第8話 ――蒼の騎士団――

 放課後、いつものように教室に四人は集まった。

 机をくっつけ合わせて、それぞれ席に着いたところで冬島が口を開く。

「皆さん、キャラクターシートは持ってきましたよね」

 翔一は自分のシートを取り出す。テイル・シュート――翔一のキャラクターである。

 三人がシートを忘れてこなかったことを確認して、冬島はそれぞれの机にいくつかのサイコロと一枚の紙を配る。

 配られた紙を指さして光が言った。

「澄泉、これは?」

「これは、レコードシート。メモ用紙のようなものです。では準備もできましたし、そろそろ始めますか。……あ! ひとつだけ! 皆さんセッション中はきちんと役になりきってくださいよ!」

 冬島の鋭い視線に翔一は身じろぎする。

 その一方で、光も晴人も任せておけという顔。演技何て自身の欠片がこれっぽっちもない翔一は不安を胸の内にしまいこんで言った。

「ま、やるだけやる」

 その言葉を聞いて安心したのか、冬島は笑顔を浮かべた。

「確認しておきましょう。秋川くんはテイル。光さんはミナ。春日崎くんはトム。GMは私なので、脇役や敵は全て私がやります。ナレーション的なことも私がやるので、皆さんは自分の役に徹してください」

「わかった」

「了解!」

「よっしゃ!」

 ふと、翔一が窓の外に目をやると、太陽が高く、澄み切った青空が見えた。運動部の生徒たちの掛け声も聞こえてくる。

「じゃあ、セッション始めますよ~!」

「「「お~!」」」

 GMの声に三人は腕を振り上げた。



 《セッション開始》



 ――これはどこかにある、もう一つの世界での物語――


 真紅の髪を掻き分け走っている少女がいた。少女の名前はミナ・ミルフォード。

「いきなり私!?」

『……オホン。余計な茶々は挟まないように。ちなみに、これは神の啓示だと思ってください』

「す、すいません……」

『……続けましょう』

 ミナは涙を流しながら必死に街を駆け抜ける。すれ違う人々は彼女を見て驚いたような顔をするが、声をかける者は誰もいない。それほどまでに、ミナの表情は真剣で強い意志を放っていたのである。

 どうして彼女が必死の形相で走っているのか? 答えは簡単。ミナはたった今、父親と大ゲンカして家を出てきたのだ。どうしてそんな事態に至ってしまったのかというと、ミナが突拍子もないことを言い出したからだ。

 ミナの家――ミルフォード家は、代々セントイリアス城に仕える騎士の家系。大陸随一の大国であるセントイリアス王国で代々騎士として仕えているミルフォード家の名声は国中に轟くほどであり、当然、ミナも幼いころから、騎士になるための訓練や教育ばかりを受けて育った。銀の聖騎士と呼ばれていた父は毎日のように厳しい訓練を娘に課した。

 父の厳しい鍛錬の成果もあって、先日、ミナは騎士団入団試験に合格して、晴れてセントイリアス守護騎士団騎士の称号と、その証である不死鳥フェニックスの羽飾りを手にした――のであるが。

 ミナは父親に一言も言わずに騎士団入団をきっぱり断ってしまった。当然、父親は激怒し、ミナを呼びつけるや否や、訓練用の手槍で彼女を吹っ飛ばした。これにはミナも驚いたが、あくまで冷静に彼女は自分の考えを話した。

 ミナは騎士になりたかった。だが城に仕える騎士ではない。人々の暮らしを、日常を守る。ミナはそんな騎士になりたかった。だから、騎士団には入らなかった。騎士団に入れば、そういった自分の自由な意見を通すことはできないからだ。

 だが、そうしたミナの考えは父親に受け入れてはもらえなかった。そのため、すったもんだの大バトルが生じて現在に至ったのである。

 街を駆け抜けるミナの心はもう決まっていた。もう、家には戻らない。いつか絶対に「民の暮らしを守る騎士」になって、父親を納得させる、と。そのためにはまず、色々な経験を積まなくちゃならない。

