第二話「ソリューション」

 第一章 邂逅編


 第二話「ソリューション」


 鉛色の暗雲漂う哀しげな空。その空と映り合わせの鏡のように、見渡す限りの瓦礫、破片、ガラクタが地面に広がっていた。

 怒号が飛び交い、誰かの悲痛な悲鳴が断続的にあがり、隙を見せた相手を殺す戦場。誰が生きて、誰が死んでいるのか、そんなことすらわからなくなりそうだった。

 ある者は、死んだ敵を盾として利用して生きながらえようとする。またある者は必死に敵を殺しながらも、自分も報復という名の死を受ける。

 この場所が戦場と化したのは、少し前のことだ。

 円卓の会議場周辺地域に突如として、ソリューションと名乗る反政府組織が登場し、戦闘を開始した。

 以前から、ソリューションは大日本帝国の政府中枢である円卓の騎士団に対して何度も戦闘行動を起こしてきたが、今回は本部を奇襲する、という作戦だったようだ。

 戦闘は瞬く間に波及し、円卓の騎士団は出撃を余儀なくされたが、奇襲を成功させたソリューションが戦闘に対して優勢に立ち回った。

 それもそのはずで、この時、円卓の騎士団の総戦力は元の三割程度しか残っていなかった。

 もちろん、戦力をどこかで失ったわけでもなく総戦力が不足しているわけではない。総戦力から言えば円卓の騎士団はソリューションを一瞬にして圧倒する力がある。この戦況も戦力が整っていれば、一瞬にしてひっくり返せるものだろう。

 しかし、それができないのには理由があった。他の場所に戦力を割かれているからである。

 先ほど戦闘が終了した、円卓の騎士団、名誉階級ガウェイン卿とランスロット卿が共同で戦闘に当たっていた大阪府の海岸沿いはもちろんのこと、他の場所にも国籍不明の潜水艦は海岸沿いに上陸しており、敵勢力の進行を止めるため各地に戦力を割いていたところ便乗する形で、ソリューションが現れたのである。

 そこからは蹂躙とは言わないまでも、ソリューションが円卓の騎士団を押し続ける。

 兵士が動き周り、叫び声が飛ぶ前線から少し離れると、そこにはソリューションの指揮官らしき人物が指揮を執り続けていた。

 黒い仮面と黒い帽子を被り、黒を基調としながらもアクセントに白が加えられた軍服としては些か目立ちすぎるように見える服を着込んだ人物は、携帯より少し大型の端末を片手に持って、モニターの映像や情報から得られるものに対して、考え込むように手を黒い仮面にあてる。

 その少し後方には同じ服装をした人物が、机の上に設置してある小さな箱状の機材のつまみを調整していた。


「時間がかかりすぎね……繋いで」


 携帯を持った人物は凛々しくも女性らしい声で指示を出す。どうやら、携帯を持った人物は声帯から判断すると、女性のようだった。


「どこに繋ぐ?」


 箱を弄っている女性はさばさばとした言い方ながらも親しみが感じられた。聞きながらも、次に言われるであろう部隊につまみで電波を合わせる。


「全部隊に」

「完了や」


 間髪いれずに、予想していたかのように、つまみの移動を完了し、関西弁のような物言いで、告げる。どうやら声の質からして、こちらも女性のようだった。

 全部隊に聞こえているかどうかも確認せず、端末を片手にもった女性は、指示を飛ばす。


「全部隊は不自然にならないように少しずつ退いて。もしかしたらパーシヴァルに意図がバレるかもしれないけど、即座に戦力を投入することはできないはずだから敵の戦力を削りつつ、慎重かつ急いで。もしかしたら撤退するかもしれないから放出型の魔法も唱える子を決めときなさい」


 まったく、戦力を削ぎつつ慎重に急いで後退など、無茶な指令だと我ながら思う。

 しかし、ここで一気に引いてしまうことは、この作戦をした意味がない。できるだけ円卓の騎士団の戦力を削らなければならない。そうでなければこの作戦を練った意味がない、収穫も得られない。端末を持った女性はそう考える。


