(4)
避難訓練の日から数日後。
「もし落ちても一般枠でトライするつもりなんだけど、あの大学、めちゃめちゃ偏差値高いでしょ? だから放課後はきちんと勉強頑張ってますよ。俺、どうしてもあの大学の陸部に入りたいからさ。どうよ、先生。俺、ちゃんと〈受験生〉してるだろう?」
剛志はしたり顔で胸を張ったが、すぐさましょんぼりと背中を丸めた。褒めてくれるだろうと思っていた担任が表情を曇らせるばかりか、そこはかとなく不憫がるような雰囲気まで醸していたのだ。
「もしかして、引退したら絶対に部活に参加しちゃ駄目だった?」
「あ、いや、そんなことは無いんだけど、何ていうか……ごめんなさいね」
訳の分らぬ謝罪に剛志がもったりと頷くと、担任は申し訳なさそうに「昼休みに生徒指導室に来なさい」と付け加えて去って行った。
昼休み。渋々生徒指導室へとやってきた剛志は開口一番、〈やはり引退した身で部活に参加しては駄目だったのか〉と担任に詰め寄った。担任は苦笑いを浮かべて彼を宥めると、座るようにと促した。
「実はね、飯田君、あなた、特務候補生に選ばれたの」
「何それ、〈実は試験免除で推薦通ってます〉みたいなこと?」
そうじゃなくてね、と言うと担任はしどろもどろに話し出した。それによると、どうやら自分は消防局からスカウトされたそうで、学校側としては大学受験をするのではなく消防局のほうに行って欲しいとのことだった。承服しかねると剛志が即答すると、担任はどうにか検討して欲しいと顔を曇らせた。
教室に戻り鞄の中へ乱暴に手を突っ込むと、剛志は取り出した弁当を荒々しく広げた。呼び出しの理由は何だったのか教えろとせがむ学友達を無視していた剛志だったが、あまりのしつこさに一言だけ、消防局からスカウトされたと答えてやった。
一瞬の静けさののち、クラスはどよめきと歓声に包まれた。飯を食う時間がなくなると邪険な態度をとる剛志をよそに、仲の良い学友達が祝福の声を上げ、剛志の背中を遠慮なしにバシバシと叩いた。一方で、こそこそと内緒話をするグループがちらほらと目に入った。気分を害した剛志は箸を置くと、顔をあげて声を張り上げた。
「ていうか、まだ〈検討してくれ〉って言われただけで、了承してねえから。そもそも、俺、行きたい大学あるし。つーか、何なわけ? 俺が何かしたわけ? ていうか、特務って一体何なんだよ?」
怒り顔の剛志に学友の一人は笑みを浮かべ、そして穏やかな声で答えた。
「お前はただ、俺達の希望と憧れの星になったってだけだよ」
あの後、学友に問いただしても「今に分かるよ」の一点張りで言葉の意味を教えてはもらえなかった。
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