【12-05】
入口の先は長い通路になっていて左右に扉が付いている。装飾などない簡素な見た目だがホテルの通路のようだ。いや、宿屋といった方がいいかな。世界観には合っている。
「これらは賞金稼ぎであれば使っていい部屋だ。使う時はディーラーに声をかければいい」
男が扉を開ける。
「見える扉であればどこに入ってもいい。見えない扉には入るなよ。それは使用中だ」
よくわからないけどたぶんギルドの拠点と同じようなシステムだってことだろう。
部屋の中は簡素な木製の机と椅子。それだけだ。強いて言えば、机と椅子の大きさに合わない広さの部屋だと思う。広い。
「ここはバーカウンターと同様に外から探ることができないようになっている」
男は真ん中に置かれていた机と椅子を端にズラした。
「賞金稼ぎギルドのメンバーであっても商売敵だ。自らの手の内を晒す行為はするべきではない。だが、今回は指導だからな。お前の戦闘スタイルを教えてもらう」
男は腰から短剣を鞘ごと外した。
「いいか。賞金稼ぎのような狭い場所で戦闘をする者は短剣やそれに準ずる間合いの短い得物を使うことが多い。だが、そう言う奴は大抵なんらかの奥の手を持っている。もしも短剣使いと遭遇したら奥の手による奇襲を疑え」
探検みたいな間合いが短い武器は基本的に威力が低いからってことか。
男は鞘が付いたままの短剣を構えて半身になる。
「構えろ。模擬戦だ」
これが手の内を晒すと言うことか。この流れは逆らえないし、いずれ僕の手の内はバレる。
僕は軽く腰を落とした。それと同時に僕の羽織る漆黒の外套ご僅かに膨らむ。
「よし攻めてこい」
敵は僕より上手。しかも、賞金稼ぎだ。オンの隠密は聞き辛いかもしれない。であれば、隠密も迷彩も使わない。オンは僕の切り札だ。力に関係なく毒が効く相手には致命の一撃を与えることができる。だからこそ、オンの使い方に工夫する。
僕は六つの尻尾全てで攻撃する。男はそれを見て左に動く。僕は男を追わせるが男が左にズレたことで攻撃の当たるタイミングが少しズレてしまった。
男は短剣で尻尾攻撃を捌いていく。初撃の失敗を悟った僕は男に近づいて尻尾の間合いに男が入るよう移動する。これで男を四方八方から攻められる。しかし、一斉攻撃から波状攻撃になったことで男は驚くべき速度で僕の尻尾を捌ききった。
驚くのもつかの間、僕が瞬きする瞬間に僕との間合いを潰した男は、僕の首に軽く短剣の刃を当てた。
「想像以上ではあるな。新米とは言えないが、まあ、ルーキーだな」
新米とルーキーが同じ意味であるとは主張できなかった。
僕の反応速度は確かに遅い。それでも強化合宿を経て、僕の搬送速度と思考速度はすく無からず向上している。現に、初めのころとは段違いの速度でカズさんと模擬戦をすることが出来ていた。そんな僕が感じることが出来ない移動速度に僕は驚きを隠せなかった。
カズさんたちもこの速度で動けるのだろうか。矢澤コーチは僕を来年のVRオリンピックの選手として使いたいみたいだけど、僕がその域に至れるとは到底思えなくなってしまった。
「よし。俺の名前はドルヒだ」
男はドルヒと名乗ったが、これも僕と同じように偽名なのだろう。
「では、仕事にかかろう」
男、改め、ドルヒはいつのまにか短剣を鞘に戻し、部屋を出て行った。
ーーーーーーー
僕は今スラムにいる。
どうやらAWのスラムは本当にスラムみたいだ。
僕の格好はいつもの外套でフードを被っている。まるでどこぞの宇宙で暗黒面に堕ちた宇宙戦士の敵みたいな様相だ。まあ、いつもの格好だよね。
スラムに入って感じたこと。それはまず、匂いがヤバイ。ヤバイ以外の形容詞が思いつかないぐらいヤバイ。吐きそう。
そして、道には当然のようにゴミが溢れ、周囲には当然のように息を潜める襲撃者(仮)がいる。
ドルヒの後に続いて賞金稼ぎギルドを出るときに、ディーラーが「サービスだ」と言ってセスタギールの潜伏場所を教えてくれた。なんでも素材屋のテリトリーにいるそうだ。
多分だけど、スラムにも冒険者ギルドや商売人みたいに素材を買ってくれる集団がいて、彼らの縄張りがあるということだろう。
すでにコンディションは最悪な気分。中世の頃のスラム街なんかもこんな感じだったのだろうか。再現に凝り過ぎである。
僕の尻尾たちが何度も僕の体に頭を擦り付けている。そういえば、蛇って嗅覚あるのかな、なんて思いながらも僕は尻尾たちを無視した。僕も匂いと気配でいっぱいいっぱいだから。
しばらくドルヒに付いて、右に左にとスラムを進む。正直道順は忘れた。なんとか覚えようとはしているがすでにあやふや。でも、ドルヒと一緒なら迷わないか。なんて思っていた僕にドルヒが言う。
「そろそろだな」
何がそろそろなのか疑問に思っていると、周囲に隠れてこちらを伺っていた襲撃者(仮)の気配が僕たちの周りから去っていく。
