職業:妹

落果 聖(しの)

プロウト

 妹市場はとどまることを知らず年々増加傾向にある。

 十年前の妹市場と今の市場を比較すると、おおよそ二十倍の規模にまで成長しており、日本の主な輸出商品の一つに数えられるほどだ。

 しかしながら、それがいいことばかりであるとは限らない。

 妹の品質低下が今最大の問題である。

 妹であると思ったら幼なじみだった。

 妹どころかまず女でなかった。

 と言うか人ですら無い(ただし購入者はなぜか満足している。別紙のレストランとかで売っているミジンコっぽいのって実は萌えね?計画を参照)

 などとクレームが来ている。

 早急に業界内での妹の品質基準を定める必要がある。

 ハツガ特別顧問 イモート・マジモエー




 我が家には昔から妹がいる。

 世間のブームに流されて妹を買ったとかそういうわけでは無く、我が家の妹は天然物の妹だ。そう聞くと妹好きたちの友人たちは非常に羨ましがったりする。日本人は天然とかモンドセレクションって言葉のプレミアムな響きに弱いからしょうがないけれど、その響きの美しさだけを堪能して、現実ってのを知らないから俺としては困ってしまう。

「おい、サム」

 こんな言葉を投げつけるのが俺の妹である新菜だ。妹に悲惨に扱われたい奴もいるので、これだけだとむしろ天然物の素晴らしさを解らない俺が愚図であるように思うかもしれない。

 なので状況をもうちょっと詳細に語ろう。

 俺は自室に一人だ。

 新菜の影も形も無い。声があるのは携帯電話からの声だ。ついでに着信拒否にされているので俺の方から新菜の方には電話がかからない。

 俺も着信拒否にして冷戦状態に持ち込もうとしたさ、もちろんしたさ。

 でも何故か家族会議で却下されたんだよね。ふしぎ!

「だれか来てるみたいだから玄関出てよあたし忙しいから」

 いやいや、本当に参っちゃうよね。

 だって妹はリビングで寝っ転がっていて、ほんの数歩あるけば玄関まで出れちゃうわけだ。ところが俺は自室に居て、階段を降りて行かなければならないし、まず来客が来ていると言う事実をこの電話で知ったぐらいだ。

 人間的な考えがあるのなら、ここは当然妹がでるわけだけど、新菜は妹で無いどころか、人間ですら無い。

 だからわざわざ電話をかけて俺に出てもらおうとする。

 これが本物の天然物の妹だ。

 天然って表現が悪い。豚とイノシシ、牛とバッファロー。それぐらいの差がある。天然って言うか?違うだろ? そこにあるのは荒ぶる野生! 本能!

 だからと言って俺はこの荒ぶる妹に反論しようとはしない。妹と喧嘩するのが良いって友人もいたけれど、そいつは贅沢なやつだ。

 必ず負ける喧嘩をするのなんて時間の無駄だよ。無駄って事は贅沢ってことだ。おなじ無駄ならお姉ちゃんにでも甘やかされたい。

 俺は渋々了承しながら、玄関に出る。そこには見知らぬ女の子が立っていた。

 身長は妹と同じぐらいだけれどそれ以外がすべて反対になったような女の子だ。

 黒髪オカッパで今時珍しくおしゃれってのを全身から削っている。

 目つきは少々するどく、それが見た目以上に大人らしさを表現している。

 それにしたって自分の友達ぐらい自分で応対しろよ。これは妹としての問題ではなくて、人としての問題だろ。ほら、女の子だって、俺をじとーって睨んでる。

 そりゃしょうがないよな。

 友人の兄とは言え、見知らぬ人間は見知らぬ人間。多少硬くなってもしょうがない。 

「あぁ、妹のお友達だね。今から呼ぶからちょっとまって」

 少女の顔つきが飛んでいった。さっきまでの眼光はどこへやら、温和な表情をした歳相応の女の子だ。

「はじめましてお兄ちゃん」

 どうやらそのイカツイ顔つきは俺の方へ飛んできたらしい。



「ハツガ研究開発室部長 江野真琴」

 俺は差し出された名刺に書かれている文章をそのまま読み上げる。

 応対する準備として、ハンコを用意していたし、それ以外の対応だって完璧にこなす自信だってあったが、さすがに妹(しかも謎の)が我が家に訪れる想定なんてしていなかったし、俺の友達の中に妹がいきなり家にやってくるのって萌えない? って言う友人もいなかったから想像だって及びやしない。

