第五話「大魔法高等学校」

 第一章 邂逅編


 第五話「大魔法高等学校」


 蒼はクラス表の張り紙を確認してから、今年一年世話になる自身の教室に向かっていた。

 現在地は大魔法高等学校の二階、二年生の教室が多く並ぶ廊下だ。二十にも及ぶ教室が並んでいるため、自分の教室にいくのすら、この学校は一苦労なのである。

 蒼は、先ほどから頭の隅に引っかかるソリューションへの勧誘は、一旦忘れることにした。

 今まで命令に従って生きていた反動か、自ら決断をくだせない蒼は、迷いを持て余していた。

 どうにも迷いを持つ自分の心は、自分のものでない気がして結論をだせずにいるのだ。

 ソリューションに入隊する理由は、蒼の中で存在する。

 紅 久遠を見つけること、その一点だ。美久が言ったように、円卓の騎士団に所属していてはできないことである。

 円卓の騎士団は個人の欲望を捨てて、命令に遵守しなければならない。故に、誰かを見つける、探すなどということは個人の欲望に他ならず、許されるわけがないものだ。


「おっとっとと……っと!」


 いつもはしない考え事をしながら歩を進めていたからだろう。目の前の人間に気づかず肩が、ぶつかってしまった。


「あーっ!」

「……」


 女性の甲高い声と共に手から離れたダンボールの中身が地面に乾いた音を立てながら散乱する。

 少しよたれてしまったものの、蒼は姿勢を立て直してまた脚を進めようとする。


「うわちゃー、やってしもうたわー。ぶつかってしもうてごめんな」

「いや、問題ない」


 訛りの入った言い方で謝ってくる女生徒。セミロング程度の髪をまとめた黒髪のポニーテール、翠色の瞳が蒼を視界に捉えていた。

 あちらも不注意であったとはいえ、考え事をしていた己の不注意でぶつかってしまって片づけを手伝わないのはないだろう、と思い蒼は腰を下ろしてダンボールの中身を回収し始める。


