ばつと下るは 毛深の邪悪-Ⅱ

 追うて撃つのが追撃ならば、ススムは未だに果たしていない。

 風防バイザーを叩く雨の一部が、頬を打っては口へと沁みる。砂の粒子が奥歯に砕け、埃の匂いが鼻腔へける。吐いて棄てれば後方で、雨に打たれて泥へと還る。


〈そろそろ追い付く、と思う――どうぞオーバー


 惹子ニャンコほそこい背を追って、北潮路町きたしおじを抜け南南西へ。路野町みちの野場町ののば人気ひとけは無かった。と呼ぶかは別として、〈三本指〉アロサウルスの件が利いている。


「了解、有難う――どうぞオーバー


 〈蝙蝠こうもりもどき〉の残りは五体、追跡弾の反応は三ツ。

 情報自体は単純なもの。相対的な、方向と距離。遠くに在るうち、ざっくりと。近くに寄れば、より正確に。遠粗近密えんそきんみつ、郵便の区分と同じ法則だ。


〈気を付けなきゃ、ね――交信終了アウト


 住宅街から住宅街へ。前車に続いて右折したらば、方向指示器が左へ灯る。明滅に雨が温度を帯びて、湿気と暑さに拍車を掛ける。

 そうして車体を左へ倒し、先のニャンコがタイヤを鳴らす。


「づあっ!?」


 ススムも喉とブレーキが啼く。後輪は見事ロックして、ぐるり車体は一八〇度。転倒こそは免れたものの、ニャンコの機動車バイク荷台箱しりつけた。ごめんと口を開こうとして、ニャンコが見ているに気付いた。

 女子高生が喰われている。比喩では無く、文字の通りに喰われている。白い半袖ブラウスに、赤いまだら一〇とおの羽。


 〈蝙蝠擬き〉ソルデスが幾ら軽量とても、五体がたかれば足ももつれる。膝の柔皮を舗装がめくり、空飛ぶ鋸刃が太腿へ咬んだ。

 例えばのこを真っ直ぐで無く、斜めに引いたら、どうなるか。表面を粗く引っ掻くだろう。なのでくだんの女子高生も、うるわしの腿を剥けにする。

 肉を切れない、骨も折れない、美食家グルメはしは腹を捌いた。まるで鍋でも突っつくように、を引き出しては咽喉のどへと送る。紐状の軟組織を二膳三膳で奪い合い、行儀の悪さを露呈する。

 そうして箸を渡っても、彼女自身は。皮剥ぎ肉削ぐ調理のさまを、腹をあらためらる食事のさまを、其の身を以ている。


 ニャンコの右手がアクセル開く、前にススムが飛び出した。鼻を掠められて、猫がびくつく。ススムの後輪あし飛沫しぶき蹴立けたてて、ミラーの中でS字を書いた。白い軌跡に追い立てられて、赤い車体が唸りを上げる。

 水を濁らすエンジン音に、悪魔は食事のを止める。ススムは其れを確かめたから、左手一指でボタンを押し込む。高く不快な警笛音クラクションが、雨を引き裂いて翼を打った。先手を棄てるは惜しくとも、〈小鎌付き〉ヴェロキラプトルのときとは違う。人とゴミ袋は別ものだからだ。

 席を立たれて残された皿、赤くて黒い喰い散らかし。ぴたりと彼女に横付けすると、跳ねた雨が臓器を濡らす。綺麗だったろう小さな顔は、無数の傷に覆われている。青い唇が上下に震え、扇情的な首筋が動く。無いはずの穴に、喉が笛吹く。

 ススムは雨合羽レインウェアを引き脱いで、彼女の腹を隠してやった。纏った熱を、雨が流して心地好い。此れはただの、しかも自分に対する、慰めなのだ。だから拳銃に右手を掛けても、彼女のに応えない。

