第三話「名誉階級」

 第一章 邂逅編


 第三話「名誉階級」


 戦闘から一夜明けた翌日。

 ランスロット卿――創崎 蒼は体が自然に馴染む柔らかで、程よい弾力のあるベッドで意識を覚醒させた。

 無言でむくりと起きて、蒼色の瞳で周囲を確認する。

 汚れのない白で染まった壁に、ワンルーム程度の広さ。装飾品の類は一切なく、まさに単純、シンプルにまとまった部屋だった。

 そう円卓の会議場にある自分の部屋で寝ていたのだ。


「……」


 朝の陽光が差し込む窓を少し見てから、部屋の壁に立て掛けてある時計に視線を向けた。

 長い針は真上を、短い針は真下を指している。時刻は午前六時だ。

 いつもより目覚めが遅かったな、と思いつつ蒼はベッドから出る。

 フローリングの地面に脚を下ろして、もう一度、窓の外の景色を確認するように眺める。

 空は抜けるように青い空で清潔感を漂わせているが、それとは対照的に地面では瓦礫が散乱し、この世の地獄を体言しているようで、無意味に不安を煽られてしまう。

 遥か遠方――瓦礫にこびりついた血を見て、蒼は昨晩のことを思いだしていた。


「……あの顔、やはり紅 久遠か……? いや、しかし、そんなことはあり得ないはずだ……」

「よくない雰囲気が見えるな、一体どうした?」


 突如聞こえた耳によく通り、重く残る男らしい声に振り向く。

 昨日の戦闘で、敵に素性を知られないために被っていた仮面はつけておらず、翠色の瞳と見るものをひるませるような強面の顔を晒していた。

 服装は昨晩と同じく、白と黒を基調としたもので、至るところに高級そうな金色の刺繍が施されている。

 白を基調とし、裏地には赤を使用したマントを背に羽織っており、見るからに騎士とした外見をしている人間――縁李 無頼(えんり ぶらい)だった。


「無頼か――なんでもない。俺はどうもしていない」


 気配を悟られずにいつの間にか入ってきた無頼に、蒼は答える。

 なんでもない、と言ったものの顔にはでていたらしく、無頼は言った。


「どうもしていない、な。珍しく顔にでているぞ。欲望のなかったお前の顔に微かな欲望を感じる……が、今は時間がない。言わなくても構わんがあとで聞かせてもらうぞ。アーサー王がお呼びだ」

「わかった。すぐに行く」

「……外で待っているぞ」


 返事も聞かずに、無頼は部屋から退室する。

 蒼は手っ取り早く、ランスロット卿の服に着替え始める。無頼とは違い、白と青を基調にした服装に、白い表地と青い裏地があるマントを羽織る。

 着替えている間も考えることは、紅の髪をした少女のことだ。どうしても頭から離れることのない呪縛のようなものに思考が縛られる。

 月夜に照らされたその姿を思い浮かべると、いつの間にか思考は過去へ誘われていた。

 幼い頃、どこかへ消えて行ってしまった紅の髪をした少女、紅 久遠。

 創崎 蒼にとって、唯一の世界であると同義だった少女は、いつしか霧のように姿を消してしまった。

 蒼が何もかも、人間として当たり前の欲望すらも失ったのはその頃からで。

 久遠を失ってからというもの、他に頼る大人も誰もおらず、ただ飢えを満たすために草を食べてみたり、水を飲んだり、それはもう悲惨な生活だった。

 たった五歳の子供がやることではないような生き方を数ヶ月続けた。

 ある日、紅 久遠がいなくなり身寄りのなかった蒼は、紅 久遠と一緒に消えたはずの縁李 無頼に再び出会い、円卓の騎士団に誘われて兵士としての育成を受け始めた。

 戦いや訓練の日々に明け暮れていると、ランスロット卿になるほどの力をいつの間にか手に入れていて、名誉階級になっていた。

 しかし蒼は地位などにまったく興味はなく――ただ日々を闘争で埋め尽くしていると、いつの間にか世界は単純なものになっていた。

 生きるか死ぬかの二択の中で生きることはとても楽であり、簡単な図式だった。何を考えることもなく、ただ命令に従っていきるのは人として不自然なことだが、心地よかった。だが昨晩の戦闘で、その信念を変異させるものが訪れてしまったことを理解していた。

