第25話 失格
プロ同士のケンカの後、僕らはかつ日和に集まって、聡さんの問題発言をニュースで改めて見ていた。
「当選おめでとうございます!今のお気持ちは?」
「はい、某倒しをしたいと思います!」
「…すみません。よく聞こえませんでした。もう一度、お願いできますか?」
「はい、某倒しをしたいと思います!」
「ぼ、某倒しですか?」
「そうです。棒倒しです!」
レポーターは呆れて、次の質問が出てこない。僕より何を考えているのかわからない人間がここにいた。
「きっと、与党を倒したいということなんでしょうね」
とニュースキャスターが強引にまとめてくれる。
「お祝いしてあげようと思った私がバカだったわ」
優子さんがため息をつくと、
「お子ちゃまか!」
と楓ちゃんにつっこまれる。
「お義兄さんらしいけど…」
さすがに、千里ちゃんもフォローのしようがなく苦笑いを浮かべる。しかし、聡さんに反省している様子はない。
「さすが、俺が見込んだ男だ。いい案だ」
と鈴木さんは、聡さんの発言に賛同する。聡さんが落ちるほうに賭けていたくせに…。
「ワシもこの案に賛成じゃ」
「佐伯部長、どういうことですか?」
「それを説明するには…松永、今日の下着の色は何色じゃ」
「あ、赤ですが…」
優子さんが恥ずかしそうに言うと、皆が「赤なんだー」と反応する。勝負の時に赤い下着をはくと言うから、優子さんもやっぱり聡さんを応援していたんだ。
「それで、私の下着の色と棒倒しに何の関係が?」
「どっちを応援するかという闘いじゃ」
「その通り!」
聡さんが、力強く立ち上がる。
「危険人物罪の賛成派と、反対派で棒倒しをするんだ!」
何を言っているんだこの人は…。
「いわば、第二次関ヶ原の合戦だ!皆、協力を頼む!」
「嫌ですよ。僕は、赤いアウディのダイアナを捜します」
「赤いアウディと言えば、闇カジノ連続殺人事件の害者の愛人宅に停まっていたな」
僕が思い出せなかったことを、吾郎さんがあっけなく教えてくれる。
「あっ、そうだ!あそこで見たんだ!」
伊達に交通課の部長を務めているわけではないらしい。
「よしっ、そうとわかれば翔太行くぞ。あいつには殺されかけたからな」
聡さんが店を出ようとすると、優子さんが抑える。
「バカ!何かの間違いで国会議員になったんだから、あなたはじっとしてなさい!高杉くん、私が一緒に行くわ」
「はい!」
「翔太さんが行くなら千里も行くー!」
「えーチサネエが行くなら楓も行く!」
「こらこら、遊びに行くわけではないのよ」
優子さんが千里ちゃんと楓ちゃんをたしなめる。
「先輩、私も同行します」
「勤務時間外なのに悪いわね」
「相棒ですから当然です」
北野を殴ったことがウソみたいなに、高科さんはニコニコしている。
優子さんの車で、赤いアウディが停まっていた愛人宅へ向かう。
「NHKのメンバーが5人だなんて、ちょっと驚きね」
「最初は僕もそう思いましたが、高科さんたち本当に凄いんですよ」
「えへっ、それほどでも」
高科さんの笑顔を見ていると、とても工作員には思えない。
「でも、現場に出るのは私たち5人ですが、上層部は結構な人数がいると聞いています」
「聞いています?」
「上層部と会えるのは、本部長だけなんです」
「その上層部にはどんな人たちがいるんですか?」
「犯罪で命を奪われた遺族の方が中心です。残念ながら、悲しいニュースが後を絶ちませんが、少しでも犠牲者が減るように活動しています。あと、海外マフィアを撲滅するために、外国の諜報機関とも協力しています」
「危険な任務ね」
「そのため、工作員になる基準は厳しいんです。工作員が犠牲になること上層部は嫌うので…。死と隣り合わせの毎日ですが、私は平気です。自分のためですから」
「自分のため?」
「はい、少しでも犯罪を減らせていると思うと、心が落ち着くんです」
一体、高科さんの過去に何があったのだろう?どんな悲しみがこの笑顔を生んだのだろう?僕が思っているよりもずっと、この国で犯罪に巻き込まれないで生きていくことは難しいようだ。実感がなくても、誰だって死と隣り合わせの毎日を過ごしているのだ。
