第19話 現実
今晩はどんな豚野郎を殺してやろうか。俺はワクワク感を抑えることができず、早足で待ち合わせの部屋へと向かう。
ノックをすると、ひげが気持ち悪い中年男がドアを開け、中に入るよう手招きする。もうすぐ死ぬとも知らずに、ニヤついてやがる。
「何か飲むかね?」
「ウイスキーをロックで」
「はっはっはっ、おもしろい子だ」
「さっさと済ませようよ。シャワーを浴びてきてもいい?」
「その必要はないよ」
「君が噂の裸婦か」
バスルームに潜んでいた中年男2人が出てくる。
「おしおきの時間だ」
ひげ男が俺をビンタする。
「いてーな!豚野郎!」
後ろから蹴られ、俺は倒される。
そして、慣れた手つきでロープで縛られ、椅子に座らされる。
「すいぶん捜したよ。弟が君に殺されてからもう5ヶ月か…」
「殺し過ぎて、誰だお前の弟かだなんて覚えてねーよ。そして、お前のひげ面だって、明日には忘れているさ」
「はっはっはっ、君に明日はもうないんだよ」
「この状況を理解しろ、お前に助かる道はない」
「どうやって、痛めつけてやろうか」
中年男3人のマヌケ面に我慢できず、俺は嘔吐する。
「今さら、ビビってもおせーんだよ!」
「うがいしたいから、もう終わらせるよ。地獄で弟と会いなよ」
「はっはっはっ、こいつイカレテやがる」
「5、4、3…」
俺は死のカウントダウンを始める。
「おい、何呟いているんだ」
そして、部屋の灯りが消える。
「な、なんだ?」
「死ぬ前に教えてあげる。武器って、拳銃とかナイフとか物とは限らないんだよ」
「だ、だれだお前…」
「うわっ…」
「や、やめろ…」
間もなく、部屋に灯りがつく。俺を縛っていたロープはナイフで切られ、解かれている。
バスルームに向かうと、手足を縛られた中年男3人が全裸でぎゅうぎゅう詰めでバスタブに入っていた。俺はバスタブに水を溜める。
「た、助けてくれ…」
「俺はこいつに無理やり頼まれて、仕方なく」
「殺す気はなかったんだ…本当だ。それに、俺たちを殺すと死刑に」
俺は、豚共の顔をふんづけ、黙らせる。
「俺はこれを持っているから裁かれない」
最後に殺人免許証を見せてやり、こいつらのスマホ3台をバスタブに落とす。
はい、終了。中年男3人が仲良く感電死する。
事故を起こした人を助けようとして、ひき逃げされてしまった女性のための死の清算だったが、2人多くなっても構わないだろう。
ここまでは順調だったのに、さわがしい来客がやって来る。
「この部屋であっているのね」
「ああ、信頼できるルートからの情報だ」
「千里よ、ここを開けて!」
「聡さん、一緒にタックルしましょう!」
「よし、任せとけ!」
やれやれ、これ以上騒がれてはたまったもんじゃない。俺がドアを開けると、高校生くらいのお姉さんが抱きついてくる。
「無事でよかった!」
そして、地味な服装だけどキレイな女と、体格のいい男と、憧れの神が、バスルームの死体を見つける。
死の清算を始めた神と会えるなんて思ってもいなかった。握手してもらえるかな。サインをもらえるかな。写真は絶対に撮ってもらおう。
「これ、君がやったの…」
神が私に尋ねる。
「うん。俺が殺してやった」
「うわあーっ!」
どうして?褒めてもらえると思ったのに、神が奇声を発して泣き崩れる。
「あなたが裸婦だったなんて…」
「ちくしょー!こんな子にこれほどむごいことをさせるとは…この国はどうなっているんだ!」
「ごめんね、千里がもっと早く止めてあげれば…」
他の3人も泣いている。どうして?どうして泣いているんだ?
