初心者卒業

【12-01】

 王城を出た僕たちは王都を歩いて一軒の建物まで来ていた。

 いくつかの大通り跨いだ大通りの裏。大通りから一本小道に入ったところにある大きな酒場だ。賞金稼ぎギルドも同じような立地だったけどここはあそこよりもわかりやすくて雰囲気が明るい。向こうが明らかな隠れ家だとすればこちらは悪党の隠れ家風だ。一本小道を挟んでいるだけだからか、大通りの喧騒がかすかに聞こえる。

 酒場と言っても客はいない。正確に言えば、元は酒場であろう建築物だ。


「久しぶりね。エド」

「ええ。お久しぶりですね、子狼」


 エドと呼ばれているのは男性。この酒場にいた人物でここの所有者だという。

 ハットを被ってスーツで決めている。年齢で言えば中年。白髪で立派な白髭を顎にこさえている。白人ベースで、背は一般よりは高め。百七十五とかかな。杖を持っているけど足が悪いわけではなさそうだ。杖に体重を掛けているようには見えない。背はピシリと伸びている。中肉中背に見えるがシルエットが綺麗に逆三角形になっているから肩幅はあるのだろう。老紳士のように見せているのだろうか。


 エドがこの建物の説明をした。

 今いる部屋の広さは一般的な酒場にしては小さめ。大きめのコンビニくらい。王都の建物にしては小さめだ。しかし、外観はそこまで小さく感じなかったから裏を含めればもう少し大きくなるはずだ。

 内装はなし。家具もなし。木造であることがわかる下地が露出している。今いる場所からは簡単なカウンターとその奥に厨房らしき空間が見える。厨房からは二階に行けると言う。建物の外観の高さ的には三階もありそうだ。二階には部屋が複数あるらしい。幹部用の部屋と複数の空き部屋。一応、部屋の間取りはあとで替えることが出来るみたいだ。

 クランやギルドの拠点において、幹部の部屋は実在する必要がある。しかし、メンバーの個室は拠点とした時にクランシステム、又は、ギルドシステムによって別空間に作られるらしい。出入口を拠点内に設定することでそこから出入りができる。プレイヤー当人のみが出入り可能。入り口は建物内であれば一部を除いたドアで設定ができる。今はまだできないが、拠点に設定した後に各自で設定する必要があるそうだ。自室のドアに設定できないのは幹部用の個室やクランメンバーの共通の部屋となっているらしい。


 クランは既に立ち上がっている。メンバーが四人のクランだ。現在の所有者であるエドがクランに入って、建物の所有権をクランに移した。クランホームとなることでクランメニューから改築と増築ができるようになった。僕ができるのは個室のドアの位置と内装の設定のみ。役職を持てばそれに伴った箇所の変更が出来る。


 カズさんがエドに僕を紹介する。エドは常に敬語で優しそうに話した。老紳士的な見た目と終始丁寧な口調は彼なりのロールなのかな。僕も傍から見たらロールプレイをしているみたいな格好しているけど普通に挨拶していた。


「こいつは腹黒いから気をつけろよ」

「大丈夫よ。まさかギルドメンバーを貶めないわよね?」

「ええ。もちろんです」

「胡散臭い顔だ」

「そういえば、ブライアンは前ぼったくられてたね。もしかしてまだ根に持ってる?」

「小さい男だわ」

「ああ?」


 僕はエドさんを警戒することにした。でも、ブライアンさんも本気で怒っているわけではなさそう。そこまで酷いことをする人でもないのかな。わからなければ警戒だ。警戒と言っても、彼らの間の雰囲気に嫌な感じはしないから水に流せる程度のぼったくりだったんだとは思うんだけど、ぼられたくないよね。ふつうは。


「それで? オロチさんには試練が出たのですよね?」

「あー、そうだったな」

「もう内容は見たの?」


 僕の話題が続く。僕の試練と言えば王妃から出された賞金稼ぎの依頼のことだろう。子狼さんに聞かれて僕はアイテムボックスから王妃様にもらった紙を取り出した。そこには『騎士団の裏切り者を探せ』と書かれていた。


「探せ?」


 僕は違和感を覚える。標的の名前がなく抽象的なこともそうだが、賞金稼ぎへの依頼に探せというのはどうなのだろう。それにヒントが少なすぎる。賞金首であればディーラーが何か知っているかもしれないけど。

