第24話 北野

「なんで、このケンカを今日にしたんですか?」

「今日は、北野のスケジュールに余裕があったから、もしかしたら来るんじゃないかと思ってな。作戦通りじゃ」

吾郎さんはただのエロジジイではないようだ。

それにしても、鈴木さん、吾郎さん、高科さんの射撃の腕は見事だ。着実にななしの組織の兵士を倒していく。そして、ななしの組織の兵士が一斉に出てくると、麻美さんがバズーカで撃退する。相手もバズーカを撃ってくると、音でわかるのか、

「飛べ!」

と鈴木さんが叫ぶので、僕らは砲弾を避けることができた。


これなら、戦力にならない僕以外のたった4人で、200人のななしの組織に勝てるかもしれない。だけど、僕の目には、煙幕に隠れたあの乗り物が映った。

「危ない!避けてくださーい!!」

僕が叫ぶと同時に、砲弾が飛んできて爆発が起きる。シールドが破壊され、粉まみれになったが、ケガはなかった。

「あんなもの出してくるとは…後退するぞ」

「連中も本気らしい…高科、ケガはないか」

「はい、高杉くんのおかげで助かりました」

煙幕の中から、戦車のレオパルト2が出てくる。

「あれは、反則じゃないですか?」

「プロのケンカに反則なんてねぇ」

鈴木さんがしんがりをつとめ、僕らは麻美さんがいるところまで後退する。


「お父さん、みんな、大丈夫?」

「大丈夫じゃ、麻美、発煙筒で合図しろ」

「了解!」

麻美さんが発煙筒を打ち上げる。

戦車の砲塔が、僕らのいる位置に合わせられる。合掌して、目を閉じようとしたそのとき、空からミサイルが飛んできて、レオパルト2を破壊した。

間もなく、上空に攻撃ヘリコプターのアパッチが現れる。

「あとはこっちでやる。北野が逃げないように見張っていてくれ」

と吾郎さんが無線で指示すると、

「わかりました!お任せください!」

と返事があり、それは聞き覚えのある声だった。


戦車が破壊され、士気が下がったななしの組織の兵士を、鈴木さんたちが次々に倒していく。そして、銃撃戦が終わると僕は驚くべき光景を目の当たりにする。ななしの組織の兵士が誰一人として、殺されていないのだ。腕や足を撃たれて、倒れているだけだった。

「まだ暴れたりねぇ奴はいるか?」

ななしの組織の兵士たちは、銃器を置き降参の意思を見せる。

NHKのメンバーは、5人しかいないのではなく、5人しかなれなかったのだ。


北野は、走って逃げようとするが、アパッチが前を遮る。

そして、NHKのメンバーと僕が近づくと、北野は拳銃を捨て、両手をあげる。

「俺は総理大臣だぞ。俺に手を出し…」

高科さんが、北野のお腹を思い切り殴る。人は見かけによらないと思い知る。北野はたまらず膝をつく。

「危険人物罪なんて成立させないわよ」

「お、俺をどうする気だ?」

「決まっているだろ、自害しろ」

鈴木さんが、北野が捨てた拳銃を拾い、北野に渡そうとする。

「じ、自害?」

「負けたほうの大将は自害する。無駄な血をだらだら流さぬように、それがここのルールなんじゃ」

戸惑っている僕に吾郎さんが教えてくれる。

「うわっはっはっはっ」

北野がお腹を抱えて笑い出す。

「何がおかしいんじゃ」

吾郎さんが珍しく怖い顔をする。


「すまん、すまん。何もわかっていないんだな」

北野は笑いを堪え、続けて話す。

「危険人物罪は、俺の考えではない」

「えっ?あなたが国民に向かって呼びかけていたじゃないですか?」

「あれは、与えられた原稿を読んだに過ぎない。警視総監になったのも、総理大臣になったのもななしの組織の指示だ。理由は俺の顔と声が、指導者として受け入れられやすいからなんだよ」

