【01-10】運動訓練
意識の戻った僕が最初に感じたのは、足裏に伝わる地面の感覚。そして次に感じたのが後ろに引かれる感覚で、次の瞬間には、お尻に強い衝撃を受けていた。
びっくりした僕は、いつもより視点が低いことに気づいてから今の自分の状況を理解する。先生の言っていたことはこういうことなのかと思いながら立とうとするがうまくいかない。
ようやく自分の重心がおかしいことに気づき理解する。僕の眼に僕をのぞき込む蛇が六匹見えたのだ。
僕は驚き慄こうとするも動けなくてよくわからない体制になっていた。
「おい。大丈夫か?」
声が聞こえた。
声の持ち主を探すためにあたりを見回すが誰もいない。
「上だよ」
その声の言う通り上を見る。すると、鳥人間が飛んでいた。
顔をよく見るとルームメイトの顔にどことなく似ている気がする。
「拓郎?」
「ああ。わからなかったか?」
僕の予想は当たっていたようだ。それにしてもすごいな。ゲームの中だが友達が空を飛んでいる。僕が彼に飛ぶというのがどんな感じなのか聞こうとすると、角田先生の大きな声が聞こえてきた。
「全員いるな。例によってほとんどが座り込んでるがこの際どうでもいい。そこの飛んでる鳥は誰だ?」
どうでもよくないのでは。と思っていると拓郎が答えた。
「米田です」
「米田か。よく飛んでられるな」
「キャラメイクの時に練習したんで」
「そんな簡単なものではないんだがな。取り敢えず降りてこい」
角田先生はそう言って南澤先生と一緒に全員に状態を聞いていく。
ようやく僕以外にも地面に座り込んで動けない人がいるのに気づく。大体十人ぐらいだろうか。
僕は降りてきた拓郎の力を借りてどうにか立ち上がる。昨日もこんなことあったなと思っていると急に重心が変わる。
尻尾の蛇の中で一番大きい蛇が僕の前に頭を伸ばしたのだ。この頭がおそらくヒュドラの頭(核)だろう。キャラメイクの時よりも全体的に小さくなっている。
幾分か重心がとりやすくなった僕と、拓郎は先生の方に行く。
「堤くんですね。肩を借りれば歩けるようですね。重心以外に何か変わったことはありますか。あれ、尻尾が動いてますね。動かしているんですか?」
南澤先生に聞かれたが僕は動かしてなんかいない。
「いえ、勝手に動くんです」
「勝手に?」
「はい」
南澤先生は少しの間考え込み、
「あなたは後回しです。ここに座って待っていてください。今尻尾を動かせますか?」
適当に動かそうとするが全く動かない。
「無理です」
「じゃあ、動かそうとしていてください。米田君は一緒に来てください」
僕は拓郎に礼を言って地面に座らせてもらい、尻尾について考えて、周りを見る。
僕の他に尻尾がついている人もいるがみんな垂れ下がっている。僕の尻尾たちは元気に動き回っている。元が頭だからだろうか。
僕は先生に言われたように尻尾を動かそうとする。キャラメイクの時の感覚を思い出し、動かそうとするが、ピクリと一瞬動止まるだけでそれ以上の操作はできない。
どうしようか考えていると、一番小柄な隠密迷彩蛇が顔をのぞき込んでくる。改めて右に動けと念じてみるが、少し動きが止まっただけで勝手に動いている。ヒュドラの頭(核)よりは止まる時間が長いから小さい方が操作しやすいのかもしれない。
行き詰まってしまった僕は本音を漏らす。
「右に動いてほしいんだけどな」
すると、隠密迷彩蛇は右に動いた。
僕は驚きながら、考える。可能性は二つ。偶然か、言葉を理解したか。
「左に動いてくれ」
確かめるように僕が動くと今度は左に動いた。自分では動かせないけど動いてもらうことはできるようだ。
僕は他の尻尾も確かめていく。ヒュドラの頭(核)以外は言うことを聞いてくれる。ヒュドラの頭(核)だけはそっぽを向く。