 僅かばかりのお金と必要最低限の道具・食料をウエストポーチに入れ、たった一つの愛剣である両手剣――クレイモアを背負って、ミナは家を出た。


「なっげぇ~なぁ」

『…………』

「ご、ごめんなさい……」


 ――時を同じくして、セントイリアス王国南門。門前広場では、とっても目つきが悪い細目のドワーフが、意識を朦朧とさせて歩いていた。

 彼の名前は――プフッ――トム。


「わ、笑うなよ!」


 トムは故郷の里から一念発起してこの国にやって来た。

 だが、ここまでくる間にお金も随分使い果たしてしまい、手元に残っているのは悲しくなるような金額。安宿にも泊まれそうにない。

 これからどうしようかあれこれ考えているうちに、腹の虫も嘶き始めた。しかし、食料はもう食べ尽くしてしまったし、買うお金なんてどこにもない。

 朦朧とする意識の中、トムは神に願うように天へと手をかざし、そのままその場に倒れた。


「なんか、俺の扱いあんまりじゃね?」


 ――時を同じくして、セントイリアス王国バックストリート。過激なアウトローたちの中に混じり、少年が虚ろな瞳で虚空を仰いでいる。

 少年の名はテイル・シュート。少し大きめのフードをかぶっており、体格はそれほど大柄ではない。どちらかというと小柄だ。しかしてその佇まいは只者ではない。彼は侮蔑のこもった眼差しでアウトローたちを見つめていた。


「俺……不良かよ……」

『…………』

「わ、悪かったよ! そんな怖い目で俺を見るんじゃねぇ!」


 テイルは足元に転がるボールを蹴りあげた。

 突然蹴り上げられたボールに驚いたアウトローたちは、舌打ちと共に不快な視線を向けた。テイルはため息をついて、その場を後にする。


『さて、ここからいよいよ、皆さんにもしゃべってもらいますからね!』

「お、おう」

「いよいよね……」

「俺の……扱い……」


 城下町を疾走していたミナは、南門の辺りで妙な人だかりを見つけた。

 人だかりの中にいた商人風のおじさんがミナを見つけて呼び止めた。

「おお騎士様! ちょっと助けてくだせぇ!」

「私は騎士団じゃ……」

「そんなこと言って! その羽根飾りは騎士団の証でしょ!」

 ミナの頭には騎士団の証――不死鳥の羽飾りが付いていたのである。

 ミナは若干強引に人ごみに引き込まれてしまった。

 おずおずと人ごみの中を進んでいくと、人が倒れていた。

「騎士様、見てください。かわいそうに……行き倒れですぜ」

「え、えっと……息はあるのかしら?」

 ミナがツンツンつっついても、行き倒れはピクリとも動かない。

「こ、これは……」

 周りを取り囲んでいた人々も次々に黙祷を始める始末。


「お、俺、なんもしてねぇよ~!」

『トム、サイコロを振ってください。ちなみに、1が出たらゲームオーバーですよ』

「そ、そんなぁ~」

 ――サイコロを振って出たのは4。

『フッ……』

「良かったぁ~」


 ミナも黙祷を始めようと目をつぶったその時、そいつは突然立ち上がって叫んだ。

「まだ死にたくないよぉ~!」

「あら、あなた生きてたの」

「神のイタズラで死にかけだったよ! 腹減って死にそうなんだ。何か持ってない?」

「ほら、これあげるから元気出しなさいよ」

「あ、ありがとう~!」

 行き倒れは、ミナにもらったパンを大喜びで食べ始めた。よほど腹が減っていたのか、十秒と経たずにペロリと平らげてしまった。その様子に安心したのか人だかりは三々五々に散っていく。

 いつしか人だかりはすっかり消えて、いつもの穏やかな街並みに戻っていた。

「あなた、名前は? 私は〝ミナ・ミルフォード〟」

「僕? 僕は〝トム〟。助けてくれてありがとう」

「トム? 変な名前ね。あなたここで何をしていたの?」

 トムはトマトみたいな赤い顔をして言った。

「変な名前って言うな! 僕は修行のためにこの国に来たんだ」

「へぇ……。でも、これからどうするつもりなの?」

 ただでさえ細い目をさらに細めてトムは言った。

「そうなんだよ……。じっちゃんにもらったお金ももう無くなっちゃったし。とりあえずどこかでアルバイトしないと……」

 俯くトムに、ミナは笑顔で提案する。

「……よかったら、私と一緒にギルドに行ってみない?」

「ギルド?」

「そう。私、冒険者になろうと思って、ギルドへ行く途中だったの」

 ギルドとは、冒険者支援団体の事。人々から様々な依頼を受け、それを冒険者たちに割振りしたりするだけでなく、ある程度の衣食住のサポートもしてくれるらしい。だが、その実態は謎に包まれている。

