よくある異世界に迷い込むアレ

ルリスタ

第1話



「おおー!今日は大量だあ!」


その場でぴょんぴょこ跳ねながら、少女は右手に持ったナイフを構えて座り込む。

少女の目の前には網。

その中には大小様々な魚がびちびちと尻尾を振っている。


「いち、にー、さん…さすがに一人じゃ食べきれないし…どうしよう、離すか」


むむむと眉をしかめつつ、少女は確かな手付きで魚を捌いて行く。


瞬間冷凍もこの季節は二日と持たないだろうし。

明日明後日に街を出たとして、保存食を買わなくちゃいけないからバッグの中には入れられない。

と言う事でこの魚達は比較的大きいのを残して放流した。

次に網にかかる時にもっと大きくなっていたら嬉しい。


「串〜、串、串串〜」


歌いながらバッグから魚を焼く用の串を取り出すと、近くの枯れ木を集めて来て火を放つ。

ぱちぱちと火の烟る音に笑みを浮かべると、内臓を取った魚を周りに並べた。

大きな川魚を4尾、今日のお昼ご飯は豪華だ。





「…お?空気が変わった」



魚を食みながら、少女は空を見上げた。

さっきまで鳥のさえずりが聞こえていたのが消えて、シンと静まり返っている林。

通常通りに考えれば、すぐ近くに獣の類が居る。

そう考える事が出来るのだが…魚の焼ける良い匂いに誘われて来たのなら1尾分けてあげない事も無いなと呑気に考えて、少女は警戒しながらも魚を食べ終わる。

火に砂をかけて消すと、少女は宿に戻った。




「結局あれ何だったんだろ?

獣…だとしたらまだいいけど、そんな雰囲気じゃなかったし。

それに獣ならもっと緊張感あったと思うんだよね」



もしそれが大型の獣であれば、少女にとって美味しい話だ。

獣の肉は保存食…もとい干し肉に。獣の骨は色々な物に加工が出来る。

獣の毛皮を刈れば冬を越すのに役立つ防寒具が出来るなど、冒険者にとっては利益でしかない。


腕を組みながら唸っていた少女は、瞬間ハッとしたように壁に立てかけていたピコピコハンマーを持つと、腰に巻いてあったベルトへいくつかの瓶を詰めて立ち上がる。

そして闇夜の林へと姿を消した。


夜間は昼間と違い月の明かりを頼りに歩かなくてはならないのだが、少女の歩みに迷いは無い。

ただただ足を動かして、昼間に居た川辺へとやって来た。



「この奥から…だったよね」


ぺろりとくちびるを舐めて、少女はまたしても歩き始めた。


その先で待っていたのは獣などではなく、極めて簡素な服に身を包んだ少女だった。

白のシャツに黒のハーフパンツ。

その少女は靴を履いておらず、枝で切ったのか足は傷だらけだった。

木の根元に倒れ込んでいる様子を見て、少女は急いで駆け付けた。


「どうしたの!?大丈夫?」


「う…」


身を揺すると反応を示したので少しほっとした。

黒い髪は肩まで、うっすらと開いた目も黒だ。

中々に珍しく凄まじいまでに整ったその容姿に、少女は首を傾げた。


「起きられる?何があったの?」


「あ…い、たたた…」


「大丈夫?」


頭の後ろを抑えた少女が声を上げる。


「大丈夫です…ああ、びっくりした…」


思ったよりは元気そうなので、少女は改めて視線を向けた。


「こんな暗い場所で女の子の一人歩きは感心しないよ」


「すみません」


きょろりと辺りを見回して、黒髪の少女は頭を下げた。


「それにさっきまでここに大型の獣がいたかもしれないし。

あなた見掛けなかった?」


「獣は見掛けませんでしたけど…変な人は」


「変な人…?あっ、もしかしてそれでそんなに傷だらけなんじゃ!?」


「え?」


黒髪の少女は目を丸くして首を傾げる。

そして初めて気付いたかのように「あ、本当だ」と呟く。


「さっき追い掛けられた時かな」


「追い掛けられた…って、それ危なくない?

取り敢えず私の宿においでよ、靴は…あ、待って、編むから」


「編む?」


「簡単にだけど葉っぱでね!

何もないよりはマシでしょ?」


言いつつ、器用に葉を集めて編んでいく。

そうして完成した物を履かせると、周囲を警戒しながら街の宿へと戻った。



予備の毛布を被せ、水で頬を拭ってやる。

足元にはこれまた予備に用意していたショートブーツを履かせてやると、黒髪の少女は申し訳無さそうに頭を下げた。


「見ず知らずの方にご迷惑をお掛けして…本当に申し訳ありません」


「別に良いよぉ〜!あなたみたいな可愛い子初めて見た!

黒髪と黒い瞳だなんて、こんな山奥じゃなかなか見れたもんじゃないし!

肌もキメが細かくて綺麗…髪もサラサラ、羨ましい」


櫛で梳きながら、少女は笑顔だ。


「私、リーズ。あなたの名前は?」


「私はユイナ。…外国人…と言う訳では無い…よね」


「外国?ああ、まあ間違いでは無いけど…。

私は東の方の生まれで、ここにはたまたま立ち寄ったの。

ユイナは西の方?西の奥地で黒髪の種族が居るって、確か聞いた事あるけど!」


リーズの言葉に「多分違う」と首を振ると、ユイナは俯いて何事かを呟き始めた。


「外国…西とか東とかよく分からないけど…やっぱりあの男の言ってる事が現実に…?

