第2話
ユイナが寝静まった夜中。
部屋のベッドを彼女に譲ったリーズは床で静かに荷物の選別をしていた。
腰に巻くベルトには四つの瓶の入る隙間が出来ていて、その隙間に薬草を入れた瓶を詰める。
背中に回して装着するタイプのリュックサックには、魚を焼く時の串数本と非常食、ナイフ、薬草を砕く為のすり鉢など様々な物が詰め込まれているのだが、リーズはそれを見て溜息をついていた。
「……やっぱり、ちゃんと揃え直さなきゃだね。
串とかもっと丈夫なの欲しいし、瓶ももうちょいフラスコ型の方が沢山入るし。
ユイナの旅の道具も揃えてあげなくちゃいけないし」
小声で呟いて、少女は持っていた地図を広げた。
コーグルから歩いて二日行くと、ラライナ地方の栄えた街に行ける。
そこで装備を一旦揃えて、あとはヤツに色々話しを聞いてみる事にしよう。
リーズはそう決め込むと、自身も毛布を被って眠りについた。
朝、まだ明けきらぬ内に目が覚めたユイナは、きょろりと見渡しながらリーズを探した。
小さな部屋にリーズの姿は無く首を傾げていると、ガチャリとドアノブを捻る音がしてそちらに視線を向けた。
「あれ?ユイナ、起きてたの?」
「うん、おはようリーズさん」
「おはよ!さんなんて付けないで、リーズって呼んでよ!
他人行儀なの、慣れてないんだ!」
そう言うとリーズはベッドに腰を下ろしながら持っていたトレイの中身をユイナに手渡した。
「はい、朝ご飯。嫌いな物とかある?」
「大丈夫だけど…これ、リーズさんが作ったの?」
首を傾げるユイナに「リーズね」と苦笑してパンを渡す。
「うん、宿屋の人に厨房借りてね。
旅が長い冒険者は大体こんな感じだよ?
特に一人旅だと、する事が戦闘か料理かくらいしかすること無いから!」
パンの上に目玉焼きとベーコンを乗せて「召し上がれ」微笑まれ、ユイナは礼を言ってぱくついた。
「……美味しい」
「でしょー!やっぱり朝ご飯はこれだよね!」
嬉しそうに笑うと、リーズもパンにかぶりついた。
食後の紅茶もご馳走になってから、リーズは「そうだ」と前置いて話し始めた。
「ユイナって馬に乗れたりする?」
「乗馬って事?無理無理、乗った事無い!」
両手を振って全力で否定するユイナに「オッケー」と笑うと「じゃあ馬車で良い?」と問い掛けられる。
「馬車?」
「うん、今日のお昼にはここを立ってイーストタウンへ行こうと思ってるの。
ユイナの旅の道具と、私の旅の道具を新調しに行きたいからさ」
「あ…そっか、電車とか自転車とか無いもんね。
そう考えたら私贅沢な所に住んでたんだな〜」
「電車?リニアの事?」
「へ?あるの?」
「中央ではリニアが動いてるよ、街の中至る所に停留所があって便利なんだよね〜!
あれは工学の結晶体よ!車もそうだけど」
「車もあるの!?なんだ、ここって思ったより栄えてるんじゃない!!」
立ち上がって叫ぶユイナに「そうでもないよ」とリーズは笑う。
「中央でリニアや車が動くのは、もちろんそこにお金や人間が集まるからだけど、本質は闇に近いと思うよ。
だってそう言う技術って、末端まで来ないんだもん。
タウンから離れた村や町は電気の作り方もネジの作り方も知らない人達ばかり。
魔法も何もかも、中央やタウンに行くからこそ教えて貰える高い知識なんだよ。
だからいくらここから程近い場所にタウンがあっても車を知らない、もしくはリニアなんて言葉も知る人が居ない町や村が出来上がる。
…私はこっちの方が好きだけどね。
中央やタウンの人間は、どこか町や村を見下したように言うけど、実際ここに居る人達は優しいし私は好き」
悲しく笑ったリーズに、ユイナは「ごめん」と小さく謝った。
「あ、違うのごめん!ユイナが謝る事無いの!
別に中央やタウンが嫌いな訳じゃないんだよ!?
質の良い品は中央やタウンに行けば手に入るし、日夜新しい研究もされてて、治安も良くて獣も全然来ないし良い人も沢山居るすごい場所なの!!」
「うん、でも私甘えてた」
「甘えてた?何が?」
「私の世界って、人間が自然世界の中で一番偉い生き物だったのね。
争いも無く、何も知らない人間は何不自由無く普通に平凡に暮らしてたの。
でもそれって、そのタウンに生きてる人と同じなのよね。
外の世界の事を知らないから、自分の事だけ考えてられるのよね。
リーズみたいに、人の事を心配してくれる人に出会えて本当に良かった…ありがとう」
改めてそう言うと、リーズは「やめてよユイナってば!恥ずかしいでしょ!!」と顔を赤くして手を振った。
「はい!もうこの話しはお終い!
ご飯食べたら出発するよ!ほら、出た出た!」
照れ隠しなのがバレバレで、だけどユイナは「はいはい」と笑顔でリーズに背を押された。
宿屋を出ると、そこにはリーズが事前に用意していたのであろう馬が居て、初めて間近で馬を見たユイナは感動していた。
「ちょっとリーズ、大きいんじゃない?リーズ乗れるの?足届く?」
「バカにしないでよ!
馬くらい乗れなきゃ冒険者はやってられないの!
それよりはいこれ、荷馬車に積んで」
ぽいぽいと投げられた物をキャッチして見ると、それは毛布だったり麻袋だったり色々だ。
「これなに?」
「これは貯蔵してる非常食。
野菜だったりお肉だったり香辛料だったり薬品だったり。
私冒険者と並行してちょっとした行商もしてるの。
まあ、たまに荷馬車ごと消え去る事もあるけど、利益は出てるから買い戻せるし、何より良い隠れ蓑になるから」
「…隠れ蓑」
「そ。…積荷はこれくらいかなー?
ユイナ、荷馬車にこれ引いて座ってて」
最後にぽいと投げられた物を見て、ユイナは首を傾げる。
「クッション?」
「さすがに荷馬車初心者に二日乗りっぱなしは可哀想だからねー。
タウンに着いたらクッションも買い直すから、今はこれで我慢してね」
「あ、うん」
「じゃあ荷馬車乗って!
明日には着くと思うけど…安全な道から行きたいから少し遠回りするよ!」
ユイナを荷馬車に乗せると、リーズは軽く跳躍して大きな馬の背に飛び乗った。
鞍も無しに乗馬なんて出来るのかと不安げに見守っていたユイナの心配も他所に、リーズはゆっくりと馬を操る。
もう宿屋が林の向こうだ。
人が歩くスピードより少し早いくらいで、荷馬車は補正されていない林を進む。
「……私ね、実は初めてなんだ」
「え?何が?」
リーズの言葉に問い返すと「荷馬車に人を乗せたの!」と嬉しそうに微笑んだ。
リーズの荷馬車が林を駆ける。
ゴトゴトと積荷が揺れる音に混じって聞こえて来るのは少女達の笑い声。
イーストタウンまであと二日。
彼女達の旅はまだまだ続く。
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