(2)

 他にもおかしいことがある。それは、S県の遠足では行楽を楽しむということはないということだ。


 年に一度の遠足を楽しみにしていた剛志は、目の前にそそり立つ〈県立地震防災センター〉と彫り込まれた石柱の看板を見てげっそりとしたのを覚えている。しかし、S県ではこれが普通らしく、幼稚園から今に至るまで遠足というと必ず此処を訪れているとクラスメイトが説明してくれた。

 そう毎年必ず訪れているとなると飽きが来るのも当然と思いきや、彼らは非常に楽しそうだった。センターに入ってすぐ右手に津波の実験模型があるのだが、学友達は入館するなりこの模型の前に集まった。そして、模型を熱心に見つめだした。中には模型から流れるナレーションを一言一句違わず、かつ同じタイミングで熱を込めて発する者や、模型上で起こる津波について実況する者もいた。――正直、これには少し引いてしまったのを剛志は覚えている。


 剛志つよしはこれ以上クラスメイト達に付き合ってはいられないと言わんばかりに体験ブースへと逃げた。そして、そこでまた酷い目にあった。

 地震の揺れを体験するブースにやって来た剛志は、我が目を疑った。剛志は小さい頃に一度だけ同じものを体験したことがあったのだが、その記憶にある最大設定震度よりも二、三は上の数字がそこには記されていた。――だが二、三増えたところで、さほど差はないだろう。そう高をくくっていた剛志はこの時本気で死を覚悟した。


 体験は少しずつ設定震度を上げていく形で行われた。東京の防災センターでは最大だった震度までは気持ちに余裕があったが、そこを少し超えた瞬間からブース内の様子が一変し、剛志はキッチンテーブルの脚に必死にしがみついた。

 ブース内に設置されている食器棚は倒れて来ないようにビスでしっかりと固定されてはいるのだが、さすがに本体験ブースの最大震度にもなるとギシギシと音を立て、今にも倒れかかってきそうな気配を醸していた。揺れの大きさも食器棚の立てる音も今までとは比べ物にならないほど尋常ではなく、剛志は思わず楽しかった思い出の数々と両親の笑顔を脳裏に浮かべてしまった。


 その隣の火災からの脱出体験では、ブースの中が迷路状になっているだけではなくダミーの扉がいくつもあり、中々脱出させてもらえずにすっかりといぶされた。更に隣の消化体験ブースでは実際に消防活動の現場で使われているホースからの放水が体験出来るのだが、出力が想像以上に強く、危うくびしょ濡れになるところだった。


 そして最後に、応急救護の体験がある意味で一番最悪だった。人工呼吸用の人形を前にもじもじと恥ずかしがる女子の前にやってきた、カッコつけたい男ども。こいつらが悪ノリし過ぎて、人形相手ではなく周りにいた他の男子相手に人工呼吸のレクチャーを始めたのだ。

 むさい男同士の熱いベーゼを見せられた女子が悲鳴を上げたのは言うまでもなく、うっかり目撃してしまった上に巻き込まれて唇を奪われかけた剛志は間一髪のところでクラスメイトを張り倒し、体調不良を理由に遠足を早退したのだった。

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