第7話 ――ペンが走り始めた――
翌日の放課後。掃除も終えた翔一と冬島は1─B教室へと向かう。今日はここでTRPGの話し合いをするのだ。
教室には暇そうな顔をした光がいた。眠かったのか、翔一たちを見て大きな欠伸を一つ。
「おつかれ~」
「……暢気なもんだな。俺らの気も知らないで」
鼻息を鳴らして光は言った。
「ふん。自業自得じゃない。まあ、澄泉には同情するけどさ」
「……澄泉?」
翔一は変わった者でも見るように光を見た。
「何よ翔一。名前の方が呼びやすいでしょ。だから澄泉も私の事、光って呼んでね」
光の提案に、冬島は困惑していた。
「えっ、でも……」
「いいから!」
もじもじしている冬島に光が一喝。
「はい……光ちゃん」
結局ちゃん付けかよ、冬島……と翔一は思う。
少し遅れて、晴人も到着した。
四人は机を合わせてそれぞれ席に着いた。
「じゃあ、今から詳しく説明しますね」
冬島は、カバンからいくつかの本と紙、サイコロを取り出して、机の上に並べた。
「まず、TRPGっていうのは、テーブルトークロールプレイングゲームの略なんです」
「なんだか長ったらしいなあ」
「はい。TRPGはゲームに参加する人たちのコミュニケーションによって物語を作る遊びです」
「澄泉、それは昨日も聞いたんだけどさ……具体的に私たちは何をするのさ?」
「参加する人はGMゲームマスターとプレイヤーに別れます。プレイヤーは自分たちが操るキャラクターを作って、GMの作った物語、シナリオを進めていきます。まあ、ゲームの流れはこんな感じですね」
晴人は頭を抱え、ため息交じりにつぶやいた。
「……よく……わかんねぇ……」
「え!? そうですか!? ……うーん……もっとシンプルに言うと、そうですね……『ルールのあるごっこ遊び』と思ってください」
「『ルールのあるごっこ遊び』……?」
晴人はまだよくわかっていないらしい。翔一も実際、何をするのかよくわからなくて頭の中がモヤモヤしていた。
「何でも自由じゃつまらないですし……最低限のルールくらいはあります。ルールや世界観をまとめて、システムというんですけど……、まあ、GMがルールだと思ってください。どうでしょう、ちょっとはわかりました?」
冬島の説明を聞き終えたものの、翔一はまだゲームの概要がピンときてなかった。他の二人もそれは同じ様で、光はキョトンとした顔で、晴人に至っては頭を抱えていた。
周りの状況を把握した冬島は、
「……実際にやってみた方が良さそうですね。……では、私がGMをやるので、皆さんはプレイヤーになってください!」
「……で、俺たちは何をすればいいんだ?」
翔一は仏頂面で尋ねた。
「まずは、キャラクターメイクですね。自分が操るキャラクターを作るんです。ちなみに、舞台は剣や魔法が伝わっているファンタジーな異世界ですよ」
「キャラクターねぇ……」
悩むよりはやってみる。翔一はペンを手に取り、紙に自分の操るキャラクターの設定を書き込んでいった。
小一時間ほどして、三人とも自分のキャラクターができあがった。
まず、光のキャラクターから。
名前はミナ・ミルフォード。紅色のロングヘアーで、あやめのような紫がかった瞳をしている人間の少女。代々お城に仕えているミルフォード家の娘。幼いころから、騎士としての厳しい訓練を受けてきた。城に騎士として仕えると期待されていたが、民のためと言って、親に反発して家を出る。性格はかなりのお人良し。
武器は身の丈程もある、両手剣――クレイモア。防具は騎士らしく、かっこいいマント付のシルバーメイル。アクセントで羽根飾りがついているのが特徴的だ。
また、光は巨乳という設定を盛り込もうとしたものの、翔一と晴人の二人が猛反対したため、ミナ・ミルフォードは貧乳少女となってしまった。光が「どこ見てんのよ! バカ!」と言って、二人に渾身のビンタを放ったのは言うまでもない。