 しかし、自分の中で渦巻く得体の知れない感情は理解することも処理することもできない。

 自分は自ら動くことはない、命令に縛られた欲望のない人間である、そのように思っているから、ただ命令に従い生きる。

 それだけでいいはずなのに、紅 久遠と会いたい。久しく忘れていた微かに灯る欲望は留まることなく、心を蝕み始めていた。


 ……


「やっとでてきたか、蒼」


 自室からでると、無頼が腕を組んで壁を背に立っていた。待ちくたびれていたらしい。

 仮面と帽子を被る手間もなかったから、それほど時間をかけた着替えでもなかったのだが……仮面と帽子は敵対勢力、民間人に対して素性を知られないために着けるもので、アーサー王に対して会いにいくだけならば着けなくても問題がないものとして、着けることはしなかった。

 無頼も仮面を着けていなかったので、実際問題はない。


「すまない、遅れた。急ごう」

「いつものお前なら二十秒で着替えられたはずだ。夜間戦闘の訓練でも着替えは迅速に、と教えたはずなんだがな」

「……わかっている。次から気をつける」


 そう言いつつ、果てしなく伸びる廊下をできるだけ早足で歩きだす。

 無頼もそれに同行しつつ、口を開く。


「お前は俺が育てた中で、もっとも有能な兵士だ。なんどきも冷静沈着、物事を的確に遂行してきた。さっきの話の続きになるが、そんなお前が何があった? らしくないぞ。俺はこう見えてもお前の師匠だ。弟子の悩みなら聞いてやる」


 普段の蒼ならば、無頼に聞かれたところで何も答えようとしなかっただろう。元より心を揺さぶられるなんてことは、ここ数年なかったのだ。だから、様子を見た無頼も心配してこのように声をかけているのだろう。

 それを理解して、蒼は言葉を紡いだ。


「……紅 久遠のことを思いだしていた。久遠は無頼と共に消えたはずだった……なら、知っているはずだ。久遠はどこに行ってしまったんだ?」


 蒼の平坦で無感情に聞こえる声に、僅かながら感情が篭っていた。

 その感情の揺れ幅に気づいて無頼は、苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。


「前にも言ったはずだぞ」

「事故に巻き込まれて死んだ、か……。無頼のような武道の達人がついていて、それを救えなかったと?」


 この質問は紅 久遠と共に無頼が消えたあと再び蒼の前に現れた時にした質問と同じなのだ。

 蒼だって、無頼がそれ以上の答えを持ち合わせていないことを知っていたが、聞きたかったのだ。

 昨晩出会った少女はなんだったのか。久遠ではないのか。それだけが心に何か得体の知れないものを生みだしているから。


「守ることができなかった。久遠が死ぬところを、俺は見ていることしかできなかった。それが唯一不変、森羅万象にも覆せない事実だ」

「……だが、俺は久遠に似た人間を昨晩目撃した」


 蒼は唐突に立ち止まり、先を進む無頼の背中を見つめる。シンとした空気のなか、無頼は振り返り蒼を諭すような目で見つめ返した。


「他人の空似だろう。久遠の最後は俺がしっかりと見取った。もう生きていない、ただ似ていただけだ」


 どうやら無頼が持っている情報では、久遠は確実に死んでいることになっているらしい。

 隠されていることがある。そうと感じるのだが無頼はこれ以上問い詰めても語ることはしないだろうから、蒼は折れることにした。


「似ていただけ、か。そうなのかもしれないな。すまない、面倒なことを言った」


 そう言って、再び廊下を歩きだす。無頼も立ち止まるのをやめて、先に進む。


「……学校が終わってから演習場に来い。お前の顔には未練らしきものが浮かんでいる。それを戦闘で晴らせ。俺が久しぶりに相手をしてやる。お前がどれほど強くなったのか、見極めるためにもな」