「ん、あんさんてつどうてくれるんか。ありがとなー」

「……」


 細かな機械を手に持って、ダンボールに戻していく。

 一体なんの道具なのだろうか。精密機械のようなものから乱雑に大きい機械もある。どうやらジャンク品のようなものも多く含まれているようだった。


「なぁなぁ兄さん、あんた何年生?」


 関西弁独特の少し砕けた言い方で、女生徒は話しかけてくる。


「二年だ」

「何組?」

「二組」


 なぜこんなことを聞かれるのか蒼は理解はできなかったが、片付けている間、なんとなく答えていく。


「そっか、うちも二年二組なんやけどな。うちの名前は黒未 律(くろみ りつ)や。今年一年よろしくな」


 律は名乗りながら満面の笑みで手を差し出してくる。相手が名乗った以上、こちらが名乗らないのはさすがに失礼にあたるというものだ。

 蒼は回収のために、素早く動かしていた手を止めて、立ち上がりながら言う。


「創崎 蒼だ」


 手を差し出さなかった蒼に対して、残念そうに律は差し出した手を引っ込める。


「もう回収できたんか。たくさんあったのにありがとな、創崎さん。また今度お礼するわ」

「……いや、礼はいい」

「そう? あんたが言うなら、まっいーか。んじゃ、うちは行くなー。よっと」


 黒未 律と名乗った少女は、手一杯のダンボールを抱えて立ち去る。

 蒼はというと、何事もなかったかのように再び自分の教室へ向かった。


 ……

 …


「あれが創崎さんねぇ……」

「で、どうだった?」


 律はダンボールを持ったまま廊下を曲がった矢先に、凛とした声をかけられる。

 薄暗い廊下の奥で待ち受けていたのは紅の髪をした少女、美久だった。

 話しかけられたことに驚くこともなく律はそれに受け答えする。


「悪いひとやないんちゃうかな。うちが散乱させたもんの回収もしてくれたんやし」

「それだけじゃさすがにいい人、だなんて言えないだろ……」

「なんや和志おったんかいな」

「最初から居たんだが!?」


 和志が大袈裟に手を広げて抗議するが、美久や律は辛辣に突っ込む。


「あんた影薄いからねぇ」

「主人公になれへんタイプやな」

「なにもそこまで言わなくてもいいだろ……で、美久が創崎を誘った本当の理由はなんだ?」


 和志が美久に対して探るような視線を送る。美久はどこ吹く風のように、それを受け流した。


「さあ? 私は蒼くんから欲望があるなって感じたから誘っただけよ」

「欲望なぁ、あいつ欲望なんて持ってなさそうだったが」

「あの顔は持ってる顔やったけどなぁ。今は判断つかんって顔やったけど……あのままやったら入ってくれるんやないかな、こっちに」

「紅 久遠だっけか。女の尻一つ追いかけるために入ってくるもんかね。名誉階級までいった人間が」

「入ってくれたら助かるんだけどね。私がいくらレジェンドスキル持ちと言っても放出魔法専門だし、間接距離でまともに戦える人が欲しいのよ」

「和志は戦えんしなぁ」

「いやいやいや、俺ランスロット卿との戦い頑張ってたよねぇ!? 近距離であいつの攻撃捌ききったんだぜ?」

「あんたの固有能力自体が攻撃よりのスキルじゃないんだから、次戦ったらきっとあんた負けるわよ。たぶんあの時の蒼くんは私を捕まえることを最優先にしてたから、あなたに対して本気で挑んでなかったと思うわよ」

「次も、やっとみねぇとわかんねぇし……」

「震え声になってんで」

「うるせーよ、頑張ってあいつ捌ききってやるさ! できりゃ戦いたくないけどな……」

「ん、宜しくね」

「おう!」


 拳をぐっと握って和志はガッツポーズ。律はその光景を半笑いで見つめていた。


「……飼われとんなぁ」


 しみじみと言う律を見て、和志は怪訝そうな顔で返した。 


「なんだよ、律」

「んにゃ、なんもなーい。ほら、あんたも手伝ってや。このダンボール重いねん」

「わかったから、ぐいぐいダンボール押し付けてくるんじゃねぇよ」

「はいはい、そんな風に言いつつ持ってくれるあんさん素敵やで」

「素敵ね~」

「お前ら絶対からかってるだろ……」

「「うん」」

「だよねー」

「いつまでもコントやってないで早く運ぶわよ。私の仮面修理してもらわないといけないんだから」

「せやね。ほら和志、きびきび歩き!」

「わあーってるよ」


 美久、和志、律の三人は曲がり廊下の暗がりに消えていった。

  

 ……


 蒼は時折教室に入ってくるクラスメイトの気配を感じつつ、窓側の席に座って眠っていた。

 椅子に腰を預けて何を考えるでもなく、ただ流れる時間に身を委ねる。

 クラスの中は喧騒に包まれているが、蒼はそんなことは気にならないようだった。

 無心になっていれば、悩むことはない。

 このままずっと居られればなんと楽なことだろうか。しかし、世界はそう安々と楽になることを受け入れさせてはくれなかった。


「おーい創崎ー」

「……」


 蒼は掛けられた声に対して面倒そうにまぶたをあげた。

 ぺたっとしたショートカットの髪、ひたすらに黒い瞳が目に入る。

 忘れるわけがない。今朝校門で話しかけてきた人物の一人で、美久には和志と呼ばれていた青年だ。

 あの時は顔に葉っぱが絡まっていたから馬鹿っぽい面をしていたように感じられたのだが、よくよく見ると端整な顔立ちに見える。


「なんのようだ?」


 できるだけ棘のある言い方をして、必要最低限の話で会話を終わらせようとする蒼だが、和志は気恥ずかしそうに頬を人差し指で掻いて言った。


「いやさ、朝ちゃんとした挨拶してなかったろ。それで挨拶を、ってな」

「挨拶の必要はない。お前が藤幹 和志(ふじみ かず)である。それだけの情報で十分だろう」

「俺、お前に名乗ったっけ?」


 蒼は、彼が藤幹 和志という名前であることを、クラス名簿の張り紙で知っていた。和志という名前がそう何人もいるとは思えない。そこから当たりをつけていたのだが、どうやら当たったらしい。

 和志は首を傾げて、さらに言葉を紡ごうとするものの、教室に担任の先生が侵入した。


「席につけー。これから新年度のホームルームを始める」

「おっと、先生か。これから一年宜しくな、創崎」


 と言いつつ、和志は蒼の隣席に座った。どうやら、隣席を自分の席として決めたらしい。


「私も一年宜しくね、蒼くん」

「さっき言うたけど、うちも宜しくな」


 後ろから聞こえてきた声に、振り返ることなく誰がどこの席に座っているか蒼は、把握した。

 真後ろには紅 美久、右斜め後ろには黒未 律。これは状況的に考えて、律はソリューションのメンバーだったということだろう。

 ソリューションに入隊してもしなくても、どちらにせよ今年一年は厄介なことになるに違いなかったが、蒼は関係がない、と自分の心に言い聞かして目を瞑った。


「新年度になって早速だが、魔法力のテストを行う。一年の頃は基礎の魔法訓練ばかりだったが、これからは選択授業として体内発生型魔法か、放出型魔法か、自分の得意な魔法を選択することが必要になってくる。そのためのテストだとも思ってくれ。全員、十分後に全員校庭に集合。以上だ」


