第6話 人里へ降りるぞ



「今日は人里へ降りるぞ。」


 人型になったゼニスに、そんなことを言われた。

 ドリル………。


「やだ。」

「りおがやーなら、るーもやー」


 即答した。なんでわざわざいじめられることがわかっている人里まで行かないといけないんだ。

 僕はいかないよ。

 いじめられるのはつらいんだ。


 ルスカだけでも行かせるっていう案もあるけど、それもヤダ。


 だって、信用しているゼニスであっても、僕を、僕たちを裏切る可能性があるんだもん。

 完全には信用しないよ。


「ふむ………こまったのう。」


「なにが?」


 顎に手を当てて視線を上に向けたゼニス。

 何が困るのだろうか。

 とくに不自由はしていないつもりなんだけどなぁ。


「いや、リオルたちの服だ。その年だと、すぐに成長して着れなくなるであろう?」


「ん………」


 確かにそうだ。服も一着しか持っていない。

 今までは適当に水浴びしたら同じ服を着ていたけど、もう2,3着は欲しい所だ。


「………わかった。人里に下りる。」


「うむ。では行こう。」


 紫竜の里の入り口へと歩いていくゼニス。


「………? ドラゴンになって飛んで行かないの?」

「阿呆。そんなことをしたら人間たちがパニックを起こして討伐体が組まれ、私が滅ぼされてしまうではないか」


「ああ、そっか。でも、ここは標高8000mのアルノー山脈なんでしょ?」

「うむ。もちろん。歩いて下山するのだ。」


「ひえええええ」

「ひゃああん♪」



 驚きついでにルスカを抱きしめたら喜んでくれた。

 ルスカはかわいい。


 僕は生前よりはかっこいい顔立ちなんじゃないかな。頬はこけてガリガリだけど、生前よりはマシだ。

 でも、この黒い髪と翼のせいでどこに行っても忌子になるだろうけど。



 3歳の体力で下山、登山はキツイ。

 でも、僕は今圧倒的に体力が足りない。


 修行のひとつとでも思おう。


 何事も、死ぬよりはマシなんだから。



 アルノー山脈の気温は10度。


 普通に寒い。

 でも、標高8000mにしては暖かい。

 紫竜の里がある場所は標高5000mくらいのところだろうか。

 頂上に近づけばもっと寒くなるんだろうな。


 寒い気温には慣れた。でも、やっぱり暖かい服も欲しい。

 ………糸魔法で作れないだろうか。でも機織りの知識がないから無理か。


 ということで、ゼニスと一緒に下山を開始する。



「ゼニス。人里にはなにがあるの?」

「うむ、キラキラするものが多い。」


 聞いても意味がなかった。


 ゼニスはでかいリュックを背負っており、それを軽々と持ち上げている。

 人型になっても、パワーは竜とさほど変わらないか。

 すごいな。そっちの方が圧力がかかって威力の高いパンチになりそうだ、


 リュックの中には、僕たちように果物がいっぱい入っている。

 水はルスカが魔法で作り出せるからおっけー。


 お手数おかけします、ゼニス。


「あ、こんにちはー」

「こんにちはー。」

「うむ。こんにちは。」


 しばらく進むと、登山する人たちとすれ違った。

 趣味だろうか。ここ、紫竜の巣が近いけど。


「ゼニス、大丈夫なの? 紫竜の里とか近いけど、卵とか盗まれない?」


「盗まれることもあるが、大して気にしておらんな。

 大抵は私の息子たちが始末するし、あまり心配はしていない」


「盗まれたら?」


「盗まれたら、探し出してでもぶち殺すぞ。ほとんどは頂上付近に放置されすぎて忘れ去られたタマゴが騎士や研究所に売られるらしい。竜騎士用に育てられるのだそうだ。さすがに忘れ去られたタマゴまではわからぬからな。」


 竜騎士! なんかかっこいい響きだね!