「冒険者かぁ……。まあ、修行にはもってこいだね。……いいよ。僕もミナについていくよ!」

「ありがとう!」

 ミナとトムは握手を交わした。

 その時、路地裏の方からユラリと人影が。姿を現したのは、だぼだぼのフードをかぶった少年だった。路地裏から出てきた少年は二人を交互に見て、ため息交じりにつぶやいた。

「……冒険者……か……」

 全く気配を感じさせずに姿を現した少年に二人は驚く。

「うわぁ!」

「な、何よあんた!?」

 少年は二人と対照的に落ち着いた態度。

「……別に。じゃあな」

 そう言うと、少年は再び路地裏の向こうに消えて行った。

「何だよあいつ……」

「怪しいヤツね……」

 少年を訝しみつつ、二人はギルドへ向かうことにした。向かう先は、セントイリアス王国一の大ギルド――クレイルベインだ。

『依頼とあらばどんなものでもどこへでも!』がコンセプト。

 コンセプト通り、おつかいや猫捜索のような簡単なものから、巨大なモンスターの討伐まで、幅広く依頼を請け負っている。

 冒険者たちはここで手数料を払って依頼を受け、冒険――クエストに出掛ける。そしてクエスト成功の暁には、ギルドからそれに見合った報酬金と、経験点をもらうのだ。

 冒険者には各々の強さを示す指標としてレベルというものが割当てられているのだが、経験点はレベルを上げるのに使われる。レベルが高ければ高いほど、冒険者の待遇も良くなり、また、冒険者としての名も広まっていく。そういうわけで、冒険者たちは日夜、クエストに出掛けては報酬金と経験点を稼ぎ、という生活を送っているのである。

 自分たちも、超有名冒険者になることを夢見て、二人はクレイルベインの門を開く。

 門を開くとそこには人、人、人。大勢の人でごったがえしていた。

 高価そうなピカピカの鎧を身に着け歩いている、見るからに冒険者風の人たちだけでなく、コック帽をかぶったおばさん、せかせか働いているメイドやいたって普通の服装のおっさんまで、実にバラエティに富んだ人々の姿があった。

「すごい人の数……」

「なんか、ワケわかんねぇ……」

 二人は大ギルド、クレイルベインの入り口で、その人の多さにただただ圧倒されていた。

 そんな時、ぽかんと大口開いて唖然としている二人を見つけ、話しかけてきた男がいた。

 長い口髭をたくわえ、何やら紋章の入った豪勢なマントを羽織り、とっても目立つ煌びやかな服装をしている。

「お主ら、新顔だな。名前は?」

 突然話しかけられて、二人はふっと我に返った。

「わ、私はミナ。ミナ・ミルフォード」

「ぼ、僕はトムだよ」

「ミナに、プフッ、トムか……。君達、ここに何しに来たんだ? ミルフォード家……騎士団の方は特に用もないと思われるが……」

「あ、私は騎士団ではないです。ここへは、冒険者になるためにやって来ました。彼、トムも同じです。失礼ですが……あなたは?」

「わ、ワシか!? ワシは……まあ、名乗るほどの者でもないな。ただのオイボレだ。それにしても、その年で冒険者とはなぁ……。だが、冒険者は小さなチーム、小ギルドをつくってクエストへ向かうのが基本じゃ。じゃから、最低三人は必要じゃのう」

「あと一人……」

「うーん、困ったなぁ」

 二人は頭を抱えて悩む。得体の知れない爺さんだが、言ってることは正しそうだ。確かに普通、冒険者はチームを組んで行動する。その方が危険も少ないし、何よりモンスターとの戦闘がラクだからだ。一人でクエストに挑む冒険者の話など聞いたことがない。

「まあ、誰でも良いというならば……紹介できる奴がいる」

 ミナとトムにとっては願ってもない言葉。その言葉に二人は飛びついた。

「ホ、ホントですか!? ぜひ、教えてください」

 ふーむ、と爺さんは長い口髭を揺らし、俯き加減で言う。

「そいつはなぁ……このギルドきっての問題児。とある理由で冒険者になった。だが、奴は常に排他的な雰囲気を放っていてだな、奴をメンバーに誘う奴は現れなかった。おかげで今も街の何処かをほっつき歩いて暮らしてる、やさぐれた野郎さ。そうしてついた通り名は《眠れる獅子》。その気になればすげぇ奴なんだが……まあ実際に会ってみるといい」

 ギルドきっての問題児眠れる獅子。一体どんな奴なんだ?

