魔法と欲望がある世界で。

エルアインス

第一章 邂逅編

第一話「円卓の騎士団」

 第一章 邂逅編


 第一話「円卓の騎士団」


 そこは煙が留まるところを知らないように至るところに発生して、空を割るのではないか、そんな風にすら感じられる、苦痛に喘ぐ人の悲鳴が聞こえる地獄で戦場だった。

 ここが戦場であることを表すかのように、鉛色に塗りたくられた鬱々とした空は、戦場の陰湿さを執拗なまでに演出している。

 つい三時間前までは毎日を謳歌する人々の、平和な何でもない喚声が轟く普通の町の軒並みだった。しかし、天国だった光景が地獄に変化したのはたった数分のこと。

 大日本帝国――その一都市に部類される大阪府の沿岸沿いに、国籍不明の潜水戦艦が突如現れ、活気に溢れていた町を煙と怒号が支配する戦場へ強引に塗り替えてしまったのだ。

 大日本帝国において、国籍不明の戦艦が襲撃をしてくること自体は別段珍しくもなんともなく、今回も大日本帝国の国防組織である円卓の騎士団は出動していた。

 襲撃当初は大阪府にて、防衛目的で配置されている円卓の騎士しかおらず、戦線は国籍不明の戦艦から現れた歩兵に押されていたが、円卓の騎士団の本体が京都から到着したあとは、大日本帝国が圧倒的優勢に立ち回ることとなる。

 円卓の騎士団の本体には、クラスと呼ばれる名誉階級を授けられた者がおり、彼らは一人一人が軍隊であれば一個中隊にも匹敵する力を保有していた。

 優勢かと思われていた国籍不明の戦艦から現れた歩兵たちは名誉階級を授けられた者が現れた途端、奇襲という優位制を崩され、蹂躙され始めた。


「ふーはっはっはは! 国籍不明の部隊といえど、その程度で俺に勝てるなどとは思うてないだろうなぁ!」


 声をあげる男は文字通り、台風のような男だった。

 戦場でありながらも、不思議と通る声を撒き散らしながら、戦場を左から右へ、また右から左へ駆け抜ける様は、まさに自己意識を持った台風と言う他ない。

 男は尋常ではない脚力で地面を空に飛び出すと敵の目の前に降り立ち、その魔力で構成した斧で一刀両断する。その後には目もくれず、次の標的へ向かう。

 とどめを刺したことは、その腕から伝わる感触が教えてくれていた。

 戦場で大立ち回りを繰り広げている男は、顔を覆いつくすほどに大きく白い仮面と髪が見えない程度の白い帽子を被っており、顔は窺えない。筋骨隆々とした体を包む服装も戦闘をするには些か薄く、大男のように見える割には、機動性を重視したもののようだ。

 白と黒を基調とした服装で、至るところに高級そうな金色の刺繍が施されていた。白を基調とし、裏地には赤を使用したマントを背に羽織っており、見るからに騎士とした外見をしている。