「分かった」


 蒼は無頼に言われて、改めて気づいた。

 今日から春休みが終わり、学校が再び始まる日だったのだ。蒼個人としては学校など本来通う必要がないのだが、大日本帝国の法律で決まっているのだから仕方ない。

 個人個人によって適正のある職業がある。それが今の蒼が、学校に通っている理由だ。

 本人が嫌でも今の日本では生活を勝手に決められ、生活リズムを決められて、ただ国から命令を下される。

 中学校までは基本的に部活動を強制的に決められる以外は自由だ。

 しかし高校生になってからは高校に通うのか、仕事をするのか、それを大日本帝国が決める。そして、蒼は高校生活を謳歌することが命令だった。

 そうやって高校生となる年齢を境に全てを大日本帝国に管理される。それが、今の日本の現状で。

 さらに大日本帝国は夢を、欲を抱くことを禁止して人々を統制、命令を繰り返す。

 他人に物事を決められる世の中――責任を他人に押し付けられる。人にとってこれ以上ないほど住みやすい世の中が、大日本帝国には広がっていた。


 ……

 …


 蒼と無頼は円卓の会議場中心部にある、円卓が中央に設置された大部屋に脚を踏み入れた。

 天井には豪華なシャンデリアが神々しく光り、大部屋を異常なまでに照らしている。

 シャンデリアの下にある円卓のテーブルに用意された席は、全部で十三席。

 その中で埋まっているのは僅か六席たらずで、蒼と無頼を入れるとたった八席しか埋まる予定がない。あとの五席は地位に入れるものが居らず、欠番の席とされていた。

 蒼と無頼がきたことで、席についていた者はそれぞれ十人十色の反応を示す。

 まず、円卓の上手(かみて)に座っている白い仮面に、白い帽子を被った得体も知れない人間は腕を組み、ただならぬ気配を漂わせていた。

 顔が窺えないばかりか、体のラインがでないゆったりとした服をきており、男なのか、女なのかすらも把握できない。

 単純に感じるのは、人を怯えさせるほどの殺気を発しているということで、人間ではないようにすら思えるこの人物は――大日本帝国、国防組織円卓の騎士団の中心人物で、ランスロット卿やガウェイン卿など名誉階級の中で、もっとも偉い立場にいる。

 旧名称、日本、現名称、大日本帝国の国王――アーサー王、その人だった。

 蒼はアーサー王に視線を向けながらも、円卓を見回す。

 アーサー王の席から時計回りにある席のうち、四番目の席に円卓の騎士団の作戦指揮官、アクロヴァル卿――望月(もちづき) 智(とも)が座っている。

 風貌からだけでは年齢を把握することができないくらいには年齢不祥な人物だ。明らかに蒼よりは年上なのだが、それすらも感じさせない。

 物静かな雰囲気を感じさせる柔らかな薄翠色の瞳、波打つように揺れる長い髪は軍人とはとても思えないほどに柔らかで、癒しの波動でもだしているのではないだろうか、と思えるほどに見ているものを素直な気持ちにさせる女性だった。

 そんな彼女は、蒼を確認して意地悪そうな笑みを浮かべる。

 彼女は困ったことに、その癒し系の風貌から想像できないほど、面倒な人物だった。昨晩、蒼が突然電話を切ったことを根に持っているのだろうが、アーサー王の手前もあってか話かけてくることはない。アクロヴァル卿に対しても会釈だけして次の人間に視線を移す。

