第36話 ~交差していく心~


 アイカは自室のベッドに伏していた。

 カナタの言葉が、予想外にも自分の胸に留まっていた。


“ライトさんのいない間は、僕が貴方を守りたいから”


 一体何の意味があったのだろう。


 近くにあった枕を奪うように取ると顔に押し付けて思い切り声と息を吐く。


「落ち着け、落ち着けぇっ」


 ライトが居ないからって。寂しくて、そんなおかしな風に解釈しちゃうんだ。


 彼はきっと、とってもいい人なんだ。

 そう心に言い聞かせて、枕から顔を上げた。



 カナタはエルを連れてルナシス戦艦のロビーから宇宙を見つめていた。


「宇宙……ゲームの中だっていうのに、本物みたいだ」

「ゲームとか、言ってるけど、それって何?」

「え?」


 カナタは驚いてエルへ視線を向けた。


「んー……。人間の娯楽的なもの?」

「もっとわかんない」

「だよね、ごめん」


 カナタはうーんと唸りながらもロビーから見える宇宙へと視線を戻した。


「凄いよ……。一度見てみたかった。宇宙」

「そうなのね、これからいっぱい見たらいいじゃない」

「そうだけどさ。うん、そうだけど」


 カナタは考えるように腕を組んだ。

 現実から逃げるような気持ちでゲームがしたかったけれど。

 果たして、自分はこのままここに居ていいのだろうか。


「ね、カナタ。さっきのって何?」

「さっきのって?」

「だから、アイカを守るとかどうの」

「あぁ。あれは、本当だよ。恩もあるし」

「どういう事?」

「……なんか恥ずかしいからやめない?」

「そう? つまんないっ」


 ふいっと腕を組んでそっぽを向くエルにほのかに愛らしさを感じ、人差し指で頭をかるくぽんぽんと触れたのだった。


「子ども扱いはやめてーっ」

「はいはい、ごめんごめん」


 エルの言葉に笑うカナタだった。



 ルナシス艦のカフェへ、ちょくちょく訪れるのはリーナ。リーナがアイカの事を考えつつ微笑んでいた時、マイキーはリーナの姿を見て脚を止めた。


「おっ、リーナ、何かいいことあった?」

「あら、マイキー。そうだ、ねぇマイキー。あたしさ、アイカは今絶賛モテ期だと思う」

「おお、俺もそう思った。気が合うね―」

「何よ。あんたと気が合っても嬉しくぬぁぃ」

「くぁ、何だよ全く」

「あたしは、アイカ達のこれからの恋模様を想像してたわけ」

「ほぉう。その中に俺は?」

「なんであんたが関係あんのよっ」


 リーナは隣に座ってきたマイキーのおでこを小突いた。


「うわ痛って」

「まぁ、複雑よね、乙女心としては」

「ね、リーナ誰に言ってんの」

「うっさいわね。とりあえず、あたしはアイカとライトを応援したいんだけどさぁ」

「まぁね。きっと両思いなんだろうし?」

「んでもさぁ、あたしカナタの事も見てたらこう、なんだろうな。応援したくなっちゃうんだよねぇ……」

「なんかさ、ドラマ見てる人みたいになってるよねリーナ」

「仕方ないじゃんよ! だって楽しいんだもん」


 ズズ、と音を立ててコーヒーを飲むリーナ。


「楽しいっておいおいっ、まぁ、分かるけどね。そうだ、あと俺から見てのもう一人のアイカちゃんへの想い人が居ると思う」

「え!? 誰それ!? ケイさん!?」


 リーナはマイキーへぐっと身を乗り出した。マイキーは少し顔が紅くなりつつも


「い、いやほら、ユララム」

「ユララム? え? あのユラっち?」

「そうそう、あのユラっちだよ」

「…………ぇええええええ!!!?? うそぉおおお!!??」


 リーナは持っていたコーヒーカップをダンッと叩きつけると叫んだ。


「うわ、耳キーンって言った。驚きすぎっしょそれ」

「ごほっ、ごほっ、嫌、だって、あの子がねぇって思って」

「まぁね。だけど俺も学生の時は確かに年上の人には惚れたね、うん」

「……マイキー、まさかあたしに惚れてるとか……??」

「……まだ何も言ってねぇじゃんやめてよ……ぐぇぇえっ!!」


 リーナの拳がマイキーの脇腹に強く深くめり込んだ。


 その様子を艦長席前にあるモニターを見て吹いたルミナ。


「まったく、何やってんだか。宇宙が大変な時に、平和ね」


 ルミナは艦長席のすぐ届く場所に置いてある写真立てに手を伸ばした。


「ねぇ、ケイ。そろそろいいんじゃないかな。あたしはもう、覚悟ができたわ。あなたはもう、ちゃんと帰るべき……。あなたと恋が出来て、本当に嬉しかったし、楽しかったから」


 希望を胸に抱きつつ、写真に写った、ケイの幸せそうな表情へ話しかける。写真の中のケイは、ルミナを横抱きにし、白い歯を見せて笑っており、ルミナはケイに抱っこされた事により真っ赤になって大きな口を開けて怒っていた。


「まったく……」


 ふふ、と笑みをこぼす。それとは相反して、震える指先をぐっと握るルミナだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る