 先生は早口で言いたいことを言ったと思ったら、退室する。新年度からあらゆる行事に追われているようだ。


「うげっ、また魔法力テストやるの……」

「女がうげって……それはいつものこととして、お前はレジェンドスキル持ちなんだから別にいいだろ。俺のほうが胃が痛てぇよ。前より魔法力下がってたら終わりだ」

「そうね、あんたの場合、終わりに違いないわね」

「うん、終わりやな」

「揃いも揃って終わりとかいうのやめろよな!? 律は随分と余裕そうだな! 元々魔法力高くねぇだろうに」

「せやから、余裕なんやろ? それに、うちは魔法力別に気にしんでえぇからな」

「それもそうか。創崎はどうなんだ?」

「……」


 死んだようにぴくりとも動かない蒼に、和志は話を振るが完全に無視される。


「なんで俺に話しかけるって感じね」

「まったく、馴れ馴れしいで和志は」

「俺いつも攻められてばっかだなぁ!?」

「それがあんたの立ち位置でしょうに」

「そんな立ち位置はいやだああああ!」


 ごちゃごちゃと言い合いをしているソリューションの人間を無視し、蒼は体内時計が五分立ったのを確認してから校庭に向かうために席を立った。

 教室から手早くでていこうとする蒼の瞳には、どこか楽しそうなものが浮かんでいた。


 ……

 

 春の暖かな風に吹かれて、雑草が揺らめく校庭では、多くの人が揃っていた。

 大魔法高等学校の校庭はとても規模が大きく、端から端まで移動するだけでも相応に手間を要するほどに広い。

 それを埋め尽くすような人数が居るというのは圧巻の一言であった。


「到着した奴から各自、振り分けられた番号の場所で計測を受けろー。早く帰りたかったらできるだけ静かに、迅速にしろ。これが終わったらすぐに帰宅してもらっても構わん」


 放送室から流れているのであろう音声が、校庭へ数分ごとに流れる。テンプレート化された音声だ。

 計測に少し出遅れた蒼は、番号を振り分けている先生からラミネート加工された番号札を無言で受け取る。そこには、三番と記載されていた。


「先生ー番号くれ、番号」


 続いて、教室で馬鹿騒ぎをしていた和志も現れて、番号札を入手していた。


「藤幹 和志だな。お前は三番だ。とっとといかないと時間が勿体無いぞ」

「あーい、了解ー。創崎は何番だった?」


 馴れ馴れしく和志は話しかけてくるが、蒼は無視して三番の列に並ぶ。

 番号で分けられた列は百番まで続いており、生徒五千人を今日中に捌くつもりであるらしいことが窺えた。

 途方もないことだと思われるかもしれないが、慣例でもあるのでそこら辺は慣れたもの。ひとりひとりがスムーズに計測を終えていく。


「いやいや、創崎、無視するなよ……? 俺泣いちゃうぞ」

「……三番だ」


 蒼は露骨にため息をしてから、雲ひとつない空を見上げた。特に何か意味があるわけではないが、こうすることで心が落ち着く気がしているのだ。


「何か見えんのか?」

「何も」

「……創崎さ、お前はどうして円卓の騎士団に入ったんだ?」


 和志は蒼と同じく、青色に透き通る空を見ながら呟く。

 蒼の本質はどこにあるのか? なぜ、そんなところで戦っているのか、それを聞く質問だった。


「俺の戦う理由などお前にはどうでもいいことだろう」


 どうでもいい?

 違う。ただ、質問に答えられないだけだ。


「そうかもしれねぇけどさ。ちょいと聞いてみたかったんだよ。俺たちとは違う視点でこの世界を見るお前は、どうしてあんな国防組織に入ったのかってな」


 そうは言うものの、和志は興味本位で聞いているわけではなさそうだった。何かの判断をするため、そういう険しい目つきをしていた。

 真剣な眼差しにあてられたのか、蒼はぽつぽつと喋りだした。今まで考えたこともなかった、自分が円卓の騎士団に所属している理由を。


「……俺には円卓の騎士団に入る――その選択しか存在していなかった。兵士として生き、命令を聞き、任務を遂行することでしか生きていると実感できなかった。円卓の騎士団に、なぜ入ったかと問われたら回答は一つだ。俺は流されるままに、円卓の騎士団に所属している」


 言葉にして改めて理解した。

 自分はなんと自己意思のない人間なのだろう、と。

 和志は、蒼の答えに肩を震わせて大声で笑い始めた。


「あははは、はははは! そういうことかよ。戦った時おかしいって思ったんだぜ。これまで戦ってきた円卓の騎士団は誰でも欲望の色が垣間見えた。でも、お前から欲望を感じることはなかった。そこがちょっとおかしいなって思ったんだよ。まさか、成り行きとは思わなかったけどな」

