Ⅱ 消失 ――消え行く日々の話
幸せな日々に訪れた非日常。男にとってそれが全てだった。
初めて『それ』に気が付いたのは2日前のことだった。
初めは気のせいだと思っていた。
しかし『それ』は確実に身の回りに起こっていた。
俺は確かにここに存在していた。俺はそのことを確認したい。
もう俺たちも限界かもしれない。
だから今、俺は『それ』についてを、思い返していく。
誰かが、この日記を読んでくれているであろうことを信じて。
7月21日(月)
「泰介! 早くしないと遅刻するって」
朝から蝉時雨が鳴り響く暑い夏の日。どこからか俺を呼ぶ声がした。
夢と現実の境界をうろうろしていた俺はその声がどこから発せられている声なのかを必死に模索していた。
「泰介! 起きてって!」
段々とその声が近づいてくる。ぼやけた響きから脳へクリアに響き渡る声へと変化していく。
俺、
高校の頃から何をやっても中の中。
勉強をやっても中の中。運動をやっても中の中。
芸術的科目はどうだかわからん。俺にはそういうセンスは無いから。まあ、無い時点で人並みとも言いがたいのかもしれん。
そうして俺は普通に高校に通い、
普通に友達と遊びながら、普通に勉強して、普通に受験して、普通に国立大学に入学し、親から離れた一人暮らしが始まった。
そんな俺をこんな朝早くから執拗に目覚めさせようとする声。
「泰介、ぼーっとしてないで早く起きてよ! 1限の菊池先生って出席点が試験に凄い反映するんだから!」
「うーん、もう今日はサボっていいんじゃね?」
「だめ。先週もサボってたでしょ! 次は無いって言われたばかりじゃん!」
「えー、んじゃあアカリが出席簿に俺の名前書いといてよ」
「……はあー全く。今日だけだからね」
彼女は、皆川アカリ。
高校の頃の俺は非リア充。自分から声をかけられる女友達なんてこれぽっちもいなかった。
そんな俺が大学生になり始めてできた彼女だ。
大学での俺は決して俗に言う『ぼっち』ではなかった。ただ、いつもつるんでいる友達が、俺は履修していない講義の時間だったため仕方が無く食堂で『ぼっち飯』を極めていた。
どうしてだろう、高校の頃は一人で飯を食うなんて物凄い抵抗があったのだが、大学に入るとそんな抵抗は微塵もなくなっていた。
毎週その時間は一人で食堂にいた俺は、ある日窓際で同じく一人でポツリと居るアカリに目を奪われていた。
さらっと透き通るような長い髪。
太陽のように眩しい白い肌。
全てを吸い込むような大きな目。
決して派手ではないその洋服はとても上品に感じた。
彼女は今まで俺が会った全ての女性を超越していた。俺が通っていた高校に彼女のような女性はいなかった。
週を重ねるごとに彼女の存在は俺のなかで大きなものとなっていった。
そんな彼女とどう出会い、どんなことで付き合うまでに至ったのかなんて正直覚えていない。でも本当に運命の出会いって覚えていないものだと思う。
まあ、そんなことを記すにはいくら時間があっても足りないほど彼女は、俺の人生の中で大きなものであるということなんだけども。
彼女いつの間にか俺のそばにいた。アカリは俺の全てだった。
そんなことを思いながら、目を瞑っていく俺にアカリは怒号を浴びせた。
「ちょっと泰介、二度寝しないの! せめて洗濯とか掃除とかはしといてね」
「しなくても十分だよ、いつもアカリが掃除してくれてるから綺麗だもん」
「だーめ。こういうのは習慣なの。しなくなると永遠にしなくなるんだから」
「それじゃあ行ってくるね」
玄関でアカリを見送ったとき既に俺の眠気はどこかへ吹っ飛んでいた。
何をしようか、まずは空腹を満たそうとアカリが用意してくれたであろうトーストを食べる。
しかしここで俺は違和感を覚えた。いつもはアカリが用意してくれているはずの目玉焼きが食卓にない。
俺の目の前にあるのは大きな皿だけである。
まあ、少しおっちょこちょいのアカリは皿だけ用意して目玉焼きを作らなかっただけだろう。
このときはそう思い、卵を冷蔵庫から取り出しキッチンへ向かった。
* * * * *
それなりに有名なお笑い芸人がキャスターを務める朝の情報番組を見ながら俺はアカリに言われた通り掃除をやろうと重い腰を上げた。
昔からなんでも人並みを続けてきた俺は、やれと言われたことは一応責任を持ってやる。
まあ、言われないことは一切手をつけないんだが……。
掃除機を持ち、普段アカリが丁寧に掃除をしてくれているお陰で綺麗に見える床を何往復もさせる。
使った後は剥がして捨てるだけのモップを持ち床の隅を掃除する。
適当にそれなりの掃除が終わる。
まあ、特にマメでもなければ綺麗好きでもない大学生男子の掃除なんてこの程度である。
と、思ったがアカリが今朝使ったであろうキッチンの掃除もすることにした。それ以上に先ほど俺自身も使ったのだが。
そうしてキッチンに向かった俺はおかしなことに気がついた。
先ほど目玉焼きを調理したときに使いっぱなしだったフライパンがそこにはなかった。
勿論、まだ片付けはしていないし、先ほど棚に戻した記憶もない。
俺はいつもフライパンをしまっておくはずの棚を開いてみた。
フライパンはそこにもなかった。
おかしい、確かに俺は先ほどフライパンを使ったはず。
誰かがキッチンに侵入してきて、フライパンのみを持ち去ったのか?