愛人宅に着くと、予想外に赤いアウディが停まっていた。
「あら、まだ停まっているなんて。とっくに引越しているものと思っていたのに」
優子さんも同じことを考えていたようだ。
ダイアナがまだここに留まっているわけはないが、何か手掛かりがないかと思い、ここへやって来たのだが、まだ住んでいるようだった。
「先輩、これを」
高科さんが、優子さんに拳銃を渡す。
「ありがとう」
まるで、傘でも借りるように、優子さんは自然に拳銃を受け取る。
「高杉さんは?」
「僕はいいです」
人を殺すなんてもうこりごりだ…。
「では、行きましょう」
僕らは降車し、ダイアナの部屋へ向かう。高科さんが、オートロックの扉のすき間に紙を差し込み、扉を開ける。あの日、僕が侵入したときと同じ方法だ。ふと、恐怖に震えながら一目散に逃げていく、あの日の自分とすれ違ったような気がした。
エレベーターで5階まで上がり、部屋の前に着くと、チャイムを3回押すが返答がない。優子さんが、ドアノブを動かすと、カギが開いていたようでドアが開く。
「妙ね…」
「先輩、罠ではないでしょうか?」
二人とも僕に意見を求めてこない。
「高杉くんは、車に戻って」
「えっ、どうしてですか?」
「10分経って、私たちから連絡がなかったら、鈴木さんに連絡をして」
優子さんがそう言い、高科さんも頷く。
「嫌です。ダイアナを追いかけていたのは僕です」
僕は優子さんの指示を無視して部屋に入る。
中は暗くてよく見えないが、部屋の様子は以前と変わっていないように思える。
「ちょっと、高杉くん戻りなさい」
優子さんも入ってきて、小声でそう言う。ガチャッとドアが閉まる音がする。
「先輩、ドアが!」
「どうしたの?」
「ドアが開きません!」
高科さんが珍しく焦った声をしている。
すると、パソコンのモニターがつき、僕を助けた闇カジノ関係者の愛人、ダイアナが映る。
「遅かったわね。もう待ちくたびれたわ」
「どうしてあなたが死の清算者に?」
「わはははは。あんたが捕まったニュースを見て、私は笑ったわ。あんたが死の清算者だったなんて。命乞いした情けない男がね…」
「なるほど、この部屋で起こった事件の犯人は、高杉くんではないことがはっきりしたわね」
「で、あんたにできるんだったら、私にだって死の清算ができると思ったわけ。ハッキングの腕を生かしてね」
僕は膝をつき、
「ごめんなさい」
と頭を下げる。
「はあ、何を謝っているのさ?」
「ごめんなさい。僕のせいで、あなたを死の清算者にしてしまって…」
僕は目を閉じ、合掌して、ダイアナが殺してしまった人たちに謝罪する。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…」
「本当に情けない男だね。こんな奴が神だなんて許せわない、私が始末してあげるわ」
「残念だけど、高杉くんを殺させはしないわ」
「絶対に守ってみせます」
「どうしてこんなチキン野郎に味方するのさ」
「仲間だからよ」
「同じく」
優子さん…高科さん…僕が仲間?
「それじゃ、3人仲良くあの世に行きな」
レーザーポインタの赤い光が、僕たち3人の心臓に当たる。
「スナイパーが仲間に?」
「仲間?そんなんじゃないさ。ねえ神さま」
「なんのことですか?」
「呆れた。ななしの組織が私たちに売っているのは、銃器などの武器だけでなく、スナイパーやボディガードなどの使用カードも売っているのよ。そんなことも知らないなんて、本当に死の清算者失格ね」
「ふふふっ」
「何がおかしいのさ?」
「高杉くん、よかったわね」
「はい」
「死の清算者失格ですって」
「最高にうれしいです」
「まったく、何を喜んでいるかと思えば…フヌケが!私が、情けない神さまを殺してあげるわ。さようなら」
パソコンからも、マンションの外からもエンジン音が聞こえる。
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