 試練試練と言われて最初はわからなかったけど今は思い当たることがある。たしかネットの掲示板にも試練という言葉が書かれていた。それはメインストーリーに付随するクエストの最後のイベントを試練と称していた。試練をクリアすることで王族公認探索者ロイヤルエクスプローラーの称号をもらえるという内容だ。


「また変わった試練だな」

「そうですね。しかし、試練には戦闘が付き物。私も苦労したものです」


 エドさんの言葉に三人は少なからず同意の表情をしている。試練というのは四人が知る中では戦闘が必然的に発生するものなのかな。


「探せってことは標的自体と戦闘になるとは限らないね」


 カズさんが言う通りだ。たしかに戦闘相手が標的とは限らない。そして、標的が賞金首かもわからない。賞金首ならば戦闘してでも捕縛かキルする必要があるからだ。捕縛ともキルとも書かれていないから戦闘にならない可能性もある。


「エドはなにか心当たりがないのかしら?」

「あいにくと聞いたことがありませんね。それにしてもこんな形でも試練が出るのですね。大蛇さんはクエストを進めていたのですか?」

「はぐれオーガもまだです」

「あら、それは」

「最速かもしれないね。王族に会うってこと自体が出来れば他の過程は必要ないのかもしれない」


 なるほどね。その可能性もあるか。王族に会うための手段が冒険者ギルドでの活躍と言うだけだってことだ。無いとは言えないよね。僕の状況から見ればそれが一番適当に思える。僕が知らずの内にクエストを進めていたという可能性もあるけどはぐれオーガの依頼を出されたことを考えればその可能性は薄そうだ。

 騎士団の裏切り者については、やっぱりディーラーのところに行くのがベストかな。行方を知っている人を探すよりは確実だ。賞金稼ぎへの試練なら賞金稼ぎギルドで情報が手に入ること自体におかしな点もない。


「紙には探せとしか書かれてないんだな?」

「はい」


 僕はもう一度紙の内容を確認して、ブライアンさんに僕は頷く。


「今はヒントがなくても何かしらのイベントが起こる可能性はあるわね」

「試練開始がトリガーになるパターンもありましたね」

「じゃあ、おろち君は当分の間試練に専念して、俺たちがギルドの準備をしよう」


 カズさんの決定にみんなが同意する。昨日から思っていたけどギルドのマスターはカズさんなのかな。どうもカズさんが意思の決定をしているように見える。

 僕はこれからのことを考える。ギルドに関してはもともと手伝うこともなかったから賞金首を追うのも悪くない。僕が今現在でこのギルドに貢献するとしたら意見を出すアイデアマンか、試練をクリアした賞金稼ぎかだ。そうすると、まずは賞金稼ぎギルドで情報を集める必要があるね。


「じゃあ、解散ね。私は明日朝からエステの予約があるから先に落ちるわ」


 子狼さんがどこに住んでいるかわからないけど中国であれば日本とさほど時差はないはずだ。それでももう夜は遅いわけで、僕もそろそろ落ちた方がいいかな。生活リズムを戻すためにも無理やり寝た方がよさそうだ。


「落ちる前に自室の設定だけしておいたら?」

「明日やるわ」

「ログイン場所変えられないぞ?」


 クランの自室はログイン場所にできるのか。自室の設定とはその部屋へと入るドアの設定だろう。クランの個人用フィールドは建物の体積に関係なくメンバーに付与される。部屋の入り口が建物の部屋数に合っている必要がない。僕もあとで設定しておかないと。またここにたどり着ける自信がない。


「場所分からなかったら誰かにメッセージ送るわ。じゃあね」


 そう言い残して子狼さんがログアウトした。その流れで解散になった。

 明日の予定は何かあればクランメニューにあるクラン用の掲示板に書いておくとそうだ。次にログインしたときには忘れず確認しよう。

 解散になって、ブライアンさんは意気揚々と二階に登っていった。カズさんとエドさんはなにやらお金に関して話し始めている。僕はさっと周囲を見渡した。そして、ディスプレイを出してクランメニューを開いた。

 クランメニューにはパーソナルルームの設定という欄があった。それを見れば内装の設定を始め複数の設定項目があった。思っていたよりも設定の自由度が高いみたいだ。内装も家具を所持することで変更ができるようでクランやギルドを移った場合も部屋の設定が維持されるみたいだ。部屋の大きさの変更もできるみたいだけれど字がグレーアウトしていて今の僕には操作ができない。何か条件があるのかな。

 僕は入り口の設定を探した。



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