 ミナの胸の内で不安が大きくなっていく。

「そ、その人はどこにいるんですか?」

「フム……たぶん今は、街の東側、サッカースタジアム辺りをうろうろしてるはずだ。いつもぶかぶかのフードをかぶってるから見りゃすぐわかるはずだ」

 ぶかぶかのフード……? ミナはなんだか見た覚えがある気がしていた。

 ミナが小首をかしげていると、唐突にトムが叫んだ。

「ミナ! たぶんあいつですよ! あの南門近くの路地裏に居た怪しい奴!」

「あ、あいつって!?」

 路地裏に消えて行った怪しい少年。あいつが爺さんの言う《眠れる獅子》なのだろうか? 

 いろいろ思うところはあるけれど、まずは会って話さなくちゃ何も始まらない。

「ありがとう! 私たち、そいつを探して会ってみる!」

「そうか……まあ、がんばれよ」

 こうしてミナとトムはスタジアムへと向かう。あの少年と会って話をするために。


   * * *


 サッカーはセントイリアス王国の国技。由緒正しい歴史があるスポーツとして国中に広まっていた。人々は白球を追いかけるその姿に興奮し、感動する。そしてある者は悔し涙を流し、またある者は歓喜の声に酔いしれる。

 テイルはそんなスポーツ、サッカーが大好きだった。

 かつて若くしてサッカー界の頂点として君臨していた彼はある日を境にサッカー界を去ることになった。強すぎる彼をチームのメンバーは危険視し、嫌い蔑むようになった。それでもテイルはそうした気持ちを堪えスタジアムに立っていた。サッカーが好きだったから。

 だが、そのうちスタジアムの観客までもが彼を蔑むようになった。

 あいつがいると試合が面白くない。強いのはわかったからとっとと消えろ。

 様々な誹謗中傷が飛び交いテイルを襲う。そして、とうとうそれらは刃となってテイルの家族に襲いかかった。

 テイルの妹は、彼のプレーを嫌う人たちによってある日殺された。

 どうして妹が殺されなければならなかったのか。あいつが何をしたというのか。悪いのは全て自分ではないか。

 妹の死後、日を増すごとにテイルの心は罪悪感で満たされていく。

 それからだ――テイルが人間を嫌うようになったのは。

 今日、街で見かけた二人組もいずれ憎しみ合い殺し合うだろう。人間とはそういう生き物だ。誰かを憎み、蔑まなければ生きていくことができない悲しい生命体。神の失敗作。自分もそうした愚かでちっぽけな人間で、誰かを傷つけないためには一人で、孤独でいるしかない。だからテイルは人間を嫌い、自分自身をもまた嫌っていた。

 少年は空を見上げ、石ころを蹴り飛ばした。まるで言葉に出来ない思いをぶつけるように、思いっきり蹴とばした。

 石ころはまっすぐに飛んで、やがて壁に当たって、そして砕け散った。

 残るは砕けた石ころの残骸、ただそれだけだ。


   * * *


 スタジアムの前までやって来たミナとトムは、あまりの人の多さに辟易していた。ミナはいわゆる、箱入り娘で、トムは本人も自覚しているほどの田舎者。当然と言えば当然だ。

「……お祭りでもやってるのかしら……」

「こんな大勢の中からどうやってアイツを見つければいいんだよ!?」

 トムの言う通り。道行く大勢の人の中からどうやって《眠れる獅子》を探せばいいのやら。

 ミナもトムも必死に思案をめぐらす。だが、特に名案が浮かぶわけでもなく……。

「片っ端から聞いて回りましょうか」

「それしかなさそうだね」

「じゃあ三十分後にスタジアムの正面ゲートの前に集合ね」

「わかった!」

 二人は手分けして《眠れる獅子》の聞き込み調査を行うことにした。


   ――三十分後――


「どう、何かわかった? 私の方はさっぱりよ……」

「うーんわかったって程でもないけど、アイツはいつも路地裏でひっそり暮らしてるらしいよ。だから、ここでうだうだしているよりは路地裏を片っ端からあたっていった方が早いと思う。多分、あの爺さんはテキトー言ってただけなんだよ」