 奴らは何処だと首を廻せば、「ススムちゃん!」と呼ぶ鋭い声が。


直上ちょくじょう! 急降下!!」


 羽ばたき、重力、死角と急襲、其れら総てを積と成し、汚れたはしがススムへ伸びる。

 ヒトの造りは真上が見えない。考える前に銃を離して、空いた右手でアクセル回す。ぎゅんと一声、機動車バイクが応える。

 頭上に迫るは殺意で無くて、純なる食欲。振り切れるかと挟まる疑念を、再びニャンコが引き抜いた。


「ススムちゃん! !!」


 言われるがままの全力制動。濡れた路面をタイヤが舐めて、ロックしたなら放り出される。がしゃんと五月蠅い金属音を、雨と一緒に浴びる。

 身体を起こして片膝で立ち、拳銃嚢ホルスターから銃を抜く。

 眼前へ降りて困惑するは。食うべきを、へ失した〈蝙蝠擬き〉だ。


 〈蝙蝠擬き〉ソルデスを含む嘴口竜亜目おなかまは、尾端に菱形の「舵」を持つ。先祖がと創った其れを、〈蝙蝠擬き〉は棄てたのだ。

 代わりに得たのは、死を呼ぶ角度デッドアングル最高速度トップスピード。其れは即ち急降下襲撃ダイビングだった。

 此れは恐るべき食事の作法テーブルマナーで、証拠は路上に転がっている。


 だが完璧など存在しない。同一進行線上の獲物ススムが急に停まれば、自らの腹で隠してしまう。「舵」こまわりを棄てた高速に、彼らは着陸するしか無い。

 痛みを忘れて感謝が溢れる。四五口径フォーティファイブ火炎さんぱつを噴き、翼のひとツを引いて千切った。


  ◇ ◇ ◇


「ススムちゃん!」


 機動車バイクを離れて駆け寄るニャンコは、其の手に傘を開いていた。

 用意の良さに舌を巻き、銃を納めて立ち上がる。


「ありがとう、助かった」


「良かった」


 顔を歪めながら笑ってくれる。


「今、救急車を呼んだの」


「……ありがとう」


 呼んだところで、と込み上げて、其れを何とか呑み込んだ。

 ニャンコは、雨に構わず膝を付き、女子高生の左手を両手で握る。「大丈夫だよ」の優しい声を、臓物モツの匂いが塗り潰す。


「搬送まで、一緒に居てあげてくれないかな」


 此処は住宅街の真ん中だ。警笛に続く銃声に、住民たちの視線が痛い。見棄てたと言われては敵わない。

 言ったススムを、ニャンコが見上げる。不安と言うより心配そうに、綺麗な形の眉が寄る。


「良いけど、〈蝙蝠擬き〉ソルデスの行き先は……?」


 虫の息した女子高生の、制服だった此の襤褸ぼろ切れは。ススムの見知ったもののはず。


「何と無く、検討が付いた」


 飾りの無い白い半袖ブラウスに、薄桃色したシンプルなリボン、紺のスカートも単色で、有り体に言えば極めて地味だ。


「あ。んじゃ、此れ」


 するりとニャンコが脱皮する。薄水色のブラウスと、胸元に下がる臙脂えんじのリボン、開いた襟から覗く肌が、灰の世界に鮮やかだった。


いの?」


勿論モチ。ススムちゃんのが必要でしょ?」


「ありがとう。そんじゃ、御先に行くよ」


 がさがさと合羽に袖を通す。

 髪の躍るときに似た綺麗な匂いに、少しの甘ったるさがこもる。其れは渾然、且つ一体に、ススム自身を奮いたせる。


「りょーかい。乗っけたら、すぐ行くから」


 左手はしかと握ったままで、右手が拳を作って突き出す。


「オーライ。ゆっくりで良いから」


 言ってススムが拳を合わせる。

 きんこん、かんこん、と湿気を伝って鐘が響いた。下校時刻を報せるものだ。

 だからススムは真っ直ぐに、音のもとへと走って行った。


  ◆ ◆ ◆


 県立潮路北しおじきた高校は、七〇〇人ほどの生徒を擁する、地域最大級の普通科校だ。地味な偏差値と制服と生徒を、真面目な校風と言い換えている。

 在学生たる小山内おさないススムが、としないのは必然だった。


 だが、然し。高校生と言う生き物は、何でも出来ると信じているのだ。何時いつの世も、どの高校でも変わらぬ真理だ。

 だから退避の警報なんて、ダサいものには従わない。下校時間チャイムより前に歩いているが居るのだ。時間になれば、帰ろうとする馬鹿で芋煮が始まる。そうして学校は地獄と化す。

