第20話 出陣
「俺、俺って、女の子なのに」
「小学生の頃に、そういう子がいたでしょ」
「まあな。でも、強くなろうとして、俺って言い出した気がするんだ」
私と聡は、東京スカイタワーホテルを出て、強いお酒を求めてバーにやってきた。まるで砂漠で水に飢えている旅人のように。
今頃、楓ちゃんが殺した証拠を、ななしの組織がキレイに消していることだろう。
「先に帰るわね。楓ちゃんのことが気になるし…」
「俺も帰るよ。ショックすぎて酒が進まない」
わかってはいたが、やはりアルコールで解決できる問題ではなかった。
「少し歩かない?」
「ああ、いいよ。じっとしているより、そのほうが気分が紛れそうだ」
私と聡はバーを出て通りを歩く。
「まだ9時過ぎなのに、閉まっている店が多いな」
「映画のようなことが実際に起きると、想像以上に怖いわね」
「優子も怖いのか?」
「それはそうよ。いつどこで爆発が起きるかわからないもの。今の北野だったらどこでも爆破できるわ」
「そのことだけどさ、俺に考えがあるんだ」
「何よ、考えって」
「俺がなろうと思う」
「何に?」
「内閣総理大臣に」
私は驚きのあまり歩みを止める。
「今度、補欠選挙あるだろう。それに立候補しようと思う。俺がこの国を変えるんだ」
「探偵が総理大臣に…だれが聡に投票するのよ」
「この国を守りたいと思っている人たちだよ」
「それって国守党と同じ考えじゃない」
「そうなんだよ。そこが問題だ」
「いっそ、日本を一から作り直しいって言ったほうがいいんじゃない?」
「それだ!」
聡が私の両肩を掴む。
「さすが優子!そうだ、守るんじゃなくて、一度壊して作り直すんだ!よし、そうしよう!優子、悪い。俺今から推薦者になってくれそうな人に会ってくる!」
私は聡にキスをする。
「いってらっしゃい!」
「よしっ、行ってくる!」
聡は勢いよく走り去って行った。先ほどまで落ち込んでいたことがウソのようだ。まったく、聡らしい。
すると正春さんが出てくる。
「あら、見てたのですか?」
「今は彼が君の夫だから文句はないよ」
「総理大臣になるんですって」
「そうなったら君はファーストレディだ」
「素敵だわ」
「僕が生きていたら、推薦者の一人になれたのに」
「本当に残念ね」
「彼の熱意は国民にきっと伝わるよ」
「でも、国守党の主張にも正義があるから、簡単には勝てないわ」
「簡単に勝てるようなら彼は挑戦しないさ」
「まあね」
「人類はずっと正義対正義の闘いを続けてきた。うんざりするほど。だから、現実とは違う勧善懲悪の物語を好むんだよ」
「確かに、そういうアニメを見て育ってきたわね」
「ヒーローの活躍のために誕生させられた悪役たちがかわいそうだ」
「ふふふっ、正春さんらしい」
「君は、この国のためなら悪役になれるかい?」
「…たぶん、できない」
「僕もできない。でも、彼ならきっと引き受けるんじゃないかな」
「…どうでしょうね」
私はタクシーを止めて、千里のマンションに帰る。
どんよりとした雰囲気だと思っていたが、高杉くんと楓ちゃんがいつも通り口ゲンカしていて、千里が笑っている。
「ずいぶん、騒がしいわね。どうしたのよ?」
「だって、翔太がやけに優しくてキモイんだもん」
「何だと!人が優しくしてやっていたら調子に乗りやがって、クソガキが!」
「翔太、こわーい。うぇーん」
楓ちゃんが泣きの芝居を始め、私に抱きついてくる。
千里と高杉くんはその様子を見て、笑みを浮かべている。
「今日は心配してくれてありがとう」
と楓ちゃんが耳元でささやく。
「えっ?」
「楓って生意気な子役なんでしょ」
翼ちゃんだ。翼ちゃんが、楓ちゃんになりきっているのだ。
「もう翔太なんか大嫌い!」
「あー、大嫌いで結構!こっちは楓ちゃんのことなんて、大、大、大嫌いだからな!」
「何よ、楓こそ大、大、大、大、大嫌いなんだから!べーっだ!」
「なんだと!こっちはな超、超、超、大嫌いだからな!ベーっだ!」
それにしても、高杉くんは子供相手に相変わらず大人げない。高杉くんは気付いていないのだろうけど、彼は相手に合わせることがすごく上手だ。まるで、何年も前から知り合いだったかのように、自然と距離を縮める。高杉くんが、連続殺人を起こす前に知り合っていたのなら…。
「優子さん、どうかしました?」
この察しのよさが災いしてしまったのだろう。見なくていいものが、見えてしまう。だから、憎悪を積み重ね、犯行に及んでしまった…。
「ちょっと飲みすぎちゃったかな」
「えー、聡さんと飲んできたんですか?ずるいなー」
「翔太さん、それなら千里が付き合ってあげようか」
「ダメ!千里ちゃんは未成年でしょ!」
「しかたないな、楓が付き合ってあげる」
「よし。それじゃ楓ちゃん一緒に飲もうか」
「バカ、冗談に決まっているでしょ。なんで、チサネエはダメで楓はOKなのよ!」
「うーん、楓ちゃんとは一緒に飲みたい気分なんだ。10年後に、一緒に乾杯しようね」
「キモッ!チサネエ、ユウネエ、翔太が楓を口説いてくる」
「ふふふっ、よかったわね」
「よくなーい!翔太さんには千里がいるでしょ!千里とも3年後に乾杯するのを約束してー!」
千里が小指を立てる。高杉くんが困惑しながら指切りを交わす。賑やかな時間が続き、楓ちゃんはいつの間にか寝ていた。ほっぺにキスしたくなるくらい愛らしい寝顔で。
私が楓ちゃんの寝顔に見とれていると、千里が楓ちゃんのほっぺたにキスをする。
「本当にかわいいんだからー」
こういうことを平然とできるのが千里の凄いところだ。ドラマのワンシーンを見たかのようだった。
「優子さん、今度の土曜日の夜、予定空けておいてくださいね」
と高杉くんが言うと、
「これを練習しておいてね」
と千里がDVDを私に渡す。
「何これ?」
「絶対にやってもらうからね」
「僕も楽しみだなー」
はて、千里と高杉くんは何を企んでいるのだろう?このとき、土曜日の夜に起こる悲劇を私は知る由もなかった。
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