【12-07】




 スラム街は王都の端にある。そこから見れば、当然ほとんどの建物が王城のある中心方向に存在する。ゆえに、最初は不審に思うことなくついてきたセスタギールも王城に近づくたびに不信感をあらわにしてきた。


「どこへ向かっている」


 僕が貸したオンボロ外套で顔を隠しながらセスタギールが僕に聞く。

 不機嫌さを隠しもしないセスタギールの声に僕は平静を努めて返す。


「安全な場所だよ」


 ちょっと声が裏返りそうになった。

 一応念のためにギルドの掲示板に応援要請をした。いざと言う時はみんなが助けてくれると信じて歩き続ける。返信がないのはとても不安だけど。


 僕たちの容姿、まっくろくろすけとボロボロの鎧の上から街頭で顔を隠す騎士風の男だ。そんな僕たちも冒険者と思われていたのだろう。冒険者がよくいる場所では怪しまれないが、王城に近づけば近づくほど不審な視線を感じる。

 そしてとうとう僕の前に騎士らしき男たちが立ち塞がった。


「ここで何している」


 騎士の一人が僕に聞いた。

 男たちは三人。全員騎士というよりかは、騎士と従士だろうか。装備の装飾に差がある。


「依頼の途中だ」


 僕はぶっきらぼうに告げる。ついでに、気力操作で気配を強める。出来るだけセスタギールに注意がいかないようにしなければ。


「何の依頼だ」


 僕は即答する。


「答える義務はない」


 というか、君たち聞いてもどうしようもないでしょ。だって、僕、依頼証明書とかもらってないもの。この場になって僕はそんな重要なことに気が付いてしまった。


「無礼な! これは騎士による審問だぞ」


 従士の1人が僕に言う。語気を強めていたが、その姿は妙にこなれていたので感情的な言動には見えなかった。さらにいえば、ほかの二人もさも当然かのように彼をいさめない。僕がだれであってもどんな行動をしても対処できると思っているのだろうか。それともただの予定調和だろうか。

 僕は考えた末、こう答えた。


「お前達の主人から受けた極秘の依頼だ。それをお前たちに告げることはできない。もしも邪魔をするのであれば」


 僕はそこまで言って気配を最大限に強めた。僕の実力では騎士の男は倒せない。彼の気力と魔力の操作は見事なもので、それだけで僕より強いことがわかる。だけど、従士は違う。彼らなら隙を見て落とせるかもしれない。

 それに、僕の後ろにはセスタギールがいる。彼の実力は騎士の男以上だ。当然だ。だってからは元副団長だから。


「まあ、待て」


 男は僕を静止するように掌を見せた。僕はその掌の先から体を外す。掌の先から何か出てきそうだったからだ。

 そんな僕を何とも言えない顔で騎士は見る。


「こちらも仕事だ。そちらが何も言わないというのであれば、ついていくことになるが構わないな?」


 僕はうなづいた。

 彼らが一緒にいる方が楽かもしれないと思ったからだ。彼らが一緒にいれば当然不審がられても声をかけられることがなくなるし、王城に近づいても問題ない。彼ら自体がセスタギールに注意を向けなければ問題ない。

 僕は気配を強めたまま言った。


「ては、王城まで案内を頼む」


 それに、王城までの道案内にもなる。


「城か。そうか。こっちだ」


 騎士は何を思ったのか。うなづくだけで僕に聞き返しはしなかった。従士たちは聞きたそうだったけど。


 王城の手前まで来たとき、僕のディスプレイにチャットが入る。


『おろちくん、僕と子狼で君をマークしているよ。王城の入り口にエドがいるからそこで合流しよう』


 みんな来てくれたみたいだ。エドさんは交渉が得意そうだから、問題なく引き渡せそうだね。うん。なんかみんなが頼もしい。これが仲間ってことなんだね! 僕は少し楽しくなってきた。それに伴ってか無意識に気配を強めてしまう。


「だれを呼べばいい」


 騎士が僕に聞く。誰からの依頼化を聞いているのだろうか。


「仲間が待っているから必要ない」


 僕の目には、門番をしている騎士たちと楽しそうに会話をしているエドさんの姿が見えていた。

その視線を追って騎士の男もエドさんを見た。


「そうか」


 僕たちは王城にたどり着いた。長いようで短かったこの試練ももう終わる。そういえば、ドルヒはどこに行ったのだろう。


「ご苦労様です。オロチくん」

「いえ。彼、中に入れられますか?」

「ええ、お安い御用です。でも、ここは大人しく人を呼んだ方がいいでしょう」

顔を確認されると面倒そうです」


 エドさんは何やら門番をしていた騎士の一人に何かを告げると、彼は急いで王城に向かった。

 僕を連れてきた騎士は、僕をチラチラと見ながら門番をしていた騎士たちと会話している。僕たちについて情報交換でもしているのだろうか。


 数分もかからずに、昨日僕たちを案内してくれた青年が駆け足でやってくる。その後ろにはこれまた強そうな騎士が一人。駆け足の青年の隣で同じ速さで歩ているように見えるほどに大柄な男だ。彼の鎧はセスタギールのものと酷似していて、彼の鎧もきれいになればこんな感じなのだろうと思えた。

 その彼を見てセスタギールが後ずさる。僕はすかさず彼の腕を掴んだ。なんか逃げそうだったからだ。しかし、すでに彼は逃げられないようだ。その彼の背後にはいつのまにかカズさんと子狼さんが立っていたから。

 ビックリして僕の身体全体が震える。こわいよ。まるでめりーさんだ。


「お待ちしておりました。こちらへ」


 騎士たちは僕たちを止めることはなかった。それもそのはずだ。彼らは青年が連れてきた騎士に手を左胸に当てて敬礼していたのだから。セスタギールが後ずさったことから考えると、彼が第二騎士団の団長なのかもしれない。そんな彼がついているのだから止めることはしないだろう。そもそも、彼を動かせるほどの人物が依頼主であるという証明でもある。