 アクロヴァル卿が座る四番目の席から一つ空いて、六番目の席にはトリスタン卿――火光(かみつ) 真地(しんじ)が座っていた。

 日本人であることを表すような短髪の黒髪。

 矢のように鋭い黒い瞳が一瞬だけ蒼を捉える。普通の人間ならば、この視線を受けただけで身を竦ませることだろう。だがそれも一瞬ことで、火光 真地は瞳をすぐに逸らした。

 何やらよくわからないが、睨まれること自体はいつものことなので蒼は無視して、七番目の空席を飛ばし八番目を見る。

 無精ひげに毅然とした態度で腕を組む熊のような男――ガレス卿、剣豪(けんごう) 正義(まさよし)がそこに居た。

 服装を着込んでいながらも、筋骨隆々とした体が服から浮きでるように主張している。全身が筋肉で埋め尽くされており、肥大化した体はまさに相撲取りというのがしっくりくるだろう。

 豪華なシャンデリアに照らされた頭が眩い。

 齢五十二年を生きてきた剣豪 正義はつまらなさそうに蒼を見て鼻で笑う。基本的に、若者をよく思っていないらしく、時折若者を見てあざ笑うかのような仕草をとることがあった。

 未来を作るのは老人――そんな風にすら思っていそうな人物である。

 九番目の席にいるのはモルドレッド卿――嬉野(うれしの) 麻耶(まや)。

 腰を超えるほど乱雑に伸びた黒髪。深い紫の瞳からは感情を読取ることができない。

 彼女は、誰もいない場所に視線を注力させている。

 誰に対しても無関心、無反応で、命令されたことだけを貫く姿勢は、大日本帝国の欲を持ってはいけない、そんな法律を遵守する国民としてのお手本のような存在だった。

 九番目の隣、最後に席へ座っている男――パーシヴァル卿、鳳 咲夜だ。

 男とは思えないほど気品溢れる細やかな髪、相手を虜にする獣を感じさせる瞳でありながら、柔らかさを感じさせる黒の瞳。

 日本でも有数の名家出身の男は、ただひたすら待つように手を膝の上に載せて行儀よく待っていた。何事にも実直な男のようだ。

 あとの席も見渡してみるも、どれもが欠番の席だらけ。今の円卓の騎士団はアーサー王を抜けば、七人で構成されていた。

 蒼は一通り見たあと、アーサー王から二つ離れた三番目の席に座った。

 無頼は二番目の席に座り、アーサー王の言葉を待つ。

 アーサー王の窺い知れない顔が動き、機械のような音声が鳴る。白い仮面の機能の一つで、声色を変更することが可能なのだ。

 もし戦場でテロリストの集団にあたり、それを見逃してしまい声を知られてしまった場合、声から個人を特定し、不意に狙われることがある。そんな万が一を回避するための装置だが、名誉階級の人間は殆ど使わない。

 なにせ不意打ちでやられるような人間は、ここにはいなくて、強さの壁を越えた人間だけがいるからだ。

 しかしアーサー王は素顔を晒したことがなく、いつも声色を変換する装置を使っていた。地声に不都合があるのか、ないのか、当たり前のように思える推測しか立てられないほどにアーサー王の地声を聞いたものはいなかった。


「みな、集まったな。昨晩の戦い、ご苦労だった」


 昨晩の戦いでは誰かが死に、欠番がでることはなく戦闘が終了した。名誉階級の欠番番号はその階級を与えられた人間が死んだ時に欠番になり、欠番になった番号に入るには元の人物より強い力を示すことが条件だった。故に、欠番の席が五組もあるのだ。


『ありがたきお言葉』


 名誉階級を持つ全員が異口同音に返す。ただの慣例であり、そこに一切の感情はなかった。


「アクロヴァル卿、被害報告だ」


 無頼が、アクロヴァル卿――望月 智に対してはきはきと命じる。それに対して、智はゆったりとマイペースに頷いて返す。


「わかったわぁ~」


 間延びする柔らかな声だが、それに対して急かすものはいない。智は自分のペースを壊されるのが大嫌いであり、一度ガレス卿の剣豪 正義が急かしたことがあるのだが、戦闘になり話にならなかった。