「でかしたわトム! 早速行くわよ!」

「お~!」

 それからしばらく二人はあちこちの路地裏で《眠れる獅子》を探して回った。

 だが、なかなか見つけることができず、時間だけが空しく過ぎて行った。

 そうして日も傾き始めたころ、二人はようやく件の少年を発見する。

「はあはあ……やっと……見つけたわよ……」

「疲れたぁー」

 少年は疲労困憊といった体の二人を凝視しながら言った。

「……俺に何か用か」

 ミナは空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸した後、声を大にして言った。

「私たちの仲間になってくれない?」

 しかし、少年の返答は冷たいものであった。

「は!? 意味わかんねえ。何故、俺があんたたちの仲間にならなきゃいけない?」

 トムもミナと同じく叫ぶように言った。

「僕たちがギルドに入るには、もう一人必要なんだ」

「ふーん……。でも、どうして俺なんだよ? 他の奴を探したほうが得策だぜ」

 ぐっ、とトムは口をつぐむ。

 だが、ミナはその瞳でまっすぐに少年を見据えて言った。

「いや、あなたじゃなきゃダメなのよ。私はあなたを仲間にすると、そう決めたの」

 強い意志を秘めた紫の瞳に少年は気圧される。

「あなた、強いんでしょ? どうしてやさぐれてるのか私にはわからない。そこにはあなたしか知らない理由とか事情があると思う。でも、だからこそ、あなたはその力を人々のために使うべきだと思う。私はね……冒険者になって皆を助ける騎士になりたい。あなたにもそんな夢とか目標はないの?」

「……無いよ。正確には無くなった……か。さっきから聞いてりゃ、綺麗ごとばっかり並べやがって……。俺は偽善者についていくつもりはないね。とっとと、俺の目の前から失せな。俺は人間が……嫌いなんだ。どうして俺がこうなったか教えてやろうか、偽善者さん?」

 ミナは鋭利な刃物のような少年の言動にも全く物怖じしなかった。反面、トムはけっこうビビっていた。

「聞かせて頂戴」

「……フン」

 少年は自分の過去を滔々と語り始めた。

 驚愕の出来事に二人はただ驚きそして、人の醜さを認識せざるを得なかった。

 少年が話し終えると、ミナは先にも増して強い輝きを帯びた瞳で少年に言い放った。

「……だったら見せてあげるわ、人間のいいところ。だから一回だけ私たちとクエストに行ってくれないかしら? その後あなたがまだ人間が大嫌いだったら、その時は私も諦める。だからそれまでは、協力してほしい」

「フッ、あんた、変な奴だな。……いいよ。一回ぐらいならあんたたちの冒険に付き合ってやるよ」

「ありがとう。私はミナ。ミナ・ミルフォードよ。こっちはトム。あなたは?」

「俺はテイル。テイル・シュートだ。どうせこれっきりの付き合いだと思うがな」

 二人は表情一つ変えず、ポーカーフェイスでハイタッチする。

 兎にも角にも、とりあえずこれでようやく三人そろった。


 冒険者登録をするために、ミナ、トム、そしてテイルの三人はその足で、大ギルド、クレイルベインに向かう。

 門を開いて中に入ると相変わらずの人、人、人。

 ごった返す人たちを押しのけ、三人は施設内の冒険者登録所に向かう。人でごった返したのは、依頼掲示板の辺りだけで、冒険者登録所の辺りはそれほど混雑していなかった。新規に冒険者登録をしようとする人たちが少ないからだろう。

 一歩、結界で守られている街の外に出れば、モンスターたちが推測する野山や草原といったフィールドが広がっている。こんな時代、わざわざそんな危険を冒そうという人は稀有なのであろう。危ないことは守護騎士団に任せておけばいいや、というのが普通の人の意見なのだ。