次に、晴人のキャラクターだ。
名前はトム。このネーミングには翔一も光も、そして冬島も物議を醸した。
「お前……トムって……そんな、英語の教科書の常連みたいな名前……」
「……あんたのネーミングセンスって……」
「私も……トムはちょっと……。もう少し、捻ってもらいたかったです……」
口義地に不平を言う三人に対して晴人は反発した。
「う、うるせぇ! トムの何が悪いってんだよ!? 全世界のトムさんに謝れ!」
晴人の強い押しもあって、結局名前はトムに決定してしまったのであるが……。
晴人のネーミングセンスはさておいて。
トムは、茶色毛の天パ。目つきが悪く、すごい細目なので瞳を見た者はほとんどいない。
種族はドワーフ。小人である。魔法使いに憧れている。……が、冬島の世界観設定では、ドワーフは本来魔法の才が無く、武器等のアイテムを作る技術に秀でる種族。そのため、トムも魔法はほとんど使えない、ということになってしまった。
トムは魔法使いに憧れていることを一族に非難された。しかし、そんなことで魔法使いの夢を諦められず、一人、一大決心して、村を出て一路王都へ向かう。……という感じの生い立ち。
夢は箒に乗って空を飛ぶこと。体は小学二年生くらいで小柄だが、力があり、自分よりも大きな岩を持ち上げることができる怪力を持っている。
武器はシンプルな棒。要するにただの棒である。ローブを羽織っていて、とんがり帽子をかぶっている。
ちなみに一人称は、『僕』らしい。理由は、「魔法使いって華奢そうだから」だそうだ。
最後に、翔一のキャラクター。
名前はテイル・シュート。くせ毛が特徴のナチュラルショートヘア。空豆色の瞳。背丈は普通の人間の少年。《ファンタジスタ》の称号を持つ、スーパーMFミッドフィルダー。サッカー界でその名を広く轟かし、頂点に君臨していた。
しかし、そのあまりにも強すぎる能力のせいで、チームメンバーとの間に確執を生じたため、ある日を境にサッカー界を去った。
サッカーをやめてからは、生きる目的を見つけるため、冒険者を志す。とある事件の影響で人間が嫌い、という設定。
武器と言えるかは不明だが、スパイクシューズを履いている。サムライブルーのユニフォームを身にまとい、手にはミサンガを着けている。
剣と魔法のファンタジー世界でサッカープレーヤーという設定には多少無理があったが、冬島はシナリオに自信があるらしく、問題ないと言った。サッカーでどのように活躍できるのかと、翔一も想像を膨らませるが、一向に良い考えが浮かばなかった。
その後、サイコロを振って各キャラクターの能力値を決めたり、使用できる特技やスキル、初期装備などを設定した。
キャラクターメイクが一段落して、四人が少し休もうとしていると、突然教室の戸が開け放たれた。
戸を開けて入って来たのは、桐谷だ。
桐谷は教室内でうなだれていた翔一たちを見て一喝。
「お前ら早く帰れ!」
「き、桐谷先生!?」
翔一は突然の桐谷来襲に驚く。
「こんな時間まで残って何してる? さっさと家に帰れ」
ふと部屋の隅にあった時計に目をやると、時刻は午後六時過ぎ。窓から見える空はすでに薄暗くなり始めていた。
「えっと……部活……です」
冬島は申し訳なさそうにそう言った。
「部活……?」
桐谷は訝しげな視線を冬島に向ける。
「はい。これから作ろうと思って。……私と光ちゃん、春日崎くんと秋川くんの四人で」
「……ほう。で……何部だ?」
四人は顔を見合わせる。TRPGは部活として認められるのか? だって、部活動って言ったって……集まってゲームするだけ。そんなの認められるはずがない。そう思った翔一たちは口をつぐんでいたが、
「まさか……嘘か?」
桐谷が放つ殺気とでも形容できるものに圧倒され、冬島がおずおずと話した。
「……TRPG……部、です」
