第11話 ――朧月夜の戦い――

 三人がポイ村に着くころには、もうすっかり日が落ちてしまって辺りはすっかり夜になっていた。少し霧っぽくて肌がじめっとする。そんな朧月夜。

 門番はすでに家に帰って眠ってしまっているようで門の前には三人の他には誰もいない。

 三人はその足でまっすぐに村長の家を目指す。

 夜も遅い時間なので、明かりがついている家はない。三人は、月明かりを頼りに村の中央、小高い丘のふもとまでやって来た。そこで、一際明るくなっている物を発見した。

 あれはおそらく村長の家から漏れる明かり……。他の村人はもう寝てしまっているのに、こんな遅い時間、村長一人で何をしているのだろう?

 三人は足早に丘を登り、村長の家の前までやって来た。

 ミナが代表して村長の家のドアをトントンとノックする。しかし、返事は無い。明かりが漏れているにもかかわらず。

 不審に思ったミナは、少々不躾だが、勢いよくドアを開け放つ。

 そこには村長の姿は無い。ますます妙だ。こんな遅い時間に家の明かりがついている。だが、そこに主の姿は無い。一体どういうことだ……? 三人は家の中をあちこち歩き回って、何か手がかりになりそうなものを探すがそれらしいものは何一つ出てこない。


『はい。ここで全員、難易度17の感知判定お願いします』


 感知判定の結果、ミナは9、トムは16、テイルは15。


『全員、感知失敗ですね。皆さんは奇襲を受けます』


 三人は忍び寄る気配を察知できなかった。天井に張り付いていた何者かは三人に向かって一斉に火の玉を放った。


『では全員2Dの貫通ダメージですね』

「ちょっと……また私HPが一桁なんだけど!?」

「貫通はひどいよ~」

「俺もけっこう……くらってるな」


 突如浴びせられた火球に三人は天井を見る。天井には尻尾がとんがっていて小さな羽が生えている異形の生物が張り付いていた。そいつは三人に見つかるや否や、家の外へと飛び出した。三人は外へ飛び出した何者かを追いかけ丘の上で対峙する。


   ~戦闘開始~


『では、戦闘開始です。行動順は敵、テイル、トム、ミナの順ですよ。まずは敵からですね』

「俺より速いだと!?」

『ふっふ。この敵はとある《スキル》を持ってまして、暗闇では能力値が高くなるんですよ。あっ、言っちゃった! まあ、いいです。敵はトムに攻撃です。命中判定は、と。……クリティカルですね』

「クリティカル!? マジかよ!?」

『ダメージロールでサイコロが二つ増えますね。ダメージは……20の魔法ダメージですね』

「魔法防御力は魔力÷2だから……ダメージは14か。あと7しかねえ。結構痛いな」

『まだですよ。私がサイコロを振って5か6を出せば《スタン》が付きます』

《スタン》は状態以上の一つ。受けると、次の自分の番まで行動できない。非常に厄介な状態異常だ。サイコロを振って5か6が出れば《スタン》。確立にすると33.33……%と、バカにはできない確率だ。

 だが、今回は幸運にもGMの出目が4だったので《スタン》は付かなかった。

『ダメですか……。次はテイルの番ですよ』

「俺はさっきアジトで拾った薬草でHPを回復。サイコロを一個振って、と。4回復だな。そんで、俺は敵に攻撃」

 しかし、命中判定でGMに負け、テイルの放ったエネルギーボールは敵には当たらず空しく空を切るだけだった。

「くそっ! 避けられた!」

『フフ……。次はトムです』

「僕はいつも通り、初手モンスター識別安定さ」

『わかりました。どうぞ』

 トムのモンスター識別は成功した。よって、謎の敵の正体が判明する。

『敵の名はインプ。レベルは5。階級が最も低い魔族です。上級魔族の使い魔的存在。

 ですが、歴とした魔族であるため油断は死を招きます。

 攻撃方法は主に二つ。短剣を用いた近接攻撃と、火球を打ち出す魔法攻撃です。特に魔法攻撃は威力が高いため、注意が必要です。防御力は大したことないです。

《ナイトシーカー》を持っており、夜などで周囲が暗い場合、各能力値が上昇します。反面、明るいと能力値が下がります。こんなところですね』

《ナイトシーカー》のため、テイルよりも行動が先だったのである。今は夜。明るくする術は……ない。この村には電気のようないわゆるハイテクは存在しないからだ。明かりといったらロウソクの火程度だろう。

『さて、次はミナですよ』

 ミナは減ったHPを回復するためにHPポーションを飲んでから、インプにエンゲージして攻撃する。そして、命中判定でなんとクリティカルを出した。だが、GMも回避判定でクリティカルを出した。判定はGMルールに則り、同点の場合、回避優先になる。よって、ミナの決死の攻撃は空振りに終わった。