 しかし、普通ではなかった三人はそんな危険溢れる冒険者という道を進んで志願する。

 登録所のまでやって来た三人をウサギ耳の受付嬢が出迎えてくれた。

「新規登録の人達ね? それじゃあこの用紙に必要事項を記入してもらって……っと。……アラ、《眠れる獅子》じゃない。久しぶりね。珍しいこともあるもんだわ。あ、あんたはもう登録済んでるからね」

「けっ……」

 テイルは受付嬢を睨み舌打ちする。本当に素行の悪い少年である。

 ミナとトムは手渡された用紙に名前、性別、志望職業などの必要事項を記入していく。

 時間もかけずに用紙を書き終えた二人は、受付嬢に登録用紙を渡す。

「ミナさん。フムフム……志望職業は騎士ね。トムさんは……エェ~!? メイジ!? メイジって魔法攻撃を主とする魔法使いよ!?」

「うん。そうだよ」

「でも、あなたはドワーフ。差別するわけじゃないけれど、種族には向き不向きがあるわ。例えば獣人なら敏捷性を生かしたモンクやシーフみたいにね。ドワーフは元来魔法が苦手な種族でしょ? あまりいい選択とは思えないわ」

 しかし、トムは自分の意見を曲げなかった。

「僕の夢はホウキに乗って空を飛ぶこと。一族の皆にも、魔法使いになるって言ったらバカにされたけど、それでも僕は魔法使いになりたい! その修行のためにここまで遠路はるばるやって来たんです!」


「つーか……ホウキで空を飛ぶって……いつの時代だよ……」

「うるせえ翔一! 人のロマンに口を出すんじゃねぇ!」

『コホン……』

「「ごめんなさい」」


 え~っと……、トムの意志は固く、受付嬢も納得せざるを得なかった、と。

「まあ、本人がいいならいいんだけど。……後悔しないわね?」

「当たり前です!」

「じゃあ、登録はこれで終わり。あとは簡単な能力測定テストがあるから、この扉の奥に進んでください」

 剣を振って見たり、反復横跳びをしたりと言った体力テストや、ペーパー試験を受けさせられる知力テスト、そのほか簡単なテストを終えた二人は受付嬢から冒険者カードを受け取る。

「はい、これが冒険者カード。クレイルベインでの様々なサポートを受けるのに必要だから失くさないでね。これで君たちも立派な冒険者。とはいっても、まだレベル1だし、手ごろなクエストから受けてみたら。がんばってね」

「「ありがとうございます!」」

 二人は受付嬢にぺこりと頭を下げた。そんな二人に受付嬢は笑顔を向ける。

 これでやっと、冒険者になったのだ。ミナとトムはやったー、と拳を振り上げた。

 ずっと蚊帳の外だったテイルはふてくされたような顔で二人に視線を向ける。

「はぁ……お気楽だよなあんたたちは……」

「何よテイル。羨ましいんでしょ?」

「バカか。俺だって持ってるっつの」

「とりあえず、三人で見せ合いっこしませんか」

「いいわね! ほら、テイルも」

 テイルは一層不機嫌な顔つきで、仕方なくカードを差し出す。

 カードは表面に名前や性別、職業、レベルといった基本情報が載っており、裏面には能力を数値化したものと経験点が載っていた。

 当然ながら全員レベルは1で、経験点は0。

 三人の能力はこんな感じでけっこうバラバラだった。



 テイル:

 HP18 MP15 力8 速さ15 器用15 感知12 魔力5 運5


 ミナ:

 HP25 MP18 力15 速さ8 器用7 感知7 魔力8 運15


 トム:

 HP21 MP19 力8 速さ5 器用18 感知12 魔力12 運5



「ふーん結構個人差が出るものなのね」

「この数値ってどれくらいで高いって言えるんだろう? 基準が無いからわかんないや」

「ああ。俺もそれには同感だ意味ねえよコレ」

『フッフッフッ……そんなことが言えるのは今のうち。いずれわかってきますよ……』

「冬島、お前なんかキャラ変わってねぇか!?」

『…………』(何か恐ろしいオーラが放たれている)

