【01-09】朝
心地よく微睡む僕の聴覚に不快な音が聞こえてきた。仕方なく僕は目を覚ます。
ベッドの横に置いておいたVRデバイス(通称:生徒証)を取り、アラームを消す。
僕はベッドから出て、共有スペースに行く。 そこには、すでに拓郎がいた。
「おはよう」
「おはよう」
お互いに朝のあいさつを交わす。僕は、洗面台に行き、顔を洗うと、一気に目が覚める。共有スペースに戻ると、拓郎が言う。
「朝飯食いに行くけどどうする?」
「行く」
僕は洗面所の鏡で見た寝癖を手で直しながら言う。拓郎が立ち上がり、部屋を出ていくのに付いて行く。
「昨日は結局どれくらい掛かったの?」
僕は聞く。
「戻ってきたときには十一時近くだったよ」
「そんなにかかったんだ」
拓郎の返答に、僕は呆れ半分驚き半分といった感じで返す。
「で、結局どうやって決めたの?」
「一人ずつ自分の考えを言っていって、それを聞いた寮長と副寮長が決めるって感じ」
「それにしては時間がかかりすぎてる気がするけど」
「いや、一人ずつ発表した後、寮長たちが相談しだして、その結果、何人かを残して返されたんだよ」
「拓郎は残った側だったってことか。智也は?」
「あいつも残されてたよ。というかあいつが代表になった」
「えっ?」
僕は驚いた。リアルで口ポカーンをやってしまったぐらい驚いた。やっぱり彼はできる人なのかもしれない。
「あいつ実はめっちゃ頭よかったんだよ。寮長曰く、入試で主席だったらしい」
「ええっ!?」
そんなに頭いいのか。それなのにあのキャラなのか。あれはやっぱり作っているってことなのかな。
「薄々気づいてはいたけど、実際はもっとすごかったってことだ。ちなみに、あのキャラは素らしい」
マジか。朝から驚いてばっかりだ。
智也は恐るべき天才なようだ。
それにしても、あれが素ってのもどうなんだろう。
「大丈夫か?」
いきなり黙り込んだ僕を心配して拓郎が聞いてくる。
「なんかいろいろ驚いてるだけだよ」
「ならいいけど」
僕は取り敢えず足を動かす。
−−−−−−−
気付いたら食堂に着いていた。
「あれ? 食堂だ」
僕のつぶやきに拓郎が本気で心配し始めた。
「なに言ってんだ?本当に大丈夫か?」
「大丈夫さ」
強がってそう言ってから僕は食堂に入った。
今は七時すぎだが、食堂の中の椅子はすでに半分近くが埋まっていた。見ていると、メニューは一つで、給仕のカウンターにある認証器を通すことで朝食がもらえるようだ。その際に大盛にすることもできるそうだ。
僕たちはカウンターの列に並び、朝食をもらった。僕は開いている席を探そうとしたが、すでに拓郎が歩き始めていたので、それに付いて行くことにした。歩いていくと、その先に智也がいるのが見えた。
「おはよう」
「おはよう。そして、おめでとう。智也はなんか眠そうだね」
拓郎と僕は智也に声をかける。
「ん、おはよう。ありがとう、瑠太」
「智也は一人なのか?」
拓郎はあたりを見回しながら聞く。
確かに、まだ智也のルームメイトを見たことがない。勇人のもだ。
「ああ、彼はまだ寝ているんじゃないか」
「一緒にいいかな?」
「もちろん」
いい加減座りたかったのだ。
席に着き僕は両手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
僕に少しだけ遅れて拓郎も言った。
僕は、朝食を見る。トースト二枚にスクランブルエッグ、大きめのソーセージが二本、そして牛乳。結構量があるようにも思えるが、頑張って食べる。絶妙な焼き加減のトーストにケチャップの付いたスクランブルエッグを食べつつ、たまにソーセージを齧る。ソーセージも胡椒が効いていてとてもおいしい。
多いと思ってたけどぺろりと食べてしまった。
「ごちそうさま」
僕はそう言ってから、拓郎と智也の方を見ると二人はすでに食べ終えていた。
「待った?」
「そんなことないぞ」
僕が聞くと、トレーを持って立ち上がった拓郎が答えた。そのまま、三人でトレーを返却して食堂を出る。
途中エレベーターを降りてきた男の子が智也に話しかけていた。彼がルームメイトなのだろうか。話が終わった智也と拓郎とエレベーターに乗り、僕たちは部屋に戻った。
