【12-09】



 ギルドホームを出た僕は、まず賞金稼ぎギルドを目指す。

 何度も迷いながら、されど前回よりは最適化された道程でどうにかたどり着いた。


 賞金稼ぎギルドの中はいつも通り飲兵衛のたまり場だ。でも、山海もくれば同じ顔が何人かいて彼らの気力操作と魔力操作が熟練の腕であることはわかる。さらに言えば、たぶん彼らは酔っていないのだろう。だって、一寸の乱れもないのだから。


 僕はカウンターに座った。


「ねえ、ドルヒいる?」


 僕はディーラーに聞いた。ディーラーは僕に水の入ったグラスを出しながら答える。


「ドルヒなら少し前に戻ったぞ。なんか不機嫌だったが。何があった?」


 不機嫌ってことは何かあったんだろうけど僕は何も知らない。いきなり消えたんだから。むしろ僕が不機嫌になる。


「知らないよ。いきなりいなくなったもん」

「ん? セスタギールはどうした?」

「見つけ出して、依頼主のとこまで連れて行ったよ」

「ほー。ということは、達成したのか?」

「うん。一応ね」


 ディーラーは僕の返答を聞いて一度奥に引っ込むと何やら箱のような機械を持ってきた。機械ってことはないか。魔道具って言えばいいのかな。


「ギルドカードを出してみろ」


 僕は言われたままにディーラーにギルドカードを渡した。

 ディーラーは受け取ったギルドカードを魔道具に差し込んで何やら魔力を込めた。承認用の魔道具ってところか。


「ああ。たしかに。初めて見たぞ。最初の仕事で王族公認ロイヤルとった奴は。有能そうだし、どんどん仕事を回すことにしよう」

「ありがと」


 僕としても、賞金稼ぎの仕事は対人戦の練習になるだろうから断る意味もない。僕は素直にお礼を言っておいた。


「いまから誰か追うか? おすすめが何人かいるが」

「いや、これから装備を買いに行くんだ」

「そうか。まだこっちに来たばかりか。これ渡したか? 一応もう一枚渡しておくからいい装備見つけろよ」


 ディーラーは僕に一枚の地図をくれた。前ももらった賞金稼ぎギルド推薦のお店が載っているやつだ。ちらりと見てみると、エドさんが教えてくれたお店も載っているみたいだ。


「じゃあ、行ってくる」

「ああ、またこい」


 僕は賞金稼ぎギルドを出て、地図に載っている防具矢を目指した。




ーーーーーーー




 初めて歩く道に戸惑いながらも頑張って防具屋まで辿り着いた。迷ったかって聞かれれば迷ったって答えるしかないよね。王都広すぎ。


 いくつもお店が並ぶ通りがあって、防具屋もその中の一店舗だった。建物自体は王都らしく皆大きい。防具屋も例外ではなく二階建て以上の高さだ。僕が外から眺めている限り繁盛してはいないようだ。大きさこそ他と変わらないが外観はボロボロ。防具屋なら修繕すればいいのに。しかし、ボロボロだが汚いわけではない。店の周りにゴミはないし壁もボロいだけで汚さは感じない。



 僕は賞金稼ぎギルドとエドさんを信じて中に入った。

 中は綺麗に整頓されていた。展示されている防具はどの部位もピカピカに磨かれている。天井に付けられた明かりが部屋中に反射している。セットらしき金属鎧はマネキンかなにかに取り付けられて並べられているが、特定の部位だけの防具もある。僕は靴を探す。朝、単語帳をめくっている時に思いついたことだけど、別に靴屋の靴である必要もないのかなと思い始めている。靴屋の靴を見ていたら同じものばかりというのも当たり前なことだと気がついた。なんだかんだで僕は靴にも防具としての機能を求めていた。普通の靴に僕の求める基準の悪路走破力は過剰だと気づいたのだ。だから、僕は防具を買いに来た。機能が満たしているなら具足とかでもいいと思っている。


 取り敢えず、靴の形をした物を物色する。どれも防具として頑丈になるよう作られている。一見ただの靴もあるけどモンスターの素材を使った物だと説明がされていた。こういうのでいいんだよね。なんかいいモンスターの素材を使っているのかめちゃくちゃ高いけど。


 店内を物色しながら回っていると、ヒューがいきなり外套から飛び出して一足の靴を咥えた。僕は慌ててヒューから取り上げて傷を確認する。傷はないようだ。もともとついていた小さな傷があるからそれに交じっているかもしれない。うん。傷はない。


「ふぅ。どうしたのさ。ヒュー」


 ヒューはプイっとそっぽを向く。

 ヒューの咥えたそれはいわゆるグリーブというやつで、膝まで伸びるように一枚のシンプルな金属板を曲げて作ったブーツのようにも見える。鈍くかすかに光沢のある銀色。裏地にはしっかり革が張られていて履き心地にも配慮されているようだ。できる限り継ぎ目を無くしたかったのか靴の部分も継ぎ目が少なくなるように設計されている。ぱっと見は『金属で靴作ってみました』だ。値段も僕の手が届くお手頃価格だ。でも、もう少しかっこいいのがいいかな。無骨と言えばよく聞こえるけどシンプルすぎる。


