【11-07】スポンサー
「実はね、うちの会社で瑠太君のスポンサーをさせて欲しいんだ」
カズさんは軽い調子でそんなことを言う。
カズさんの会社ってことは、美樹さんが社長の服飾系の会社ってことだよね。SWの成長とともに急成長した企業であることは知っているけど、プレイヤーのスポンサーをしているという話は聞いたことがない。カズさんが所属しているっていう程度だ。
「いいで……。いや、詳しい条件を教えてもらってもいいですか?」
危うく即答しそうになった。だけど、こういうのはだれか通してもらった方がいいよね。矢澤コーチに相談したらいろいろとやってくれそう。あとは、叔父さんにも連絡しよう。僕としてはスポンサーの話自体はうれしい話だと思う。内容によるけど美樹さんの会社となればおかしなものはないと思う。信用問題的にもね。
「お、いいぞ。オロチ。どんな契約であろうとも条件を聞かずに決めてはダメだからな」
「あなた、前に失敗したことあるのね?」
「あ? あるわけないだろ?」
ブライアンさんは何か契約で失敗したことがあるのだろうか。小狼さんにつっこまれて口をゆがめている。
「大丈夫だよ。いい話だから。契約の内容は簡単に言えば、メディア露出の際は可能な限りうちの服を着ること。プレイヤーとしての活動に影響しない範囲でうちの服のモデルをやってもらうこと。そして、プロリーグが結成されてこのギルドがプロチームになった時はうちの会社の所属チームとなることに賛同すること。あとは、メインスポンサーはうちだけど他の企業とスポンサー契約を結んでも構わないし、服も全てこちらから支給する。あとは常識の範囲を逸脱するような言動をしないでくれればいい。簡単でしょ?」
簡単か。たしかに服飾系のメーカーだからか服のことがほとんどだ。常識の範囲を逸脱することなんて犯罪を犯すなってことだろうから心配はいらないでしょ。うん。未来の僕も犯罪者にはならないはずだ。
プロチームになった時の所属は正直なんの問題もない。これ、カズさんの会社が嫌であればチームを辞めれば済む話だよね。所属が変わるってことはその時に契約も新しくなるんだろうし。スポンサー契約とは別の契約になるはずだ。今の僕は冴えているな。
あとは、モデルか。それと、着る服はどうやって決めるか。
「モデルって……」
僕はまずモデルのことを詳しく聞くことにした。僕の心配を予想していたのかカズさんが軽く笑う。
メディア露出に関しては最悪カメラの前ではスーツみたいなフォーマルなもので統一すればいいわけだ。優先順位は下がる。
「モデルについてはね。新作発表の前とかに新作を着た写真をいくつか撮らせて欲しいってことだね。美樹が瑠太君を見た時にかみなりが落ちたらしくて是非モデルをやって欲しいんだって。写真だけでランウェイを歩くようなショーに出る必要はないから安心して」
新作の写真か。よくあるショップのパンフレットみたいになるのかな。それともホームページに載ったりするのかな。SWが登場してからホームページの存在意義も変わりつつあるが未だに商品の宣伝を目的にも使われている。
ここ数年。世界中でVRオリンピックに出場した選手がモデルになっているのは知っていた。僕が住んでいた田舎でも本屋に彼らが表紙の雑誌が並んでいた。そういった流れの延長線だと思えばいいのかな。かみなりが落ちたってのはちょっとわからないかな。
「服はどうやって選ぶんですか?」
ついでに聞いておこう。スーツがダメとか言われたら終わる。指定の服を着てくれというのも困るかもしれない。もしかしたらすごい奇抜な衣装を毎度着ないといけなくなるかもしれない。
「服は基本的に新作の中からうちのコーディネートを補助してくれるシステムを使えばいいから。知ってるよね? SWの」
「聞いたことはあります」
「うん。それを使うか。あとはこちらがあらかじめ決めておいたコーディーネートの中から選んでもらう感じかな。普段は適当に来てくれてもいいけどコーディネートのシステム、『ACシステム(オートコーディネーションの頭文字)』って僕は呼んでるんだけどね。巷ではミキコーデなんて言ってるみたいだね。それを普段から使えば朝に着る服を考える必要もないよ」
そっか。聞いている限りすごい量の服が送られてきそうな感じだけど僕に不利な条件ではないか。コーディネートに迷う必要がないのは楽かな。
「僕としては問題なさそうですけど、実際に契約するときは他の人を交えてもいいですか?」
「もちろんだよ。瑠太君は今VR高校に所属していることになっているから契約の時は先生が一人は立ち会うことになるはずだよ。強化選手だけど一応そっちにも話を通しておくから。担当は矢澤コーチだったよね?」
「はい」
今の僕の所属はVR高校なんだ。知らなかった。でも、叔父さんに連絡するのは必須そうだ。
カズさんは終始余裕な口調で話していたから僕の心配事なんかは既に予想済みだったのかもしれないね。
「アイ。美樹に無事話は終わったってメール送信」
またアイか。さっきは気づかなかったけどメールの送信ができるってことは黒川と同じパーソナルAIってことかも。僕も今黒川を使えるのだろうか。試してみたいけど三人の前では試しにくいな。
「じゃあ、瑠太君にはまたリアルで連絡するね」
「はい」
これで契約の話も終わった。狩りにいくのだ。
「じゃあ、今日は解散ね。この蛇かわいいわ」
え?
