はじまりまして。
【02-01】発見
運動訓練初日から今日で二週間。僕は未だにAWがプレイできていない。
あの日以来、一切進展していない。命令することで尻尾を動かすことはできるが、操作することはできない。
僕は焦りながらも試行錯誤していた。
幸か不幸か現在運動訓練を受けているのは僕一人。僕は先生たちの協力を強く受けることができている。色々とノウハウや訓練方法を考えて貰えているので、尻尾の操作以外ではいろいろと成長しているはず。
僕のビルドは一部で注目されているらしく、もし尻尾の操作ができるのであれば、本格的に研究していくらしい。
何故そこまで大きな話になったのかは、一週間ほど遡ることになる。
−−−−−−−
あの日、僕はいつもの『特別訓練用空間』で、何人かの先生と研究者、そして日本代表チームのコーチの一人に話を聞かれていた。僕は彼らに自分が出来ることについて話すことになっていた。
その時に、研究者の中で僕の尻尾のことについて口論になったのだが、だんだんヒートアップしていき、周りも止められなくなってしまったのだ。口論について日常茶飯事なところもあるようで誰も止めようとしなかったのだが、次第に相手の肩を押すなどの物理的な接触を始め、先生たちも止めに入ろうとしたところで一人研究者が僕の方に突き飛ばされたのだ。
僕は命令しなければ尻尾を動かせないので、動くためにはひとつひとつ命令して重心をコントロールしないといけないのだ。そんな訳で僕は突き飛ばされてきた研究者に当然反応できなかった。僕は避けることを諦め、衝撃に耐えることを選んだ。腰を落とし、半身になって手を前に出す。歩くこともままならないので立ち続けるしかないのだ。もう少しで当たると思った時、予想外なことが起こった。
ヒュドラの頭の一本であるドーが突き飛ばされてきた研究者を横から突き飛ばしたのだ。いきなり飛ぶ方向の変わった研究者は地面に倒れ込むしかなかった。VR空間でよかったと思えるような滑り方をしていたが、倒れ込んだ研究者はすぐに立ち上がっていた。彼らのキャラは、痛みを抑制しているのだろう。
僕は駆け寄ろうとしたのだが歩けないためその場を動けない。
僕が下げていた腰を上げ、普通に立つと、来ていた代表チームのコーチが僕に聞いてきた。
「今のは君がしたのかい?」
「研究者を突き飛ばしたことですか?」
「そうだ」
「いえ、尻尾が勝手に動いたんです」
僕は正直に言うと、
「これは大発見かもしれない」
そう言って研究者と何やら話し始めた。
いろいろと話を聞いていると、僕のビルドは欠陥が多いが防御特化型のキャラとして飛び抜けた存在になる可能性があるらしい。理由はさっきのドーの行動。もしあの行動が積極的に行えるのであれば、AIによるオートガードになるそうだ。確かに僕の尻尾たちが勝手に僕を守ってくれるのであれば僕は攻撃に専念できる。
その後は、僕を相手にいろいろと実験していった。まず行われたのはさっきの防御が偶然だったのか、否か。そしてどの範囲までを防御できるのか。
結果として分かったことは『僕が防御したいと思ったものか僕に危害を与える可能性があるもの』を防ぐことだった。ただ、大岩のように防ごうとしても防げないものもあった。
この結果に研究者たちは歓喜した。代表のコーチも僕のビルドをすぐに研究するべきだと言い出した。
彼らはそのままいくつかのことを調べてから帰っていった。
僕としては、自分のキャラが強くなることを知れてうれしかったが、いまだに尻尾の操作ができていないことを考えると何とも言えない気持ちになった。
−−−−−−−
その日から一週間。僕は未だに尻尾の操作の訓練をしている。あの日以来、あの時来ていた代表のコーチが現れてアドバイスをくれるようになった。
コーチの名前は、
