【12-04】


「では、答え合わせをしよう。答えは……」


 答えは?


「答えは“今は知らなくてもいい”だ」

「今は知らなくてもいい?」


 男は淡々と説明する。


「別に今の段階で知る必要はない。そして、今後調査をする上で余計な知識は必要ない。いいか? もし仮にセスタギールの件に陰謀が巡らされていた時のことを考えろ」

「変に探っていると危険ってこと?」

「そうだ。正確に言えば、何か知っているそぶりを見せることが危険だ」


 自分たちが隠蔽したことを他者が知っているかもしれない。そうなれば、知っているかもしれない人物に対処をする必要が出る。その結果、自らに危険が及ぶということかな。


「僕も消されるかもしれないってこと?」

「それだけじゃない。陰謀であれば、それを明かす鍵だと思われる。そして、お前を取り合って派閥争いが起こる、かもしれない」


 そうか。消したい人ばかりではないのか。結局両方狙われているが、狙ってくる人数の差を考えれば抜けていい視点ではない。最悪の場合、国内の上層部の大半がなんらかの形で僕を狙うかもしれないというわけだ。


「じゃあ、どうやって調べればいいの?」


 興味本位で調べていても調べることには変わりない。そんな人間が何度も確認されればボロが出る可能性は高い。知っているかもしれないというだけで抹殺してくる可能性もある。


「そんなときはこいつを使え」


 そう言って男がディーラーを指差す。ディーラーは僕に彼を紹介してからは我観せずに棚に並んだカップを拭いていたが、男に指名されて再び僕たちの会話に入る。


「何を調べればいい?」

「ディーラーは情報屋としての役割もある。賞金稼ぎの仕事に関することは基本的に無料で教えてくれるから利用するといい。それ以外でも対価を払えば教えてくれることもある」

「なんでも教えられるわけではありませんがね」


 僕が騎士団の裏切り者を追う理由をぼかしていた彼らにはなんらかの決まりがあるのだろう。彼らはどこまで知っているのだろうか。


「セスタギールの居場所は?」


 ズバリ聞いてみた。もし知っているなら話は早い。


「スラムにいるよ」


 スラム。王都にはスラム街があるのか。これだけ大きな都市だからスラム街があっても不思議はない。

 王都はまだ網羅できていない。

 いつかは王都全体を把握するべきだけど今は時間がない。僕はセスタギールの詳しい所在を聞く。


「それはわからない」


 ディーラーはセスタギールの詳細な居場所を知らないと言う。それが嘘か本当かはわからない。しかし、ここで無理に問いただしても意味はない。問題はディーラーが特別な情報網を持っていてセスタギールのことを知っているのか。それとも、ある程度耳のいい者ならば知り得る情報なのかだ。僕は男に言う。


「まず情報の裏付けがしたいです」


 「騎士団の裏切り者を探せ」という依頼には僕も違和感を持っている。それは他の人も思っていたように賞金首であるのに探せという事。オンリーアライブで捕らえろというわけでもない。捉えるのは自分たちでするから見つけるだけでいいよってことかもしれないけど、それならそう言うだろう。リストに載ってないらしいセスタギールの賞金首としての条件がどうであろうと、功を急ぐ人であれば彼の捕縛を試みて戦闘になる。つまり、望まない事態に発展する可能性が高くなるわけだ。

 では、なぜ探せなのか。それは、セスタギールの状況をコントロールしやすくするためだ。ここまでくると本当にセスタギールが無罪なのではないかと思えてくる。だって、セスタギールが裏切り者なら誰が殺したかなんて重要じゃない。誰が制裁を加えたと広まるかが重要なのだ。僕が仕留めたとしても問題はない。それを止めるからには訳があるのだ。

 陰謀に巻き込まれる可能性があるのは理解した。しかし、その危険を冒してでも詳しく知る必要があると思った。

 早くも王妃からの依頼に嫌気がさしてきた。あの人は少しばかり腹黒いのかもしれない。


「情報の裏付けか。俺の言ったことは理解しているよな? その上でその結論を出したこと自体は褒めるべきだろう。しかし、どうやって裏付ける? 危険な橋を堂々と渡るか? その結果、答えが見つからないこともあるんだぞ?」