それにしては五体満足、言葉も通じるし容姿も日本人の顔付きに色を付けたようなものだし。

けど…でも、にわかには信じがたいわ」


「ユイナ?どうしたの、さっきの男の話し?」


膝を曲げてユイナの前で小首を傾げる。

その様子にユイナは「うん」と頷く。


「リーズさん、助けてもらってなんなんだけど…一つ聞いても良い?」


「別に一つじゃなくたって、私に答えられる事ならなんだって聞いても良いよ?」


「ありがとう。じゃあ聞くわね。

……ここ、どこ」


やけに真剣な表情をしているなと思えば、そんな事。


「ラライナ地方のコーグルって街だよ。

ラライナ地方ってのはハブルドーラ大陸の少し東にある地方で、山に囲まれた場所。

ハブルドーラ大陸は四つの地方に分かれてて、ここはその東の…どちらかと言うと中央にまだ近い場所…かな?」


「……うん、聞いた事無い」


「聞いた事が無い?庶校生しょこうせいだって分かる簡単な地理の問題よ?」


驚いて立ち上がったリーズに、ユイナは「庶校生ってなに?」と首を傾げた。


「庶民や貴族の子供が18歳まで通う国の定めた学校の事よ。

ハブルドーラ大陸の四つの国が義務付けしてる事だし…ユイナもまだ学生でしょう?

知らないなんてあり得ないと思うんだけど」


「え?私もう22だけど」


「え?うそ」


「本当よ」


「あ、そうなの?ごめん」


「別に良いけど…リーズさんはいくつなの?私より若く見えるけど」


「んー、来月20になるかな」


「そうなんだ」


ユイナは桃色のツインテールに視線を向けた。


「ツインテール似合うわね」


「ありがとう」


にっこり笑ったリーズに、ユイナはハッとして叫ぶ。


「あっ、やばい!リーズさん、私かなりやばい!!」


「え?なになに、なにがやばいの?」


瞬間慌てたリーズにユイナは「私の住んでる場所じゃ無いからどうやって生きて行けば良いのか分からない!!」と叫んだ。


「住んでる場所じゃないって?」


「私、ハブルドーラ大陸とかコーグルとかって名前知らないもん!

ここ私のいた世界じゃないんだよ!!!

うわわ明日からどう生きて行けば良いの!?

さっきの男の人も変な事言ってたし!!」


「変な事?」


「なんかよく分から無いんだけど…私を召喚したとか、お前は世界の鍵だとか。

私の身体の中にはラフォルドの神が眠ってるだとかなんか言ってたんだけど。

それが意味不明で逃げたら追いかけられて、さっきの場所に…」


「ラフォルドの神…?」


ポカンと口を開けたリーズは、うーんと唸って考えをまとめる。


「ユイナ、よぉーく聞いてね?

ラフォルドの神って、私達の世界では時間を操る神様なの。

他にもラエグの神は太陽を、ソーレの神様は月を。

アムダロストの神は空間を、トザイレンの神は大地をって具合に。

これらは五柱神って呼ばれてて、それぞれが東西南北と中央に神殿が立てられてるのね。

さっきのユイナの話しだと、ユイナはそもそもこの世界とは違う場所から誰かに召喚されたって事みたいなんだけど、そんな気がするって事でOK?」


「うん、そう。それが言いたかったの」


リーズの差し出した人差し指に、ユイナは自分の人差し指をくっ付ける。

そしてどちらともなく深く深く溜息を吐き出した。

しかしその後の言葉は正反対のものだった。


「羨ましい!!」


「最悪」


「「ん?」」


双方が自分の言葉のすぐ後に首を傾げた。


「なんで?理不尽に意味不明な出来事のど真ん中に放り出されたらこれはもう楽しむとしたものじゃないの?」


「ないよ、なんでよ、しかも別の世界…聞いた事も見た事も無い世界に放り出されて楽しめる訳無いでしょ。

ただただ不安で神経すり減って行くだけよ!」


「ええー、ユイナってばネガティヴ〜!

私だったら喜んで人生楽しんじゃうけどな〜」


にこにこと笑って、リーズは「そうだっ!」と両手を合わせる。


「なら、こうしない?」


「どう?」


「私が、ユイナの冒険のサポートをしてあげる!

これでも学校は飛び級で卒業して、冒険者歴7年だから安心して良いよ!」


「サポート?」


「黒魔法も白魔法もばーっちり講義ではなまる貰ったし、薬学もひと通り学んだし。

工学はちょっと苦手だけど、錬金学に関してはダントツだよ!

自分一人で大陸中を冒険するより刺激的で楽しそうだし!!」


「最後が本音なのかしら?」


「うん!退屈な毎日より刺激的な毎日の方がきっと楽しいもん!」


素直に言うリーズの言葉に、ユイナは少し考えて「迷惑じゃない?」と問い掛けた。


「そんな事ないよ!むしろありがたい!」


「本当?」


「疑り深いなあ!大丈夫、全部楽しんじゃうから。

ユイナを危険な目には合わせないって約束するよ。」


リーズはユイナの両手を取ると、にこりと微笑んだ。


「1人より2人の方が、ぜーったいに寂しくないよ」


「っ!」


心を見透かされた様な気になって、ユイナはリーズを見た。


「ね!楽しもう、ユイナ!」


「…………うん」


小さく呟かれた言葉に、リーズはその場で跳ねた。


桃色ツインテ少女と黒髪少女の冒険が幕を開ける。

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