第12話 ――ひとつの冒険の終わり――
翌朝、窓から入って来る穏やかな陽光で三人は目を覚ます。
村人たちは今までインプが村長のふりをしていたこと、本物の村長がヴァンパイア城にさらわれていることなどを聞いて、ただただ驚くばかり。
口論の末、ギルドリーダーであるミナの意見に従って、ギルド《蒼の騎士団》のミナ、トム、テイルの三人はさらわれた村長を救出すべくヴァンパイア城へ向かうことにした。
とは言っても、ヴァンパイア城が一体どこに存在するのか、三人には見当もつかない。
三人が頭を悩ませていると、一人の村人が声をかけてきた。
「おう、あんたたち。これ、なんか青く光ってんけど、一体何の石だべ? あんたら知ってっか?」
村人が持ってきたのは透き通るような青い光を帯びる不思議な石だった。大きさはちょうど拳に納まるくらいの丸い石。
その時、三人の頭の中に天啓が響き渡る。
『これは転移結晶と言って、特定の場所にワープできる石です。一回使ったら壊れちゃいますけど……。村人から渡されたのはヴァンパイア城へ通じる転移結晶ですよ』
つまり、これを使えばヴァンパイア城へワープできるということ。
「行くっきゃないわね!」
「もう……僕はあくまで反対だからな!」
「案外、村長がヴァンパイアと仲良くなってたりして」
テイルのつぶやきに、二人は即答。
「「それはない」」
三人は転移結晶の上にそれぞれ手を重ねる。すると、不思議な淡い色の光に三人は包まれる。体が軽くなっていくような、そんな感じがした次の瞬間には三人を包んでいた淡い光は消えてなくなり、ポイ村に三人の姿は無かった。
すぐ近くにいた村人は腰を抜かして天を仰ぐ。
――世の中には不思議なものもあるということだ。
気づくと、三人はとても大きな屋敷の前に立っていた。
空には暗雲が立ち込めている。
屋敷の門には茨が巻き付いておりとても刺々しい。うっかり触れてしまった人が流した血で染まったように、薔薇は血色に赤く染まっており不気味にさえ感じる。
壁は頑丈な石造りになっていて、まるで城壁のようだ。その堅そうな壁のあちこちにも薔薇のツタが伸びている。
その光景にトムは一人、足をすくませていた。
「なんか……いかにも、って感じの雰囲気だね……」
「村長はこの先にいるはずよ。行きましょう」
勇気を振り絞り、三人は歩き出した。重々しい扉を三人がかりで開き屋敷の中へと踏み込んでいく。伝説級モンスター、ヴァンパイアの屋敷の中へと。
屋敷の中は不気味なほどに静まり返っていた。三人の足音以外は何も聞こえないし、気配すら感じない。本当にここに誰か住んでいるのだろうかと思ってしまう程だ。
静けさはやがて寒さへと変化し、三人は肌寒さを我慢しながら歩みを進める。
屋敷内にはびこる正体不明の不気味さの影響か、三人の腕には鳥肌が立っていた。
ずいぶんと、奥まで歩いてきたものの、やはり誰もいない。
と、後ろを歩いていたテイルが豪華絢爛な螺旋階段を発見する。
螺旋階段の手すりには奇妙な怪物のシルエットが描かれており、不気味なことこの上ない。二階に上がっても、相変わらず音はしない。だが、一回とは違って、あちらこちらに怪物をかたどったオブジェが安置されている。さらに、壁に立てかけられている無数の棺桶が三人の恐怖心を煽る。
本当に、ヴァンパイアってなんて悪趣味なんだろう。
突然甲冑が動き出したり、火の玉がユラーっと飛んできたりしたたびトムが悲鳴を上げたが、彼らは特に危害を加える気は無いらしい。近づいてくるだけで何もせずそのまま何処かへ行ってしまった。
ここまでくるともはやお化け屋敷。だがトラップがあるわけでもなく、敵と戦闘になるわけでもなく、三人は複雑なヴァンパイア城を進んでいった。
