スキルの裏

【13-01】ロゴ入りTシャツとセスタギール

 昨日ログアウトした後の拓郎との夕食は、始終武闘大会の話だった。僕は武闘大会の開催がすでに僕たちの手を離れたことを知っているが、拓郎にとってはプレイヤー主催のイベントだから、良い意味でも悪い意味でも楽しみだと言っていた。

 プレイヤー主催のイベントはこれまでいくつもあったが、今回の武闘大会は規模が違う。参加者の数もすごいことになっているようだ。名のあるプレイヤーが続々と参加を表明しているようで、ネット上では大盛り上がりを見せていると教えてくれた。

 僕は若干を通り越してかなり興奮している拓郎に対して、少しだけ罪悪感を感じながらも楽しい食事をした。


 『おはようございます。若』


 僕がすでに目を覚ましていることに気が付いたらしい黒川が僕に朝の挨拶をする。昨日の夕飯の記憶は当然まだ新しく、僕は少し気分が悪かった。


 「おはよう。黒川」


 僕は挨拶だけすると適当に着替えを済ませてしまう。共有スペースに出れば、拓郎がいる。拓郎は武闘大会に参加することでカズさんたちが作ったギルド「ふぁみりー」に加わろうとしている。それに対して、僕はすでに「ふぁみりー」の一員である。拓郎はまだ半年ぐらいの付き合いだけど僕にとってはかけがえのない友人であると言える。そんな彼に僕は自分のことを隠しているのだ。やはり少しだけ憂鬱な気分になってしまうよね。


 僕は意を決して共有スペースに向かう。今後のことを考えればいずれと言わずにすぐにばれてもおかしくない。僕は拓郎に話すべきだ。でも、僕には話すためのほんの少しの勇気がなかった。


 共有スペースのテーブルの上には紙が一枚置かれていて、拓郎から先に朝食を取ってゲームをすると伝言が残されていた。僕は一人で朝食を食べた。




 ログインすれば、もちろんギルドの自室が目に入る。僕の部屋の入口は裏口の近くだ。僕は厨房らしき部屋を抜けてカウンターに出る。すると、そこにはセスタギールが立っていた。昨日までのセスタギールではない。装備が変わっている。「ふぁみりー」とかわいくプリントされたTシャツを着ている。それに前掛けもしている。まるで居酒屋でアルバイトをしているフリーターのようだ。


 「なんでここにいるの?」


 僕の疑問は当然だと思う。


 「今日から俺もここで世話になることになった」


 セスタギールはどうやらここでお世話になるようだ。なぜだ。

 僕は周囲を見渡すが、セスタギールの他には僕以外誰もいない。そういえばと思い、ギルドのメニューを覗く。するとメンバーの欄に「せすたぎーる」の名前がある。つまり、セスタギールは「ふぁみりー」の一員になったということだ。

 

「いやいや、なんでさ?」


 あたかも納得したような感じの思考をしたけど僕の頭から湧き上がるこの疑問はどうにも無視することができなかった。だって、セスタギールはNPCだもん。これってつまり、NPCもプレイヤーと同様にギルドに所属できるってことだ。つまり、まだわかっていないだけでプレイヤーだけのものかと思っていたシステムがNPCにも適用されているってことになる。それに僕が賞金稼ぎギルドに入っていることも冒険者ギルドに入っていることも、プレイヤーだから当然だと思っていたけど、これがNPCも同じことができるってことを踏まえると……

 思考が跳びすぎているのであろうか。僕は考えてしまった。賞金稼ぎギルドも冒険者ギルドもカズさんたちが立ち上げた「ふぁみりー」と同じシステムを使っているとしたら。賞金稼ぎギルドも冒険者ギルドもNPCによるギルドではないのかもしれない。


 「エドという御仁に誘われてな。ここの連中は全員俺のことを知っているのだろう? 俺にはちょうどいい。それに、お前たちも国に仕えていた俺がいれば何かと便利だろう」

 「たしかに」


 ごもっともでございます。AW内で王国以外の国が発見されていることは知っているけど、きっと僕たちはこの王国とかかわらないという選択はできないのだと思う。



 さて、セスタギールが仲間になったことでびっくりしてしまったが、気を取り直していこう。


 今日は何をしようか。まずギルドの掲示板を見てみた。もしも、仕事があれば掲示板に書いてあるだろう。

 しかし、掲示板には僕については書かれていなかった。そうなると、正直やることはない。大会の運営はそもそもやることがなかったのだ。僕が今ギルドに貢献できることはなさそうだ。


 そういえば、はぐれオーガの討伐はどうなったのだろうか。既に|王宮公認〔ロイヤル〕の称号は手に入れたけど、イベントは進むのであろうか。僕は気になって冒険者ギルドに行くことを決めた。

