chapter 3 前兆 -3
3 4月15日 胡桃沢桜
「桜!」
たまらず陽太は先をふらふらと歩く
桜と呼ばれた少女はその声に反応してゆっくりと振り向いた。
「陽太?」
肩にかかる綺麗な黒髪に、シャンプーの香りを乗せ、透き通った肌に、くりくりの丸い目が陽太の姿を捉えた。
「大丈夫なのか?」
「うん、いつもみたいにちょっと休めばすぐ良くなると思うし」
桜は陽太との幼稚園からの幼馴染である。物心がついたときから一緒に居て、お互いのことをよく知っていた。
陽太は桜の体が弱いことも知っているし、桜は陽太が今のクラスの現状を嫌っていることもよく知っていた。
陽太も桜もお互いに恋愛という関係を意識したことは無いが、おそらくそれ以上に深い絆のようなものは感じているはずである。
「無理すんなよ。いつもみたいに急に倒れられたりしたら、焦る」
陽太は桜の顔色を窺いながらいった。
「へへ、ありがと。でも別に陽太まで抜け出す必要なかったんじゃない?」
「……んー、そうだな。ま、綺麗な空気吸いたかったし。なんか授業抜け出すのってちょっとカッコいいじゃん?」
「そんなダシに私を使わないでよー」
「ウソうそ、冗談冗談」
笑いながら照れ隠しをしたつもりの陽太であったが桜には見破られていた。
「陽太は相変わらずだね」
「? なにが?」
「人の心配してばっかり」
「は、はあ? してねえよ! ばーか!」
「はいはい、了承了承」
「うるせっ」
怪訝そうな陽太をよそ目に、ふふっ、と無邪気に微笑み、桜はひとつ息を吐いた。
「なんか陽太と話してたら元気になってきた」
「……。お前ほんとに具合悪かったんだろうな?」
「まじまじ!」
と言って桜は陽太の腕をぐっと掴んだ。
「ね。ちょっと屋上行かない?」
「屋上って……授業は?」
「だって綺麗な空気吸いたいでしょ?」
* * * * *
すーっと自分の体内と外の空気を交換するように桜は大きく深呼吸をした。
陽太はその隣で呆れ半分で桜を見つめている。
宵崎高校の屋上は誰でも自由に行き来することができる。他の高校では屋上への侵入は禁止されている高校もあるようだが。
いや、この宵崎高校も少し前までは閉鎖されていたのだが、どのみち今は自由に使える空間である。
桜は柵に掴まり屋上から見える景色を一望する。しかし校庭では1年生が体育の真っ最中で。ということは勿論、そこには教師も一緒にいるわけで。
1年生の体育の教師といえば、あの厳しい海藤である。
陽太も1年生の頃に一度だけ体育着を忘れ、かなり怒号を浴びたものだった。
3年生とはいえ、もしも授業をサボって屋上にいるなんてばれたら……。
そんな嫌なことを思い出し、陽太は桜を屋上の端から引き剥がす。
「あ、あぶねえ、って」
「? 大丈夫、大丈夫。まさか落ちないよ」
「う、うん。まあ、そうだけど。か、簡単に超えられそうな柵じゃん?」
「んー……陽太さー」
一気に声色を変える桜。
こんなときは何か気分の良くないことを話そうとしているのだと陽太は知っていた。
「私たちのクラスっておかしいよね」
「……?」
「学校、楽しくないよね」
「……ああ、そうだな」
「私たちみたいなのって中流階級っていうんだって、クラスの中で」
「中流階級?」
「B軍、ともいうらしいよ」
「Bって、何?」
「A・B・Cって3段階あって、真ん中だね」
「ふーん……で?」
「2番目に偉いってこと……? いや違うか。たぶんいつでも虐げられる立場になる存在ってことかもね」
「くだらねーな。誰がそんなこと言ってたんだよ」
「五十嵐君」
「五十嵐って、あのうるさい奴か? いつもチャラチャラしてて仲居ミキとつるんでるよな?」
「A軍の中でリーダーみたいな感じでいる男子だよ」
「……うーん。桜の気にしすぎだって」
陽太は桜から視線を外して答えた。
「そう、なのかな?」
「冗談だろ……そんなの」
「……おかしいよ、同じクラスメイトなのに」
暗い表情で桜は俯く。
否定やはぐらかすようなことはしたものの陽太自身も、クラスの状況はしっかりと感じ取っていた。
勉強なんかできなくても、顔がイケてて、人気があり、何かを話せば回りが付いてくるような、所謂カリスマ性があればA軍となれる。
そして他の連中はA軍の顔色を見定めながらご機嫌を取り暮らしていく。
つまりB軍・C軍はA軍にとって『自分たちの暴力的カリスマ性を確認するため』の道具にしか過ぎない。
そして、もうそれはどうすることもできないほど巨大に膨れ上がっていた。
昔から正義感が強かった陽太でももう立ち向かえない。何をしてもクラスの状況は変わらない。それは歴然としていた。
「桜! 今年って俺ら受験だろ?なんとな~く受験も落ち着いてきたら、卒業旅行一緒に行くか」
「! ほんとに言ってる?」
「ほんと。だからさ、あと1年も無いんだから元気だして行こうぜ。気にしすぎたら体にも悪い」
「うん! よっし、じゃあ約束だからね」
桜さえ元気で居てくれたらそれでいいと、陽太は切実に願っていた。
そして二人は指を交差させ、お決まりの文句を呪文のように繋ぎ合わせた。
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