 しょうがないので、普通の来客と同じようにリビングに通してお茶とお茶菓子を並べる。真琴さんはお茶をふぅふぅといきを吹きかけてから飲み始める。どうやら猫舌らしい。

 新菜? 一瞬こちらを見てじとーって睨んだかと思ったら、ポイッてそっぽを向いてまたケータイをいじりながらテレビを見始めたよ。

「そうだよお兄ちゃん」

「いやでも、江野さんは発芽の社員ではあっても妹じゃないでしょ。

 発芽ぐらい俺だって知っている。妹ブームに乗っかってここ数年急激に成長した企業だ。もちろん主要な商品は妹だが、その社員まで妹であるはずがない。

「私は研究開発するための一環として自分も妹になったの」

「あぁそうなんですか」

 としか俺は言えなかった。俺も妹になれるんですか? なんて話を聞いたってしょうがないだろ?妹を妹にしてくださいぐらいは言えたかもしれないが、それこそ意味が解らない。

「で、真琴さんはどうして我が家に」

「今世の中には妹基準に満たしていない妹があふれているの。妹業界としては妹のイメージがそこなわれるからどうにかしたいわけ」

「なるほど」

 と俺は妹を見る。確かにこれをみたら千年の妹からだって目が覚める。

「そこでテストケースとして宮村さん一家が選ばれました~パチパチパチ」

「いや、何のですか?」

「プロの妹である私が、野生の妹である新菜さんを一人前の妹にしたてあげるプログラムのテストですよ。

 意外と妹の扱いに困ってるお兄ちゃんと言うのは多くて、妹をどうにかしたい! って要望は山のようにいっぱい来ます。私達としましてもどうにかしてその要望に応えたい。そこで、妹をより妹らしくするためのプログラムを新菜さんを使って作成していこうと言うことです」

「プロの妹である真琴ちゃんが、野生の妹である新菜を調教するってことですか?」

「そうだよお兄ちゃん。あとプロの妹じゃなくてプロウトって呼んでね。約束、だよ」

「黙って聞いてたら無茶苦茶言って、そんなのまかり通ると思ってるの?」

 いつのまにか妹はテーブルに顔を乗っけて、真琴さんを睨みつけていた。

 勝手に調教するだのなんだの言われていれば妹でなくても不機嫌になる。

「大丈夫です。新菜ちゃんが気にしている問題のほぼ全て、完全無欠に完了してるよ」

 真琴さんはポシェットから大量の書類を取り出す。

 その書類は多岐に渡っている。これからの調教プログラムの手順から、行動範囲の制限、大宮家の事情。当然、両親の署名と、ハツガがどこまで介入してくるかもきっちり書いてあった。

「あたしはプロウトだよお兄ちゃん。新菜ちゃん」


「あれ?説明してなかったっけ?」

 それはまるで、牛乳を回忘れてきたかのような自然さだった。少なくともプロの妹、プロウトを家に招くって事を、事前説明してなかった時のニュアンスでは無い。

「してない!」

 俺と妹の声がハモる。妹は俺の方をちらりと見ると臭いものでもあったかのように顔をそむける。俺だってハモりたかったわけじゃねえよ。

「あぁでも待って、これからお夕飯だからお夕飯の後でいいかしら」

 俺の目の前に携帯電話が差し出される。その手が誰のものかを確認すると、真琴が両手で掴んでいるのがわかる。可愛らしいって感情が用事をかき消しそうになるけど、そういうわけにはいかない。