部屋に着いた僕と拓郎は歯を磨いて制服に着替えた。もちろんブレザーは着ない。しかし、その上に何も着ないのは寒いかもしれないから、代わりにパーカーを羽織った。
共有スペースに行くと拓郎が待っていた。拓郎は上にセーターを着ていた。
「忘れ物ないか?」
拓郎が笑いながら聞いてくる。勉強道具は校舎にあるから持っていくのは生徒証だけだ。
「大丈夫だよ」
僕と同じように手ぶらな拓郎に笑って答えた。
二人で部屋を出てそのまま寮を出る。エントランスには何人かの生徒がいた。待ち合わせでもしているのだろう。特に待ち合わせはしていないので素通りした。
−−−−−−−
外は見事な快晴だった。四月なのに日差しに熱を感じる。僕は昨日を思い出して、気合を入れるために言う。
「いざ行かん!」
「またそれか」
拓郎の突っ込みが聞こえた気がしたが無視して第一歩を踏み出した。
−−−−−−−
僕たちはいま校舎の前にいる。長い旅だった。ほんとうに。僕たちは校舎の中に入る。気分はさながら討ち入りである。中にはすでに多くの生徒がいた。僕たちは、自分の教室に向かう。途中で視線を感じたが、特に気にはしなかった。
教室にも何人かいた。栗栖さんもその中にいた。女の子たちと話しているようだ。僕と拓郎は、昨日座っていた席に座る。
「今日はなんの授業なんだろうな」
「教科ごとのガイダンスみたいなやつじゃないの?」
僕が答えると、拓郎は軽く頷いてからつぶやく。
「勉強するの面倒だな」
「仕方ないよ。ここ一応学校だし」
「正論だな」
「でも、宿題とかは出ないらしいし、わからないことは聞けばすぐに教えてくれるみたいだし、なんだかんだ大丈夫なんじゃないかな」
「それもそうか。わからなかったら瑠太に聞くよ」
「いやそこは先生に聞こうよ」
僕たちが高校生全般の悩みについて話していると、教室に南澤先生が入ってきた。前のディスプレイに何か書いた後、
「今日はこの教室ではなく、隣のVRルームを使います。各自移動を開始してください」
と言って、先生は教室を出て右に曲がって行った。
「VR空間でガイダンスか?」
「それはないと思うけど、何するんだろう」
拓郎が薄笑いをしながら言ってきた。ただ予想を言っただけなのだ。みんなが教室を出ていくのに僕たちも付いて行く。
VRルームにはすでに角田先生もいた。昨日と同じように大きなディスプレイの前に立っている。
「よし。来た順に接続準備していろ」
僕たちは指示通り接続準備する。準備が終わった後、少しの間待っていると、智也と勇人もやってきて準備を始めていた。
クラスの全員が揃うと角田先生が言う。
「少し早いが始めるぞ」
角田先生の声を合図に、南澤先生が部屋のドアを閉める。
「今日は、一日VR内で運動訓練をしてもらう。昨日キャラメイクしてもらったわけだが、知っての通り、実際にキャラメイクの時と同様に動くことは難しい。そのため、全員の具合を見た後に、各自に合った訓練予定を立てる必要がある。もちろん、実験組の持つノウハウを聞いて完璧に操作ができるようであれば明日から自由にプレイしてもいいことになっているが、それができた奴は去年までの三年間のうちで緒方だけだ。期待しないように」
昨日から、僕の中の緒方さんの株がうなぎ上り状態である。
「おまえらにはこれからVR接続をしてもらうが、注意点がある。まずはサーバーについて。サーバーは『国立VR競技専門高等学校』の『一年十組』の『特別訓練用空間』だ。間違えるなよ。そして、接続するときに重要なことがある。よく聞け。おまえたちには立ち続けることを強く意識しながら接続してもらいたい。分かったな」
立ち続けるか。よくわからないが意識しておこう。
「分かった奴から接続を開始してくれ」
僕は、ヘッドマウントデバイスをつけて接続した。
−−−−−−−
見慣れたサーバー選択用の空間で浮きながら考える。
立ち続けるとはどういうことか。取り敢えず何があっても大丈夫なように覚悟してから、サーバーを選択した。
−−−−−−−
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