第1章 王の戴冠式 その2

 今回ばかりは言い過ぎてしまった。


 マールはウィスナーに向かって言ったことに反省の念を感じていた。

 いくらなんでもあそこまでウィスナーに怒りをぶつけたことはなかった。

 やはり、さっき見た夢のせいでいまだに気が立っているのかな。

 マールはウィスナーに軽く反省の念を抱きながら階段を降りて竜小屋へと足を運んだ。


   竜小屋 アストレイク

 熱気こもった湿気が周囲を立ちこめ、洞窟のように暗くなるよう作り込まれていた。

 もともと竜は洞窟を好んで住み、自らの根城にする傾向がある。

 少なくとも我々の戦力になっている竜も例外ではない。


「よう、マール。 今日も早いねぇ」


 唐突にマールに話を振ってきた男、ジョフテリネは竜の朝食を与えるのを途中でやめて、マールに駆け寄ってきた。

 60半ばのおじいさん、白い髭に少し小太りな体格をしている。

 この人は40年間竜の世話をしている世話師で我が隊にいるすべての竜の健康管理をしている。


「私の竜、セルバードの様子はどうだった」

「ああ、心配いらねぇよ。あんな大食らいな飛竜(ワイバーン)滅多なことじゃ病気になるたまじゃねぇ」

「そういうがあれは私の友であり命の恩人なんだ。 軽率に扱いたくない」


 セルバードはマールが肩を負傷したときに乗っていた黒色の竜の名前だ。

 あのとき、セルバードは私が痛みで意識が跳んでいたときに私を医療部隊のいるところまで運んだ。

 もう少し手当が間に合わなければ出血多量で命はなかっただろう。

 それからずっと私はこのセルバードを愛機とし、今も私の翼として力を貸している。

 マールはセルバードに近寄り食事中のセルバードの頭をなでる。


「今日も元気にしてたか。 セルバード」


 セルバードはけたたましい鳴き声で私の言葉を返した。

 この国で飼われている飛竜(ワイバーン)はこの国に生息していたわけではない。

 国を二つに分裂した際、クロンベリアに鷲隊がすべて寝返ってバールハルトにはそれに対する打開策として異国より空駆ける強靱な力を持った獣のである飛竜を取り寄せることとなった。

 竜族としては小さく、人の1、5倍ほどの背丈しか持ってはいない。

 体つきは鋼のように堅い鱗で自らを守り、鰐に似た顔つきをしているが口は鰐ほど出てていない。

 翼はコウモリのように膜の張ったような生々しい皮で出来ており、毛の代わりに鱗で関節部分を守っている。

 翼を広げたら10メートル軽く包み込むほど巨大な翼である。


「最近じゃあ、ここになじんできたのか赤ん坊まで身ごもった竜が出てきてこっちの苦労も考えてほしいね」

「身ごもったのか!」


 ジェフテリネは口元の髭を歪むほど大きな笑顔を見せた。


「ああ、4番機リグロスが乗ってるバーミャが子供を宿してたよ」

「いつ」

「今朝がただよ。俺いつもみたいに健康調査してたら、いつもと違うのを感じてな。調べてみたら、おったまげたよ」


 ジェフテリネはさらに笑顔を強め、すぐさに大笑いしそうな顔でこちらを見ている。


「やっぱ俺の育て方がよかったんだな! きっと、いままで飛竜が身ごもったなんてバールハルトじゃあ、なかったしな!」

「本当、飛竜がこの地で身ごもるなんてまず聞いたことがない。 こんなに良いことが続くと後で怖いことが待ってそうで嫌だな」

「ははは! 例えそうだとしてもこんなに嬉しいことが起きたんだ。おら死んでもええ」

「そんなこと言って本当に亡くなったら私、悲しむわよ」


 冗談ぽくマールはジェフに問い返す。


「安心しな! おらぁこいつらがくたばる前に絶対いなくならねぇから」


 ジェフは軽く食事中の飛竜の頭をなでた。


「あなたはきっと長生きするわ。 竜の寿命って何十年も先の話でしょ。 それまで長生きしなきゃね」

「はは、こりゃいっぱいとられたわい!」


 ジェフは満面の笑みをこぼした。


「それじゃ私、行くとこあるから」


マールは軽く手を振りジェフと別れた。




 次向かうところは決まっていた。

 飛竜空挺師団師団長および第一連隊総隊長のミラベル=ガノフ少将、隊長の任務として最初に今日の軍事活動の内容を聞きに行く予定ではあるだが、ある程度こちらとしても聞かされている。