 しかし、そんな外見からは想像できないほど無骨な得物を彼は両手に持っていた。

 左手の得物は己が使える風系統の魔力で構成したために緑に発光していて、見た目は鋭くとも魔力によりサッカーボールと同等程度の重さとなった、木こりが持つような斧。

 右手にも木こりが持つような見た目の斧を持っていたが、こちらは魔力で構成されていないようで、見るからに重そうな斧だった。

 男は、さらに進撃を続ける。

 敵の攻撃がくれば横飛び、人間の跳躍力ではあり得ないほどに縦を飛ぶ三次元移動を駆使し、縦横無尽に戦場を駆け抜けながら、国籍不明の敵をなぎ倒し続ける。

 周りに味方はおらず、敵は見渡す限り四方八方に居る。普通に考えれば四面楚歌。そのような状態なのだが台風は進行することをやめることはなかった。

 敵を一体斬り終えると休憩するようにその場に留まり、男は仮面の下で敵の浅ましさを笑う。


「連携がまったくとれとらんな! 即興の部隊を組むからそうなるのだ! 貴様らほどの腕があれば、連携さえ取れていれば俺も苦労するだろうにな……」


 右から魔法で編んだ赤く染まった剣を構えて来る敵を、筋骨隆々とした体ながらも軽いステップでいなし、もはや見ることなく左手の魔力斧で切りつけて絶命させる。

 時間差で襲いかかる敵に対しても、カウンター気味に右手の斧をざっくりと体の正面にぶつける。敵の得物は台風の目に届くことはなく静止した。

 敵は己のうちから漏れ出るように呻き、人生でも最上級の痛みにもがきながら命を手放す。


「時間差攻撃は相手に対して効果的にやるものだ! それすらできていないとは、嘆かわしいものだ……」


 一方的に言葉を浴びせつつも、攻撃の手を緩めることはなく、台風は蹂躙し続ける。

 時々飛んでくる物理的な破壊力を持つ鉄砲弾は自己に展開している魔力障壁が防ぎ、そのうちに一瞬で近づき、敵を重い一撃で両断する。

 かと言って、魔法障壁で防ぎづらい放出型の魔法を使い、遠距離で殺そうとしても台風は得物を狩るようにいち早くそれを察知して、魔法を詠唱する前に殺されてしまう。

 敵が近距離戦闘で襲ってくれば、ステップで華麗に避けてみせ、振り向き様に一発を入れ、殺す。

 遠距離から放出型魔法や鉄砲弾を持ちだしても、放出型魔法は如何せん詠唱に時間がかかり、詠唱しきる前に殺されてしまう。鉄砲弾はよほどの威力でなければ、魔法障壁に止められてその隙に殺される。

 手の内ようがない。

 相手をしている側にとっては、絶望を感じずには入られない。

 圧倒的に技量、力量が上の敵に対して一対一で戦うのは無謀である。だからこそ、敵も男を囲んでいるのだが、できているのはそこまでだ。

 国籍不明の部隊は明らかに連携がとれておらず、波状攻撃すらまともにできない。莫大な突破力を伴う台風相手に国籍不明の部隊は半壊滅状態であった。

 たった一人の人間に敵は竦み、国籍不明の部隊は次々と戦線を下げ続けた。他所で戦っているこの男の部下も連携で敵を追い詰めているようで、戦線は落ち着きを得始めている。

 戦線の下がり方は、少し可哀想になるほど早かった。しかし、名誉階級ガウェイン卿の名称を授かる――縁李 無頼(えんり ぶらい)は尚も情けすらなく、戦い続けた。


 ……

 

 前線が敵を押し続けるなか、戦線から少し離れた海岸沿いに至るまでの防壁に、一人の男が待ち呆けるように佇んで、眼下の海岸で繰り広げられる戦争を見届けていた。


「……これは勝負あったな」


 まだ少し成人というには重さが足りない青年声が、やんわりと空気を振動させる。

 彼は、白い仮面を被り、白と青を基調とした服装に身を包み、マントを静かに凪ぐ風に委ねていた。

 戦争の行方を見守っているのだが、さっき呟いたように、もう終結へと戦争は向かっているようだ。

 彼の名は創崎 蒼(そうざき あお)。円卓の騎士団で名誉階級を授かっており、呼称はランスロット卿であった。

 遠方ではガウェイン卿が戦闘の詰めに入ったらしく、部下と連携して敵戦力を一箇所に集中させつつあった。


「一気に殲滅するつもりか」


 ガウェイン卿は普段、繊細な戦い方をするが、大局的に見れば大胆な戦い方を好む傾向にあった。相手を一箇所に集中させてから叩く。このような場合、一箇所に集める必要はなく、個人、または部隊で圧倒しているならわざわざ敵を合流させずに各個撃破するほうが望ましいはずだ。

 一箇所に敵を集めるなど、相手に反撃の隙を与える糸口にもなるはずなのだが……まぁ、ガウェイン卿はこのやり方のほうが好きなのだろう。

 戦場の奥の海を見てみると、この場所を戦場にした国籍不明の潜水戦艦は味方を回収することなく、忽然と姿を消していた。

 これでは敵は反撃の糸口など掴めはしないだろう。むしろそんなことを考えることすらないはずだ。もう、彼らは孤立無援の状態なのだから。

 開戦当初は海岸部に対して、扇状に広がって広範囲を制圧していた敵戦力は、左右のガウェイン卿の部隊に戦力を減らされ、さらに作戦の指揮官が居ると思われる中央部分を一騎当千の力を持つガウェイン卿により突破された。その時点で殆ど勝敗は決したようなものだ。