僕は、取り敢えず名前をつけた。ヒュドラの頭(核)がヒュー。ヒュドラの頭のAとBがドーとラー。キラースネークAとBがキーとルー。ルーはキルのルである。最後の隠密迷彩蛇はオンだ。
僕は口頭で尻尾に命令して、立ち上がることを試みる。
「ヒューとキーとルーが前で、ドーとラーとオンは後ろね。」
ヒューも協力してくれたからか、僕は立つことに成功した。しかし、立ち上がることはできたが、立ち続けることはできなかった。
ヒューが勝手に動くのだ。その度に倒れる。だけど、大きな前進だと思う。
僕の近くにはいつの間にか先生たちが来ていた。
「おまえ操作出来たのか?」
「操作は出来ないですが、お願いはできるみたいです」
「お願い?」
首をかしげる角田先生に実演した。それを見た角田先生は驚いていたが、それ以上に南澤先生が驚いていた。その後、僕は二人にあれこれ聞かれた。どうやら、尻尾が勝手に動くのはおかしいということらしい。
大発見の可能性があるらしく、南澤先生はすぐにログアウトしていった。
南澤先生を見送った後、角田先生から課題が出された。課題の内容は『自力で尻尾を動かすこと』。元から、自力で操作できるようにするつもりの僕は勇んで返事をした。
僕の様子を見た角田先生は、
「あまり難しく考えるなよ」
と、一言言って他の人を見に行った。
僕はその後ひたすらに尻尾の制御をするための訓練をした。最初にしたのは尻尾たちと仲良くなること。こいつらに意思があるとすれば、意思をまげて操作することは難しいと思ったからだ。僕は人目を気にせずに自分の尻尾を触り、撫でて話しかけた。
他にもいろいろ試した。例えば、一時的に操作できるようにお願いしたり、力を抜いてもらいその間に操作しようとしたり、いろいろやってみたが、僕には尻尾の操作が出来なかった。
やがて、時間は来る。
角田先生が全員にログアウトするように言った。
僕は、惜しみながらもログアウトする。
−−−−−−−
ログアウトした後、僕は重い体を起こし、ヘッドマウントデバイスと生徒証を外して立ち上がる。少しふらつくが大丈夫そうだ。
「今日の午前はこれで終わりだ。食堂で飯食って来い」
そう言って、僕たちをVRルームから追い出した。
−−−−−−−
VRルームから食堂への道をふらふらと歩く僕に拓郎が声をかける。
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
強がってみるが、思っていた以上にキャラの操作が難しかったことに気落ちしていた。
「まあ、初日だし、気にすんなよ」
「ありがと。拓郎はもう操作完璧なの?」
気遣ってくれている拓郎に聞いた。できたらコツとか聞きたい。
「ああ、午後少し練習すれば、明日からAWのプレイもできる」
「いいなー。コツとかあるの?」
「コツか。そうだな、俺は自分の体ってことを意識しているかな。嘴も翼も俺の体の一部ってな」
「なるほどね。ありがとう。参考にしてみる」
やっぱり意識を変えることが一番なのかな。
それにしても、拓郎はすごいな。
僕は他にも何かないか拓郎に聞きながら歩いた。
−−−−−−−
「今日の昼は何だろうな」
話が一段落したとき拓郎が言った。
拓郎は生徒証を出し、メニューを確認していく。
「結構いっぱいあるな」
僕も生徒証を出し確認する。
とんかつ、ハンバーグ、から揚げ、焼き魚、麺類。結構な数のメニューが書かれていた。ご飯も白米と玄米を選べるようだ。
僕たちは何を食べるか考えながら歩き、気づけば食堂の中に入っていた。
「もう注文できるのかな。できそうだな」
そう言って、拓郎は生徒証を操作する。僕も生徒証で注文する。から揚げとサラダとご飯と味噌汁にした。注文を終えると、画面が変わり『Bカウンター』と出た。僕は拓郎にどっちのカウンターだったか聞く。どうやら拓郎はAカウンターだったようだ。僕たちは分かれて取りに行くことにした。