だとしたら驚くべき変人である。
それに俺に気づかれないようになんて不可能だ。
まあでも確かに、アカリが出て行った後、玄関の鍵を閉めた覚えは無いが。
俺はその場に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
さっき使ったばかりのフライパンが突然消失したのだから。
今思えばこれが全ての始まりだった。
いや、本当はもっと早くから始まっていたのかもしれないが。
* * * * *
「嘘ね。絶対泰介が壊しちゃったんでしょ。だからそうやって怖い話にして誤魔化そうとしてるんだ」
「違うよ、まじだって! 無くなったんだよ」
「はいはい、大丈夫。別に怒らないから。今度新しいフライパン買いに行こ?」
「違うんだって……。信じろよ」
アカリが大学から帰ってきたのは午後5時頃だった。
それから仕方なく俺たちは外食をしに出かけ、帰ってきて今に至る。
時間は午後8時。
外食先を悩んだのと、ゆっくりと夕食を取っていたためこんな時間になってしまった。
「もう疲れた。私、シャワー浴びてきていい?」
「ん、ああ。いいよ」
「それとも……一緒に入る?」
「い、いや、いいよ! 別に」
「いいよって、どっちの意味よ」
そりょあ、入りたい気持ちもあった。
しかしフライパン消失事件の件を信じてもらえなかったのと、明らかにアカリが俺を茶化しているのが伝わってきた為、腹立たしく感じた俺はその後、丁重にお断りという名の無視を決め込んだ。
むっとしたアカリが風呂場へ向かい、俺はバラエティ番組を何気なく見ていた。
いつもと同じ薄い箱の中から聞こえる笑い声。そんなテレビを見ているときに、再び俺は違和感を覚えた。
何かがいつもと違う。違和感は、バラエティ番組内からではない。
俺の部屋のテレビ付近がいつもと違うのである。
何が違うのか、そこにあるはずのものが無い。
いつもと何かが足りない。いったい何が足りないのか。
模索する俺はそれに気がついた。
そのとき、
「泰介! 泰介! ちょっと来て!」
俺を呼ぶアカリの声が聞こえた。
不思議に思いながらも俺は風呂場へ向かった。
「どうした、アカリ」
そこには透き通るような純白の白い肌に、長く濡れた髪が張り付いている裸のアカリが居た。
「う、うわ。ご、ごめん!」
咄嗟に後ろを振り返る俺。
彼女であるのに突然の女性の裸に動揺してしまった。
情けない。
アカリは濡れた髪を掻き分けながら、潤んだ瞳、大きな眼差しで俺に訴えてきた。
「泰介、シャンプーとか捨てちゃったの?」
「……え?」
風呂場の中を確認してみる。
すると、いつもあるはずの場所にシャンプーとリンスのポットが無い。
「無い、あれ? どうして」
「泰介、お願い。間違って捨てちゃったんでしょ? それならもうネタばれしてよ、怒らないから」
「違うよ! 本当だ……俺は今日、ここは掃除していない」
「ならどうして? まさか泥棒?」
「今日は俺ずっと部屋に引き篭もってたんだぞ。なのに俺に気づかれないようになんて無理だろ。それにシャンプーポットとかフライパンとかだけ盗むなんておかし過ぎる」
「だったらどうして消えたっていうの?」
わからない。どうして部屋から急にモノが消えてしまったのか。
何か俺たち一般人じゃわからない科学的作用若しくは自然的作用が起こって……。
いや有り得ない。もはやこれは科学とかそういうトリックじゃない。
部屋から普通にあるはずの物体が無くなった。
液化もしなければ気化だってしない。
だったら『何』が原因なのか。
そして、背後の風呂場で不安がるアカリを尻目に俺はリビングへと戻ってきた。
先ほどテレビを見ていたときに感じた違和感の正体。
それはいつもテレビの横に置いていたアカリお気に入りの香水セットが消えていたことだったのだが、そんなことはどうでもよくなってしまうほど更なる変化であり現実が俺を衝撃させた。
さっき見ていたはずのテレビが、もうそこには無かった。
アカリの声が背後から聞こえてくるばかりで、部屋には先ほど聞こえていたお笑い番組の笑い声は消滅し、深く重い沈黙が俺たちを覆うように圧し掛かってきた。
