第3話
「ユイナ、もう少しだよ!」
「うん」
荷馬車の御者台に座る、桃色の髪を低い位置でツインテールにした少女が叫ぶ。
それに反応した黒髪を肩の辺りで切り揃えた少女も、嬉しそうに荷台から顔を出して微笑んだ。
「あっ!あれあれ、あの青い煉瓦の向こうがイーストタウン、ラライナ地方の東の、1番栄えてる街!」
リーズの指差した先に広がる街並みに、ユイナは小さく「すごい」と呟いた。
門の向こうには花々に囲まれたストリートが広がっていた。
様々なグラデーションの煉瓦造りの家と等間隔に並ぶ可愛らしいデザインの街灯。
ストリート脇には花壇に色々な花が植えられており、その側を通る人々の顔には笑顔が溢れていた。
初めて訪れたユイナはすごいすごいと嬉しそうに呟きながら、リーズの肩に手を置いた。
「今からどこに行くの?」
「冒険者ギルド!
馬と荷馬車を預かってもらおうと思って。
私の顔馴染みも沢山居るから、後でユイナにも紹介するね!」
「うん、楽しみにしてる!」
中央のメインストリートを抜け、いくつか角を曲がりながらようやく目的地に着いた。
大きな看板には「ようこそ、ラヴォールへ!」と書かれている。
リーズは三つある大きな入り口の内一番左側の入り口へと馬を滑らせると、中からはけたたましい掛け声と共に、現れた客人への前口上が伝えられた。
「よう!よく帰ったな同胞よ!!
今日はパパに会いたくて帰って来たのか!!」
「…パパ?」
びっくりしてリーズを見たユイナに苦笑して、リーズはと言うと笑顔で「まあね!」と返す。
「北も南も寄ったけど、やっぱり我が家が一番みたい」
「はっはっは!そうだろうそうだろう、お帰りリーズ。
そちらのお嬢さんも、暑苦しいところだがゆっくりしていくと良い」
豪快に笑い飛ばしたのは、スキンヘッドに傷のある大男だ。
さすがに怯えて言葉も出ないユイナに「これ、うちのギルマス」とリーズは耳打ちした。
「ギルマス…ギルドマスター?ああ、だからパパなのね」
「いやあ、すまねえな。
これが無いとうちの子かどうか判断が付かねえもんで」
申し訳無さそうに苦笑すると「まあ入んな、荷馬車は間違いなく預かるからよ」と言って親指を立てた。
荷馬車から降りると、馬と荷台を外してそれぞれ別の場所へと移動させている。
それを不思議そうに見ているユイナに、リーズは「行こう」と言って手を引いた。
荷馬車と馬の入り口と残り3つの入り口は繋がっていたようで、少し奥まった扉を抜けると隣の館へと移動した。
「ここはラヴォール。冒険者ギルドだよ。
私はここに登録してるんだけど、他にも沢山ギルドがあって、それぞれに特化した特徴があるの。
例えば大型の獣の討伐を主に請け負う戦闘ギルド。
魔法の研究をしたりそれ関連の依頼を請け負う魔導師ギルド。
薬や薬草、その他に生活に必要な物を作ったりするのが生産系ギルド。
ここはそれら全ての依頼を受けられる大型ギルドなの」
「ちなみに本部は中央にある」
「それは置いといて…ギルマス、アラン居ない?」
ばっさりと話しを切ったリーズに「お前も容赦ねえよな」と肩を落としたギルマスは、きょろりと館内を見回すと「居ねえな」と呟いた。
「大方詰所にでも居るんだろ、押し掛けてやれば喜ぶぞ」
「そっか、ならそうしよう。
色々聞きたい事もある事だし。
ユイナ、ここからちょこっと歩くけど良い?」
「え?うん、大丈夫」
いきなり振られて慌てて頷くと「後でちゃんと紹介するから」とリーズは片目をつむった。
「じゃあ行って来ます、夕方までには戻るから」
「あ…失礼します」
リーズの言葉の後にぺこりと頭を下げると、ギルマスはリーズとユイナの頭をわしわしと撫でながら「気を付けてな」と笑って去って行った。
「…暑苦しいけど、良いパパでしょ」
「うん、お父さん思い出した。泣きそう」
「泣いて良いよ、見ててあげる」
笑ったリーズに微笑み掛けて、ユイナは涙を拭うと歩き出した。
「ここの自警団に知り合いが居るの。
アラン・ラフォードって言って、堅物生真面目冷徹仮面のすかぽんたんよ」
「冷徹仮面まではすごく怖かったのにすかぽんたんで台無しになったわね」
「でも面倒見の良いお友達って感じかな?
このイーストタウンにもすごく詳しくて、まあ頼りになると思うから取り敢えず訪ねてみよう」
ギルドを出て右に曲がって左に曲がって。
きっと1人じゃ帰れないに違いないと悟ったユイナは、目の前に広がる広い噴水広場に目を奪われた。
「…うわ、何ここ素敵過ぎる」
「でしょ!ここ私も大好き!