 僕がそれを棚に戻そうとするとヒューが僕の腕を甘噛みする。棚に戻すのをやめると口を離す。これには意味があるのだろうか。ゲーム内のAIがアイテムを欲しがる。一見変哲も無いこのアイテムがすごく強いアイテムの可能性はある。しかし、そうであれば、AIが隠れた強力なアイテムを探し出したことになる。これはチートなのではないだろうか。AW側の問題だからバグって言えばいいのか。

 僕はもう一度よく見てみる。値段以外に説明書きはなく、値段にしては高いものでもない。今の僕の靴も壊れているわけではない。ヒューの意思に従ってこれを買う選択も悪くはない。もし欠陥があったとしても今の靴に戻せばいいだけだ。

 裏表中と見ているとおかしな点に気付く。これ履き方がわからない。最初は長靴のように足を入れるのかと思ったけど金属で出来ているから伸び縮みしない。足を通す空きがないのだ。そもそもサイズが合うかもわからないよ。

 しばらく見ていたが履けそうにない。あとは試着してみるしかないね。


 僕は店員を探しに店の奥に向かった。もちろんグリーブを持ったまま。だって、棚に戻そうとするとヒューが噛みつくんだもん。

 僕は店員を探す。無断で試着はダメだ。店の奥に進んでいくが店に客の姿はない。奥には会計のようなカウンターが存在していたが人はいない。奥に続く扉があるからそこから進めば人はいるだろうけど。どうしようかと悩んでいればカウンターにベルが置かれていた。僕はそれを手に取り力強く振る。


 ベルの音が鳴り、しばらく待つ。しかし、来ない。不用心だが人が居ないとなれば買う術がない。

 僕がこのグリーブを元の棚に戻して店を出ようか迷っていると扉が開く。

 扉から出てきたのはひげ面のおっさん。背が低い割には身体ががっしりしている。典型的なドワーフの容姿だ。


「なんじゃ」

「これを」


 不機嫌そうな顔で僕に要件を問うたおっさんドワーフは僕も持っていたグリーブを奪うように取り上げた。


「七千でいい」


 七千マネーってことだ。靴としてみれば高いけど他にある装備と比べれば安い。初心者用の装備と比べたら高いけどね。買う前にまずは試着だ。


「試着しても?」

「ああ」


 試着はいいみたいだ。でも、聞かないといけないことがある。


「これはどうやって履けばいいんですか?」

「装備しろ」


 装備すればいいとのことです。どういうことでしょう。


「念じろ。それはそういう防具だ。やってみればいい」


 僕は靴を脱いでグリーブを地面に置く。装備しようと念じるとグリーブの背面がパカリと開いた。そこに足を通せばぴったりと閉まる。足を上げたり歩いたりしてみるがズレない。サイズはぴったりみたいだ。


「初めてか」

「え?」


 どういう意味だろう。この店に来るのは初めてかってことかな。それとも、こういった装備を見るのは初めてかってことかな。


「はい」


 取り敢えず頷いておいた。


「特定の装備には装備者を選ぶものがある。これもその一つだそういった装備は大抵万人が装備できないような機構になっている。それみたいにな」


 なるほど。装備者を選ぶってことはやっぱりすごいアイテムなのかな。


「お前、キメラだな?」


 僕の外套の中でも見えたのだろうか。それとも、蛇たちが顔を出していたか。


「それはキメラ種にしか装備できない。キメラ種はここら辺では珍しい」


 これは種族限定装備ってことか。だから、ヒューが反応したと。そんなこともあるのか。でも、キメラ種限定って言っても足がない種族とかもあるだろうに。

 足がなかったらヒューたちが頭から被れば装備できるかも。ちょっと笑える。痛い。小突くのやめて、ヒュー。

 それにしても、たしかにキメラ種を街中で見かけないかも。少なくとも明らかなキメラ種は見かけた記憶がない。


「キメラ種の装備は売りづらい。買え」

「はい」


 最後は命令口調だったけど、僕はお金を支払った。ぴったりに履けるなら問題ない。もしこれが使えない装備品であっても損害は少ないはず。それに、思っていたよりも歩きやすかった。

 お金だけはメニューに回収されるシステムは本当にいいと思う。PKされてもお金を落とすことはない。加害者側には被害者側が持つ所持金の一部が支払われるけど被害者に請求されることはない。さすがにお金まで取られるとなると殺伐としちゃうからね。


 こうして僕は新しい装備を手に入れた。でも、装備の詳細は不明だ。たぶん。浪漫ってやつだよね。


 じゃあ、次はギルドに行こうかな。

 冒険者ギルドへの道すがら、僕は考えた。はぐれオーガって今の僕にも受けられるのかな? 受けられるのであれば受けてみたい。今の僕がどのレベルなのかを測れそうだ。


『若、拓郎様からメールが入っております』

「拓郎から? なんだろう」

『夕食のお誘いのようです』

「え? もうそんな時間?」


 夢中になりすぎて昼食を忘れていたみたいだ。僕は余っていた星肉をいくつかアイテムボックスから取り出してヒューたちに与える。


「じゃあ、ログアウトするよ。拓郎には一緒に食べるって伝えておいて」

『かしこまりました』


 僕はログアウトを選択した。

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