 プロウトだけあって、母の人間性ってものをわかってらっしゃる。このまま夕飯を作って、皆で漫談を繰り広げ、何故かそのまま一日が終わってしまう。

 まぁそんな人だから今まで説明をできなかったのだろう。

 思いなおせば、食事などで俺と妹と母がそろったらもじもじしていたな。この事を話しだすきっかけってのを探っていたんだろう。

 父がいないのは単身赴任だからだ。

 母が台所に行こうとするのを妹が肩を掴んで静止する。俺はその合間に出前のピザを取る。我が家で会議をするときは大体ピザだ。だって母料理作るの遅いし。


 母特有の回りくどい会話をどうにかこうにかくぐり脱げながら、俺達はひとつの真実にたどり着いた。

「だって、子供ほしいなーって、最近ゆーもにーもかまってくれないじゃない」

 父の単身赴任が始まって三年。

 ここ数ヶ月前から『寂しいわねー』と語るようになっていた。

 ペットを飼えば? と俺は何度か言っていたけど、アレルギーだの恐怖症だのと色々言い訳ばかりで飼っていない。

「大丈夫ですよおかーさん。そういう人にもちゃんと私は妹になりますから!」

「私の若いころにも妹が販売されていればよかったのにねぇ。私一人っ子だから妹か弟が欲しくてしょうがなかったのよ」

 母はにこやかな笑顔で台所に入ろうとしたので、今度は俺が全力で止めた。

 油断も隙も無い。


 同じ釜の飯を食うって言うけれど、俺はあれを一切信じていない。

 そりゃ本物の妹がむくれ顔でピザを頬張っていて、プロの妹がにこやかに母と談笑しながらピザをふ~っと息を吹きかけて食べている。

 どちらが本物の親子ですか?

 なんて問いかけをしたら十中八九真琴になるだろう。

 間違いなく。彼女はプロウトだった。


「お兄ちゃん! 朝だよ起きてよ!」

 これが妹!これが本物!これがプロ!

 我が友だち達が語り合う妹が間違いなく、俺の上にあった。

 いつもより重い布団な衝動があってフルスロットルにならない男がいるか?いや、いない!

 目が覚める前に体が目覚める!

 目を開けずに体を一気に起こすと、何かにぶつかった。

 その何かは「痛!」と声をあげる。俺も同じように「いてえ!」って声を荒げる。

 頭をさすりながら、ぬくもり。

 寝起きだけど、こん目をあけると、そこには同じように頭をさすっている妹の姿があった。

「なんでいきなり起きるんだよ!」

「そりゃ起こされてるんだから起きるに決まってるだろ」

「新菜ちゃんダメだよ。そんな乱暴な言葉を使っちゃ、元気な言葉はい~けど、乱暴はダメ。さっきも説明したよ」

 真琴は新菜の口を手で塞ぐ。新菜はその手を剥ぎ取ろうとするが。

「アレするよ?」

 真琴は天使のように微笑みながら語る。

「い、いや、いや、ソレはソレはやめて……」

 対照的に新菜は俺が今まで見たことのない絶望の表情が見える。まさに天国と地獄。

 何があった。気にはなるけど知りたくない! だって俺はあんな表情したくないし。




「くくく、どうやらオサムどのも我々の手の中に落ちたようだ」

「所詮ネイチャー(天然の妹)が居ても妹の魔力に勝ち用など無いということだ」

「しかしだ。我々の規約違反はどうにも許しがたい。やはりここは処分せねばなるまい」

「しかし、プロの妹をここに呼びこんだ功績は評価せねばなるまい」

「あれを妹に含めると言うのか!」

 この残念な集団は俺の友達です。しょうがないだろ? だってクラス男子の八割はこのおにいちゃんと呼ばれ隊(お兄ちゃんと表現したら極刑)に所属してるんだから。

 ついでに女子は半分が所属している。

 真琴がクラスに来たかと思うと、男子諸君が机と机をとなり合わせにくっつけて円卓上体にすると、皆が皆顎を机について、各々がカッコイイと思うポーズをしながらかっこいいセリフを吐く。おによば会(略称)の嗜みである。