矢澤コーチにはいろいろ言われた。例えば、マルチタスク能力。僕が尻尾を操作できるようになれば必然的に六本の尻尾を操作しなければならなくなる。その時のために空いた時間は、マルチタスク能力を上げる訓練をするように言われた。それ専用の施設も学校にあるのだが、まずは一人でやるようにと一人でできる方法を教えてくれた。僕は、VR接続できない間、時間を見つけてはマルチタスク能力を向上させる訓練をした。
いろいろと教えてもらったが、一番言われたことは『キャラのすべてが自分自身であると思うこと』だった。拓郎にも同じことを言われたっけ。僕の尻尾たちもAIが入ってはいるが僕の一部であると考えながら操作の訓練を続けていた。
そして今日、事態が少しだけ進展した。最初の訓練から二週間と二日が過ぎた今日も僕はいつものように授業後、拓郎たちと別れ、一人VRルームでVR接続する。サーバー選択をして、すでに見慣れた荒野に立った。二週間の訓練の結果の一つがログイン後に倒れないことだ。
僕はいつものように荒野の真ん中に座り込んだ。
先生や矢澤コーチが来るとすればもうしばらく時間がかかるだろう僕は操作の練習をしながら座って考える。この尻尾たちは僕の体の一部に変わりないが、どうしても『自分と相手』と考えてしまう。特にヒュドラの頭(核)のヒューは明確な意識があるように感じる。二週間を過ぎて僕も限界に近いのかもしれない。誰に対してかわからないイライラが止まらず思考がまとまらない。一回、気分を入れ替えて立ち上がろうとする。
二週間の訓練の結果の一つで、僕が立とうと思った時に尻尾たちも重心を取りやすいように動いてくれる。
でも今日は違った。僕が立ち上がりかけたときに、ヒューが動いて重心を乱したのだ。僕はつい「おい!」と叫んでしまった。すると、ヒューは僕に向かってあろうことか頭突きをしてきたのだ。僕は当然よけられず頭突きをもろにみぞおち付近に食らう。僕は、痛みに耐えながらみぞおちにあるヒューの頭を右手で殴りつける。
僕とヒューのいきなりの喧嘩に他の蛇たちがオロオロと右往左往しているのが感覚でわかる。でも、そんなことにかまっている暇はない。お願いを聞かない時があるヒューに日ごろの鬱憤が爆発した。
「僕の体が勝手に動くなっ!」
普段ならあり得ない大きさの声で叫びながら、左に流れたヒューの頭を上から左手で殴る。ヒューの頭は地面に当たり動かなくなる。その光景を見て、僕の怒りも治まり始める。僕は深呼吸をしてヒューを見る。しばらく見ているとヒューは、頭を上げ、僕に対して頭を下げた、ように見えた。この際だからと僕は言う。
「おまえらは僕の一部なんだから僕に従うべきだ!」
そう言って怒りが治まった僕は、もう一度深呼吸をして座り、尻尾の制御を始める。
すると、今までが嘘だったかのように動かすことができた。
僕は目を疑うような光景に頬を抓ってみるが痛いだけだった。
それから僕はいろいろと操作したが、キャラメイクの時のように操作することはできず、操作しやすい尻尾と、操作しにくい尻尾があった。一番操作しやすいのは、隠密迷彩蛇のオンで、逆はもちろんヒュー。だが、ヒューも僕の操作には従ってくれる。
僕はうれしくなる心を抑えつつ訓練を続ける。自分の思い描く軌道通りに動かしてみたり、落ちている石を投げて尻尾で撃ち落としてみたり、いくつかの練習をした。やはりというべきか、操作できたとは言っても戦うときに使うと考えれば精度も速度も遅い。
僕は何度も何度も操作する。そのうちにわかったことがある。それは尻尾を操作している間それぞれのAIが無効になるわけではないことだ。
僕が細かい制御をAIに負担させようと考えながら操作してみるとすべて僕が制御するよりも精度が良いし、僕も楽であることが分かった。
僕が徐々に動きが良くなる尻尾の操作に集中していると誰かがログインしてきた。