 青年の案内で王城を歩く。前と同じ道だ。そして、前と同じ部屋であの燕尾服を着た執事が待っていた。


「お早いですな。とても有能なようで主人もお喜びです」


 そう言った執事は僕とカズさんと子狼さんとエドさんを部屋の中へと勧めた。それに従う。依頼は完了したと言うことだよね。たぶん。

 今回はギルドカードの確認をされることはなかった。

 前回同様にドアノッカーからのメイド顔出しの手順を踏んで僕たちは部屋に入った。


 部屋の中では王妃様が昨日と同じようにお茶を優雅に楽しんでいた。


「彼女がティーカップを置くのを待ってメイドさんが彼女に報告する。

「お客人が参られました」

「ええ。ご苦労様」


 王妃様がメイドをねぎらうと、メイドは部屋を出ていく。


「昨日ぶりですね。もう彼を連れてくるとは。驚いています」


 表情を変えずに微笑みながら僕に向かって王妃様が言う。彼女の気配は昨日と変わらず皆無。魔力も皆無。ふつうであれば絵になるワンシーンも僕には不気味な何かに見えてしまった。


「いえ」


 僕はそれだけ、ただ一言だけを絞り出した。


「試練を乗り越えた彼には褒美を与えましょう」


 王妃様がテーブルに置かれていた鈴を鳴らす。すると、先に出ていたメイドが部屋に入ってくる。


「お呼びでしょうか?」

「彼に王族公認ロイヤルの称号を」

「かしこまりました」


 メイドさん王妃様に一礼してから僕の前まで来た。


「ギルドカードをお貸しいただけますか?」


 おお。こんな感じなのか。ここでカードに称号が書き加えられると。

 僕はギルドカードを渡した。すると、王妃様が僕に言う。


「もう一枚のほうもね」


 彼女はティーカップで優雅にお茶を飲んでいる。

 もう一枚といわれてもあとは賞金稼ぎのカードしかない。僕は賞金稼ぎギルドのカードもメイドさんに渡した。


「手続きをしてまいります。失礼いたします」


 メイドさんが部屋を出る。手続きには時間がかかるのだろうか。少なくともここではできないんだね。


「そういえば、あなたたち面白いことをしようとしているのね。闘技大会でしたっけ?」


 PvP大会のことかな。


「あれ、うちで主催できないかしら? ええ、もちらん運営はあなたたちがしてくれて構わないわ。でもねぇ、いろいろと声が上がっていてね


 彼女は紅茶を口に含み、間をためる。


「あなたたち五人で果たしてそんなに大きな大会を運営できるのかって」


 言いたいことはわかる。今日の朝にすでにあれほどうわさが広まっていたのだ。参加人数が満を超えてもおかしくはない。だって、一位になればスタープレーヤーと会えて、さらには、仲間入りができるかもしれないのだ。成り上がりには最適な大会だ。

 でも、これって横やりってやつだよね。


「それは、いささか急な申し出ですね。少し相談させてもらっても?」


 エドさんは時間を稼ぐことにしたようだ。しかし、それは許されない。


「いいえ。今ここで決めてもらうわ。私たちに委任するのか。それとも、自分たちだけで開くのか。でも、自分体で開くのであれば会場の使用許諾が却下されることになると思って頂戴ね」


 そうきたか。大きな会場がなければ人は集まることができない。その分、規模は縮小される。

 エドさんは考え込む。しかし、カズさんは結論を出したようだ。


「かまいませんよ。でも、この大会の目的だけは忘れてもらうと困ります」

「ええ。ええ。わかっているわ」


 王妃様は楽しそうに手を合わせる。


「入賞者にはそれぞれが望むギルドとの話し合いの場を設けましょう。それに、あなたたちから出場選手に対しての話し合いの場も必要とあれば用意しましょう」

「わかりました。それであれば」


 王妃様は安心したように手をたたく。それと同時にドアがノックされる。


「妃殿下。ギルドカードの手続きが終わりました」

「ええ。入って頂戴」

「失礼いたします」


 さっき出て行ったメイドさんが部屋に入ってきて、僕のギルドカード二枚を王妃様に手渡した。


「問題ないわね」


 そういって王妃様がメイドにカードを返す。それを受け取ったメイドさんが僕にカードを渡してきた。


「こちらが大蛇さまのギルドカードになります。二枚とも無事に王族公認ロイヤルの付与が承認されました」


 僕は渡されたカードを見る。カードは二枚とも元と同じもののように見えるが表面の端に古代国家オペニングの紋章が彫られていた。


「裏面をご確認ください」


 僕はギルドカードの裏を見た。裏にはギルドからのお知らせや依頼内容が見えるようになっているのだが、その一番上に空白ができていた。


「もし急に大蛇さまにご依頼したいことあればそちらからご連絡させていただきます。定期的な確認をお願いいたします」


 メイドさんが話し終えると会釈して部屋を出て行った。


「では、これで手続きは終わったし、討議大会の話もできたし、無事にギルドとして動き出せそうね。期待しているわ」


 最後に王妃様がそう言ってベルを鳴らす。

 またも入ってきたメイドさん。メイドさん大変だなぁ。


「彼らが帰るわ」

「かしこまりました。皆様、こちらへ」


 こうして、僕たちは王城を出た。

 僕としては、なんかストーリーイベントをスキップできたみたいだからいい結果だったと思うけど、ギルドとしてはわからないな。この後ギルドに戻って話し合いかな。僕が参加できるかはわからないけどね。


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