 今日の戴冠式に必要最低限の人員を配置につかせ残りはその王の戴冠されることを歓迎する。

 我々、飛竜空挺師団も例外ではなく王の戴冠式に出席することになっている。

 要はその確認である。

 マールはガノフ少将の部屋の扉を叩いた。


「入れ」


優しくも強さを持った声に私は戸を開き、目の前にいるミラベル総隊長を見る。

 長い金髪の髪が窓から風が吹く度になびき甲冑で体を覆った姿で外を見ていた。


「総隊長殿今日の行事について再確認に…」

「マールか。 ちょうど良いときに来たな」

「は! なんでしょうか」


 ミラベルはこちらを向き、静かに口を動かした。


「すまないが、別の任務に就いてもらいたい」

「どういうことですか?」


 マールは理解できずに問い返す。


「つい先ほど嫌な知らせを聞いた。 そんなに間もない話だ。 国境を越えてきた得体も知れない化け物がこちらに向かってきているそうだ。 本来なら我が軍が動き撃退に向かいたいがそうはいかない」

「戴冠式ですか?」

「そうだ。我々としてはこの大事な日に欠席となるわけにもいかない」


ミラベルはマールを見つめた。


「そこでだマール、貴殿に撃退もしくは時間稼ぎをしてもらいたい」

「我が隊でないと駄目なんですか」

「残念ながらその通りだ。 他の部隊では足が遅く、戴冠式の近くで戦闘になる可能性が高い。 故に我が隊が応対する必要になる。 それに私の代わりに戦陣をきれると言えば貴殿しかいない。 この任務、受けてくれるか」


 マールはしばらく考え口を開いた。


「了解しました。 ただ一つお願いをしてもよろしいですか」

「なんだ」


 マールは改まってミラベルを向かう。


「我が国王、ラグレリオス様に今宵の戴冠式に出れないことを詫びに行きたい」


 ミラベルはそのことに驚いたが嬉しそうに笑顔になった。


「よかろう。 貴殿の国王の謁見、このミラベルが許可しよう」

「ありがとうございます」


 マールは嬉しそうな声を上げた。

 ミラベルは引き出しから謁見の許可書に署名を入れる。


「マール、できたぞ」


ミラベルはマールに謁見の許可書を渡す。


「では貴殿が国王に会っている間に私は副隊長のベルに今回の詳細の内容を渡しておく、それでいいか」

「分かりました。 では早速行って参ります」

「よし、行きなさい」


 マールは一礼をするとすぐさに国王の部屋へと向かう。

 部屋の番人にミラベルの許可書を見せた。

 番人は許可書を確認すると扉を開けた。


「なにようだ」


 そこにいたのはラグレリオス11世が戴冠式のため、着付けをしているところだった。

 服はシルクでできたローブで無数の金の刺繍をほどこしていた。

 あとは使用人がローブにいくつかの飾り付けをしているところだった。


「飛竜空挺師団、第三連隊マールレイクは今宵の戴冠式に別の任務が入り出席する事が叶わなくなりました。 そのため一目、国王に拝見したく参りました。 それと出席が出来ぬ詫びにきました」

「そうか、それは残念だな。 お主は前回の功労者。 今宵、戦が続いていないのはお主のおかげというのに。 だが、任務ではしかたないか。 よろしい、汝の気持ちしかと受け止めた。 例え戴冠式に汝がいなくともその気持ちしかと我に届くであろう」