「す、すまん」


 三人がカードの見せ合いをしていると、一人の男が声をかけてきた。

「ほっほ。カードの見せ合いとな。新人にありがちな光景じゃな」

「あ、あなたは!」

 声をかけてきたのは、長い口髭をたくわえ、煌びやかな恰好で目立つあの爺さんだった。

 爺さんは地面に杖を突きながらゆったりとした足取りで、ミナたちの方へやって来た。

「お前さんたち冒険者登録は済ませたんじゃろ。ギルドの申請は済んだのか?」

「いえ、まだです」

 通常、冒険者たちはチームを組んで冒険に出掛ける。この、チームの事は《ギルド》と呼ばれており、そのギルドがたくさん集まったのが大ギルド、クレイルベインというわけだ。

 つまり、ミナたちも冒険に出掛けるためにはギルドを結成しなければならないのである。

 とは言っても、もうメンバーは集まっている。ギルド結成要件を満たす最低人数は三人。

 ミナ、トム、テイルの三人でもう人数は満たしているわけだから、あとはギルドの申請を行うだけだ。

 爺さんは親切にも、ギルド申請の窓口を教えてくれた。

 三人は爺さんに礼を言って窓口へと向かう。

 窓口ではまたしてもウサギ耳の受付嬢が三人を出迎えてくれた。

「また、アンタかよ!?」

 トムが不平を漏らしたが受付嬢は全く気にしていない様子。

「また……? もしかしたら、あなた達が言ってるのは私の姉ね。私たち、双子なのよ」

 双子にしても似すぎているような気がしたが、ミナはギルド申請の旨を伝えた。

「新ギルドの申請ね。メンバーはミナ・ミルフォードに、クスッ……トム、それに、あら珍しいこともあるものね、テイル・シュート」

「だから笑うなってば!」

「……うるせぇな。たまたまだよ。たまたま!」

 トムとテイルの不満げな顔を余所に受付嬢は話を続ける。

「……まあいいわ。それでギルドネームは?」

 ギルドネーム。それはギルドの顔ともいえる大事な名前である。

「そういえば、まだ決めてなかったわね」

「ギルドの名前かぁ……」

「何でもいいだろ、別に」

 その時、三人の頭の中に天啓が響く。

『ギルドネームはサイコロで決めますよ。じゃあ、誰でもいいのでサイコロ二つ振ってください。あ、二回振ってくださいね!』

 三人は天啓に従うことにし、代表としてミナがサイコロを振った。

 一回目に出た目は5と5。二回目は2と3だった。

『うーんと……《蒼の騎士団》ですね』

「《蒼の騎士団》……」

「僕らに蒼の要素無いよ……」

「なんつうか……中二だな」

『き、決まったんですからこれでいいでしょ! 一応振りなおせますけど……』


 しかし、協議の結果もう一度振りなおすのも面倒だし、もっと変な名前になるのも嫌なので、納得できないものを胸にしまいこみ、ミナは受付嬢にギルドネームを伝えた。


《蒼の騎士団》――と。


「なかなかカッコイイじゃない。それでリーダーはどなた?」

 最初に口を割ったのはテイル。彼はぶっきらぼうな物言いで提案した。

「一応名前も騎士団だし、あんたがリーダーでいいんじゃねえのか、ミナ。俺を誘ったのもアンタだしな。言いだしっぺがやれよ」

 トムもテイルの提案に乗っかった。

「まあ、僕も賛成だね。なんかミナってリーダーっぽいし」

「リーダっぽいって、あんたたち……。……しょうがない。リーダーやってあげるわよ。受付のお姉さん、私がリーダーやるわ。……不本意だけど」

「リーダーはミナさん、と。……はい。申請は受け付けました。これであなたたちもクレイルベインの一員ね。クエスト頑張ってね~!」


 かくして、ギルド《蒼の騎士団》は結成された。

 ギルドリーダーはとっても長くてきれいな真紅の髪と頭に着けた羽根飾りがチャームポイントの騎士、ミナ・ミルフォード。

 メンバーは食料が尽きて、行き倒れていた、細目で天パ、ちょっと変な名前の夢見るメイジ、トム。

 そして、大ギルドクレイルベインきっての問題児。人間嫌いで、もしかしたら一回きりの冒険になるかもしれない《眠れる獅子》、テイル・シュート。

 超個性的なメンバーたちで構成されたギルド、《蒼の騎士団》の活躍は如何に……。


「何が、如何に……、だよ。今からやるんだろ」

『全く……。ジョークの通じない人達ですね……』

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