僕は訓練をやめ、尻尾の操作をやめる。すると、僕の尻尾たちは、以前の立っていた時よりも大きく動くようになっていた。僕の前を行ったり来たりしているが僕の重心はぶれていない。これならばと思った僕は一歩、足を踏み出した。すると、今まではすこしバランスを崩しただけで重心がぶれてしまっていたのに尻尾たちが勝手に動いて重心がぶれないようにしてくれた。
僕の記念すべき一歩は、無事地面にたどり着くこと。僕はそのまま逆の足を出すが問題なく前に踏み出せた。僕はそのまま、足を前後に動かし歩き回る。尻尾たちは好き勝手に動いているように見えるが一切重心が崩れない。たまたま大きめの石を踏んでしまった時も崩れなかった。
僕がそのまま走りだそうとしたところで声がかけられた。
「堤くん! 歩けるようになったのか!」
僕が声のする方を見るとそこには矢澤コーチと担任の角田先生が立っていた。僕は頷くことで肯定してから走り出す。案の定、重心はぶれることがなく現実と同じように走ることができた。あまり早くは走れなかったがこれは許容値九十七が影響しているのだろう。僕は走ってコーチたちに近づき、尻尾を操作しながら言う。
「無事操作できるようになりました」
「本当か! すごい! これは君が動かしているんだな!」
矢澤コーチが興奮気味に聞いてくる。僕は肯定して尻尾を操作する。初めて立った状態で六本すべてを操作する僕は、重心を考慮しなかったため倒れそうになる。そのときに操作が切れたようで尻尾たちはすかさず重心を取り直してくれる。僕が一本だけを操作してみると、操作していない一本が重心を取るために動く。慣れるまでは、六本すべてを操作しない方がいい、と記憶しながら、コーチと先生に操作した蛇を近づける。
「おお! いいぞ! これで例の計画に使える!」
僕の操作を確信した矢澤コーチはよくわからないことを言って喜んだ。
「よくやったな! 堤」
角田先生も僕のことを褒めて肩を叩いてきた。少し痛いと感じた。すると、もう一度叩こうとする先生の手をキラースネークのキーがはじく。
「うおっ!」
「あ! すみません!」
手を跳ね除けられて驚いた角田先生に僕は慌てて謝る。その光景を見ていた矢澤コーチは喜びながら先生に言う。
「角田先生。今のが彼のオートガードだ。おそらく叩いた肩が痛かったんじゃないか?」
「はい」
僕は聞いてきたコーチに返す。
「そうか。すまなかったな」
「いえ。別に少し痛かっただけですしスキンシップの許容範囲内だと思います」
僕は謝ってきた先生に恐縮しながら問題なかったと返す。
「おそらく痛みが引き金になってオートガードが発動したんだろう。それにしてもこれは大発見だぞ! よくやった、堤くん! 君は今後オートガードの祖と言われることだろう!」
興奮しながら言う矢澤コーチに対して僕はあまりうれしくはないけど肯定しておく。
その後、コーチと先生の三人で僕が現状出来る事を確認した。ログアウトの時間が来たようで先生に言われる。
「今日はここまでだ。堤、本当によく頑張った! お前が明日からAWをプレイすることを許可する。ただし、明日授業が終わった後一旦俺のところに来い。注意事項を説明する」
そう言ってログアウトを促される。笑顔の先生と物足りなそうな顔をしたコーチに礼を言って僕はログアウトした。
−−−−−−−
ログアウトした僕はVRデバイス(通称:生徒証)の接続を切り、VRルームを見回してから二週間通い続けたVRルームに別れを心の中で言って外に出る。
校舎の外はすでに暗くなっていた。僕は、尻尾の制御ができるようになった達成感と明日からプレイできるAWへの期待を胸に抱き、寮へと向かった。
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