やがて、二回のずっと奥まった部屋の前に三人はたどり着いた。
部屋からは明かりが漏れており、笑い声が聞こえてくる。何者かがこの奥にいると考えて間違いないだろう。
部屋の扉は見るからに禍々しい装飾が施されており、触るのも気が引けるほどだ。
だが、この奥にきっと何かがある。そう信じて、三人は並んで一気に扉を開け放った。
扉の奥にいたのは村長。そして恐るべき伝説級モンスター、ヴァンパイアの姿だった。
「ヴァンパイア! そ、村長を村に返しなさい!」
命知らずなミナが大きな声でヴァンパイアに向かって言った。
ヴァンパイアは三人の方を一瞥すると、突然背中の翼をバサッと広げた。
「貴様ら……何者だ? 我に何の用だ?」
赤い瞳で睨み付けてくるその姿は、やはり伝説級モンスター。トムに至っては失神してしまう一歩寸前だった。
「私たちはギルド《蒼の騎士団》の冒険者。そこにいる村長を助けに来たのよ」
「…………」
ヴァンパイアは何も言葉を発さず押し黙る。
だが、村長に駆け寄ろうとミナが一歩足を踏み出した瞬間、ヴァンパイアの血色の瞳からレーザーが放たれる。レーザーはミナの爪先あたりをかすめ、床にくっきりと焦げ跡を残した。
ミナの額からはどっと冷や汗があふれ出す。ミナのブーツの先も床と同様に黒くなってしまっていた。
ヴァンパイアは一層鋭くした視線をミナに向けて言った。
「もうそんな時間か……。この戦いが終わるまでしばし待たれよ」
「戦い?」
ミナの質問には答えずに、ヴァンパイアはテーブルに座る。ヴァンパイアと向かい合うようにして村長も座る。そして、二人してテーブルの上に置いてあるボードで駒を交互に動かしている。
目の前で起きている現象を三人の脳はすぐには理解できなかった。
目をぱちくりさせ、二人のやり取りを見ているしかない。
やがて三十分ほど経って、
「ほれ。これでチェックメイトじゃ」
「クッ……無念。さすがに村長は強いな。我もまだ修練が必要ということか」
「そんなことはねえべ。お前さんも筋はいいべ。じゃが、どれもセオリー通りの手。相手に次の手を読まれるようじゃあまだまだだべな」
何やら決着がついたらしい二人にミナは声をかけた。
「あのう……一体何を?」
すると、ヴァンパイアは嘆息した。
「全く、貴様は我々の熱き戦いがわからなかったのか?」
「それって……チェス……ですか?」
「何だわかってるじゃないか。貴様もできるのか? ん?」
ミナはトムとテイルを呼び寄せ、コソコソ話す。
「何アレ? ヴァンパイアってあんなの?」
「でも、さっきのレーザー凄かったよ」
「確かにな。だが何故、村長とチェスをしている?」
再びヴァンパイアに向き直ったミナは意を決してヴァンパイアに言った。
「なんかよくわかんないけど……言いたいことは言わせてもらうわ。川を早く元に戻しなさい!」
しかし、ヴァンパイアはキョトンとしている。憐れむような目でミナを見ると、
「貴様……頭が湧いたのか?」
「あんたが手下のインプに命令したんでしょ!」
「我はそんな物騒なことは命令しておらんぞ。我は村長の帰りが遅くなると、村の者たちに伝えておけと命令したのだ」
ヴァンパイアの命令とインプのしたことに随分とギャップがあるようだ。
三人は真摯にヴァンパイアに事情を説明した。
「なるほどインプの奴がそんな大それたことを……。貴様らが嘘を言っているようには見えんしな。我にはわかるぞ。おそらく、インプの奴はダークエレメンタルに干渉されたんだろう。貴様らには申し訳ないことをした。詫びよう」
天下のヴァンパイアはそう言うと、三人に向かって深く頭を下げた。