林とか森とかそう言う自然とは違って、広くて平和って感じ」
中央に噴水、その周りには沢山の屋台と子供達が走り回っている。
ベンチで本を読むお爺さんが居れば、芝の上でお喋りをするおばさん達も居て、休日の公園を思わせた。
「後で見て行こうね、あ…ちょっと寄り道して良い?
アランの好きなチョコレートドーナツ買って行ってあげよう」
「…なんだかんだで仲良いのね」
「うん、まあねー」
笑顔のリーズにそう言う意味で仲が良いのかと突っ込みたかったが、さすがに失礼かと自重した。
ドーナツを買って来たリーズが「はい」と言ってユイナの口にドーナツを運ぶ。
「一つずつね、あとはアランのお土産」
ガサガサと紙袋を閉じて抱えると、笑顔で人差し指を立てる。
こう言う動作をみていると、やっぱりリーズは可愛らしいなとユイナは頬を綻ばせた。
「もうすぐそこなの、あそこの赤い煉瓦の建物が自警団の詰所だよ」
指差す場所へとやって来たリーズは「おっじゃまっしまーす」と元気に叫んで扉を開けた。
そしてその行動に呆然と立ち尽くすユイナを置き去りに「アラーン、リーズだけど居るー?」とさらに大きな声で叫ぶので、ユイナは慌ててリーズの頭を叩いた。
「おばか!仕事中だったらどうするの!」
「ええ?いつもこんな感じだよ?」
きょとんとしたリーズとは打って変わって、詰所内に居る制服を着た男の人達はびっくり顔でリーズ達を見ていた。
しーんと静まり返った詰所内で、リーズはさらに叫ぶ。
「アラーン!チョコレートドーナツ買って来たよー!
揚げたてだよー!チョコレート掛けたてだよー!出来れば美味しい紅茶も飲みたいなー!」
「リーズぅうっ!お願いだから静かに!!変な子だと思われるでしょ!!」
「………仕事の邪魔をする子は、部屋に入れてあげませんよ?」
「へ?」
急に聞こえて来た男の声に、ユイナはビクつきリーズは跳ねた。
「アラン!久しぶりー!」
「どうも。…皆さんお気になさらず、私の客人です。
そのまま作業に戻って下さい」
男の掛け声一つで、ホッとしたような空気の中男達は自らの仕事に戻った。
「リーズ、こちらへ。あなたもいらっしゃい」
「あ…はい、すみません」
「やったー!アランの紅茶、久しぶりだなー」
懲りる様子の無いリーズにため息をつきながらも、リーズに手を引かれつつユイナはアランの部屋へと入った。
調度品の良し悪しは分からないが、部屋に置かれた物から彼のセンスは窺い知れた。
リーズの言う冷徹仮面や生真面目と言うのもなるほどなと頷ける。
「あなたは初めましてでしたね、私はこの自警団の団長をしております、アラン・ラフォードと申します」
「初めまして、ユイナと言います」
「アランこれお土産、チョコレートドーナツ」
「さっき聞きましたよ。
紅茶で良いですか?ユイナさんも?」
「うん!甘いやつね!」
「じゃあ私も同じで」
「かしこまりました」
さっとメガネの位置を直しながら壁側にある棚に移動するアランを見やり、リーズは息を吐き出した。
「…緊張する……」
「ん?」
首を傾げたリーズは、緊張している様子は無くむしろ腰掛けたソファーに背中を預けてリラックスしている様に見える。
逆に私としては緊張感の中ソファーには浅く腰掛けカチコチだ。
「アランの紅茶はお店で飲むのより美味しいんだよ」
「そうなの?」
「うん!私も紅茶は淹れられるけど、やっぱりアランの紅茶が一番好き!」
「ちょっと、勝手にハードル上げないで下さい」
ティーカップを持ったアランはユイナとリーズの前に置くと、リーズから受け取ったドーナツを皿に盛って自身も2人の目の前に腰掛けた。
さっきは上から見下される威圧感で怖いと思ったけれど、アランさんの顔付き自体は怖く無い。
むしろ整った綺麗な顔立ちで、言うなれば美少年の部類だろう。
薄いブルーの瞳に真っ白な髪と、シンプルなフレームの眼鏡。
うん、間違い無く美少年。
「あー、やっぱり美味しいー」
「本当だ、すごく美味しい、香りが立ってる」
「…それは良かった」
ホッとしたように綻んだ表情に、思わずキュンとする。
リーズはと言えば、美味しい美味しいと呟きながら一杯目を飲み干していた。
「アラン、お代わり」
「もうちょっと味わって飲めないんですか?」
「味わってるよ!でも久しぶりで相変わらず美味しいから、もっと飲みたいと思ったの!」
頬に空気を溜めながら「ね、ユイナも美味しいよね?」と同意を求められ「うん、美味しい」と真剣に頷いた。
「…全く、仕方無いですね…ほら、あなたのカップも貸しなさい」
「あ、ありがとうございます」
気付けば私の方も飲んでしまっていたようで、確かに美味しかったなと慌ててカップを差し出した。
二杯目が淹れ終わると、リーズはようやく本題を切り出した。
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