 故に、敗戦を悟った瞬間、国籍不明の潜水戦艦は極少数の歩兵を回収し、帰還したのだろう。手際よく帰還したところを見るに、指揮官は潜水戦艦の中で指示をだし、押され始めた頃合いで、部隊を全滅させることなく、撤退する。

 負けることを選んだが、死ぬことは選ばない、そういう指揮官らしい。ただの臆病者なのかもしれないが。


「なるほど、指揮官としては無能だが生存本能に忠実と見える。それに付き合う味方は可哀想だがな……」


 誰もいないなか、彼は心にも思っていないことを一人呟く。襲ってきた敵がどうなろうと、ランスロット卿にはまるで興味がなかった。

 無言で立っているのが本来の仕事なのだが、勝敗は決した。もう自分にやることはない、と瞳にまぶたを被せようとしたところで、幼さの残ったあどけないながらも、焦りを含んだ少年の大声。


「危ない! ランスロット卿!」


 耳に届くか否か、そんな刹那の瞬間にランスロット卿は右足を自然な動きでかくんと力なく落とし、重力に従って、体は前のめりに倒れる。

 その背後からはコンバットナイフが迫っていて先ほどまで心臓のあった空間に向かっていた。しかし、既にランスロット卿はそこに存在しない。

 敵を確認することなく、前のめりに倒れながらも、体を捻り、素早く呟く。かなり無理な姿勢だが、やってやれないことはなかった。


「素(そ)は火、フレイムソード」


 一瞬の出来事だった。

 ランスロット卿の右袖から炎を纏った刀身だけが生えだし、コンバットナイフを突き刺そうとしたが、避けられて唖然としている敵を一寸の狂いもなく、縦に切り裂いた。腹を割かれ痛む暇もなく敵は思考できなくなる。

 ランスロット卿は体を捻った反動で体のバランスが取れなくなり、重力に従って、どさっとそのまま地面に倒れた。傍から見れば不恰好この上ない。


「だ、大丈夫ですか! ランスロット卿!」


 心配する少年声に対して、返答することなくランスロット卿は即座に立ち上がる。

 目の前には腹を一刀されて血を地面に浸らせ、無残な死に様を晒す敵の死体と、白い仮面と白い帽子を被り、純白の服を着た者が映る。

 どうやら白い服を着ているのは服装から言って、円卓の騎士団関係者のようだった。

 白い仮面を被った者は戦場に似つかわしくないほどに、華奢な体を持つ少年のような風貌をしており、ランスロット卿は何事か? と首をかしげた。


「……あっ、申し送れました! 伝令で――」


 少年は敬礼し、その先を紡ごうとするものの乱入者に邪魔をされる。


「ほう、派手にやったな」


 先ほどまで前線で台風のように活躍していたガウェイン卿だ。ランスロット卿は振り向くことなく答える。


「お前のほうが派手にやっただろう」


 そっけない応答に対してガウェイン卿は差して不満を表さない。


「はっはっは、それもそうだな。しかし些か対応が遅れているぞ、ランスロットの階級を授かっているとはいえ、まだまだだな。また今度稽古をしてやる」

「……ああ」


 ランスロット卿は興味なさげに頷く。元より、こんな階級すら意味がないと言わんばかりだ。

 それをガウェイン卿は鼻で笑う。


「階級に拘らぬ様は相変わらずだな、ランスロット卿よ。で、伝令兵、なに用だ?」


 ランスロット卿とガウェイン卿の話に割り込むこともできず、ただ立つことしかできなかった伝令兵にガウェイン卿は仮面の上から鋭い視線を送る。

 伝令兵は仮面から覗かせる覇気のある視線を気にも留めることなく、自らの役割を思い出したように、敬礼をして口を開いた。


「はっ! 先ほど本体からの連絡により円卓の会議場がソリューションの奇襲を受けているとのことです!」


 それを聞くや否や、何が面白いのか、ガウェイン卿は豪胆に笑いだす。


「ふはっはっはっはっは!。さすが、我らが宿敵、ソリューションというわけか。ただの考えなしで動く国籍不明の軍とは違うというわけだな。いや、そいつらも仲間か……?」


 横でしてやられたと言わんばかりに笑うガウェイン卿を、ランスロット卿は構うことはなかった。


「命令はあるのか?」

「円卓の会議場に至急帰還せよ、とのことです!」


 それを聞いた途端、先ほどまで笑っていたガウェイン卿は空気が変わったかのように静かになり、白い仮面の下から遠慮がちに生えているように見える髭を触りながら、ランスロット卿に告げる。


