【12-02】
入り口の設定を選べば今いる建物の間取りがディスプレイに表示された。入り口への設定が可能なドアを間取りを見ながら選択できるようだ。
見ていると二階の殆どと三階が設定可能になっている。どこでもいいなと思っているとどうやら一階にも設定可能なドアが開くあるみたいだ。僕は実際にそのドアを探してみることにした。
場所を言えばそこは厨房の奥だった。多分だけど、従業員の休憩スペースとかだったのかな。それか食糧庫。ただの倉庫ってこともあるか。いくつか同じような大きさの部屋が並んでいた。僕はとりあえずここを部屋の入口に設定することにした。厨房には物資の搬入用と思われる裏口もある。ここを使えば正面の入口を使いたくない時にこっちから入ることが出来る。あの三人がいればなにかと目立つだろうから裏口で出入りするのもいいかもしれないと僕は思う。
僕は個室の設定をして自室に入った。中は比較的広い。二十畳はあるかな、適当だけど。そこに簡素なベッドと海賊映画によく出てくる大きな宝箱みたいな箱が置かれていた。僕はベッドに近づいてリスポーン地点に設定する。ベッドに近づけば勝手にディスプレイが立ち上がってリスポーン地点の変更の如何を問うてきた。
これでログイン場所の設定も完了だ。
宝箱は開けてみると個人用のアイテムボックスになっていた。このアイテムボックスは部屋の内装の変更以外で移動ができない設定になっていて、個人で家や部屋に設置できる内装としてのアイテムボックスであれば中身が共有されるらしい。箱を開けたときにベッドと同じくディスプレイが目の前に現れてヘルプとして書かれていた。収納量はわからないけど今後不要になったものや閉まっておきたいものはここにしまっておこう。今はそんなものないからそっと箱を閉じるしかないね。
このまま賞金稼ぎギルドに行ってもいいけど、何かイベントが発生してすぐに終われなくなる可能性もあるからここでログアウトすることにした。僕はベッドに横たわる。余裕が出来たら家具はもちろん部屋着とかも揃えたいな。この部屋自体も僕のデータに紐づけされているみたいだからロストすることもないだろうし。
僕はログアウトした。
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ログアウトした僕は特にすることもなく部屋に直行した。この夏休みの期間、世の中の高校一年生は外に遊びに行っているのかもしれないけど僕は行かない。親元に帰ることはできるけどそのための手続きをしているわけもなく校外に出ることもできない。思っている以上に暇なのだ。
学生なのだから勉強をすればいいとも思うけど、すべき課題もない。単語帳をめくるぐらいしかすることがないのだ。先生に自習用の課題をもらいに行くほど勉強がしたいわけでもないから構わないのだけれど。
時刻は既に日が変わっている。人がまばらな食堂前を通って自室に戻れば共有スペースに人影はなく寝るための準備をのろのろとする。拓郎はもう寝たのだろう。
僕は眠気があるわけではないが目がばっちり覚めているわけでもない。自室のベッドに潜って目をつむった。いつもなら黒川を使って情報を収集しているところではあるけど、それを始めてしまえば一時間二時間とすぐに時が過ぎてしまうから今日はしないことにした。今は充電器の上で黒川も待機中だ。
僕の当分の行動目標はやっぱりセスタギールを探すことになるだろう。
ギルドの方で仕事があると言われれば協力もするけど、僕ができる仕事がそもそもあるとは思えない。そもそも僕はまだ王都に着いたばかりのビギナーだ。
PvPの大会を開くとか話をしていたけど、そんな大掛かりなイベントを開くのであればそれだけ時間も必要になるだろう。僕が出来るような雑用が出てくるまでは時間もあると思われる。だから僕はしばらく自由行動になる。自由行動であるとすれば今の僕がすべきことはそれこそセスタギールの捜索と新しい靴の購入ぐらいだ。
僕の思考はだんだんと変な方向に走り続け、最終的には尻尾たちに何か物を持たせて曲芸でもしようかとか考えていた。
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昨日はよくわからないことを考えていた気もするけど寝る前に考えていたことは大半が海馬から消去されていた。
思考遊びでなんだかんだ時間が過ぎていたのか朝と言うには少し遅い時間に目が覚めた。手早く朝の支度をして食堂に向かった。
食堂は夏休みだからか混雑していた。いつも通り自分で食べたいものをとって空いた席を探す。混雑していることもあってトレーを持ったまま空いた席を探していると僕の耳にある話題が入る。
それはどうやら某有名プレイヤーたちがギルドを立ち上げたという話だった。なんか聞いたことあるな。よく聞けば、カズさんとブライアンさんと子狼さんの名前も聞こえてくる。情報早すぎませんかね。
空いた席を見つけて椅子に座ってさらに聞き耳を立てる。
噂話では、一週間後あたりに彼らのギルドが主催となってPvPの大会が開かれるそうだ。場所は闘技場で栄える決闘都市コンティエスティの大闘技場を貸し切って行われるのだそうだ。参加条件はなく、希望者の数によっては予選と本線が行われるらしい。詳しすぎないかその噂。