「ん、どうして前線下げるん? こっちが押してんのやろ?」


 その指示に疑問を持ったらしい、つまみを弄っていた関西弁の女性は質問をしていた。


「時間よ。私たちが進行を開始してからどれくらい時間たってる?」

「五十分程度やね。それがどうかしたんか?」

「問題はそれ」

「どれや?」

「五十分ってところよ。ランスロットや他の名誉階級が充分に戻ってこれる時間が立ってる。その間に押し切れなかった私たちの負けよ。でも、最後まで悪あがきはさせてもらうけどね」

「あ~なるほど。確かランスロットはここから一番近い大阪に居るんやったね。つまり、現場につくのが彼らの中ではもっとも、速い可能性がある」

「よりにもよって、円卓の騎士団最強と呼ばれる者が帰ってくるのが速いのよね。もっと他の人間ならやりようはあったんでしょうけど、ランスロットに太刀打ちできる戦力は現状ない。できても悪あがきくらいかしらね。だからとっとと撤退しつつも敵を減らすことを優先しているの。いつでも撤退できるようにね。わかったら、あなたも準備してくれる?」

「はいよ~。と言っても私がやることはなーんにもないんやけどな。あとはこのボタンポチっと押すだけや。捨てるんは勿体ないけどな」


 箱状の端末を弄っていた女性は、見るからに爆破ボタンですよ、と言った端末を手にもって、押すか押さないかの範囲で危なっかしく暇を潰していた。


「あんた、押さないでよ。私たち木っ端かもしれないんだから。ま、持って帰れるなら持って帰ってもいいけど、あなたそんなもん持ってけないでしょ……それに、万が一役に立つこともあるかもしれないからね。ボタン押すのは私が指示してからでお願い」

「安心しーな。そんなへませーへんから」

「信用してるわよ……ん?」


 空へ視線を向けると、気づかないうちに鉛色の空が切り裂かれたように晴れて、夜に一際輝く月の光がお目見えしていた。

 暗雲の雲が断ち切られる。それは良いものを運んでくる知らせのようなものに感じられるはずなのだが、司令官らしき女性にはどうにも悪い予感を運んできているようにしか感じられなかった。


