに集中しよう。そして、60秒前からカウントダウンが始まり、運命の時を迎える。


午前10時ジャスト。

棒倒し合戦がいよいよ幕を開ける!


賛成派の状況を伝えるオーロラビジョンには、勢いよく反対派の部隊に突っ込んでいく、甲田隊の様子が映る。

まず前方のメンバーがスクラムを組み、その背中の上を特攻と呼ばれるメンバーが次々とジャンプし、反対派の部隊に襲いかかる。

1分も持たずに、反対派の部隊のリーダーが鉢巻を奪われてしまう。余りの速さに、渋谷にいる反対派は一斉に静まり返った。


一方、聡さんの部隊の様子も映される。弧を描くように移動すると、賛成派の部隊を囲み一斉に突撃する。

四方から攻められた賛成派の部隊は混乱し、その隙をついて聡さんが賛成派の隊長の鉢巻を奪い取った。

その様子を見ていた渋谷本陣の応援団は、一斉に歓声を上げる。


その後、互角の戦いを見せ、両軍の攻撃部隊が徐々に相手方の本陣に迫る。

すると、オーロラビジョンには、まだ賛成派についている足立西警察署長の森野の部隊がアップで映る。

「皆もそうは思わないか!我々警察官はいつから嫌われ者になってしまったのだ!危険人物罪ができてしまうと、さらに嫌われてしまうぞ!危険人物罪などなくても、もっとパトロールを強化し、地域住民とコミュニケーションを積極的にとっていけば、犯罪を抑止することは十分にできる!我々は反対派に味方しようじゃないか!」

森野がそう訴えると、「おおー!」と部隊の全員が雄叫びを上げ、賛成派のユニフォームを脱ぐ。

聡さんの策略通り、内側には反対派のユニフォームを着ていた。


寝返った森野隊が勢いよく賛成派に向かっていくと、動揺した賛成派の部隊からあっという間に鉢巻を奪う。これをきっかけに、反対派が攻勢となるが、甲田隊が強行突破で渋谷の本陣までやって来る。

人数は100人ほどにまで減っていて、ほとんどの隊員が傷を負っていた。棒の頂上にいる僕を、甲田さんが鋭く睨みつける。言わんとすることはすぐにわかった。


今度はオーロラビジョンに、千里ちゃんと楓ちゃんがモデルや子役仲間たちと一緒になって、賛成派の3部隊を足止めしている様子が映っていた。千里ちゃんと楓ちゃんが参加するなんて聞いていないぞ…。

「そこをどけ!」

と賛成派の部隊の男たちが言うと、

「女、子どもに手を出すの?」

と千里ちゃんがいい、

「怖いよー」

と楓ちゃんが他の子役と一緒に泣きの芝居を見せる。

賛成派の隊員たちは、手を出すことができず困り果てている。まさか、空手の練習はかかってこられた時のために?