「そうだな。また明日集まればいいだろ」
ええ?
「じゃあ、また連絡するね。あ、瑠太君、僕らとフレンドになっておこうか? クランの一覧からでも連絡取れるけど」
えええ?
「えーっと、狩りは?」
「ん? オロチは狩りに行きたいのか?」
「え。僕は狩りに行かないかって誘われたんですけど」
「ごめん。それは君を誘うための方便だよ」
なんてこったい。狩りなんて言うから誘いに乗ってもいいか考えてしまったじゃないか。
「ふつうに誘ってくださいよ……」
僕はため息を吐く。でも、これで足手まといの心配は無くなったね。ちょっと安心した。
「次からはそうするよ。で、フレンドは?」
軽いなぁ。次はもう少し警戒しよう。
「もちろんお願いします」
こうして僕のフレンドリストに世界屈指のプレイヤーの名前が三つ並ぶのであった。
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三人と別れた僕はログアウトした。
精神的に疲れたを感じて続ける気にならなかった。
よっこらしょと、ヘッドマウントデバイスを外してリンカーを取り出した僕はフカフカの椅子に腰かけたままリンカーを操作する。
時間が遅いけど忘れないうちに叔父さんにメールする。母方の叔父さんに弁護士がいる。お金がかかるとしても、家族割引で引き受けてくれるはずだ。
矢澤コーチの方にはカズさんからの連絡の方が行くのかな。一応矢澤コーチにもメールを送っておいた。内容的にはスポンサーの話が出ていて相談したいことあるって感じだね。
もう少しで日付が変わる。時間的にはもう寝る時間だ。もう少しだけ、こうして座っていたいけど座り心地がいいこの椅子だと眠ってしまいそうだ。僕は部屋へと歩き出す。
「瑠太!」
「VRルームを出てエレベーターへの道すがら僕を呼ぶ声が聞こえる。されど、僕はその声を無視したのであった」
「いや、無視するな」
ガシッと誰かが僕の首を掴む。
「僕は首を掴まれる感覚を覚えた。僕は直感した。この感覚が誰かに狙われている感覚だと。僕はいち早く……」
「瑠太よ、その一人芝居はまだ続くのか?」
僕が振り返ればそこにはメガネを掛けた一人の男が立っていた。ついでに七三。
「やあ、智也。どうしたんだい? こんな時間に」
「どうしたんだい、ではない。君が帰ってきたと聞いて話が聞きたいと思っていたのだ。それなのに、君は日中常に寝ているではないか。無理やり起こすのもよくないから待っていたのだよ」
「そう」
僕は智也に首を掴まれたまま食堂まで連行された。ずっと首を持ってなくてもいいのに智也は強く僕の首を掴んでいる。
食堂にたどり着くと、そこには拓郎と勇人に佐伯先輩がいた。彼らは一つのテーブルを囲うように座っていた。
「おお。瑠太。なんだ逮捕されたのか?
「うん。なんか捕まった」
僕に気づいた拓郎が笑っている。その隣で佐伯先輩も笑っている。勇人も控えめに笑っている。そんなにおかしいかな。
「猫みたいだね」
「お久しぶりです。副寮長」
猫か。たしかに猫科の動物は首を持って運ばれている印象があるけど。
「瑠太くん、もう大丈夫なの? 拓郎からすごく疲れてるって聞いてたけど?」
「うん。すごく疲れてるんだ。今から寝るところ……」
「ちょうどVRルームから出てきたところを捕まえた」
僕は佐伯先輩の目を見た。智也を制することが出来るのは今の状況では民意か佐伯先輩の鶴の一言だけだ。僕は消して仲が良くはないけど通じると信じてアイコンタクトをする。
「俺も聞きたいな」
無理だったようだ。僕の夜更かしが決まった瞬間であった。
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