「それって、紫竜の背中にのって戦うの?」


「いや、紫竜が生まれるのは、竜のタマゴをアルノー山脈で紫竜の手によって暖められたものが紫竜の子となる。

 人の手によって育てられた竜は他の竜と違い、格段に弱い『灰竜』となる。そのぶん、人間には従順だがな。」


「じゃあ、ゼニスのタマゴを、別の竜が居る里で育てたらそれはその種類の竜が生まれるってことなの?」


「うむ。私の子でありながら、種類の違う竜が生まれることもある。稀に紫竜の里で赤竜や黄竜が生まれることもあるが、それは赤竜の里や黄竜の里へと送ってやるのが通例だ。」


 竜の種類によるすみわけですか。


 そっか。そういや海亀の卵って、砂の中の温度によってオスかメスかが決まるって聞いたことがある。

 爬虫類っぽいドラゴンも卵の環境によって生まれる竜が異なるのかもしれないね


「ちなみに誰との子?」

「赤竜の族長だ。名前はジン。」


 族長同士の熱い恋。赤竜の族長のジンさん。尻に敷かれないでね。


「ちなみに、赤竜の里ってどのあたり?」


「ずっと東の大陸にあるケリー火山だ。」


 よくわからん。大陸を跨ぐって言われても、僕は世界地図すら見たことないからよくわかんないよ。


 とりあえず、タマゴの環境が暖かいと赤竜が生まれて、おそらく寒いと氷竜ヒリュウだとか水竜スイリュウだとか青竜セイリュウだとかいうんだろうな。

 たぶん気圧が低かったら紫竜?


「紫竜って竜の中じゃどれくらい強いの?」


「紫竜は色竜カラーズドラゴンでは一番戦闘能力の低い種族だ。とはいっても、一番弱いのは人間に育てられた灰竜だがな。灰竜は人間化できない。ちなみにだが、種族的には赤竜と紫竜では赤竜の方が強いが、族長同士の戦いであれば、私の方が強い。色竜カラーズドラゴン、7つの族長同士では、年季、強さ共に私は2番目となる。」


 つまり、戦い方次第ってことですか。

 こりゃあ赤竜族長のジンさんは尻にしかれるな。


 【色竜カラーズドラゴン】か。7つ、ということは………。

 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。この虹の色を指すのだろう。黄竜とか言ってたし。


「じゃあ、一番強い竜は?」

「シゲ爺………緑竜だ。奴はわたしが子供のころからジジイをしている化け物のような竜だ」


 思い出したくもないかのように眉を寄せるゼニス


「これは例外だが、色竜カラーズドラゴンでも神の使いと呼ばれる『白竜』と悪の化身と呼ばれる『黒竜』が最も戦闘高い戦闘能力を有していると聞く。そしてその仲は悪い。ひとたび暴れれば街の一つは簡単に消滅するだろう。ただ、白竜と黒竜の住処は天界と魔界になるため、現世に生息してはおらぬ。」


