第21話 ありがとう

2017年1月12日ー


半ば無理やりに長いこと休むことになったが、今日から職場復帰だ。容疑者を追いながら、捜査中に身内からも襲われないように気をつけねば。しかし、私のそんな気合は空回りとなった。休んでいる間に交通課に異動となっていたのだ。


「はい、制服。これに着替えて」

交通課の巡査部長、佐伯吾郎が、私に制服を渡す。ななしの組織の仕業に違いない。辞令には逆らえないので、私はしぶしぶ制服を受け取る。

「こ、これ…」

着替えて出てくると、周りの視線が痛い。

「どうして、私だけスカートなのですか?」

「それは…」

これもななしの組織の仕業だろうか。私を辱めて、辞職させようとしてもそういかない。

「それは、ワシの好みじゃ」

「えっ?」

「せっかくの美脚を隠すなんてもったいない」

エロ部長の佐伯が、私の足をなめるように見ている。お前の好みだったのか…。エロジジイ!と殴ってやりたいが、上司に手は出せない。

「やっぱり、スカートがいいねえ。スカートを普及させよう。うん、うん」

この佐伯部長、署長に昇進する目前で素行に問題があり、交通課に異動になったと噂で聞いたことがあったが、本当にそうだったとは…。


「さあ、区民を守るために、高科君とパトロールに行っておくれ」

「わ、わかりました」

「高科です、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

私より若く、ぱっつん前髪がかわいい、やや小柄な子だ。

一緒にパトロールに行く高科さんはパンツをはいているから、隣に並ぶと余計にスカートをはいている自分が恥ずかしくなる。

「いいですね、スカート」

「えっ?」

「女性らしくて、素敵です」

「そ、そう」

同性に褒められると、なかなか嬉しいものだ。

「部長、私もスカートにしていいですか?」

「ウソッ…」

「もちろん、いいとも。いいとも」

佐伯が鼻の下をのばしている。

「高科さん、本気なの?」

「私、松永さんに憧れていたんです。だから、一緒に働けるようになって嬉しいです。すぐに、着替えてきますね」

「う、うん」

スカートを恥ずかしがっていた自分がなんだか恥ずかしくなる。周りと違うという尺度を使ってしまったのは、私が弱いからだ。それに比べて、自分の意見をしっかり言える高科さんはかっこいい。こうなったら、堂々と交通違反者を逮捕してやる。


この日、私と高科さんはパトロールに出かけ、交通違反摘発の新記録を樹立した。

「松永さんと一緒だと、違反者が素直に認めてくれるので、スムーズに進んで助かります」

と高科さんはニコニコ顔だ。千里と同じく、自然と周りを元気にする太陽タイプの子だった。こんなに笑顔を浮かべていたら、違反者によっては強気に反抗されていたことが察しられる。