 ガレス卿は急かしたそうに脚を揺らしているのだが、序列を言えばアクロヴァル卿のほうが上であり、強い。故に、口答えすらできなかった。


「私たちの戦力は負傷者、死者を合わせて戦力二割減ってところね~。あとの五割は地方の防衛に回ってもらってるけど~三割の戦力が居て、名誉階級がこんなに集まってるなら円卓の会議場の防衛は万端でしょうし、ソリューションも攻めてこないと思うわ~。昨晩、ランスロット卿が戻ってくるまでに本部を制圧できなかった時点でソリューションは本部の制圧を諦めて撤退していったから、戦力不足なのをよく理解してるのね、やはり有能な指揮官がソリューションには居るのね~。で、ランスロット卿はしっかり指揮官を倒せたのかしらね?」


 ほくそ笑むようにアクロヴァル卿はランスロット卿に質問する。どのような回答が得られるのかわかっている顔だ。

 なんとも意地の悪いことだが、ここで答えないのはさらなる波紋を生むだけだろう。


「任務は失敗、ソリューションの指揮官を殺すことはできなかった」

「ふんっこれだから年端もいかぬ小童は……」


 ガレス卿は嫌味たっぷりの発言をして、蒼を睨みつける。

 しかし、そんなガレス卿をトリスタン卿はなだめる。


「ガレス卿、そんなことを言っては器が知れるというものだ。俺たちも現場に間に合わなかっただろう」

「青二才がわかったようなことを言いよる。火光流剣術だったか? アーサー王よ、こんな名も知れぬ剣術を使う人間より、天乃流剣術の使い手を円卓の騎士団の名誉階級に認定したほうがいいのではないか?」


 冷静にガレス卿をなだめようとしていたトリスタン卿は、その一言で席を荒々しく立った。怒りに染まった顔で、ガレス卿に対して刺すような視線を放つ。


「俺の剣術、火光流を馬鹿にするとは、死にたいらしいな? 火光流剣術は敵を最後の骨まで焼き尽くす業火の剣術! 天乃流剣術など足元にも及ばないことを今ここで証明してやってもいいんだぞ。席を立て! 売られた喧嘩ならいくらでも買ってやる。お前に火光流剣術を見せてやろう。天乃流剣術に劣るかどうか、その体で判断するといい」

「このようなことで動揺するとは、なんと嘆かわしい。火光流剣術などには、やはりその地位を任せてはおけんな」

「我が火燃えろ! フレイムソードォ!」


 トリスタン卿がついに頭の沸点を越えて、魔法を詠唱する。天井をびりびりと揺るがす声に呼応して、トリスタン卿の手に火を纏った剣が生成される。

 柄は物体のある剣と変わらないが、燃え盛る炎が刀身として構成されていて、周りの空間が刀身の放つ異様なまでの熱が歪ませていた。

 それぞれの人間には詠唱をするために必須な言葉というものがある。

 蒼は素は火、トリスタン卿は我が火燃えろ、と言った具合にだ。魔法を使う誰もが同じように自分専用の言葉、所謂、始動語源というものを持っている。

 短ければ短いほど詠唱をしやすく、速く行動できるのだが自分にあった言葉を捜すことで始動語源とすることができる。つまり、自分にあってない言葉を始動語源とする場合、呪文を発動させるまでの時間が遅延される。

 どれほど短い言葉を用意しようとも、自分の体にあったものではないと呪文の詠唱を遅らせてしまうことになるのだ。故に、どれだけ詠唱を速めようとしても先天的なものが関係する以上、それ以上速くならない絶対的な差が、始動語源だ。