「ありがたき幸せ」


マールは膝をつき礼をする。


「それとは別にだマール。 我はどう見える」

「先人の王をも負けぬ雄々しさに感服いたします」


 ラグレリオスは少し困った顔をした。


「お世辞はいい。 本音を聞かせてほしい」

「『本音』ですか」


 マールはラグレリオスを見る。

 さっき言ったのは自分自身嘘ではない。

 ルビーのような赤い瞳を持つ紺に綺麗染めあげた髪に強く凛々しい顔。

 でも、その表情にはどこかさみしそうに見えた。


「何か悲しいことでも思い出されるのですか」


 マールの問いに悲しみの色を強く滲ませる。


「そうだな。 確かに今宵、我が王になれるのは病に伏せ亡くなられた先の王、我が兄テラエリスがあってこそ……」

「余計なことを申して申し訳ありません」

「いや、我が言わせたのだ。 気にせぬように」

「わかりました。 では、これより任務がありますので」


 マールは敬礼をすると部屋を後にする。


「汝に良き風が吹きますように」


 マールは竜小屋アストレイクに向かい足を急がせる。

 そこに先ほどマールの部屋であったウィスナーを見つけた。

 マールは足を止め、ウィスナーの元へと歩いた。


「ウィスナー、さっきはすまなかったな」


 ウィスナーは驚いたようにマールを見た。


「マール、どうしたんだおまえらしくない」

「関係ないだろ、そんなこと。 単にきつく言い過ぎたからな。 それだけだ」

「あんまり気にしてないがな」

「そうか。 そう言えば、もう一つある」


 マールは少し照れながら口を開く。


「おまえも知ってるだろ。 情報関係には耳が早いからな」

「聞いてる。 西でなにかあって駆り出されたんだろ」

「それでだ。 もし戻ってきたらおまえの用意したドレスを貸してくれ」

「どうしたんだ。 さっきまでの威勢は」

「悪かったな。 急いでそれどころでなくなっただけだ。 どうなんだ」

「俺は別に構わないが条件さえ飲んでくれたらな」


 ウィスナーは嫌らしい笑みをこぼす。


「わかった。 恋人のふりをすればいいんだろ」

「ふりじゃくて本当に……」

「死にたいのか」


 冷たい眼差しで見つめるマールにウィスナーはひるむ。


「冗談だよ! 言ってみたかっただけだって」

「信用できない。 まあいい頼んだぞ」

「楽しみに待ってる」

「待つな!」


 つくづくウィスナーを見てると腹が立つ。

 マールは内心そう思いながら、嬉しそうなウィスナーをしりめに後にする。




 マールは部隊の集合場所である発着場に着くと副官のベルに声をかけた。


「ベル、準備は整っているか!」

「はい! 我が部隊23名すでに配置についております」

「わかった」


 マールは部隊の状態を見つめ、リグロスの前で止まる。


「リグロス、おまえは残れ」

「どうしてですか」

「ミーシャのことは知っているだろせめて一緒にいてやれ」

「ですが!」

「別にたいした任務じゃないだし。 せっかくこの地で宿った命だ。 大切にしてあげたい」

「しかし……」

「我々の代表として戴冠式に参加しろ。 一人ぐらいはいないと示しがつかんだろ」

「はい! しかとその任務引き受けます」

「よろしい。 じゃ行きましょうか」

『了解!』


 マールの一声に兵士達は一斉に声を上げ、準備に入る。

 マールもセルバードにまたがり、出撃の準備に入った。


「飛竜空挺師団、第三連隊、出撃する!」


 マールは扉が開くとともに舞い上がり、大空へと駆ける。

 それに続いて他の者も翼を広げ舞い上がった。

 飛竜空挺師団は事実、それほど大人数で構成されていない。

 飛竜そのもの飼い慣らしている数が少ないのだ。

 そのため、飛竜の数に合わせて部隊の人数も決まってしまう。

 もし、欠員がでたりしたら別の部隊から派遣しないといけなくなる。


「高度120メートルの状態を維持。城下を過ぎたら更に高度を上げて風を捕まえる」


 マールはふと町を見下ろす。

 人混みあふれる町並いくつもの商店や、民家が建ち並ぶ町、今は祭りの雰囲気が町中に広がって活気立っている。

 今日という祭典の日に町全体にいくつもの飾りをつけ、人々はラグレリオス様が王になられた姿を一目見ようと城に集まる。

 マールはそれを見てふと思う。

 この町を……この国の人々の願いを守るために私は出向くのだと。

 戦争や飢餓に苦しまないよう導いてくれる指導者としての王の誕生。

 そんなありえないと分かっていても願い……。

 それを守るために。

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