「……仕方のないことだ」

「今までの創崎ならそうかもしれないな。でも、今のお前からは俺たちと同列の欲望を感じるぜ。美久が円卓の騎士団の人間をどうして誘ったのか、ずっと疑問だったがやっと理解できた。久遠って奴を探そうとしてるんだっけか。創崎が俺たちの側にきてくれたら俺も手伝えると思うぜ、その捜索」

「そんな甘言に乗ると思っているのか?」

「甘言っつうか……探し人がいるって素敵じゃねぇか。だから手伝うってだけさ。ソリューションの力を頼りにするわけじゃないなら、俺はお前が円卓の騎士団の人間であろうと手伝うぜ」


 和志は真摯な眼差しで、蒼を見つめる。その眼差しには気づいても、蒼は見返そうとはしない。

 彼の瞳は眩しすぎた。

 欲望がなく、命令を聞く機械――闇として生きてきた蒼にとって、欲望を躊躇うことなく行使するソリューションの美久や和志は光にすら思えた。


「お前たちは、眩しすぎる」

「次の奴ーはやくこーい」


 気づかない間に長い列を形成していた生徒は居らず、蒼の番になっていたらしい。早足で測定台に向かう。


「へ? ま、眩しすぎるって、お、おい!? 話の途中だぞ!?」

「ほれ、早くしろー。その測定台に乗ってとっとと魔法を使ってくれ」


 平らで、何の装飾もない体重計の形そのままの測定器に乗って、蒼は自然に魔法を唱え始める。

 決して蒼は和志のことを無視したわけではなく、己の考えをまとめながら済ませられることなら済まそうとしただけである。


「素は火――」


 紅 美久、藤幹 和志、黒未 律。

 これまで出会ったソリューションの面々からは、欲望が感じられた。誰もが己の利益のために戦っている、生きている。

 そんな彼女たちに人として本来あるべき姿を真正面から示された気がして、蒼はそれを眩しいものだと解釈した。

 その先にある感情――自分が彼女たち対してどのような思いを抱いているのか。

 鉛のように考えるほど重くなる思考を必死に動かして、まとまらない考えながらも、蒼は答えを捻りだした。


「――フレイム、ソード」


 文字だけで言えばそれほど長くない文字を呟くだけで、全身の魔力が右手に集中し、袖の隙間から実体を持ちつつも、炎のように揺らめく刀身が現れる。

 それだけで、周囲の気温が二度は上昇したように暑くなる。


「あっついな、すげぇ魔力の練りこみだ……」


 感心する和志をよそに、蒼は和志を正面から見据えた。


「藤幹 和志、俺はお前達が羨ましい。欲望を素直に表せるその姿勢が、思想が、心が。そうあれたら、どれほどよかっただろうな」

「羨ましいならソリューションに入ってくれりゃ、俺たちも楽なんだけどな。俺は歓迎するぜ」

「はーい、おつかれー、もういいぞー仕舞えー」


 緊張感のある話をしているというのに、教師は何事もなかったように指示を飛ばす。やりなれているのか、それともソリューションの手のものなのかわからないが、こちらを構わないのなら好都合である。

 蒼は言われた通りにフレイムソードの魔力結合を解除し、測定器から軽く降りて和志に返答した。

 

「俺は欲望のない闇で、お前たちは欲望ある光だ。どちらが人間として正しいのか、一目瞭然だが俺には……まだ欲望がどんなものか理解できない。だから、本当の答えを俺はまだ持ち合わせていない。お前たちの誘いにはまた近いうちに返答をだす」


 そう言って蒼は手早く校庭を去る。和志が後ろで何か喚いていたが、もう言いたいことは言い切ったとばかりに無視する。

 蒼はひたすらに同じ事を反復して思考を巡らせる。

 自分は命令をこなす機械ではなく、美久や和志のように欲望溢れる人間らしくなりたいのだろうか?

 それとも、眩しいものを見つけて、ただ一時期の感情に心が揺れているだけなのだろうか。

 そう考えているうちに、蒼の脳裏には今朝の会話が思い出されていた。無頼は迷いがあるなら相談をしにこいと蒼に述べていた。

 ならば、それに従って相談させてもらうとしよう。

 無頼が己の迷いに答えを見つけてくれることを信じて、円卓の会議場に進路をとる。

 蒼は、自ら導きだした回答を信じるのではなく他人からの答えを求めていた。


 第五話「大魔法高等学校」終わり

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