 剣を抜いたトリスタンを見て、パーシヴァル卿――鳳 咲夜が呟く。


「このようなところで剣を抜くとは、火光流剣術も堕ちたものですね」

「まったくですな。鳳家の跡取りの坊ちゃんとは大違いだ」

「剣豪、誰が口をだしていいと言った。それに私は坊ちゃんという言い方が嫌いだ。特に豚のような奴に言われるのはね」

「は、っはは。申し訳ありません、パーシヴァル卿」


 ガレス卿は権力と日本人の血筋というものを重く見る。ありえないほどに愛国心と過去に囚われて、そこに注力している。

 心の奥底では小馬鹿にされていることがわかっているだろうに、平然を装う。

 パーシヴァル卿は日本でも有数の名家出身ということでプライドが高く、相手を見下した物言いをすることが多い。しかし絶対的な権力者であるが故に、権力が三度の飯より大好きな人間であるガレス卿は彼に付き従っていた。


「パーシヴァル卿、お前も殺されたいか?」


 トリスタン卿がフレイムソードを向けるが、パーシヴァル卿は俄然気にした様子なく、飄々としている。


「殺せるものならね。あなたと私、どちらが権力が上かそちらも存じているでしょうに、火光流剣術の発展を妨げることも可能なのですよ。それでもいいならどうぞ」

「権力、脅しなど関係あるものか。火光流の剣術、今すぐ体に刻み込んでやるぞ」


 こんな騒音の騒ぎに挟まれる位置でも、モルドレッド卿はひたすらに空気を見つめていた。

 そんなモルドレッド卿はお構いなしに、トリスタン卿とパーシヴァル卿はさらに語気を強める。


「おや、私に挑むとは命すら失うかもしれないというのに」

「ごたごたと言葉ばかり並べて口だけか? さすが坊ちゃんの言うことは違うな」

「トリスタン卿! 貴様、鳳家の人間になんて口の聞き方をするか!」

「老人は黙ってろ、お前から切り刻まれたいか? 元の発端はお前だ。ガレスからでも構わないんだがな」

「はぁ、やれやれ、しょうがないですね」


 パーシヴァル卿はため息をつきながらも見惚れるほど優雅に席を立ち、呪文を詠唱しようとするが――。


「貴様らいい加減にしろ! アーサー王の御前だぞ! それ以上騒ぎを広げるなら円卓の騎士団、名誉階級、第二位のガウェインがお相手するが?」


 一喝。

 天と地を揺るがすほどの爆音が円卓を駆け巡り、鼓膜を振動させる。びりびりとした室内の揺れが収まるにつれて、冷静になったのかパーシヴァル卿が席に座りなおす。


「ガウェイン卿相手ではさすがに分が悪い。大人しくするとしましょう。私は元々戦う気などありませんでしたからね」

「ふんっ……」


 トリスタン卿も魔法結合を解除し、炎を纏った剣を空気中に霧散させて席に荒々しく座ったが、未だにパーシヴァル卿のことを睨み続けていた。


「あらあら~相も変わらず血気盛んな子たちね~」


 アクロヴァル卿のノンキな言葉に反応するものは誰もおらず、ガウェイン卿が指揮を取り始める。


「昨晩の戦で全員疲れたことだろう、今日は休日とする。ソリューションもこの戦力相手に挑んでくるような馬鹿なことはしないはずだ。魔力の乱用は控えるようにしろ。では解散でよろしいですか? アーサー王」

「明日からはまた名誉階級所持者には再び各地に散り、反抗勢力と戦ってもらう。欲のない世界を実現するために」

『はっ!』


 アーサー王ははっきりとした口調で告げたあと、一目散に席を立つと、部屋から退室した。

 パーシヴァル卿、モルドレッド卿、ガレス卿、トリスタン卿もそれに続いていく。

 ガウェイン卿は一通りの人間が退室したあとに、深いため息をついた。


「ガレス卿め、煽るようなことを言いよってからに。アーサー王の御前だというのに失礼なものだ」

「ま~いいじゃないガウェイン卿。アーサー王も最近何を考えてるかわからないから連帯が取れなくても仕方ないわよー。欲望を禁止しているんだから、私的な目的であろうとも、欲望をもっと禁止するべきなのよ。ガウェイン卿なら何か知らないの?」