2017年1月14日ー


勤務を終えた私は、高科さんを誘い、千里のマンションに帰る。

「お姉ちゃんの新しい相棒の高科さんね。悪いけど手伝ってくれる?」

「あっ、モデルの…おじゃまします」

千里はろくに挨拶もせずに、高科さんをリビングへ連れて行く。

「お姉ちゃんも早く手伝ってよ」

リビングでは、聡が料理をつくっていた。

「おお、おかえり。今日は、俺がシェフだ」

それがいい、せっかくのお祝いだから。

「こうでいいですか?」

高科さんは、積極的に飾り付けを手伝っている。

「そうそう。お義兄さんがぜんぜんセンスなかったから助かるー」

「えっ、松永さんの旦那さんですか?」

「もうすぐ、お別れだけどね…」

「おい、まだ2ヶ月ちょっとチャンスがあるだろ」

「なんだか、楽しそうですね」

みなまで聞かずに、高科さんはニコッと笑う。


「高杉くんは?」

「翔太さんには、楓ちゃんと買い物に行ってもらってるの。それまでに準備しなきゃ」

「高杉…翔太…松永さんが逮捕したあの高杉翔太もここに?」

「そうよ。言ってなかったかしら」

「でたよ、優子の言った気がする病」

「なによ!本当に言ったつもりだったのよ」

「でも、聞いてないって言ってるだろ」

私と聡がケンカを始めようとすると、

「あ、あの、私、聞いていました!すっごく暗くて、全然喋らないんですよね」

取調室の様子を知っていた高科さんが、話を合わそうとしてくれたが、聡も千里も同調しない。

「もう喋ってないで、飾りつけしよう」

と千里がフォローする。


私も飾り付けを手伝い、作業を進める。聡は得意のローストターキーを作っているのだろう。リビングにいい匂いが広がる。

「えっ?びっくりするじゃない…」

リビングの入口を見ると、高杉くんと楓ちゃんが立っていて、二人とも泣いている。

「で、電話しても…出ないから…上がってきたら…」

「あーあ、間に合わなかった。楓ちゃんの合鍵預かるの忘れちゃったなー。いつからそこにいたの?」

「楓のために、こんなに準備して…」

「そうだよ、楓ちゃん、ハッピーバースデー!」

千里がそう言って、クラッカーを鳴らす。パンッ、パンッ、パンッ。私と聡と高科さんも後に続く。

「楓ちゃん、お誕生日おめでとう!」

「ありがとう、ありがとうございます…」

「もう、どうして翔太さんまで泣いているのよ」

むしろ高杉くんのほうが号泣している。


「それじゃ、楓ちゃんも一緒に飾りつけしよう!」

「うん、楓もチサネエと一緒に飾りつけする」

「松永さん、子役の楓ちゃんとも知り合いだったんですね」

「千里と同じ事務所に所属しているの」

「楓ちゃんのお誕生日会に参加できるなんて、私、ラッキーです」

急な誘いで、かなり個性的なメンバーの集まりなのに、高科さんは嫌な顔一つしなかった。

「もうすぐ、名店の秘伝レシピで作った絶品ローストターキーが焼けるからな」

「楓ちゃん、ガサツな人だけど、この人が作るターキーはおいしいわよ」

「わーい、楽しみ!」

楓ちゃんは、子役ならではのリアクションをしてくれる。

「どうして秘伝のレシピを知っているんですか?」

「探偵には守秘義務がある」

「ははーん、勝手にレシピを見たんですね?」

「な、なに言っているんだ。ちゃんと習ったんだよ」

「どうだかなー」

「あんまりしつこいと殴るぞ」

「危険人物罪ができたら、聡さんすぐに逮捕されちゃいますね」

「それはない」

「どうして?」

「俺が総理大臣になるからだ」

「えーっ!」

私以外の全員が口をあんぐりさせ驚く。


「あれ、言ってなかったかしら」

「お姉ちゃん、聞いていないよ…」

「もう推薦者も集めた。今度の補欠選挙に俺は立候補する!」

「立候補って、どこの政党で?仲間はいるんですか?」

「俺はつるむの嫌いだ。だから、政党とかは作らない」

「もう本当にバカですね!それじゃ総理大臣になれませんよ!」

「いや、なれる!政党なんか裏切って、自分の信念に従って支持してもらえるように、俺は国会で暴れるんだ!北野を倒してやる!」

「楓も応援する!」

「本当かい、ありがとう!」

「千里ももちろん、応援するよ!」

「しょうがないな、僕も…」

「いや、翔太は出てくるな…イメージが悪くなっちまう。よーし、今日はいっぱい食べていっぱい飲もう!」

「わーい!」

「失礼な!せっかく応援してやるって言っているのに!」

「先輩、楽しくなってきましたね!」

おい聡、楓ちゃんのお誕生日会が、お前の決起大会みたいになっているぞ。


私が聡を見る冷ややな視線に気付いたのか、

「ユウネエ、気にしないでいいよ。翼、楽しいから」

と楓ちゃんがささやく。

「よかった」

吉村翼が上条楓を受け入れて歩き出している。

この日は、何度も乾杯をした。楓ちゃんの誕生日、聡の出馬表明、私と高科さんとの婦警コンビ結成、千里の写真集の発売、高杉くんと聡がおそらく100回目のケンカをした記念、となんでもかんでも理由を作っては乾杯した。


そして、場が最高に盛り上がったところで、千里と高杉くんと一緒に私は楓ちゃんが好きなアイドルグループ『ファンタスティック肉女魂』の曲を歌い、ダンスを踊る。恥ずかしがらず、私は全力を尽くした。


いつの間にか、一緒に踊っていたはずの千里と高杉くんも座って見ている。

「お姉ちゃんすごーい!」

「どうして?」

「優子さんの迫力があまりにすごいから、僕たち圧倒されて…」

「ユウネエ最高!」

「先輩、かっこいい!」

「惚れなおしたぜ、優子」

最悪なことに、千里がその様子をスマホで録画していた。

「ちょっと、何撮っているのよ!」

「ひひひっ」

「千里、YouTubeにアップしたら許さないからね」

「わかっているよ。お姉ちゃん。ひひひっ」

ダメだ、確実にネットに流出する…。

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