 男が僕に問う。

 たしかに、裏付けがしたいとは思っても手段は思い浮かばない。調べ始めれば僕が調べて回っている情報が世に出回る。それは時間を経る毎に僕の生命の身を脅かす危機となる。でも、僕には一つだけ道がある。おそらく真相を知っているであろう人が一人だけいるんだ。


「依頼主に聞きます」


 僕が言うと男はため息をつく。


「待て待て。俺が言ったことは理解できているな? その選択は場合によっては大きな危険が伴うぞ。理由はわかっているな?」


 危険が伴う。それは僕が見落としていた視点。僕がすでに陰謀に組み込まれている場合だ。僕はただの猟犬役として選ばれていて、そこに意思は求められていない。その場合は僕が気がついたことが露呈しかねない。いや、確実に露呈するだろう。そして、それがダイレクトに伝わる。街での聞き込み程度であれば、なにやら嗅ぎ回っている輩がいるという噂程度済む。しかし、王妃に問えば噂などという曖昧性はない。賭けに負ければ終わりだ。ハイリスクハイハイリターンだ。

 しかし、僕の状況から考えるとなかなかに想像し難い事態だと思う。僕がこの依頼をされた時、それはギルドの設立許可をもらいに行った時だ。もしも僕が陰謀の渦に巻き込まれていればギルドも巻き込まれることになる。カズさんとブライアンさんと小狼さんは全員がNPCにも有名な実力者。それを敵に回す可能性をわざわざ増やすだろうか。ギルドという敵対組織を自分の腹の中に作る意味はない。もしも陰謀に巻き込まれていれば、ギルドの設立自体が危うい。

 そもそも、その場合の僕は蛇足だ。王族であれば自由に動かせる密偵が居ると思う。ゲームの中であることも考慮すれば確実に存在するはずだ。僕の手など借りなくてもセスタギールを見つけられるはず。だって、ディーラーが知ってるんだから。

 そう考えると、依頼主である王妃に直接聞きに行くメリットが大きいと僕は考えた。この場合のメリットは、僕がセスタギールに関して何かを探っているという情報を限りなく隠すことが出来るということだ。もしもこれから僕が陰謀に巻き込まれる可能性があっても、その可能性を少なくすることが出来る。


「大丈夫なはずです。僕が依頼を受けた状況を考えると、少なくとも依頼主によって僕の身にき危険が及ぶことはないはずです」

「そうか。だか、やめておけ」


 男は僕を嗜めるようにいう。僕の言葉を全く無視したようには見えない。


「お前の言い分はわかった。しかし、主観だけで要らぬ賭けをする必要はない。セスタギールを見つけることに陰謀は関係ないと言っただろう。俺たちは賞金稼ぎだ。そして、お前にとっては初めての相手だ。わざわざ話を複雑にする必要はない」


 僕は少しだけ考えてしまいのだ。もしかしたら真相でなくともセスタギールの話に疑問を覚えること自体がこのクエストの進行に影響する可能性を。でも、男の言うことにも一理ある。


「別に今考える必要もないと思うぞ」


 ディーラーが僕に言う。そして、さらに続けた。


「お前が今すべきことはなんだ? 陰謀を暴くことか?」

「違います」


 僕のすべきことはセスタギールを見つけることだけだ。これは何があっても変わらない。


「であれば、だ。セスタギールを見つけてからでも遅くないと思うがな」


 ディーラーはそう呟いてカウンターの裏に引っ込んで行った。


「そうだな。俺も少し視野が欠けていたようだ。まずはセスタギールを見つけるべきだな」

「はい」


 僕はうなづく。たしかに王妃に問いただすにしてもセスタギールを見つけてからでも遅くない。


「よし。じゃあ、次の話に移るとしよう」

「次の話?」

「ああ、具体的な捜索方法についてとそれに伴う準備についてだ」


 なるほど。たしかにスラムにただ行っても見つけられる自信はない。


「おい! 部屋借りるぞ!」


 男がカウンターの裏に向かって大きな声で声をかけて席を立った。


「ああ」


 遠いからか小さくだけどディーラーの返事が聞こえた。


「なにしてる。ついてこい」


 男が歩きながら僕に言う。僕は急いで立ち上がった。男が向かった先は初めに男が出てきた裏へと続く入口だった。



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