「そんなバカな~」

『まあ、これも運ですね。では次のラウンドに移りますよ。インプのターンです』

 インプはエンゲージしているミナに狙いを定め、火球を放つ。判定の結果、火球はミナに命中した。

 ミナの職業は騎士。鎧などで重装備を使いこなすことができるため、物理防御力は非常に高い。先の戦いでレベル1にもかかわらず、山賊エリートの四連続攻撃を耐え切ったことから守備力の高さが窺い知れる。だが、魔法防御力は装備に依存しない。一部、魔法防御力を上昇させる装備品なども存在するが、ミナはそれらの装備品を持っていない。

 魔法攻撃は文字通り、様々な魔法による攻撃であり、分厚い鎧を身に着けていてもそれらの影響を受けずに対象にダメージを与える。

 魔法防御力は魔力÷2。騎士であるミナは三人の中で魔力が最も低く、そのため魔法攻撃に弱いのだ。

 インプの火球のダメージは17だったが、ミナの魔法防御力がわずか2しかないせいで、15のかなり大きなダメージを受けてしまった。

 先ほどHPポーションを飲んでいなかったら死んでいたところだ。

「魔法は……きついわね……。このラウンドで決着をつけないとやばいわよ!」

 ミナの《スキル》、《カウンターブレード》は物理攻撃にしか使用できず、《アルテムガーディアン》はもう使えない。HPポーションも残りわずか。ミナが倒されるのは時間の問題だった。

 焦るミナに対し、GMは暢気な顔をしている。

『魔法は強いですね~。次はテイルですよ~』

「くっ……。トムの魔弾はもう無いし、ミナの一撃に懸けるのはリスクが高すぎる。ここは……《バイシクルシュート》だ!」

 いくら敵の回避値が高くとも、《バイシクルシュート》は必中技。さらに、トムが得た情報によれば、インプの防御力は高くは無い。

 GMの出目は当てることには失敗したものの、26の高ダメージをインプに与えた。

『かなり効きましたね~。でも、まだ生きてます! 次はトムの番です』

 トムは悩んでいた。

 インプのHPは残りわずか。だが、自分のファイアーでは多分倒しきれないし、ミナの攻撃もインプの回避値が高いせいで当たらない可能性が高い。そうなれば、次のラウンドでミナにインプの攻撃が命中し、ミナが死んでしまう。それは何としても避けたい。GMルールによれば、死んでしまったキャラクターはそのシナリオ中に何らかの方法で蘇生させなければ次のシナリオには参加できない。つまり死んだらもう二度と使えないのだ。

 このシビアなGMルールがあるため、死人を出すのは何としても避けたい。今、蘇生スキルは誰も持っておらず、この鬼畜GMが何らかの措置を施してくれるとは考えにくいからだ。

 となれば。自分が何らかの方法でインプを倒す、または何としてもミナの攻撃を命中させるしかない。前者はいい考えが思い浮かばない。後者は……どうすればいい? 

 そもそもインプの回避値が高いのは奴の《ナイトシーカー》のせいだ。周りを明るくできればいいが……、懐中電灯など持っているはずもない。辺りは霧や靄が多く湿っているため、火打石も使えない。ファイアーを使っても周囲の草木は湿っていて上手く火がつかないだろう。

 あれこれ悩んでいたトムはやがて、自分のアイテム欄に、ある物が書いてあることで閃いた。

「……決まった。僕はドロップアイテム、ボロの布きれをミナの剣に巻き付けて、巻き付けた布きれにファイアーだ!」

 トムのアイテム欄にはこれまでの戦闘で得たドロップアイテムが記載されていた。ボロの布きれは山賊と戦って手に入れたアイテム。セッション終了時に10Gになるが、トムはこれを今使おうというのだ。