僕は、Bカウンターに向かう。生徒証には、残り○人と表示されている。どうやら並ぶ必要はないようだ。僕はカウンターの近くで自分の順番が来るのを待ち、順番が来たあと昼食の乗ったトレーを受け取ってからカウンターを離れる。拓郎を探すとまだAカウンターの近くにいるのが見えた。智也も一緒にいるみたいだ。
僕は、三人分空いている席を見つけ座る。トレーと味噌汁で二人分の席取りをする。その後は手を合わせる。「いただきます」と言ってから僕はサラダを食べ始める。量の少ないサラダはすぐに食べ終わってしまった。僕は少し腰を浮かしてAカウンターの方を見ると、拓郎と智也が席を探していた。手を振って彼らに場所を知らせる。
僕に気づいた二人は、僕が取っていた席についた。二人にお礼を言われながら、トレーと味噌汁を受け取る。僕は帰ってきた味噌汁を飲んでから揚げを食べる。味噌汁は出汁が効いた赤味噌の味噌汁だった。から揚げは味がついていて上に少しのマヨネーズがかかっている。外はパリパリで、中からはジュワーと肉汁があふれてきて舌を火傷した。僕はご飯を口に入れ、一度飲み込んみ、味の余韻に浸る。その繰り返しの末、最後のから揚げを食べ終わり、口を拭いた。
「ごちそうさまでした」と言ってから水を飲む。おいしかった。これが毎日食べられるのは本当にうれしい。
僕は早めに食べ始めていたからか、二人はまだ食べ終わっていない。二人が食べ終わるのを待ちながら、生徒証の掲示板を見てみる。なにか参考にできることがないかと探してみるがなさそうだ。
「ごちそうさまでした」
と、声が聞こえて顔を向けると智也が食べ終わっていたから話しかける。
「智也はキャラアバターの操作はできそう?」
「ああ。なんとかな。瑠太はどうだ?」
「全然ダメ。立つことぐらいしかできない」
「私のキャラは、比較的人間に近いからな。瑠太のキャラとは根本が違うだろうな」
「じゃあ、智也も明日からAWできるの?」
「流石に明日は無理だが、午後次第では一週間以内には許可が出るそうだ」
「いいなー」
「まあ、気長にやればいいじゃないか?」
いつの間にか拓郎が食べ終わっていた。
「それもそうなんだけどね」
僕もわかってはいるんだけどね。
「僕なりにやっていくしかないかなー」
「その意気だ。何か協力できそうなことがあれば私に言ってくれ」
「ありがと。智也。じゃあ、僕はそろそろ行くよ」
僕がトレーを持って立ち上がると、二人も立ち上がったので結局三人でトレーを片づけ、トイレに寄ってからVRルームへと向かった。その間もそれぞれの操作について話し合った。
VRルームにはすでにVR接続している人がいた。戻ってきたら各自ログインしていいそうだ。僕はさっき拓郎と智也から聞いたコツを思い浮かべて、VR接続した。
−−−−−−−
僕はその日、結局尻尾を操作することが出来ず、歩くこともできなかった。
運動訓練が終了し、寮へと戻る。その道すがら勇人とも話したが、勇人も智也と同じで一週間以内には始められるそうだ。
全然目途の立っていない僕は、なんとも言えない焦燥感を胸の奥に抱きながら、寮の夕飯を食べ、寝た。
−−−−−−−
翌日から、高校の授業が始まった。普通の授業だが、進行のペースが速い。僕は追い抜かれないようにと考えながらもどこか集中しきれていなかった。それでも、理解はできたところを考えると、先生たちの教え方がうまいのだろう。
運動訓練はAWをプレイする許可が出ていない生徒が授業後に残る形で続けられ、一週間が過ぎた頃には僕以外誰も来なくなっていた。
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