「あのさ、神のことは知っているけど、お前たちは誰なんだ?」
「えっ、何言っているの千里だよ、チサネエだよ」
「チサネエ?俺はそんな奴知らない」
「さっきから俺って、喋りかたが変だぞ」
「もしかして、あなた…お名前は?」
「俺の名前は翼。吉村翼」
「それって、楓ちゃんの本名…」
「ああ、お前たち楓の知り合いなのか」
神は相変わらず泣き崩れている。楓が神と知り合いだったなんて嫉妬してしまう。
「楓の知り合いって、どういうことだよ」
「二重人格…なのね」
「そうだよ。俺は両親に虐待されながら必死に生きていた。食べられるものはなんだって食べた。それでも、餓死寸前だった。そんなとき、街でゴミをあさった帰り道にスカウトされたんだ。周りに虐待がばれないように、あいつらは顔だけは殴らなかったからな。そして俺はとっさに、楓というぶりっ子を作ったのさ。生きるために…」
神をはじめ、全員が何を言っていいのかわからず、言葉が出てこないようだ。
「そしたら、あっという間に天才子役になってさ。あの鬼畜共は手のひら返して、楓のいいなりさ。俺が蹴ったり、殴ったりしても文句ひとつ言わない。」
「どうして、死の清算を…」
神が俺の目を見て、やっと喋ってくれた。
「俺と同じように虐待されている子供たちの復讐のためです。大人たちを、特に力にものを言わせる男共を始末しました」
「僕が、千里ちゃんの家に泊まりに行ったとき、夜中に水を飲みに来たのは君だったんだね」
「はい。誰か始末しに行こうと思ったのですが、見張られていたのでやめました。まさか、ソファで寝たふりをしているのが神だとは知らなくて、挨拶せずにすみませんでした」
俺が頭を下げると、神たちはキョトンとしている。
「くそっ、こんな子供が完全に連続殺人犯の思考回路になっちまってる」
「千里は気付いていたの?」
「楓ちゃんは普段はニュースも新聞も見ないのに、バスルーム殺人事件のニュースにはなぜか敏感だったの。それに、楓ちゃんの鞄には犯罪者のエッセイが入っていて、おかしいなって思っていたけど…」
「それで千里も読んでいたのね」
「本当にこんなことをしているなんて…。でも、お姉ちゃんもお兄さんも、私が裸婦じゃなくて喜んでいるでしょ」
地味な服の女とデカイ男は、沈黙している。
「翔太さんは違うわよね」
「僕は…楓ちゃんが裸婦なんて絶対に信じたくなかった。千里ちゃんであってほしかった…僕は、まだ9歳の女の子を連続殺人犯にしてしまったんだ…」
神まで、楓、楓ってうるさい。
「なんで楓ばっかり愛されるんだよ!どうして誰も俺を…俺を…」
あれっ、俺が泣いている?もう涙は枯れたんじゃなかったのか?
「助ける…僕が翼を絶対に助けて見せる」
そう言って、神が僕を抱きしめてくれる。あったかい、あったかすぎて、涙があふれてくる。
「今はまだその方法がわからないけど…約束する」
神は体を離し、俺の目をまっすぐに見つめる。
俺は小指を立てて、
「指切り」
と子供じみたことを頼む。
「うん」
神は僕と小指をまじわせ、
「指切りげんまん、ウソついたら針千本飲ーます」
と歌ってくれた。
「それから、僕の名前は、高杉翔太。神なんかじゃないから、翔太兄さんって読んでもらえるかな」
「わかった。翔太、兄さん…」
「千里のことはチサネエでいいよ」
「うん…」
「帰ろうか…」
チサネエが俺の腕をとって、部屋から出ていこうとする。
「ちょっと、千里…」
「お姉ちゃん、この子は逮捕させないわよ。しばらく、家で暮らしてもらうから」
「そうだな、俺もそれがいいと思う。こんな子供逮捕するなんて酷すぎる…君、殺人免許証は持っているのかい?」
俺は頷いて、殺人免許証を見せる。
「ななしの組織は、こんな子供にも…」
地味な服の女が声を震わせる。
「行きましょう。翼ちゃん」
「僕も一緒に行くよ」
「ありがとう。翔太さん」
俺はチサネエと翔太兄さんと手をつないで、豚の匂いがする部屋から出た。
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