『ボロの布きれはドロップアイテムですよ?』

「だからって、使ってはいけない、なんてGMルールにはなかったぞ」

『でも……意味あるんですか』

 トムは自信満々に答えて見せた。

「あるさ」

 ボロの布きれは、おそらく見た目がボロ雑巾みたいなものなのだろう。つまり、布きれ自体は乾燥しているということだ。乾燥している物はよく燃える。

 火打石で火がつかなくとも、トムの魔法、ファイアーであれば着火するだろう。

 もし、それがミナの剣に巻いてあったら? ミナの剣の周りは炎でぼわぁっと明るくなる。その結果、インプの《ナイトシーカー》の効果は打ち消されるというわけだ。

『ん……、ダメとは言えない作戦ですね……。仕方ない。トムの作戦を認めましょう』

「やりぃ! 強いて言うならば……フレイムソード作戦だ!」

 ミナは呆れた表情で、

「あんたのセンス何とかならないわけ? でも、作戦自体はいいわね」

『次、ミナのターンですね』

「よし、トドメよ! インプに攻撃!」

 トムとミナによるフレイムソード作戦によってインプの《ナイトシーカー》の効果は消え去り、むしろ能力値が下がっている。

 結果、命中判定でミナの攻撃は見事インプにヒット。

 クレイモアの芯はインプを捉え、強烈な一撃を浴びせた。

 ずっと空中で飛んでいたインプはミナの攻撃によって地面に叩きつけられ、死にかけの蝉のように体を小刻みに震わせ痙攣していた。


『もうちょっとだったのになぁ~。惜しかったです。では、アイテムドロップです』

 ここで、今回の戦闘の功労者トムが代表してアイテムドロップのサイコロを振ることになった。

 だが、結果は……


『……ファンブルですね。ドロップなしです』


 ファンブルを出したトムがミナとテイルに責められ、インプとの戦闘は終わった。


    ~戦闘終了~


 インプは消え入りそうな声で話し始めた。

「貴様ら……本当にレベル1の冒険者か? おかしい。これまでの奴らとは……違う」

 ミナは死にかけインプの寿命をさらに縮めるかのような口調で言った。

「あなたが事件の黒幕だったのね。本物の村長はどこへ行ったの? 教えなさい!」

 すると、インプはミナに向かってほくそ笑む。

「ハッ! 今頃、あの世だろうさ。本物の村長は誘拐されてヴァンパイア城へ連れていかれたからな。俺はヴァンパイア様の使い。川の水をヴァンパイア様が好むように改変するためにここへ来た」

「……どういうことだよ?」

「トムと言ったな。お前は察しが悪いから気づいてはいないだろうが、そこのだんまりしてる野郎。テイルとか言ったな。お前……もう、わかってんじゃねえのか?」

「……いや」

「フン。カマトトぶりやがって。俺の計画はこうだ。山賊たちを利用してレベルの低い冒険者をポイ村におびき寄せる。村長のふりをした俺が、冒険者たちに山賊団のアジトへ行くよう依頼する。バカな冒険者たちは山賊の餌食。そしてその死体は川に流される。……ウッシッシ」

「あんた、ふざけてんじゃないわよ! 川の水の汚染もあなたのせいだったの?」

「シッシ。そう怒るな。なにせそれこそが俺の主目的。川の水を……真っ赤な血の味に染め上げることがな……。……ククク」

 だが、卑劣なインプの企みはギルド《蒼の騎士団》によって見事阻止されたのだ。

「ヴァンパイアは何故、あなたにそんなことをさせたの?」

「悪いのはお前ら人間だ。古来より人間は我ら魔族を忌み嫌い、排除しようとしてきた。ヴァンパイア様はそんな人間の過去の悪行に目をつぶり、友好的に人間に歩み寄ろうとしたのだ。だが……人間はそれを拒んだ。あろうことかヴァンパイア様を罠にかけ、封印しようとさえした。そんな仕打ちを受けて、ヴァンパイア様は決心なさったのだ。いつの日か必ず人間に復讐すると。お前らもいずれ感じるだろう。これから来る闇の時代の幕開けをなァ! クハハ……!」

 それだけ言うと、インプはこと切れて、やがて石になった。

 恐る恐るトムが触ってみる。

「死んだ……のか?」

「どうやらそのようだ」

「で、皆どうするの? 村長助けに行くんでしょ?」

 しかし、ミナのこの提案にトムは猛反対。

「何言ってんだよぉ! ヴァンパイアって言ったら超有名な魔族。上級魔族でめちゃくちゃ強い伝説級のモンスターだよ!? そんなのと僕たちが戦えるわけないだろ!」

「……だったら、トム。あなたは村長さんを見捨てるって言うの?」

「そうじゃない。そうじゃないけどさ、一応依頼は解決したわけでしょ。だから、あとはクレイルベインの人たちに相談するとか。僕たちよりもっと適任がいるって!」

「トムの言うことは正しいかもしれない。それでも……私は目の前に助けなければならない人を置いていくなんて……できない!」

「この……わからずや!」

「バカ!」


 ミナとトムの口論が熾烈を極める中、一人蚊帳の外だったテイルは夜空を見上げ、大口開けて欠伸を一つ。


「ふぁ~。とりあえずさ。朝になるまで休んだ方がいいんじゃない?」

 今日は激しい戦闘の連続だったので、三人は心身ともにクタクタだった。ミナとトムも口げんかは一時休戦にして、テイルの提案に乗ることにした。

 誰もいない村長の家を借りて、それぞれベッドに横たわると、もう次の瞬間には夢の世界へと旅立っていた。

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