さらに、オーロラビジョンに信じられない光景が映る。都庁からパラシュートで反対派の隊員が十数名落下してくる。アップで映った人物の中には、鈴木さんと麻美さんもいた。

なぜ四方から攻められる渋谷のスクランブル交差点を本陣に選んだのか、ずっと疑問だったが狙いはこれだったのか…。

鈴木さん達は降下途中でパラシュートを切り離すと、そのまま棒に飛びつく。そして賛成派のサルを3人がかりで引きずり落とす。


「高杉!」

甲田さんはそう叫ぶと、皆まで言わずに部隊を率いて突撃してきた。スクラムのメンバーの背中でジャンプして、甲田さんが一気に棒に飛びついてくる。

今しかないと思った。

僕はスルリと棒から降り、サルの役目を放棄した。

本陣を守る反対派の他のメンバーが動揺している隙をついて、甲田さんの率いる賛成派の部隊が一気に棒を倒した。

突然のことに反対派の一同は唖然とする。

甲田さんを始め、賛成派の隊員たちは雄叫びを上げる。


そして、状況を理解した反対派の応援団は、途中でサルの役目を放棄した僕に向かって、ペットボトルや空き缶、ライターなどを投げてくる。

甲田さんは、僕のもとに駆け寄り、盾となってくれた。スマホに着信があり、相手が誰かはすぐにわかった。

「バカ野郎!どうして自分から降りたんだ!」

聡さんがいつも以上に大きな声で僕を怒鳴る。

オーロラビジョンには勝利を喜ぶ賛成派の陣営が映っていた。

「だって、こんな闘い方、卑怯すぎます」

「卑怯もなにも勝つためだろうが!」

「勝つためなら…勝つためなら、何でもしていいんですか!」

「ああ、それが合戦だ!」

いつの間にか、反対派の状況を伝えるオーロラビジョンには、聡さんの姿が映っていた。違う、こんなに怖い目をしている男は、僕の知っている聡さんではない。


「相手の弱みを握って、脅して…、子どもたちまで参加させて…」

「政権を取るためだ!この合戦は、勝敗に法的効力がないとはいえ、反対派の結束を固めるチャンスだったんだ!それをお前が台無しにしたんだ!」

「政権を取るため?」

「ああ、そうだ。俺が総理大臣になって日本を一から作り直すんだ!」

「あんたが総理大臣になるために闘おうとしたわけじゃないんだ!自分の信念に従って、この合戦に挑んだんだ!それなのにあんたは、いつの間にか総理大臣になることしか考えていないじゃないか!」

「そんなことはない!俺は…」

「大体パラシュートを使うなんて反則だ!」

「パラシュートは武器じゃない!」

「違う、違う、違う!戦地で多用されている立派な武器だ!」

「俺はただ…ただこの国を…」

「こんな卑怯な闘い方で勝って、いい国を作れるわけがない!聡さん、お願いだから権力に溺れないでください…」

「翔太…」

「こんな聡さんを見たくなかったです…それに、あんな闘い方をして喜ぶ反対派の皆さんの姿も…僕は見たくなかった!」

そう周りの反対派に向かってありったけの声で叫ぶと、甲田さんが僕の右手を掴んで上にあげ、

「この青年は信念に従って行動した勝者だ!そして、そのことを理解できるのなら、皆さんも勝者だ!今日の闘いに敗者なんかいない!お互いに自分が信じる正義に従って行動した勝者だ!なあ、そうだろう!」

と言い放った。


ポツポツと拍手が起こり、次第に渋谷会場にいるほとんどの反対派が拍手をするようになる。

そして、反対派の本陣の隊長が歩み寄ってきて、

「危なかった!君のおかげで私たちは自分に負けずに済んだ!もっと顔をよく見せてくれ!」

と僕のヘッドキャップを取ろうとする。

僕は連続殺人犯の容疑者だったことを知られるのが嫌だったから、

「そんないいですよ。大した顔ではないですし…」

と取られないように抵抗した。

「照れ屋の青年だから、このままでいいでしょう」

と甲田さんもかばってくれたが、

「恥ずかしがることないだろう」

と反対派の隊員が後ろから僕のヘッドキャップを外す。僕はとっさに右手で顔を隠した。


「どうしてそんなに顔を見せるのが嫌なんだ?何か都合が悪いのかね?」

反対派の隊長が僕の右腕を掴んで顔を覗き込もうとしてきた。連続殺人犯の容疑者だったことがバレると、僕にサルを任せた聡さんに迷惑がかかってしまう…。

すると、スマートフォンが飛んできて、反対派の隊長のこめかみに直撃し、反対派の隊長は脳震盪を起こして倒れる。

「隊長!大丈夫ですか!」

数人の反対派の隊員が隊長のもとへ駆け寄り、他の隊員たちは僕の素顔を見ようとして迫ってくる。


もう右手だけで顔を隠すことは難しいと覚悟した次の瞬間、バサッと僕の頭にジャケットが掛かった。

優子さんもジャケットの中に頭を入れてきて、人生の記憶が全部吹き飛んでしまいそうなキスをしてくれた。

そして、僕にマスクを渡すと、二人だけのジャケットの中の世界から出て行ってしまった。


「体調が悪くなったみたいなので、救護室に連れて行きます」

と優子さんが言うと、

「ああ、そうしてくれ。皆、道を開けろ」

と甲田さんが後押ししてくれる。

その間僕は、ジャケットに残る優子さんの匂いを楽しんでいたのだが、

「早くマスクをつけなさい」

と優子さんにジャケットを奪われたので、仕方なくキスの余韻が残る唇と、優子さんの匂いを堪能した鼻を、マスクで隠すことにした。

しっとりとした優子さんの手に引っ張られ、渋谷のスクランブル交差点を後にする。

これがもし夢ならば、僕はこの世界でずっと暮らしていたいと願う。

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