「雲行きが怪しいわね……」


 思わず呟いた一言に、関西弁の女性はあんぐりと口を開け、馬鹿を見るような目をした。


「目、おかしくなったんか? 月の光でてるやろ」

「そういう意味じゃないわよ! 悪い予感がするってことよ」

「ん~? あーそういうこと。あんたの感はよく当たるから、すぐに撤退したほうがええーんちゃうの?」

「いや……」


 再び悩むように黒い仮面に手を沿わせる。迷う時にやる司令官らしき女性の癖だった。

 悩む時間はそれほどない。すぐに決断をくだせなければ、この戦争はこちらがさらに戦力を削られて終わってしまう。

 悩みはすぐに決断に変わった。辛いが、この選択しか今の自分たちには残されていない。


「まだよ。限界まで戦う。でないと、ここまで策を労した意味がない。けど保険もかけておく。幹部Aを戻して」

「……あいつでいいんか?」

「いいから急いで」

「ほいっほいー」


 箱状の端末のつまみをいじって、幹部Aに連絡をかけ始める。それを見届けたあと、司令官らしき女性は戦場へ顔を向けて呟く。


「あとの道筋は、神のみぞ知るところってところかしらね」

「なんか言うたかー?」

「なんでもない」

「あっ、そやそや」


 幹部Aとやらに連絡をつけ終わったのか、箱状の端末を弄っていた女性は気づいたように言った。


「なに?」

「やっぱこれ捨てるの、勿体無いから持って帰っていい? なんだかんだ予算と手間かかってるもんやし」

「……持って帰れるような状況なら持って帰っていいわよ」

「ほいほい」


 ……

 …


 月光の夜空に、影が疾走する。

 影は住宅街の家々を八艘飛びの要領で飛んでいく。

 その影――ランスロット卿は、大阪府から京都中心部までの道のりをわずか三十分足らずで走り終えていた。

 かなりの距離を走ったにも関わらず、顔に疲労が浮かんでいなくて、本当に余裕だったらしいことが窺える。

 身体能力を一時的でありながらも風邪のように飛躍的に向上させるアクセルの魔法を効果が切れては使い、また唱えて、円卓の会議場に今もランスロット卿は走り続ける。

 もう少しだ。あと五分程度で到着する。

 そう思った時、腰のポケットに入った携帯の振動を感じて、走りながら電話を取る。当然のように、相手は確認しない。こんなものに掛けてくる奴は大方誰か予想がつく。


「……」

「ランスロットですね?」


 女性らしい柔らかながらも、はきはきとした聞き取りやすい声が携帯から伝わる。


「アクロヴァル卿か。作戦はなんだ」


 ランスロット卿は事務的に答え、作戦の指示を仰ぐ。アクロヴァル卿は円卓の騎士団でも作戦指揮官に任命されており、円卓の会議場到着後の作戦を伝えようとしているだろうからだ。


「もう、電話取る時はちゃんと返事しなさいよ~。いっつも応答が事務的なんだから~」


 甘えるような声が携帯から聞こえてくるが、いつものことだと無視しつつ、口を開く。


「雑談はいい。あと五分程度でそちらに到着する。状況把握がしたい」

「あら、私の計算だとあと十分くらいかかるかと思ったけど。評価を見直す必要がありそうね~」

「……御託はいいと言った」


 少し面倒そうにランスロット卿は言う。元々アクロヴァル卿のような人間は苦手なのだ。こちらのペースにも乗らない、あくまでマイペースを貫き通す芯の硬い人間は。

 自分のように流されて、この場に居ているような人間にとってはなおさらだった。


「遊びがないわね~。それじゃ、手短に説明するわよ」


 甘ったるく伸びていた語尾がきちんとした仕事用のものに変わり、指示をだしてくる。


「ソリューションは現在、ゆっくりと後退しつつ撤退しようとしている。作戦は簡単、あなたがそのまま直進してくれれば、ソリューションの指揮官に出くわすと思うから、それを捕らえて。できるだけ無傷で」


 どうやら、こちらの位置は分かっているらしい。だったら到着時刻など聞く意味はなかっただろうに。しかし、無傷で捕らえろ? どういうことなのだろうか。

 本来、こういうものは指揮官を殺せば、現場は混乱し戦闘は終わりを迎えるはずなのに、無傷で捕らえろ、とは難しいことを要求してくれる。

 しかし、この作戦に対して直接指揮をだしているのはアクロヴァル卿ではないのだろう。アクロヴァル卿が指揮をとっていれば、ランスロット卿には指揮官を殺す指令を与えただろうからだ。

 ならば、この命令自体はもっと目上の人間から指令されたものはずだ。

 そう思いはしたものの、さして疑問を挟むことなく返答した。ランスロット卿にとって誰が命令を下したかなど些細なことであった。

 目の前の任務に集中することが、自分のやることだと言い聞かせる。


「了解した」


 命令の出所を気にしたところでどちらにせよ、やることは変わらないのだ。それならば、ここで疑問を述べる意味すらない。

 時間の無駄だ。


「あら、疑問に思わなかったの? 私の作戦に。それはちょっと残念ねぇ~」


 アクロヴァル卿は意地の悪そうな声で問い詰めに来る。

 面倒だな、と思いつつもこうなったアクロヴァル卿は面倒なので適当なところでいなす。


「……なぜ、指揮官を殺す命令を下さない? 戦場を圧倒するならそちらのほうがいいはずだ」

「アーサー王からの命令よ」

「だろうな」

「もうっそんな予想してました、みたいな問答は面白くないわよ~」

「……そうか」


 そうとだけ言って、携帯の電源を切る。

 これ以上付き合っているのも面倒くさい。

 住宅街を越えて、瓦礫が地面を支配する戦場にでる。円卓の会議場周辺は、度重なる戦闘の爪痕で、更地になっていた。

 建物が中途半端に倒壊しているところを除けば、見晴らしはかなり良い土地になっており、攻める側にしろ、守る側にしろ小細工を仕込みにくい戦場と化している。

 ランスロット卿は、ソリューションを後方から奇襲できる位置にいるらしい。目の届く範囲で敵は見えないが、このまま真っ直ぐいけばソリューションの指揮官が居ると、アクロヴァル卿は言っていた。

