第29話 眼前の太陽


森の中、近隣の村民に見つからないよう竜は捕縛されていた。

深い傷が腹部に横たわり、それでもなお生き続けている。

伝説と呼ばれる存在はその気品を失わず、ただ沈黙していた。

赤い鱗は戦闘で剥がれた部分だけを使用した為十全に残っている。

生きた竜から鱗を採取する行為の危険性が示唆された為息絶えるのを今か今かと待っているのである。

ケイティは新しく手にした武器をおもむろに掲げ、竜に尋ねる。

「人語を理解する……と聞いた。それは真か。」

問いには応えず、開いていた目を閉じる。

そうか、ケイティは武器を下ろす。

「竜の傷を癒せ。」

周囲にいた兵たちは驚き、慄いた。

ケイティの言葉に、そしてそれを聞いて暴れ始めた竜に。

「応じないのならそれでいい。だが、我らが受けた命令は魔物退治であり竜を殺すことではない。」

ちらり、古株の整備兵に目をやる。

初老の白ひげを生やした男は首を縦に振る。

「我らを襲わぬと約束するならば解放したい。人を襲うなどは言わぬ。我らが寝床を襲うようなら殺しても構わない。自由を得た翼でこの周囲に炎の海を作られては困るのだ。」

ケイティは震えている。

そして、自分がよくわからなかった。

なぜ自分は竜を説得するなどと奇行に走っているのか。

言葉が通じる、かもしれない。

そのような可能性の欠片を信じる信じないと二分化すらしていないというのに、足を震わせながらこの場にいる。

汗も吹き出している。

不安要素と向き合っているというのに、どこか確信めいたものがあるのも事実であった。

「我が新たな武器には主の鱗と牙を使用している。赤き刃には《ソル》と名をつけた。この刃がその勇猛さを表しているのならば、主の名もまた同じくしてソルと呼ぶ。古の言葉で太陽を意味する赤き竜よ。」

自分の奥底から言葉が流れてくる。

知らない言葉がとめどなく溢れてくる。

「ソル、主の傷を癒す。言葉を解し我らを助けるのならば束縛を自ら放て。」

知っている。

この竜を縛るにはこの程度脆弱であったと。

不快な感覚がそこにあった。

ソルは押し黙ると、目を大きく開いた。

束縛などなかったかのように翼を大きく広げ、羽ばたきにより緩んだロープはすべて断ち切られ、飛ばされていった。

兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げおおせた。

しかしケイティは見守っていた。

ソルはそんな人間と目を合わせたまま翼を閉じ佇んだ。

「ソルを癒せ。」

今度は暴れることもなく、ケイティは終始大人しいソルをただただ見つめていた。

いつ噛み砕かれるか、そんな恐怖の傍らにある安心しきった自分を心底怖がりながら。

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