 僕がギルドの外に出ようとするとセスタギールが声をかけてきた。


「大蛇、どこか行くのか?」


僕は少し驚きながらも振り返る。


「冒険者ギルドに行くつもり」


 僕の答えを聞いて少し考えたセスタギールは前掛けを外す。


「俺も行こう」


 そう言ってセスタギールはカウンターから出てきた。Tシャツのまま腰に剣を差した。あの装飾のついた剣だ。うん。このギルドにお客なんて来ないだろうしセスタギールも暇なのだろう。この後、はぐれオーガのクエストをすることになったとしてもセスタギールがいれば安心だ。


「わかった」


 僕とセスタギールは連れ立って冒険者ギルドに向かった。


「あれ? セスタギールはまだ追われてるんじゃないの?」

「妃殿下のお力で先日ふたたび騎士として認められた」


 さいですか。




ーーーーーー




 冒険者ギルドは相変わらず盛況している。黒尽くめの僕も相変わらずヒソヒソされる。


「あいつか?」

「わからない」

「いや、あの後ろのやつの服を見ろ」


 服? 僕は気になって振り返ってしまった。そこにはセスタギールとセスタギールの着ているTシャツが目に入る。


 『ふぁみりー』とデカデカとプリントされたTシャツだ。


 瞬間、僕の脳内で思考が巡る。そうだ。2階に行こう。昨日までの感じだと2階に行ける人はまだ少ないはず。

 僕は早足で階段へと進む。途中僕に声をかけようとする人もいるが無視だ。2階へ続く階段では今日も誰何されるがギルドカードを見せれば無事通行を許可された。


 セスタギールはというと、


「待て。お前は、いや、聞いている」


 と一人で納得した上でどうされていた。セスタギールは騎士に戻ったと言っていたから通行を許可されたってことかな。


 2階はやはり人が少ない。|王宮公認〔ロイヤル〕の称号を持っている人は思いの外少ないのかもしれない。僕は2階のカウンターに向かった。


「こんにちは。こちらでもクエストを受けられますか?」


 受付にいる女性は顔を上げる。ヴィーゼや王都の下の受付にいる人たちよりも不機嫌そうだ。というよりも、愛想を振りまいていない感じだろうか。よくいえば、クールだね。


「カードを拝見」


 僕は冒険者ギルドのカードを差し出す。そして、はぐれオーガについて聞いてみた。


「先日聞いたはぐれオーガの討伐はどうなった?」


 まだ若干ロールプレイが残っているようだ。


「はい。まだ討伐されていません」


 |王宮公認〔ロイヤル〕になってもこのイベントは消えないのかな。


「大蛇様、はぐれオーガの討伐にご興味がおありですか?」

「はい」


 ここではぐれオーガのイベントをやったらどうなるのかとても気になる。


「では、はぐれオーガの討伐をお願いいたします」


 受付嬢は僕にギルドカードを返した。カードにははぐれオーガの討伐のクエストを受けたことが表示されている。


「出没したエリアをまとめたものです。期限はありませんが、捜索しても一定期間見つからず、被害もない場合も達成と判断されます」


 一枚の地図を渡された。王都の周辺の地図に丸印がいくつかついている。なるほど。ゲームならいいけど、実世界では既に他の人が討伐していたとか起こりそうだからかな。うん。


「俺が加勢していいのか」


 セスタギールが後ろから質問した。受付嬢は間も無く答える。


「はい。仲間を集めることも力の一つですので」


 許可が降りたようだ。でも、セスタギールよ。君はTシャツでオーガを狩りに行くつもりなのか。


「セスタギール、装備は?」

「大丈夫だ。問題ない」


 問題ありそうだけど。僕はセスタギールに先程渡させた地図を見せる。


「場所わかる?」

「ああ」

「じゃあ、道案内お願いね。僕じゃ迷子になるから」

「持ち物は大丈夫か?」


 持ち物か。大丈夫だと思うけど、敵の強さがわからないからポーションを補充した方が良さそうだ。そんなことを考えているとふとももに噛みつかれる。わかった。肉も補充するから足を噛むのをやめてくれ。


「どこかで補充したいかな」

「わかった」


 僕は受付嬢を見て言う。


「じゃあ、行ってきます」

「ご武運を」


 なんかカッコいい感じでまとまったね。僕は階段の方へと進み下を見て憂鬱になる。まだ上に注目しているプレイヤーが散見されたからだ。


 立ち止まる僕の横をセスタギールが颯爽と追い抜いていく。その姿を見て僕は閃いた。鎧姿(ロゴ入りTシャツ)のセスタギールは正真正銘の騎士だ。そして、その歩く姿は騎士に見える。僕はセスタギールの後ろに隠れることにした。

 僕は気配を消して、そろりそろりとセスタギールの後を追った。




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