 ならば、このまま直進するだけだ。

 走りながら戦闘用に呪文を唱えようとして、思いとどまる。確か無傷で捕まえろ、だったか。


「……無茶を言ってくれる」


 悪態をつくように言って、しばらく走り続ける。

 そのうち、机の上で何かを操作しているような人間が見えた。

 黒い帽子が見えることからソリューションの人間に間違いないだろう。さらにその前には何かの端末だろうか? 携帯のようなものを手に持った人間も居た。

 確定した情報はないが、おそらく端末を持っているのが指揮官と考えるのが妥当のはずだ。

 アクロヴァル卿からの情報と目の前の情報から推測すれば、自ずと敵指揮官は限られる。

 後方の指揮官に対して、護衛がいないのはよっぽど慢心をするタイプなのか、何か罠の可能性もあるが、行くしかないだろう。

 どちらにせよ、わからないならどちらも拘束すればいい。

 手間は増えてしまうが、それだけだ。


「……」


 乱れてもいない呼吸を落ち着けるために、深呼吸する。例え乱れていなくても心構えを作るという意味でも大事だから。

 体中に酸素を行き渡らせて、体の端から端まで自由に動かせるようにして、走りだす。

 風のような速さで駆け抜けて、すぐに接敵する。

 あと五メートル。

 その距離で敵はランスロット卿に気づき、動きだした。

 箱状の端末を動かしているらしいものは、それを体の面積いっぱいに抱きかかえて、逃げようとしている。

 あれが指揮官ということはさすがにないだろうが、先に意識を混濁させようと、近づく。

 腹に一発当てれば、気を失わせることは容易だろう。正面に回りこんで、速攻の一手をかける。

 もらった――そう確信した瞬間、地面が光に瞬いた。


「……っ」


 瞳を焼くような、強烈な光に、目をやられた。目を通して送られてくる情報がすべてぼやけて、まともに目を開くことすら難しい。

 唱えられたのは、おそらくフラッシュの魔法。相手の視野を奪うことに特化した光の放出型呪文だ。

 呪文は一体どこから発生したのか。

 目の前の二人が呪文の詠唱をしていたわけではないはずだ。

 ランスロット卿が動く僅かな時間、あんな高速で放出型魔法の射出点を決定できる人間などこの世には存在しない。もしできたとしても、それは人間技ではない。

 放出型の魔法は、射出点の計算をしてそこに魔力を集中させる必要があるが、一番ものを言うのは、センスだ。

 近辺に敵がいないことは、来る途中で確認している。こんな更地で、開けた場所には伏兵を仕込ませる余裕すらない。

 なのに、ランスロット卿はいま、目をやられている。ひとまず突発的な自体に焦りかけた頭を冷やすために、呪文を早口で唱える。


「素は水 ヒール」


 一瞬にして、視力が回復して、ぼけた世界が輪郭を取り戻す。

 視界が完全に回復してすぐに周辺を警戒するために目を光らせる。

 獲得できる情報範囲では、敵が一人残っているだけで、他に誰も存在しないようだ。

 どうやら、箱を持っていた人間はこのどさくさに紛れて逃げてしまったようで、その人間を逃がすためにフラッシュの魔法を使ったということか。

 つまり、あれが指揮官だったのだろうか……?