7月22日(火)
この部屋はおかしい。
俺もアカリも目は瞑っていたが眠れずに夜を明かした。
何故だか何を喋っていたわけではないのに、お互いが寝ていないことだけはわかっていた。
この部屋に入居してから3ヶ月ほどになるが、こんな不可解な現象は今までになかった。
俺は夢を見ているのではないかと何度も思った。
何度も目を瞑り、目を開けて、瞑り、開ける、そんな作業を繰り返した。
だが現実は何も変わらなかった。俺の周りのモノたちが次々と消えていくこの現象は昨日だけで終わることはなかった。
「ねえ泰介。今日は学校に行こう? 私、あんまり部屋に居たくない」
隣で俯いていたアカリが少しクマのある目で俺を見つめ、そう訴えてきた。
いつもなら二度寝することしか考えていない俺も流石に今日ばかりはそんなことを考える余裕すらなかった。
眠っていたというよりも、目を瞑っていた長い長い夜が明け、朝日と共に目を開けると、俺の頭の下にあったはずの枕は消えていた。
部屋のどこにも見当たらず完全に消滅していた。
アカリも自分の腕時計が無いと探していたが、「きっと学校に忘れてきたの」と必死に作り笑いを浮かべていた。
ただただ怖かった。
自分とアカリの身の回りのものが理由も無しに消えていく。
そのことが現実であることを受け入れるのが怖かった。
ポルターガイスト現象を知っているだろうか。
誰もいない空間、起こるはずもない時間なのに、突然の壁を叩く音、ラップ音や、物の移動、浮遊、発火などが起こるオカルト現象である。
しかし、今この部屋で起こっている『これ』は違う。
一瞬のうちに、まるで手品のように消えるのだ。
普通だったら寝ているとき自分の枕が突然無くなったら気がつくはずだ。
だが、気がつかなかった。
おかしいのは部屋だけでなく俺自身なのだろうか。
俺とアカリは大学の食堂で朝食を取ることにした。
俺の大学の学食は朝食セットがあり、いつもより格段に安く定食を食べることができるのだが、朝早くのサービスのため講義がある学生や、事務員、教員以外はほとんど人がいない状況だった。
俺とアカリは窓際で朝食を取ることにした。しかしアカリは食欲が無いからと定食は頼まなかった。
正直俺も食べたいとは思わなかったが、無理にでも腹に飯を押し込んだ。
「あれ泰介、おはよう。珍しいな」
後ろから急に声をかけられ驚いたがそれなりに聞きなれたその明るく聞き取りやすい声でその正体がすぐにわかった。
「おう、祐平おはよう。どうしたんだよ、こんな朝早く?」
俺が大学に入りだいぶ初期のあたりから仲良くなった友人の一人である。
初めは、髪も明るく染めて、チャラそうな印象で、余り関わりたくないと思ったが、すぐにその印象は崩壊した。
明るく周囲を楽しませるそのキャラと、相手の気持ちも考えられ、気配りもできる。
周りの空気も読めて、今、自分がすべき事をすぐに察知できるような所謂『イイ奴』である。
その容姿も、男の俺から見ても、おそらく世間でいうイケメンというやつで、恐らくだが女関係も絶えたことが無いだろう。
おまけに勉強もできるしスポーツもできる、正直いうと俺の全スペックより一段も二段も上な存在である。
でも祐平の性格からか勿論全く憎めないし、友達として俺はコイツのことが気に入っていた。
「いやこっちの台詞だわ、泰介。最近サボってばっかで見ないと思ってたら今日はこんな朝早くから。なんかの講義かよ」
「ま、まあ、そういうわけではないんだけどね」
「そっか。俺は今日1限からだからさ」
「あ、そうなのか、大変だな」
「ああ、だるいよ、朝から。しかも小テストだぜー。もう泰介に変わってほしいよー」
「ははは、ふざけんなって。俺が変わったら赤点叩き出してやる」
「うわ恐ろしや! なら止すことにするよ」
「おう、まあ頑張れ」
「おう、ちょっと早めに行って勉強でもしてるよ。俺が行っちゃって寂しくな~い?」
「馬鹿、気色悪いからやめろ」
「ははは、じゃまたな」
祐平はしんどそうにしながらも笑って去っていった。
アイツは偉いな、俺とは違って。
そう思いながら前を見るとアカリが俺を睨みつけてきた。
「おわ! な、なんだよ」