「そんな理由で総理大臣に?」

でも確かに、あの国会議事堂爆破事件のあと、北野が国民を励ます言葉は力強く、国民から支持された。


「だから俺を殺しても、また次の誰かが総理に指名されるだけで、危険人物罪の成立を止めることはできないのだよ」

「…これはちと困ったな、てっちゃんどうする?」

「そうだな…」

「ちょ、ちょっと待ってください。爆男は、爆男はあなたなんでしょ」

「そうだ。そっちが俺の本当の顔だ」

北野は、自慢気に殺人免許証を見せる。

「うっ…」

僕は北野の顔面を思いきり殴った。

「あんなの死の清算じゃない!ただの虐殺だ!」

「何を偉そうに、君が始めたことだろ!同じ人殺しだろうが!それに俺様はゴミみたいな政治家を一掃したんだ感謝されたいくらいだ」

「……」

言い返す言葉が見つからない。


「いや、それは違う。確かに間違ったことをしたが、この坊やには良心がある。お前みたいに殺人鬼になり下がっちゃいねぇ」

「鈴木さん…」

「ルールだ。早くしろ」

鈴木さんが、北野に拳銃を握らせようとする。

「だから違うんだ。リーダーは俺じゃない」

すると、パンッと銃声が響きわたる。

兵士の一人が銃でこめかみを撃ち、前のめりに倒れる。

「ほらっ、あいつが今回の勝負のリーダーだったんだ。俺は帰るぞ…」

北野が立ち上がろうとすると、鈴木さんが銃口を向ける。

「ダメだ。お前は人気者になりすぎた」

「おい、待ってくれよ。俺を殺しても何も変わらないんだって」

「お前が死ねば総裁選だ。そうなれば、危険人物罪を成立させないための時間稼ぎにはなる」

「そんな、時間稼ぎのために俺は殺されるのか…」

「この国を救うための貴重な時間だ。悪くねぇだろ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。お願いだ。俺は総理を辞任して海外へ逃げる。そうすれば、総裁選になって時間を稼げるだろ…ななしの組織のことなら知っていること全部はな…」

すると、倒れていたななしの組織の兵士たちが立ち上がり、北野を囲むように集まってくる。


「もう勝負はついた。こいつの処分は私たちに任せてもらう」

兵士の一人が、鈴木さんに向かってそう言い、

「内閣は解散になるんだな?」

「総理が死ぬんだ。そうなる」

「た、たすけてくれ、頼む…」

北野が鈴木さんの足にしがみつこうとするが、ななしの組織の兵士に引き離される。

「わかった。いいだろう」

鈴木さんは、ななしの組織に背を向けて歩き出す。他のNHKのメンバーと僕もその後に続き、アパッチは上空に消えていく。北野がただのお飾りだったとは…。

「てっちゃん、賭けはワシの勝ちじゃ」

「本当に当選しやがった」

オーロラビジョンを見ると、聡さんが支援者と一緒にバンザイをしていた。

「鈴木さん、聡さんが負けるほうに賭けていたんですか?」

「世の中、そううまいこといかないからな」

「もう、何を考えているのかわからない人ばかりですね」

「それを君が言うかね」

吾郎さんがそう言うと、皆が笑う。

そうか、相手から見たら連続殺人犯の僕こそ、何を考えているかわからない人間だ。


「それにしても、これだけドンパチして大丈夫なんだすか?」

「映画の撮影と周知しとるから大丈夫じゃ」

「それに、やっかいなことに巻き込まれたくない連中ばかりだ。気づいたとしても、得意の見て見ぬ振りで終わりだ」

「やっぱり、僕…」

僕が引き返して、助けに行こうとすると、パンッ、パンッ、パンッと銃声が何発も聞こえる。

「そんな…」

ななしの組織の兵士が、射殺された北野の死体を引きずっていく。自分の手を汚さず、僕は北野が殺されるのを待った。何百人も殺したからといって、裁判もせずに殺してしまうなんて…やっぱり間違っている気がする。泣き崩れる僕を高科さんがビンタする。


「理想だけでは誰も守れないわよ。全員を助けることはできないの」

高科さんに何があったのかはわからない。だけど高科さんのあの笑顔は、大きな悲しみを乗り越えた人独特のものだったことがらわかった。北野が殺されて、辛いのは僕だけじゃない。

僕は涙を拭い、

「すみませんでした」

とNHKのメンバーに謝り、スタジアムを後にした。

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