「この先が素材屋のテリトリーだ。ここら辺では争い事はご法度だ。覚えておけ」
なるほど。なんらかの決まりがあるのか。作り込み過ぎだよ。ほんと。これ、たぶんだけど、スラム街にはいくつもの勢力があって、その縄張りを取り合ってるなんてこともありそうだ。
ここら辺を中心に活動しているプレイヤーもいるんだろうか。でなければ、無用の長物だが、居そうではあるな。
「少し気になることがある。一人で探せ」
はい? ドルヒはそんな言葉を残して僕の目の前から消えた。気になることってなにさ。それもこのクエストの内容に入るのだろうか。取り残された僕は仕方なく周囲を散策することにした。
いや、本当にしようとしたんだ。
僕に向かって突如接近してくる襲撃者の気配。さっきまでの気配とは違う、明らかに僕を狙っている気配だ。これは間違いなく僕を狙っている。ここは素材屋のテリトリーとやらで、不戦がルールなのではないのか。
僕はそのテリトリーから少し外れているからだと思い、前に進む。それでも襲撃者は僕を追ってくる。
仕方ないと、僕は軽く腰を下げて重心を深くする。僕の真っ黒な外套はまるで傘のように広がる。尻尾たちは何やら鬱憤を晴らすかのように戦闘態勢に入った。
襲撃者はおそらく7人。同時に攻撃されれば尻尾たちでは捌けない。しかし、捌き方はさっき知った。
案の定、僕を囲うように布陣した襲撃者は僕に向かって同時攻撃を仕掛けた。僕は右側から襲ってくる敵に突撃する。そう、対処方法は簡単だ。同時攻撃を崩せばいい。賞金稼ぎギルドでドルヒが僕の尻尾たちから逃れたように。
突撃ついでにオンを隠す。そして、ドーとラーで突撃した敵の肩を左右で噛みつき毒を流す。そして、キーとルーで手に持っていた真っ黒な剣を取り上げる。そして、僕が襲撃者に下から突き上げるように突進。襲撃者の体を持ち上げた。
敵はどうやら僕のことを知らなかったようだ。僕の攻撃に全く反応できていなかった。僕は持ち上げた襲撃者を遠心力で振り回し、僕に一番近い襲撃者にぶつけた。これで包囲は崩れた。あとは前方から襲ってくる襲撃者に対処すればいい。
改めて、襲撃者の姿から状況を予測する。
彼らはみんな同じ格好だ。僕みたいに黒い外套を身につけ、外套の中には簡単な鎧を身につけている。鎧も含めて、中も真っ黒だ。彼らが動く時に金属音がならないことと、ドーとラーが噛みつけたことから、革鎧だと思う。剣の大きさはショートソードぐらい。
明らかに暗殺者です。どうもありがとうございました。
僕はすでに陰謀に巻き込まれていたようです。
しかし、彼らはあまり強くなさそうだ。僕一人で対処できている。最初の襲撃者のようにタイミングを見て、尻尾たちを噛みつかせて毒を注入。それだけで対処ができた。
襲撃者の対処を終えた僕は戦闘態勢を維持する。地面に転がっている襲撃者から離れるように少しずつ距離をとった。
僕の気配察知にはもう一人襲撃者らしき気配がある。素材屋のテリトリーから僕の方に歩いてくる一人の気配。それも数秒で僕の視界に入る。
それは男だった。
まだ若く、僕よりは年上だけどおじさんではない。鈍く銀色に光る金属鎧はそのところどころにヒビが入り、かけている部位もある。腰から下げている剣には豪勢な装飾も伺える。顔が見えるように兜は内容だと。
これって、もしかして、彼がセスタギールだろうか。姿からして騎士っぽい。そして、気がついた。
ある? 僕ってセスタギールの容姿を知らない。
これは困ったと、一人で思案する。しかし、まずすべき事は僕に敵意を向けているセスタギール(仮)への対処だ。仮にセスタギール本人であれば毒を使うわけにもいかないし、そもそも僕が対処できる相手ではない。なんたって、騎士団のホープだったんだから。
僕は仕方なく素直に行くことにした。
「あなたがセスタギールですか?」
僕の問いにセスタギール(仮)は無反応に返す。
「お前が次の暗殺者か」
僕は彼の中で暗殺者になっているみたいだ。
たしかに僕を襲ってきた人たちと同じように真っ黒だし、襲撃者との争いがセスタギールを奪い合うためだとも考えられる。
「いえ、僕はあなたを連れてくるように依頼を受けたものです」
「依頼、か。俺を見せしめにでもする気か」
「知りません」
本当に知らないから知らないとしか言えないけど、怪しすぎるよね。これで信じられるとは思っていない。でも、これ以上に言えることもない。
「とりあえずあなたの隠れ家に行きませんか?」
僕はこの状況から脱するためになんとか捻りだした。
あれ? セスタギールさん、なんで腰の剣に手を当ててるんですか?
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