「なんでも」
おそらく、アカリが居たのにアカリを放って置いて、俺が祐平と話をしていたため機嫌を悪くしたんだろう。
「ごめんごめんって」
「知らなーい」
アカリは顔をしかめていたが、日常がなんだかいつも通りに戻ったような気がして俺は微笑ましくも思った。
* * * * *
ゆっくりと鍵穴に部屋のキーを差し込み、回す。
隣にいるアカリもどこか緊張しているようである。
何も変わっていてほしくない、何も消えていないことを祈って、大学から帰宅した俺とアカリは部屋へと入った。
今日はフルで講義に参加したため、大学から出たのは午後5時。
共に講義を受けた祐平に別れを告げ、俺とアカリは夕食を食べに行った。
外食を済ませた俺たちは帰宅して午後7時の今に至る。
部屋の明かりを玄関からキッチン、キッチンからリビングと順番に点けていく。
リビングの明かりを点けたときだった。アカリはその光景を見て膝から崩れ落ちた。
テーブルが無くなっていた。
少し見渡すと本棚も時計も冷蔵庫さえなくなっていた。
「いや……どうして、どんどん無くなるの? わからない、怖いよ」
俺は何も言い返せず慰めることもできなかった。
この部屋はやはりおかしい。
まるで部屋自体が俺の『モノ』を喰っているみたいだ。
この世界には共食いというものだって存在する。
基本的には同じ種族のものが同じ種族のものを食うなんて有り得ない。だがしかし、そういう行為も存在しないなんてことは無いのだ。
そういう行為をする存在は俺たち普通の人間からしてみれば異常行為、非日常的行為かもしれない。
その状況を目の前にしたとき『狂っている』と、俺はそう思ってしまうかもしれない。
それは肉食とかそういう野生動物だけにいえることではない。
そういえば、どこかで聞いたことがある。
人間が人間を喰うなんて話を……。そのことをなんていったかなあ……。もう覚えてはいないが……。
家が家具を喰うそれは、共食いなのだろうか。
目の前で起きているこの消え行く現象は家具が部屋に喰われているのかもしれない。
この部屋にとって俺たちのモノはただの獲物に過ぎないのかもしれない。
7月23日(水)
目を覚ますと隣ではアカリが俺に寄り添って寝ていた。
寝ぼけ眼でスマホの時計を確認した。午前9時34分。
アカリに目をやる。昨日ずっと涙を流していたせいか瞼が少し腫れていた。
昨日は全く寝れなかったが、今日は疲労のせいだろうかすんなりと眠ることができた。
「今日は不動産屋に行こう」
どうして今までそのことを思わなかったのか。
今日は初めてそのことが頭を過ぎった。
そのとき背中に感じた硬さ、今まで寝ぼけていたのか気がつかなかったが、ベッドさえ無くなっていた。
もう何も感じなかった。
非日常的出来事だったこの現象は俺の日常になりつつあった。
次になくなるのは何か。
もはや雑に隅に追いやられた衣服。雑貨類、スマホなどしかこの部屋には残されていない。
「アカリ……」
起こそうとしたが久々にぐっすりと寝ているアカリを見て、起こすことが可哀相に感じた。
不動産屋はこのアパートのすぐ近くである。相談をして帰ってくれば15分もかからないだろうか。勿論、相談時間によるが。
こういう事案が起こったのは俺たちが初めてなのだろうか。前にもあったのだとしたら……。
いやもうなんでもいい。早くこの部屋から出たい。
そう思い、手早く私服に着替え、ぐっすりと寝ているアカリを残し俺は部屋を出た。
* * * * *
「モノが消える……?」
疑う眼で不動産屋は俺を見てきた。
「はい。部屋のものが消えていくんです、過去にそういった事例などないでしょうか?」
「……お客さん。大丈夫ですか? 何言っているのかわかってますか?」
「……え?」
「そんなことあるわけないでしょう? からかうのはやめてください。私どもが紹介している物件でいわくつき物件なんかありません」
「でも……本当に」
「お客さん、熱でもあったんじゃないですか? 幻ですよ、そんなこと」
絶句。ただそれだけだった。
よく考えてみた、そりゃあそうだ。誰がこんな話を信じられる。
部屋からモノが消える?