「川の汚染はすぐに元に戻そう。犠牲となった冒険者は……まだ霊魂がこの世に残っているようだな。これなら我の蘇生魔法で蘇生してやれるぞ」
ヴァンパイアは目を閉じ腕高く上げて指パッチンした。
「これで、川は元に戻ったはずだ。次は蘇生か」
ヴァンパイアはブツブツと呪文を唱え始めたかと思うと、急に両手の手のひらを天に向けて掲げた。
すると、どこかで雷が落ちるような音が聞こえた。
「これで、冒険者たちは蘇生できたはずだ。ついでに王都へ送っておいた」
伝説級のモンスターとは、こんなことまでお茶の子さいさいなのだろうか。三人はただ、目を丸くして驚いていた。
「さて、《蒼の騎士団》とか言ったな。貴様らには迷惑をかけたな。ここまで来たついでに褒美をくれてやる。大きい箱と小さい箱どちらか選べ」
「ちょっと、相談させてください」
「いいだろう」
伝説級モンスターがくれる褒美。さぞかし豪華なものだろう。期待を胸に三人は相談し始めた。大きい方にすごいお宝が入っていると見せかけて、小さい方がいいかもしれない。その逆もまたしかり。結局、人間の深層心理か、議論の末大きい箱をもらうことにした。
受け取って開けてみると、何やら錆びた剣が入っていた。
こんなのがお宝? と叫びたかったが、ヴァンパイアの機嫌が悪くなってはたまらない。錆びた剣を大人しく受け取ることにする。
ミナは一つ疑問に思っていたことをヴァンパイアに聞いた。
「インプがヴァンパイアは人間に復讐すると誓った、って言ってたんだけど……」
ミナの質問に、ヴァンパイアは大声で豪快に笑って見せた。
「ダッハッハ! そんなのは大昔の我がご先祖様の話だ。我は特に恨みとかないしな。だが、この男にはいつか必ず……勝つ」
真剣なまなざしで村長を見つめるヴァンパイアに、ミナは苦笑するほかなかった。
「また来いよ、我がライバルよ」
「そうじゃな……できれば迎えに来てくれるとありがたいの。村の皆も歓迎するべ」
ヴァンパイアと村長は熱い友情の握手を交わした。
ヴァンパイアの魔法で村長はポイ村へ、三人はセントイリアス城下町に飛ばしてもらった。
魔法で飛ばされた先は、セントイリアス城下町南門前。
ミナとトムとテイルの三人が偶然にも初めて出会った場所である。
「はぁ~大変だったわね」
「ホントだよ~」
「…………」
ようやく落ち着いたのか、その場にどっとへたり込んでしまったミナとトムに対し、テイルは立ったまま黙っていた。
「どうしたのテイル?」
トムの質問にテイルはそっぽを向いて、照れくさそうに頭を掻きながら言った。
「……楽しかった」
「「は!?」」
「いや、別に……何でもねえよ! ほら、ジジイにクエストの報告しに行こうぜ!」
ミナとトムもすっくと立ち上がる。そして、クレイルベインに向かって歩き出した。
風は穏やかに吹きすさび、陽光はぽかぽかと暖かい。
ふと、トムが思い出したように言った。
「あ! 依頼料どうしよう!?」
「「あ~~! 忘れてた!!」」
ミナとテイルの声が街にこだまする。
道行く人々はそんな彼らをみて、なんだかおかしくなって笑ってしまう。
ギルドリーダーの騎士、ミナ・ミルフォード。策略家でちょっとビビりでセンスがいまいちな魔法使いトム。大ギルドクレイルベインきっての問題児、《眠れる獅子》テイル・シュート。
三人が結成したギルド《蒼の騎士団》の最初の冒険はこうして幕を閉じた。
――三人が巡り合ったのは運命だったのか、そうでないのかは神様にしかわからない。
《セッション終了》
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