【13-03】女装

 迷子になりました。

 いや、うすうすわかってはいたけどさ。ちゃんと地図見ながら歩いたんだよ。でもさ、迷っちゃったよね。

 王都は本当に広い。こんなところまで作りこまなくてもいいのにっていうぐらい広い。


 途中王都観光を挟んだのも迷子になった原因かもしれない。来た道をそのまま戻っていたら迷子にならなかったかもしれない。


 でも、何とかギルドホームまで帰ってこれた。

 僕は安堵の気持ちと共にギルドホームに入る。


「遅かったね」


 ギルドホームで僕を迎えたのはカズさんとエドさんだった。


「おかえりなさい。はぐれオーガを倒したそうですね?」


 エドさんに僕はうなづいて返答する。


「はい」

「どうでしたか? イベントは進みましたか?」

「はい。ギルドに報告した後ギルドマスターと話をしました。でも、クエストを紹介されるようなことはなかったです」

「ほうほう」


 エドさんが何度もうなづいてメニューになにやら書き込んでいるような動作をする。


「無事スキップできたみたいだね。ちょうどよかった」


 カズさんは続ける。


「おろちくんには武闘大会の方を手伝ってもらいたいんだよね」

「武闘大会ですか? あれは王妃様が主導するって話になったんじゃ?」


 カズさんが一枚の紙を僕に差し出した。


「うん。それについてさっき話し合いをしてきたんだ。僕たちは当日の進行を担当することになったんだよ。一応は僕たちが開催するってことになっているから」


 なるほど。あくまでも僕たちが開催しているという体は崩さないのか。

 渡された紙には武闘大会における役割の割り振りみたいなことがまとめられていた。確かに進行の欄に『ふぁみりー』と記載されている。


「それで僕はなにを?」

「当日の警備に回ってほしいんだ」


 警備? 僕が?


「当日の警備は騎士団が担当することになったんだけどね。そこに君を同行させようと思って」

「僕をですか?」


 僕が騎士団に同行する意味なんてあるのだろうか? そもそも僕は騎士ではない。


「警備と言っても場内の警備ではありません。いわゆるVIPの警備です」


 エドさんがメモを取り終えた様子で話に加わってきた。


「うん。当日はどうやらNPCの貴族たちも多く観戦するようなんだ。だから、VIP席を用意することになったんだよ。席自体はもともとあるからそこを使ってね」

「それこそ僕じゃなくて騎士団がやるべきなんじゃないですか?」

「もちろん騎士団も警備に加わります。オロチさんには観客の1人として紛れ込んでおいて欲しいんですよ」


 まとめると、僕は騎士団とは別にVIPの警備をするってことかな。そのために僕はVIP席に紛れ込む必要があると。


「どうやって紛れ込むんですか? というか、僕が警備に入ってもたかが知れますよ?」


 僕の実力ははぐれオーガを倒せたことから初心者のレベルは超えていると思っている。でも、今日のセスタギールの動きを見た限りだと僕の実力じゃまだまだ足りていないように思える。


「今回は、君が警備に入っていることが重要なんだよ」

「というと?」


 エドさんが僕を見る。


「君は賞金稼ぎギルドの人間だ。だから、君が警備に入っていても不思議ではない。そして、『ふぁみりー』のメンバーが警備に入ることで僕たちの実力を示すことができる」


 言っていることはわかるけど、僕が紛れ込んでたら実力を示すものもなにもないんじゃないだろうか。


「それなら僕じゃなくてブライアンさんに立っていてもらった方がいいんじゃないですか?」


 ブライアンさんの方が強そうだしかっこいいからね。


「いや、ブライアンには別の役割があってね」


 カズさんが何か含みのある言い方をする。

 カズさんと話すようになって、カズさんがとても頭の切れる人だってことはわかってきたけど、正直僕にはよくわからないことが多い。何か意味があるんだろうけどそれがいいことなのかはわからないな。