 また白黒。この世界は色による差別が多いね。

 それに、消滅だとか崩壊だとか多いねこの世界。でも言い伝えレベルだし関係ないだろう。

 いや、でも世界じゃなくて街ひとつ程度なら、やりかねないか。現に紫竜が僕の住んでいた村を滅ぼしたわけだし。


 それに………。ここは“色”というのが、特に大事な世界なのかもしれないな



「とはいっても、野良の灰竜ですら、人間の冒険者でいうSランクレッドクラスの強さらしいぞ。」

「ふーん」


 どうやら階級も色分けされているらしい。

 じゃあ他の竜もSランクレッドクラスなのかな。

 僕はずいぶん簡単に地に伏さしたけど、普通の人―――闇魔法が使えない人だったら、まぁ苦労するんだろうな。


 僕だって、闇魔法を使わなかったら紫竜から逃げきれなかったし。





 下山中にホワイトベアーとかいう熊に襲われた。

 3mはあったよ、かなりデカい。


 僕は怖くて失禁するかと思った。

 ドラゴンを食しておきながら熊で失禁とはこれいかに。



「ふむ。邪魔だな。」


 ゼニスはホワイトベアーを適当に蹴ると、ゴキン! という鳴ってはいけない音が首から聞こえ、ブッ飛ばされた勢いを付けたまま樹にぶつかって絶命した。

 わお



「あのホワイトベアーって、強さは何ランク?」


「ふむ。Bランク《イエロー》ってところだろう。」



 普通の冒険者なら、相手にならないくらいかな。

 それすら倒せるソロの冒険者ってかなり強いんだろうな。


 やっぱり体を鍛えよう。


 そういう風にかっこよくなりたい。


 さっきすれ違った登山客はあのホワイトベアーを倒せるのだろうか。

 倒せなそうだ、趣味で登山をしているようだし、雪も降っていない山で白熊に出会っても、すぐに見つけられるだろう。

 ということは、白熊は強いけど、わざわざ戦わないなら、保護色にならない白熊の対処は簡単だということか。


「あ、ゼニスさん。お久しぶりです。」


「うむ。久しいな。今日はホワイトベアーが現れた。気をつけろよ。」


「はい、ありがとうございます!」



 すれ違うたびにゼニスに挨拶をする登山者。

 ゼニスはこのアルノー山脈では有名人なんだろう。


 人型は。



「ゼニスが紫竜だって知ってる人は居るの?」


「いないはずだ。竜人だとは思っているだろうが、人間に温厚な私がドラゴンのはずがないと、そう信じておるようだ。滑稽よの。私だって竜型で遊牧民の家畜を堂々とを襲うというのに。」



 ふははと笑いながらそう語るゼニスにとって腹が減っている時は人間も食料でしかないようだ。


「じゃあ、僕たちはゼニスにとっては非常食?」

「む、ははは! そうだな、腹が減ってはリオルとルスカを食べるとしよう!」

「ぜにす、るーをたべるの? ふえ………やだよぉ、たべないよね………?」

「うむ、もちろん冗談だ」


 ルスカがかわいい。

 涙目でゼニスに懇願するルスカ


 ゼニスは豪快に笑ってルスカの頭を撫でた。


 聞けば、人型の時は腹が減ったら普通に飯を食うらしい。

 人型と竜型の違いはなんだろう。


「まぁ実を言うと、私に限って言えば、距離を置かれたらリオルたちに勝てる自信がない。私がリオルに襲い掛かったら、リオルはどうする?」

「ま、その時はぶっ殺すけど。」

「うむ。つまりそういうことだ。」


 なるほど、僕の魔力はSランクレッドに相当すると。

 無敵じゃないか。


 とはいえ、それでも僕は卑屈になる。

 僕は忌子だよ。Sランクレッドになったって忌み嫌われるのが目に見えている


「とはいえ、この程度の距離であったならば、リオルが何かする前に止めることはできるがな。試してみるか?」



 挑発的なゼニスの視線。「やってみろ」と言っているが、ああ、直感でわかった。

 僕が魔法を発動するようなそぶりを見せた途端、僕は意識を刈り取られるだろう。


 ゼニスはSランクレッドクラスの紫竜を率いる族長だ。歴戦の猛者を相手に、完全に素人の僕がかなうわけがない。

 僕たちの村を襲ってきた竜とは、格が違うのだ。

 おそらく、10倍重力程度なら、力技で突破するだろう。族長であるゼニスなら、それだけの力を持っていて当然だ。



「やめておくよ。ゼニスが近くにいて、勝てるイメージが沸かない」

「懸命だ」

「というか僕、暴力とか嫌いだし………僕に何もしないのなら、僕は何もしないよ」


 冒険者はあきらめようかな。

 宝石商人にでもなろう。充分金儲けできるはずだ。

 あー、でもこの髪のせいでいわれのない罪を問われて詐欺扱いされそうだな。


 髪の色はどうしようもないから、バンダナでも巻くとしよう。


「りーおー。つかれたー。」


 おっと、ルスカが疲れたと言い始めた。

 僕より体力があるのに、情けない。


 僕は疲れても我慢できるよ。

 というか、生前から我慢しかしたことないもん。

 でも、ルスカが疲れたというから、僕も休むことができる。


 ………ん?


 そうだよ、ルスカが休むと言わないと、僕はいつまでだって歩き続けるはずだ。

 ルスカは休憩中も草木に身体を突っ込んで木の実を食べたり食べられる草を探してみたりして走り回る。

 疲れていないんだ。


 ルスカが僕に気を使っていたんだ


 うわぁ、情けないな、僕。



 3時間くらい歩き続けて、ようやく休憩する。


 ここは紫竜の里から10kmくらいだろうか。まだまだ先は長いね。

 ドラゴンの姿になったらすぐに着くだろうけど、ドラゴンは寿命が長い。


 特に急いでいないなら、ゼニスにとってこの下山は単なる余興だろう


「りお、ばったみつけたの! はい!」

「ありがと、るー」



 ルスカが捕まえてきたバッタをはむはむと噛み潰しながら、体力の回復に努める


 人里についても、何事もなかったらいいんだけど………。



「おいしくないの………」

「るーは食べちゃダメっ! ぽんぽん痛くなっちゃうよ!」


 虫を食べる癖、治さないといけないな………。

 先は長そうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る