 組織が崩壊しないために、指揮官を逃がすのは別段ない話ではない。特にこのような大規模戦闘では指揮官の役割は重要だ。

 しかし、考えている暇はない、とランスロット卿はすぐさま動こうとするが、目の前の人物に、得体の知れないものを感じて慎重になる。

 敵はコンバットナイフを取り出して、構えた。

 一瞬の隙すら見当たらない姿勢だった。どこからでも斬りこんで来られる、そんな風に思ってしまうほどに。


「……」

「……ランスロット卿ともあろうものが、攻め込んでこないのかしら?」


 女性にしては珍しい、凛々しいの挑発的な声に、ランスロット卿は反応すらしない。例え女性であろうとも戦場にでれば敵は敵だ。

 躊躇する必要は一切ない。


「フラッシュに恐れを為したってところかしら?」


 またも挑発。

 しかし、ランスロット卿は攻め込むチャンスを窺った。

 何があるかわからないのだ。慎重になるのも致し方ないだろう。

 戦場で目を失うことは死にも等しいことだ。それだけは避けなければならない。

 先ほどはどうやら、箱を持った人物を逃がすことを優先したようだが、次にフラッシュを受けてしまえば、次、地面に倒れているのは自分かもしれない。

 傍目から見れば誰も動いていない、時が止まったような刹那の時間。

 夜の爽やかな風が吹き抜けて、月明かりが鉛色の空に再び覆い隠される。

 地面が再び黒に染まり、一瞬視界が悪くなる。

 そこで、ランスロット卿は動いた。

 正面の敵から姿を消すように、横へ飛ぶ。相手から見れば暗闇に紛れたように見えただろう。


「素は風 アクセル」


 自己強化の魔法を瞬時に唱えて、大地を蹴る。

 時間にして、僅か一秒で近づいて腹を狙う。あくまで指令どおり無傷で捕まえることが第一なのだ。

 確実に捕らえたはずだった。それでもそれは届かない。


「……っ!」


 腹に拳を入れかけた瞬間、何かが飛来する。

 それを察知して、真後ろに距離をとる。

 先ほどまでランスロット卿がいた場所に緑色の槍が飛んできて、地面に突き刺さる。

 距離をとるのが少しでも遅ければ、頭から槍に貫かれていただろう。

 少し遅れて、夜空を揺るがす声が響く。


「うおぉぉぉおりゃああ!」


 声の主は地面に負担をかけつつ、着地。突き刺さった槍をすぐさま抜いて構えなおす。


「大丈夫か!?」

「遅かったじゃない、と言いたいところだけどいいタイミングだったわ」

「そりゃよかった! だがどうする。ランスロットなんて相手できねーぞ」


 漫才をやっている槍を持った相手に、すぐさま距離をつめる。この相手はおそらく指揮官ではない、すぐに殺しても問題はないだろう。


「素は火 フレイムソード」


 何もない右袖から突如、炎を身に纏った刀身が現れる。腕の動きについてくる刀身を使い、槍を持った相手に振る。


「おっと、まだ話してる最中だ、っぜ!」


 巧みに槍を操作してランスロット卿の攻撃を防ぐ。

 槍の先端で刀身の先端を弾く様は、実に曲芸のような動きであった。

 相手が一歩踏み込めば、同時に一歩引いて刀身を防ぐ。

 よほど訓練された兵士か、圧倒的な戦闘センスを持っているのだろう。

 すぐに決定打を与えることができない。


「で、これいつやめればいいんだ?」

「もうちょっと、もうちょっとだけ耐えて」

「わぁったよ! でもあんま持たねぇからな!」


 話ながらもランスロット卿をいなす。決して攻撃してくるのではなく、時間を稼ぐことを主としているらしい。あちらが攻撃してくればやりようもあるのだが……防御に徹せられては攻めあぐねるのも無理はない。

 それならば、とランスロット卿は頭を巡らせる。

 フレイムソードの魔力結合を即時解除して、刀身が幻のように空気に消える。


「素は風 ウィンドガード」


 言うや否や、ランスロット卿は無謀にも槍を持った敵に対して突っ込む。


「っ!」


 槍を突っ込まされてランスロット卿はとどめをさされたと思いきや、体全体に張られた風――ウィンドガードの風圧で槍が逸らされる。

 軌道が逸れたことを確認したのち、ウィンドガードの魔力結合を解除して、すぐさま別の呪文を唱える。


「素は風 アクセル」

「なっ! まだ魔力持つのかよ! くっそ!」


 吐き捨てるような男性の声を無視して、ランスロット卿は再び大地を蹴って女性に密着する。

 拳を静かに握って腹に高速で繰り出す!