「それに、実力というのは何も力だけが全てではありません。当日は騎士団に対して君が賞金稼ぎギルドの人間であると告げてVIP席に紛れ込んでいると伝えます」

「そう。そうすれば騎士団にうちのギルドには賞金稼ぎがいるってことが自然に伝わるでしょ? そうなったら賞金稼ぎの依頼が騎士団から来るかもしれない」


 なんとなくわかった。つまり僕は騎士団に対して招き猫のようなことをするわけだ。


「それにね」


 カズさんが僕の眼をじっと見る。


「君ならいざというときに何人かは守れるだろう? 実際の大会でも敵の攻勢に対して君がメンバーを守るという状況は容易に想像できる。いい訓練になると思うよ?」

「はあ。とりあえず意図はわかりました」

「うん。まあ、当日は特等席で武闘大会を見学するといいよ」


 まあ、もともと断るって選択肢はなかったわけだし。特に重要な役割があるってわけではないみたいだから僕は了承しておくことにした。


「では、当日に向けて貴方をコーディネートしなければですね」


 エドさんが立ち上がる。

 張り切って立ち上がったエドさんをカズさんが引き留める。


「エド。さっき言ったやつお願いね」

「ええ。もちろんです!」


 エドさんが僕の腕をわしっと掴む。


「さあ、行きますよ!」


 エドさんに腕を引っ張られてやっとの思いでたどり着いたギルドホームから僕は再び街に繰り出すこととなった。


 僕のおなかに突進を繰り返すオンに気づいて疑問を思う。僕は引っ張られながらもアイテムボックスから肉を取り出してオンに与える。僕はキメラだ。僕が観客に紛れ込むってそんな簡単なことなのだろうか? VIPともなれば皆回見知りなのではないでしょうか? 遠い島国のちりめん問屋にでもなるのだろうか。


 この時しっかりエドさんに確認を取っていれば、もしかしたら今後待ち受けるあの事件を未然に防げていたかもしれないと後悔することになる。


 みたいな感じのナレーションが僕の頭をよぎる。いや、よぎった。


「ここって……?」


 僕の目の前には洋服を売っているであろうお店がある。この王都はガラスが普通に流通していてウィンドウ越しに商品が飾られている。


 僕は商品を見た。


 絹のようなさらりとした生地

 肩にはふんわりとボリュームが出るような造形、胸から腰に掛けてはスリムに見せるためにウエストが細くなっている。しかし、腰から下は余りある生地できれいなアーチを描いて膨らんでいる。腕は細く、白い手袋。頭には小さなハットを斜めにつけてネットみたいなものが顔にかかっている。


 うん。もしかしなくても、これは女性用のドレスだよね。


「ちょっ、ちょっとまっ……」

「さあ、いきますよ」


 僕はエドさんに腕を引かれて、その魔界へと足を踏み入れた。強制的に。




 ーーーーーーーーーーーーー




 女性用のドレスを販売しているお店にドナドナされてはや3時間。


「これでよろしいですね?」

「ええ。それをいただきましょう」


 エドさんが一着のドレスを購入した。

 真っ黒なドレスだ。装飾も肌の露出はほぼなくチュールハットも真っ黒だ。なにやらこのドレスには装備としての能力が付いているらしい。特殊なスキルはついていないが、それでも、今の最前線レベルの能力になるらしい。


 僕はいわゆる中世的な容姿をしている。昔はそれで色々とあったが、今は背も伸びてそんなことはなくなっている。つまり、僕はドレスのような長身が生きる女装はハマってしまうのだ。


「本当にそれを僕が着るのですか?」


 僕はエドさんに一縷の望みをかけて聞いてみる。


「ええ。これを着て警備についていただきます」

「えー」


 3時間にも及ぶ試着の中でドレスを着ることの意味はなんとなくわかった。下半身が広がる作りのドレスであれば僕の尻尾たちが隠れるのだ。当然僕はスカートの下にズボンを履いているし、今回勝ったドレスはスカートの部分が取り外せるようになっている。だから、スカートを取り外せば、僕が着ていてもおかしくないともいえないぐらいの服装にはなっている。

 いや、おかしいかな。まあ、装備の能力は申し分ないし、普段から外套を羽織っていることを考えれば、許容できるデザインだとは思う。


「オロチさん、〔変装〕のスキルは持っていますか?」

「もっていないです」


 そんなスキルは持っていないよ。


「なくてもいいですが、あると便利でしょう。武闘大会まで日にちもありますし、取得してみてください」

「そんな簡単に取得できるスキルなんですか?」

「君ならできるでしょう。変装して賞金首に近づく賞金稼ぎの話を聞いたことがあります」


 賞金稼ぎギルドか。確かに取得方法をしていそうだ。


「ではこれを」


 エドさんが購入したドレスを渡される。所有権が僕になっていることを確認した。


「着ていきますか?」


 お店の人が聞いてくる。


「いいえ」


 僕はお店の人にお礼を言って、そそくさと店を出た。


「じゃあ、僕は賞金稼ぎギルドに行ってみます」

「ええ。〔変装〕スキルと〔変声〕スキルを覚えてみてください」


 増えてるよ。


「わかりました」


 僕はエドさんと別れて僕は賞金稼ぎギルドへと向かう。

 案の定迷ったことは一応報告しておこう。



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