 なお、俺はそのおによば会に囚われている。

 妹なんて大してよくねーよ。って普段から言っている超保守派閥である俺が、いきなり妹、しかもプロの妹なんて学校にもちこんだら当然こうなる。

「お兄ちゃん達楽しそうだね」

「ニュアンスがダメだな」

 一人がつぶやく。

「しかししっかり系妹を私は支持したい。天乱なのも捨てがたいが、おにいちゃんを支える妹と言うのはお兄ちゃんと呼ぶべきだ!」

 一人は立ち上がり絶叫する

「違う! そこはにいさんだ!」

「貴様! そこは兄さんだろう!」

 会議は萌える、されど進まず。

「待て、妹を愛する俺達がお互いに憎しみ合ってどうする。ここは真琴殿のプロの演技を楽しもうではないか」

 一瞬にして真琴に視線があつまるが、真琴は微動だにせず俺を揺する。周りをきにせず毛づくろいをする猫みたいだと他人ごとみたいに思う。

「ほら、お昼はみんなで食べるって約束したでしょ」

「してねえよ」

 俺のお昼は、おによば会の皆で大貧乳(大貧民の特殊ルールごちゃまぜ)して過ごすのが定番であって、昼に妹と一緒に昼食を取ったことなど無い。

 ましてやわざわざ約束までして食べるわけなど無い。

「ううん。新菜ちゃんと約束してるの」

「じゃあ俺関係ないよね?」

「妹を調教するのに兄さんは絶対必要。絶対絶対だよ。でないと」

 真琴は人差し指を口元に持っていく。

「ア、レ、しちゃうよ?」

 教室が沸騰する。

「貴様!妹にアレをさせるだと!」

「議長!限界です! 我々にやつを殺す命令を」

「落ち着け! オサムを殺したら悲しむのはいもうとだぞ!」

 議会は一瞬にして、俺を撲殺したい派閥(仮称)と、そんなことしたら妹がかわいそう派閥(仮称)の対立になりはてた。

 妹に興味はなくともこういった論争は楽しくて好きだ。俺が議題じゃなければって話だけど、

 普段あまり話さないギクシャクな妹と話すのと、騒乱騒ぎの教室で審判を待つの。

 実質一択の選択肢。

「……いこうか」

「うん♪」 




 俺の記憶では屋上は開放などされていないはずなのだが開放されていた、真琴の説明によると実質独占的に使えるらしいの。ハツガの権力は学校にまで及ぶってことなのだろうか?

 屋上は新築みたいにピカピカに磨きあげられており、街だって一望でき、遠くには海まで見える。俺と真琴と新菜だけが使うのはもったいないぐらいだ。

 だからといって評議会まで一緒に来る理由は無いと思う。これじゃ結局教室にいるのと変わらなじゃないか。

 シートを敷いてピクニック気分と言うのも確かに悪くない。

 新菜はすわりが悪いのかそわそわと周りを見渡す。

 俺達に見える光景といえば、高所から見える美しい光景などではなく、ケータイ片手に写真撮影をしたり、ひそひそと俺たちを評価する審議会の面々だ。

 そりゃ新菜だけでなく、俺だって気分が悪い。

 しかしプロにとって見られることは自らを試すいい機会。

 真琴は周りに何もないように振る舞う。

「はい。これ私の手作りだよ」

 そう行って差し出されるお弁当は三段重ね。こんなもの我が家ではおせち以外で見たことが無い。

 審議会の連中がどよめくなか、一名がクワイエット

「新菜ちゃんも手伝ってくれたんだからね」

「んだよ! みんなよ! そんな目で!」

 人差し指で、ほっぺたをグリグリ押される。昔は俺がこれを新菜にしていたのだが、いつの間にか立場が逆転してしまっていた。




************


HD内に書いてあったのはこれだけでプロットもありません。

どうしてこんなのを書いたのかも解りません

しかしこういう展開で書いて!みたいなのがあったら近況報告なりレビューで書いていただきますと続きを書くかも知れません。

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職業:妹 落果 聖(しの) @shinonono

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