 同級生の前でをするのは気が重い。兼業バイト姿を、見せたくないのが世の常だ。其れはススムも同じだが、もう今更かと諦めた。


 速度を上げれば、更に強く雨が打つ。ばらばらと浴びる散弾が、目に鬱陶しく耳に五月蠅い。

 乱れ立ちたる住宅の向こう、校舎が見えた、ときだった。一ツの影がススムの機動車バイクを黒く包んだ。


「!?」


 今日で何度目かの強いブレーキだが、そうそう何度も転ばない。

 御天道さまは、隠れながらも働いている。其れを音も無く遮るなどと。一体全体、何ものなのかと見上げた先は。


「蛇……?」


 口にしながら馬鹿馬鹿しいとススムは思う。蛇が飛ぶとか飛ばぬで無くて。を見てなお、其のイメージが浮かんだからだ。

 逆光を受けた空飛ぶ影は、一〇じゅうメートルを上回る長さ。と細くて長かった。身体の中ほどから後ろ、二等辺三角形アイソセレスが左右に伸びる。大きな翼面が器用に動き、空気を捕らえて滑るように飛んで行く。

 其れを間抜けに見送れば、


〈ススムちゃん! ススムちゃん、応答して! ――どうぞオーバー!〉


 ニャンコの声がして我に還った。


此方こちら、小山内。ニャンコさん、どうぞオーバー


 機動車バイクを再び動かしながら、努めて冷静、回線を開く。


〈ケツァルコアトルス!! 見た!? 見たでしょ!?〉


 作法オーバーも忘れてニャンコがわめく。運転中の雑音に、慣れぬ固有名詞は相性が悪い。訊き返す。


〈ケツァルコアトルス! 古代アステカの蛇神へびがみさまだよ!〉


 なるほど、世界史は得意でないが、全く覚えが無いでも無い。


鈴音すずちゃんたちには連絡しとくから。其れと――……〉


 更に続けて、何だかんだと。一方的に言うだけ言って、一方的に回線は切れた。

 声の弾むを抑え切れぬは、感性が今も健全な証拠だ。不謹慎など言葉を放てば、其れは真っ先にススムをねる。


――其れにしても。


 有翼蛇神ケツァルコアトルいただいた竜、風神翼竜ケツァルコアトルスとは大した名前だ。

 蛇神へびがみさまが向かわれるのは、どうもススムとおんなじらしい。邪悪ソルデスと神がまみえるなどと、ややこしいこと此の上も無い。

 なればこそ、其処に付け入るのが、人の仕事だ。


  ◇ ◇ ◇


 案の定、生徒の一部は下校を試みていたらしかった。

 すると、其のうち一人の生徒が、四の〈蝙蝠擬き〉ソルデスに襲われた。あわや踊り食いと思われたとき、「空飛ぶ蛇」が襲来し、そして混乱の坩堝るつぼと化した。

 其の隙を縫って、友人教師が生徒を救出。生きた懐石と成るのを避けた。数名の負傷者を出したものの、屋内避難は完了をした。


 〈蝙蝠擬き〉が「蛇」を迎えて、灰色の空で火花を散らす。大翼竜空中決戦は、こうして端をいたのだった。


  ◇ ◇ ◇


 威容に似合わずと飛ぶは、風神の名も伊達で無い。彼らの離陸と飛翔には、永く疑問符が付いて回った。曰く、身体が極めて大ゆえに、羽ばたくことは不可能だ、帆翔と滑空に制約されし生き物と。

 そんな仮説を軽々と、ケツァルコアトルスは飛び越えた。翼の前面を器用に使い、大きな揚力をに入れた。ゆったりと、力強く、旋回を伴い上へと昇る。

 校庭いっぱいをぐるぐる回ると、眼下の総てを支配に置いた。


 神話のケツァルコアトルは、人身御供ひとみごくうを忌み嫌い、の恨みを買ったとされる。飢えに餓えたる悪魔の魂ソルデスが、牙を剥くのは道理と言えた。総力で以て迎撃につ。

 ぐい、ぐい、ソルデスが高度を上げて、ケツァルコアトルスに追い縋る。あっさり後ろを取ったなら、短い尻尾に喰い付くだけだ。にっくき翼に頸を伸ばして、〈蝙蝠擬き〉は異変に気付く。

