【13-06】絶世の美女とは



 黒川から一枚の画像を見せられたのは夜ごはんの後だった。


「若、出来上がりました」


 夕食の鰆の西京漬けを頬張りつつ、リンカーを見る。


「美女?」


 そこに移っていたのは、目端の整った女性の顔だった。しかし、美女という感じではなかった。いや、きれいなんだけど美女というかなんというか


「すべての画像から特徴を抽出して平均化したら整った顔になりました。その結果、人間離れしてしまったようです」


 人間離れか。確かに。なんか現実味がない顔なのだ。


「そっか。でも、ちょうどいいかもね。これを使おう。この画像ってAW内でも見れる?」

「もちろん」


 AW内で見れるならこれを見ながら顔を変えよう。僕は残ったご飯を味噌汁でかきこみ、足早に食堂を出た。




 ー------




 ところ変わって、ギルドの自室。鏡を前に僕は魔力を操作していた。黒川の作った画像を傍らに鏡を見ながら顔を魔力で覆う。そして、その魔力に画像を投影するイメージをする。


「一応目鼻立ちは変わったかな」


 最初は水に混ざった絵の具にしか見えなかったが段々と色の境界が別れていき、2時間もした頃には画像の転写ができていた。

 夕食後にシャワーを浴びながら考えていたことがある。ディーラーとの会話で属性は火とか水とかだけでなく、貫通や切断とかも含まれることを知った。そこからもう少し踏み込んで考えた。何とか性って付くものは全部行けるのではないかと。例えば、アルカリ性。アルカリ性にしたから何になるのかと言われたらわからない。化学は苦手だ。でも、他にもある。例えば粘性。スライムのようなドロっとした魔力に変換できるかもしてない。〔刺突〕スキルでは円錐状の魔力を作っているが、よく考えれば魔力を固くするイメージもしていると思う。つまり、魔力の変化を変換と言えるのであれば、魔力の性質自体の変換もできると思う。


 であれば、こんなこともできるのではないだろうか。昔あったスパイ映画のようにマスク型の魔力だ。最近のスパイ映画でもたまに登場する変装用のマスク。魔力のマスクのように顔に張り付くようにする。そうすれば、表情の変化を考え無くていいのではないだろうか。


 顔を覆っている魔力を肌に引っ付けてみる。目の位置や口の位置は微調整する。幸いなことに僕の顔は元々中性的だ。大きな調整は必要なかった。鏡に映った顔は画像と少し違うがより現実味が出た気がする。試しに笑ってみれば鏡に写った顔も口角を上げる。少し無愛想な感じかな。表情が硬い。でも、少なくとも僕には見えないし、女性に見える。僕は他の人の意見が聞きたくて部屋を出た。


 ホールをこっそり除くと、カウンターにセスタギールがいて、テーブルにはブライアンさんと小狼さんがいた。

 どうせならと、一度部屋に戻ってエドからもらったドレスを着た。鏡を見ると体つきがいまいち女性らしくない。下半身はドレスで隠れるが胸元はどうしょうもない。細身なドレスでも男の体とは違うわけだ。僕は胸元に少しだけ魔力を集めた。これで女性らしさが出たのだろうか。肩が張る感じが微妙に気になる。しかし、魔力を使った変装は足すことはできても引くことはできない。僕は妥協してホールに向かった。