「ここからなら、ランスロット卿が全力をだせば三十分程度で京都の円卓の会議場につけるだろう。どうだランスロット卿、いけるか?」


 大阪から京都まで約三十分で着けるとガウェイン卿は過程する。

 しかし、普通の人間ならばそんなことはできるはずがない。"普通"であれば。


「……可能だ。全力で行く」


 ランスロット卿は事もなげに頷く。言うや否やランスロット卿は大地を力強く蹴り、走りながら魔法を唱える。

 たった一言呟くだけで、その魔法は完成する。


「素は風、アクセル」


 そう呟いただけでランスロット卿は、風のように素早く大地を駆け抜け始めた。ショートカットができるところでは民家の屋根を渡り渡って行く。

 たった数秒でランスロット卿は、幻のように視界から姿を消していた。

 それを見送る伝令兵は凄まじいものを見たように手を震わせ、歓喜しているようだ。


「あれが……全統合戦闘隊長で円卓の騎士団内でクラスを持つランスロット卿……」


 どうやら、華奢な少年はランスロットに対して好意を抱いているらしい。憧れとも言っていい感情だろう。

 少年の独り言に、ガウェイン卿は言葉を繋げる。


「君もあれくらいになれるように頑張るのだな。しかし、俺たちの部隊はどうせ追いつかん……それならば、こちらの害虫だけでも完璧に駆除しておくか。伝令兵!」


 突然の呼びかけに、伝令兵はきっちりとした敬礼を返す。

 任務に実直であり、生真面目な少年のようだった。ガウェイン卿もその態度に敬意を評し敬礼する。例え新米の兵士とはいえ、真面目なものにはしっかりとした敬礼をする。彼なりの流儀だった。


「は、はい!」

「戦場を見るのは初めてか?」

「そ、そうです! 今日が初配属の日です!」


 威圧感漂うガウェイン卿に対して、精一杯虚勢を張るように申告してくる姿を我が子を見るような気持ちでガウェイン卿は見つめる。

 仮面の奥に仕舞われた顔には、少年兵に対して笑みが浮かんでいた。


「そうか。ならば怖い思いもたくさんしただろう。しかし目の前から目を背けるな、ランスロット卿のようになりたければ努力しろ、いいな」

「も、勿体無いお言葉です!」

「そう考えるうちはまだまだだな。遠慮は美徳ではあるが戦場では不要なものだ。まずはそれを捨て去ることから始めるのだな。今日はとりあえず戦争の空気を感じるだけでいい。この場で待機していろ、わかったな?」

「りょ、了解であります!」


 ガウェイン卿はその返答に満足したらしく、その場から圧倒的身体能力を生かして飛び去る。

 戦場に舞い戻る際、ガウェイン卿はぽつりと伝令兵の姿を思い浮かべる。


「あの伝令兵、初配属にも関わらず目の前でランスロット卿が腹を切り裂き始末した人間に対して何も感慨を抱いていないようだったな……。普通ならば目の前で人一人殺されれば吐き気を催したりするものだが、もしやするとあの伝令兵は危険な人種やもしれんな――っといかんいかん。戦闘に集中せねばな」


 未だにガウェイン卿の部隊は国籍不明の敵が残していった残飯を処理できていないようだった。

 息を思いっきり吸い込み、空が張り裂けそうなほど大声をあげる。


「貴様らたるんどるぞ! この程度の数、連携して始末しろ! 個人の手柄も大事だがまずは敵を倒し生き残ることを考えろ! そのために速やかに敵を蹂躙しろ!」


 大熊が吼えたようにすら感じる声は、戦場を駆け巡り戦闘行動をしている味方たちの戦闘意欲を沸きたて、力を高める。

 それから戦闘が終局を迎えたのは、たった五分程度のことであった。

 大地に立っているものは円卓の騎士団に所属するものだけであり、国籍不明の部隊は残らず殲滅されて、赤いカーペットがそこら中に見受けられた。

 伝令兵――少年兵はその光景を目の当たりにしつつも、仮面の奥で笑顔を滲ませていた。

 それは恐怖から来る虚構が生みだしたものなのか、はたまた、欲望から生まれた純粋な歓喜だったのか。


 第一話「円卓の騎士団」 終わり

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