「くっ!」


 指揮官と思しき女性の腹に拳をめり込ませようとするが、腹に当たる即座に左手全体を使ってガードしたらしく、気を失わせるまでいかず、蹴り飛ばす。

 アクセルの呪文を使って強化した脚で殴られた女性は、たまらず横に吹っ飛び、瓦礫にぶつかって息が漏れでた。


「かはっ……」


 ぶつかった衝撃で仮面と帽子が空を舞い、収納されていた髪と素顔が明らかになるがそんなことは関係なく追撃をするために、再び脚に力を込めるが、それは文字通り横槍に阻止される。


「うおぉぉ! やらせるかよ!」


 殺気を感じ、強烈な槍を構えた突撃を避けようとして身を横に捻るが、一歩遅くランスロット卿の白い仮面が身代わりになって飛んでいく。仮面がなければ顔を抉られて死んでいたかもしれない。

 それに構わず、避けたあと突っ込んできた男性にも脚蹴りを食らわせる。無理な姿勢で放ったため、それほど威力はでなかったが、吹っ飛びつつ地面をごろごろと回りながら、強引に男性は右手を地面に差し込んで体制を立て直す。

 今度こそ気絶させるために、再び正面を向いた瞬間だった。

 男性の更に奥――ランスロット卿自身が吹き飛ばした女性の顔を見て固まり、信じられないものを見たように呟く。


「な……に……?」


 月明かりが雲から差し込んで、女性の顔をまじまじと表す。

 燃えるように赤い真紅の赤髪は月下の光を受けてより一層、輝かしく見える。

 そして、気の強そうなツリ目と淡色の唇が照らされて、顔の輪郭も明らかになっていく。


「そんな……馬鹿な……」


 どこを見ても、それはランスロット卿を混乱させるのには十分な人間だった。

 一瞬の心の乱れで生まれた隙。それを好機と見るや否や、瓦礫と衝突した痛みがあるだろうに、真紅髪の女性は掠れた声で全力の指示をだす。


「撤退よ!」

「了解っ!」


 待ってましたと言わんばかりに、男性は片手に持った緑の槍を投げる。ランスロット卿は頭部に向かって放たれた槍に対して意識を戻し、避ける。

 心の隙を晒しながらもこれが避けられたのは、戦士として今まで蓄えてきた感があるからだろう。

 しかし、そこまでだ。ランスロット卿の周辺は唐突に暗黒が支配する世界へ変わる。

 何も見えない暗闇の中にランスロット卿は突然落とされる。

 唱えられた魔法は、相手の視界を奪うことを主とした放出型魔法のダーク。射出地点に対して黒い霧を発生させる闇の射出型魔法だ。

 やがて霧は晴れるが、そこには既に真紅の髪をした女性の姿も男性の姿もなかった。

 霧の発生に合わせて逃げたらしい。当然の判断だろう。

 あの女性指揮官らしき人物が撤退したということは他の戦線のソリューションも撤退しているはずだ。

 ただ、ランスロット卿にとって敵を逃がしたことは任務に反することであっても、悔やむ余裕すらない現象が今しがた起きてしまった。

 真紅の髪をした女性は、ランスロット卿の記憶の片隅に残る少女によく似ていた。


「まさか……生きていたのか……?」


 放心状態にも似た心の内が、勝手に吐露される。

 自分を置いてどこかに行ってしまった少女。

 何に対しても、無欲だと思っていた自分の心に、欲望という灯火が灯ってしまったことに、ランスロット卿はまだ気づいていなかった。


 第二話 ソリューション 終わり

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