僕はカズたちの行動の早さと噂の回る速さに二重で驚いた。彼らのネームバリューがもたらしたとしか思えない。というか、前もって準備していたかのような早さだよね。。
瑠太はいつものように知らんぷりをする。
ちょうど朝食を食べ終えた時に隼人が席を探している姿が見えた。瑠太は隼人に呼びかけて席を譲ることにする。
「隼人」
瑠太の声に気がついた隼人がキョロキョロと周囲を確認して瑠太を見つけると満面の笑みを浮かべる。しかし、瑠太の周りで席が空いていないことにも気づく。
瑠太は隼人の表情から隼人の困惑を悟る。
瑠太は隼人に手招きする。隼人が近づくと瑠太が言う。
「僕は食べ終わったからここ使いなよ」
「いいの? ありがとう」
瑠太が立ち上がり隼人が代わりに座る。
「あ! 瑠太は聞いた?」
変わらず混雑している食堂で立っているのは良くないと思い、トレーを片付けにいこうとする瑠太を隼人が呼び止める。
「なにを?」
薄々気づいてはいるけど一応聞き返した。食堂の話題を独占している注目のニュースといえばあれしかない。
「智也がPvP大会に出るんだって!」
少し違った。
「へー。初めて聞いたよ」
「おれも出ようか迷ってるんだけど、瑠太は出る?」
隼人が軽く俯いて上目遣いで僕の表情を伺う。
「僕は出ないよ。今やってるイベントに集中したいから」
僕ははっきりと答える。嘘はつかずにごまかしておいた。僕はその大会に出る必要がない。しかし、それを説明する理由もない。あとあとバレたとしても今言うことではない。
「そっかー」
僕たちが話していると隼人の隣の席が空いた。僕は座ってから隼人に聞く。
「隼人はどうするの?」
「悩んでるんだよねー」
隼人は座った僕を見て、箸を持ち朝食にとってきたらしい焼き魚をほぐしながら答える。
「おれってあんまり個人戦闘に向いてないでしょ?」
隼人のアバターはヒューマンベースのスライム人間だ。人の形をしたスライムと言い換えてもいい。スライムが持っている物理耐性を利用した所謂タンクビルドのプレイヤーだ。タンクの防御主体の戦闘は地味な上に自力が際立つ。攻撃を受け止めることを主軸に置いているからだ。
防御というものはなかなかに難しい。僕のオートガードも防御であるが、その強度は弱い。矢澤コーチたちは僕以外で総攻撃を仕掛ける作戦も練っているようだけど、僕のスタイルはこちらの作戦を見抜いて攻勢をかけてきた敵を防ぐことに向いていない。言葉遊びのようだけど僕に向いている言葉は防ぐではなく往なすやしのぐと言うことになる。それは、迫る攻撃の勢いをいかに殺し、自らの少ない力で無傷に済ますかを表す言葉だ。
これは、瑠太がタンクでないからできる手段である。攻撃をいなした方向に味方がいれば目も当てられない。そんなタンクはいらない。VR技術でよりリアルになった戦闘においてタンクとは敵の攻撃を受け止めて味方を守る
これがタンクのする事で、タンクの自力が目立つ理由だ。敵の攻撃を受け止めるためには自分の防御性能がその攻撃の性能を上回らなければならない。下回ればダメージとして自分を襲う。隼人のアバター、守君は物理耐性があることで同レベルであれば圧倒的な防御性能を誇るが格上になればどうしようもない。
僕をギルドに誘ったことから【ふぁみりー】の加入条件にレベルは関係がないとは思う。しかし、将来性だけで無数の加入志願者を差し置いて選ばれるとは思えない。
「向いてないね」
「だよねー」
隼人はしょんぼりしながらももくもくと朝食を食べ進めた。
隼人の朝食が終われば食器を片付けて別れた。隼人も僕も自室に戻ったからだ。僕はただ歯を磨きたかったから部屋に戻った。
部屋に戻れば、拓郎が共有スペースでぽけーっとテレビを見ていた。
「おはよう。拓郎」
「おー」
まだ寝ぼけているのか拓郎の返事は鳴き声だった。僕は半寝の拓郎を放っておいて洗面所で歯を磨き始めた。シャカシャカと歯を磨いているとドンと大きな音とともに唐突に洗面所のドアが大きく開く。
「瑠太! ニュース見てみろ! 剛田選手とブライアンと子狼がギルド組んだってよ!」
「ぶふっ」
拓郎の知らせで僕は口の中の歯磨き粉を周囲に吹きてしまう。ニュースでもやってるのかよ。
「しかも、ギルドメンバーを募集するって! 俺も入れるかな!」
急にテンションが上がった拓郎はドアを開けただけで今は共有スペースのテレビに張り付いていた。拓郎がギルドに入れる確率か。隼人よりは高いかな。完全飛行ができるアバターはまだ少ないからね。完全飛行は緒方選手が初めてだったけど拓郎の他にも再現ができた人はいたみたいだ。でも、それは本当に少ない。簡単に数えられるぐらいしかいないんじゃないかな。僕の半年の生活で何度か耳に入ったけど、逆に言えば、完全飛行ができるアバターの情報はすぐに噂になるということだ。
拓郎の噂が広まっている可能性は高く、それに比例して加入の可能性が上がっていることは否めない。
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