泥棒が入ったならまだしも、自然とそんな現象が起こるはずはない。だが、まさか本当に気のせいだというのだろうか?
「はあ。それじゃあ後で一応は部屋に伺わせてもらいます。そんなことはないと思いますが」
「よ、よろしくお願いします……」
その一言を言われてしまったら俺はもうこれ以上何も言えなかった。
そのまま静かに席を立ち、出口へ向かった。
* * * * *
部屋からモノが消える。あの部屋はモノを喰っている。
アパートへと戻る道のりで俺は何やら嫌な予感を感じた。
あの部屋にいる時点で、俺たちは蜘蛛の罠にかかった蝶。
つまり『獲物』であると。
「アカリ……?」
悪寒。衝撃。
自分の思い過ごしであるとは思いたかったがすぐにその場から走り出した。
どうしてアカリをあんな部屋に置いてきてしまったのだろう。
まさか違う。今までモノは無くなって来たが、俺たちは無事だった。
大丈夫、大丈夫だ……!
そんなことあるはずが無い。
まさか、『次に消えるのはアカリ』であるはずがない!
* * * * *
部屋の鍵を開け、ゆっくりと部屋に入っていく。
最早ほとんどモノが無くなった、まるで空き部屋のような部屋を進んでいく。
そしてリビングへのドアを開けた。
「アカリ?」
アカリは床で静かに眠っていた。
良かった……。
何よりも目を覚まして俺がいないことに恐怖を感じ、悲しませずに済んだという意味でも本当に安堵した。
こんな部屋にアカリを一人残して行くなんて余りにも軽率だった。
でも何もなくて本当に良かった。
俺はアカリの側まで行き、アカリの肩に手を当て揺さぶった。
「アカリ、そろそろ起きろ」
ふとアカリの体に目をやった。
そこにはアカリの下半身が無かった。
血だらけの床。
瞬間、襲ってくる寒気と吐き気。
「アカリ……?」
嘘……。
「アカリが消えた?」
おい。
「俺たちは獲物」
有り得ない。
「馬鹿な」
部屋が喰っているんだって。
「共食い?」
ふとアカリの上半身の切れ目から続く血が差す壁を見てしまった。
壁一面に男の大きな顔があった。
その顔を静かに俺を捉えていて不気味に笑みを浮かべていた。
そのとき俺の背後から俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。
『タイスケ』
あ……そうだ。
今、思い出した。
共食いの話。
「人間が人間を喰うこと……それはね、カニバ
7777月222224日(mummo木ku)
ダイジョウブ モウヘイキ ゲンキ
* * * * *
「続いてのニュースです。○×都内アパートにて都内大学に通う学生西村泰介さん18歳が遺体となって発見されました。亡くなられた原因は不明で現在、警察による司法解剖が行われているとのことです。当番組では同じ大学に通う西村さんの友人に話を伺いました」
画面に髪を染めており顔立ちの整った青年が映った。
聞き取りやすい声であるが、どこか悲しげなトーンで、気持ちも沈んでいるようである。
「彼は僕が大学で初めてできた友人で自殺は絶対にないと思います。それに誰かに恨まれるようなことをする奴でもなかったし、すごくいい奴でした」
「最近西村さんにおかしな様子などはありませんでしたか?」
「おかしな様子ですか? ……いや特になかったと思いますけど。でも泰介は俺といるとき以外はほとんど一人で、いつも食堂の窓際のところで一人で飯を食ってたんですよ。だから大学での交友関係は余り広いほうではないと思うんですけど。でも一人でいるときも楽しそうで。一人が好きな奴だと思うんですけどね」
「西村さんのご自宅には行ったことは?」
「ええ、ありますよ。少しだけ。でも泰介のやつ、まだ引越し仕立てだからしょうがないのかもしれないんですけど部屋にモノをほとんど置いてなかったんですよ。ほんとこれでよく生活していけんなってくらい。例えばテレビとかも無かったですし、ベッドとかも。寝るときはいつも布団で腰が痛いよって言ってましたけど」
「なるほど。あと最後にもう一つ質問をよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「西村さんのご自宅から日記帳のようなものが発見されました。そこには皆川アカリという同じ大学の彼女がいたそうですが、ご存知でしょうか?」
「皆川アカリ……? いえ聞いたことありませんね。同じ大学だったら僕も会ってると思いますし、それに泰介に彼女なんていなかったと思いますけど」
end
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