「何も知るわけがないだろう……第一、そんなものは管轄ではない。全てはアーサー王の意思のままに、だ。アクロヴァル卿、お前には話を吹っかけてくるより、もっと別の事案があるだろう。昨晩の戦闘での遺体を片付けることから、今後の戦力分配から様々なものがな」

「は~わっかったわよー、名誉階級の誰か使わせてもらうけどかまわないわね?」

「ああ。トリスタン卿など頭に血が昇っていたからな、使って冷静にしてやれ」

「はいっはいっと~それじゃあ蒼くん、学校に遅れないようにね~。昨日私を無視したことは敵が撤退したって事実で帳消ししてあげるわ~」

「……ああ」

「これくらい他の名誉階級持ちも素直ならよかったのにね~」


 独り言とも、話し言葉とも思えることを呟いてアクロヴァル卿は退室していった。

 このあと病原菌が蔓延しないように遺体の回収、焼却や、戦力の分配などやることが山盛りあるというのにお気楽でマイペースな姿勢は変わらない。アクロヴァル卿の良いところでもあるのだが、マイペース故に周りに従わず軍隊向きの性格ではなかった。


「あのお気楽にも困ったものだな……」

「まったくだな。そろそろ時間か」


 ランスロット卿は懐から携帯を取り出して、時刻を確認する。午前七時五十分をデジタル時計は表示していた。

 ここからでて、魔法を使えば十分程度で目的地まで到着できる。

 ここから出るには、ちょうどいい時間だろう。


「ふむ、そろそろか。お前が大魔法高等学校に通うことになって一年、どうだ?」

「どうだ、とは?」


 要領を得ない無頼の質問に対して、オウム返しする。


「お前の心の中で、不特定多数の人間と接して何か心境の変化はあったか、と聞いているんだ」

「円卓の騎士団、ガウェイン卿とは思えんほどに、欲望に飛んだ質問だな」


 大日本帝国は欲望を抱くことを禁止している。一部形骸化しているような法律ではあるが、未だにその拘束力は高い。

 私的な目的で欲望を抱くことはある程度許容されている――むしろ、そんな個人が抱く欲望の面倒まで見切れないという理由があるのだが。

 しかし、個人のことではなく、つきたい職業や政治などについてはしっかりとした統制をしている。小学生から大学まで、どこまで通うのか、いつ就職するのか……そんなことまで過密に決められている。

 日本から大日本帝国になって、人生そのものがエスカレーター式のものに変化した。他人に決められる人生はいいものなのか、悪いものなのか。

 無頼は、その中で心境の変化が起きたかと聞いていた。

 彼は席に背を預けて、目を指でマッサージする。


「ガウェイン卿が言うことではない、か。まったくその通りだな。昨日の今日で疲れているらしい……お前は行ってくるといい」

「言われなくてもそのつもりだ」


 蒼は頷いてから円卓の部屋をあとにして、自室に戻った。

 ランスロット卿の服装を脱ぎ、大魔法高等学校の制服である白いYシャツと漆黒のブレザーとズボンを着込み、皮製の手提げ鞄を手にとり速やかに自室から去る。

 円卓の会議場からでると鼻につく血の臭いが漂ってきて、口の中にすっぱいものが充満した。

 蒼は戦闘ではない平常時には何度見ても慣れるものではないな、と思いながら、遺体を片付ける横を早足で通り抜けつつ、魔法を使う。


「素は風 アクセル」


 脚に力を溜めて、一気に跳躍。地面を風のように駆けながら、前方を見つめる。

 目指すは大魔法高等学校――世界で唯一、魔法を授業に取り込んでいる魔法専門の学校だ。


 第三話「名誉階級」 終わり

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