「TRPG? はっは! 私も昔よく仲間とやっていた。だがTRPGはゲームだ」
「はい……」
桐谷はため息を一つして、話を続ける。
「それで……顧問は誰だ?」
「まだ……いません……」
「そうか……」
桐谷は四人を見回す。まるで獲物を狩る狩人のような目で。その雰囲気に圧倒され、四人はゴクリと息をのむ。やがて桐谷がつぶやいた。
「……いいだろう」
「……は?」
翔一は間の抜けた声を漏らす。
「私がお前らの顧問になってやると言ってるんだ」
四人は皆驚きを隠せない。翔一でさえ仏頂面を崩してしまっていた。
「い、いいんですか……?」
冬島が尋ねる。当然イインデス! などと答えるわけではなかったが、桐谷は表情を変えず答えた。
「ただし、条件がある。セッションが終わり次第、リプレイを書いて私に提出すること」
セッション? リプレイ? 翔一にはわからない単語が桐谷と冬島の間で飛び交う。
「リプレイ、ですか? でも、どうして……?」
「部活というからには活動が必要だ。課外活動、みたいなものがな。運動部なら大会に参加したりする。文化部なら文化祭で日々の自分たちの活動を発表する。そうしなければ部活として認められない。だからTRPG部なら、リプレイを書いて、文化祭で配ればいい。そうだろう、冬島?」
「それは……そうですけど……。……わかりました。それで部の成立を認めてくれるんでしたら私がやります。でも先生は何で顧問になってくれるんですか? TRPG部なんて先生は絶対認めない、そう思っていたんですけど……」
桐谷はフンと冬島を鼻で笑った。
「確かにな。普通は部活動として認められないだろう。だが……だからこそだ」
翔一は桐谷の真意がわからず尋ねる。
「どういう意味ですか?」
「フッ……。別に、私が説明してやる義務もない。とにかく、ほら、これが申請書だ。部長が明日私のもとに持ってくるように。じゃあ、私はこれで。早く帰れよ」
桐谷はそう言い、申請書を置いて教室を去っていった。
翔一は、去り際に桐谷が、自分の方を見て一瞬だけ笑ったような気がした。
「ふう……びっくりした」
光が机にうなだれた姿勢で言った。
「でも、部活できそうじゃねえか!」
晴人は顔をぱあっと明るくさせ喜ぶ。
翔一は桐谷の行動の意味を考えていた。晴人のように素直に喜べず、むつけた表情でつぶやく。
「冬島、部長はお前でいいよな。俺、セッションとかリプレイとか、何のことかわかんないし」
「セッションっていうのは、一回のゲームプレイの事、リプレイはプレイの様子を記録したものです。まあ、レポートみたいなものですね。そんな事より、本当に部長、私……でいいんですか?」
晴人が無理やり、少し高い声で冬島に言った。
「イインデス!」
光はクスッと笑ったが、翔一は特に笑いもしない。
「……バカはともかく。お前しかできねぇだろ。俺たちはTRPGなんて昨日今日知ったばかりだぞ?」
「……わかりました。では、明日の朝、この申請書を先生に出して、放課後セッションをしましょう。TRPG部初めてのセッション……私も楽しみです」
「今度こそ……本当にTRPG部結成だな!」
晴人はガッツポーズ。冬島もそれにつられて、小さく握り拳を作る。光も顔を上げて笑う。翔一はその光景を見て、ほんわかした気分になった。
明日は初めてのゲームプレイ。まだ、TRPGがどんなものなのか、翔一には実感が無い。楽しみではあるが、不安でもある。
それは、翔一だけでなく、晴人も光も、そして冬島も同じ。
そんな気持ちを胸に抱いて、四人は教室を後にする。
その日の夜、翔一は布団の中でまどろみながら、久しぶりにあの感覚を味わっていた。試合前日の緊張と期待で心臓が落ち着かない、あの感覚を。
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