 ドレスの生地が多く歩きづらい。裏からカウンターに出るとみんなの視線が集まる。


「おお。誰だ?」


 ブライアンさんは騙せたみたいだ。小狼さんとセスタギールを見る。


「オロチか。〔変装〕スキルを取得したのか」


 セスタギールに見破られてしまった。


「うん。どうかな? おかしなところある?」


 僕の声を聞いてブライアンさんは驚いた。


「お前、オロチか! なんだその格好?」

「エドが言っていたでしょう。大会中にオロチに女装させるって」


 エドさんはみんなにすでに教えてたのか。それにしても、小狼さんも驚いていないみたいだ。


「裏から出てこなければすぐには分からなかっただろう。だが、よく見ると〔変装〕スキルだとわかるな」

「そっか。どこがおかしいの?」


 セスタギールは僕をよく見る。ブライアンさんと小狼さんも話をやめて、セスタギールを見た。


「顔の魔力が厚いな。常に体を魔力で覆っている奴は多い。しかし、顔だけを覆っている奴は見かけない」


 ああ。ディーラーが言ってた薄くする理由はそういうことなのか。


「へえ。じゃあ、体全体を魔力で覆えばいいじゃないか」

「それ、疲れそうね」


 僕もブライアンさんと同じことを考えたけど、ディーラーが薄くすると言った理由があるはず。その答えはセスタギールが知っていた。


「魔力を厚く纏うのはある程度の実力者ならやり始めることだ。しかし、その先に行くと、今度は魔力を薄くし始める」


 何かとセスタギールに聞いているけど、元副団長は伊達ではないのだ。


「それはどうしてかしら?」

「実力がついてくると常に魔力を流動させて攻撃や防御に振り分けるようになるからだ。全身に纏っていると必要のない部分にも魔力を纏うことになる」


 なるほど。理解した。それと同時に僕はもう1つ違う答えを見つけた。それは、〔魔力探知〕だ。魔力を探知するスキルを交わすためには魔力を悟らせないようにする。その方法は単純に魔力を出さないことだ。魔力を常に纏っていては奇襲は難しそうだ。


「そうか。いいこと聞いたな」

「ええ。オロチ、こっちに来てくれる?」

「はい」


 小狼さんに呼ばれてカウンターを出る。


「少し歩き方がおかしいわね」


 小狼さんは僕に女性らしい歩き方を教えてくれた。


「ええ。そんな感じよ」


 なんだろう。腕を外向きに振って腰で歩く感じかな。大げさにやらずに、男らしさを消すことを考える。小狼の許可も出たしこの感じか。男らしい歩き方の特徴を消すだけなら普段から練習できる。完全に身についた足音を消す歩き方にプラスしよう。


「おお。完全に女に見えるぜ。確かに顔の魔力はおかしいが、他は気にならないな。そういえば、尻尾はどうなってるんだ?」


 ブライアンさんの問いに答えるようにオンがスカートから顔を出す。スカートの下は長ズボンにいつものグリーブだ。

 慣れない顔の出し方をしているからかキョロキョロと見回してから僕の顔に近づく。オンに釣られてか、他の尻尾たちも顔を出した。


「スカートの下はちゃんと履いてるのね」


 小狼さんに言われて下を見ればスカートはその意味をなさなくなっている。


「変装で着てるだけですから」

「そう? 似合ってると思うけど」


 いや。そもそも顔が違うから似合ってると言われても何も言えない。

 僕の変装で盛り上がっているとカズさんとエドさんが帰ってきた。


「おお! カズ! こいつ誰だかわかるか?」


 ブライアンさんが試すようにカズさんに問いかけた。


「ん? 初めて見る顔だね。誰かの…… いや、おろちくんかな?」


 カズさんには見破られてしまったか。カズさんはカウンターに向かい、エドさんはブライアンさんの横に座った。


「そのようですね。私が渡したドレスと同じものを着ていますし」


 エドさんはこのドレスを知っているから当たり前か。


「はい。大蛇です。〔変装〕スキルを試してました。カズさんはどうしてわかったんですか?」

「そうだね。なんとなくかな? セスタギール、水をちょうだい」

「私にもください」


 直感か。それはどうも対策しづらい。考えられるとしたらやはり魔力かな」


「〔変声〕スキルはどうですか?」


 エドさんがカウンターに向かいながら聞いてきた。


「〔変声〕スキルは覚えられませんでした。まだ無理だろうと」

「そうですか。声に関してはこちらで声を変えるアイテムを探してみましょう」


 そんなアイテムあるのか。いや、ありそうだな。声に関してはエドさんに任せよう。


「〔変装〕スキルはとりあえずできそうなのでこの感じでやってみます」


 慣れるためにしばらくはこの格好で過ごすことにしよう。

 〔変装〕スキルがとりあえずできそうだと思って気が抜けたのか、突如として眠気を感じる。


「僕はお先に落ちます。おやすみなさい」

「おお。おやすみ。 いい夢見ろよ!」

「おやすみなさい。またね」

「おろちくん、ありがとうね。おやすみ」

「お疲れ様でした。おやすみなさい」

「オロチ、明日、時間をくれ。魔力の使い方を教えてやる」

「ありがとう。セスタギール」


 先にログアウトすることをみんなに言って、僕は自室でログアウトした。



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