 。近接防御の機構システムが、小さな翼を大きく揺らす。

 翼開長よくかいちょうを基準にするなら、〈蝙蝠擬き〉は六〇センチ、蛇神へびがみおよそ二〇倍。

 動かす空気、生み出す気流の量が違う。動く翼に雨がうねって、群れる不浄を寄らせない。

 寄れぬならばと距離を取るのは、後ろでは無く、だった。追うに余った推力をして、四の〈蝙蝠擬き〉ソルデスが高度を上げる。

 速度を高度に変換し、運動エネルギーを蓄える。ぐるり旋回する先へ、山越え航路ルートで近道を取る。神を邪悪が見下して、雨と空の崖を飛び降りる。

 蓄えたものを開放すれば、雨に先んじて蛇へとそそぐ。重力で以て加速して、神の御業みわざに向かって挑む。

 そして、其の守りは堅固だった。一は避けられ虚しくくだり、一は見えぬ壁に弾かれた。残る二体は塞をけ、目指す魁に鋸を振る。必中の念と軽い身体が、不可視の堀エアポケットへと転げて落ちる。からく接触を脱したときは、攻撃機会も失っていた。

 だが、諦めを知らぬものが居た。避けられたことで、速度は重ねて大となる。其れを高度へ再変換し、腹の下へと潜り込む。大きな翼が空気とともに、不浄なるものを吸い上げる。打ち下ろしたらば弾かれるから、拒むこと無く気流に乗った。そうやって肩の前から躍り出て、神の頸へと歯を立てた。


 ケツァルコアトルスの嘴は、長く、鋭い。二メートル超の頭骨は、徹底的に密度を下げた。地を離れるにも振り回すにも、より軽いほど都合が好い。表面を覆う角質は、強度までをもカバーする。地を這う、泳ぐ、空を飛ぶ、どんなものでも逃げられぬ。

 然し、頸へ喰い付かれるのは話が別だ。此の体格差が仇となり、悪魔祓いを難とする。首も細くて長いから、些細な傷でも命に届く。

 だから、ケツァルコアトルスは高度を上げた。強い羽ばたきに牽引される、強い旋回を伴うものだ。大にとっては何でも無くも、小にとってはになる。


 して強くもない咬合力は、しがみ付くのを補うのみだ。降下を始めれば尚更で、生命いのち存続つづきを危ぶむに足る。自分の翼に依らない空に、こころの置き場は無いと知る。

 急降下ダイビングによる最高速度トップスピードと、捻りロールの生み出す遠心力が、〈蝙蝠擬き〉に殴り掛かった。

 合力で以て引き剥がされて、ざまも無く、空に溺れて藻掻もがく。しなやかな影が差し伸べたのは、つるぎのような嘴だった。


  ◇ ◇ ◇


 学校に於ける顛末は、大体が予想の通りだった。

 だが、予想していなかったこともある。


 ススムと愛車が校門を抜け、管理棟から大回り、校庭へ滑り込んだときだった。

 〈蝙蝠擬き〉が、強く地面に吸い込まれる。硬着陸ハードランディングの寸前に、どうにか翼をけたと見える。意気は今なお潰えていない。

 果敢にも神へ挑まんとして、ぐっと其の四肢に力が籠もる。其れをと組み伏せたのは、風神翼竜ケツァルコアトルスでは無かった。


つかまえた!!」


 いつの間にやら現れた、


  ◇ ◇ ◇


 〈蝙蝠擬き〉と取っ組み合って、白いワンピースが泥に汚れる。あれの洗濯は難儀しそうだ。

 腰まで伸びた健やかな髪は、蒼すら思わせ黒く輝く。今日は雨に濡れ、いっそう深い。

 頭には二本のリボンが生えて、と白が眩しく映える。

 右手に在るのは、自身の前腕くらいの筒だ。先に毛束を備えているから、あれも「歯磨き」の道具だろう。


 彼女が予想の外だったとて、決して不思議な感じがしない。其れこそが既に不思議だが、〈歯磨き係〉は、何時いつでもだ。

 と決めたら一直線で、周りススムのことなど見えてはいない。呆れるように、安らぐように、ススムの口もとが小さく歪む。


 今日の〈蝙蝠擬き〉おあいては強情らしく、中々素直に口を開けない。〈歯磨き係〉の肢体の下で、身体をよじって抵抗している。

 組んず解れ喧嘩の頭上うえで、更にひとツが競り負けた。泥に抱かれる謂われは無いと、小さな翼が空気を捕らう。小さな翼の、まる眼球めだまが少女を捉う。


 雨で狂暴性が増している、とはニャンコの言だ。恒温性アイドリングは燃費に悪く、軽い身体は持久性たくわえが無い。雨に濡れれば体温が下がり、いっそう多くの燃料カロリーを喰う。飛ぶ為に喰らう翼の脳は、と処理して対処を求む。狂い暴れる食欲が、身体の外へと表出をする。

 尤も、普段なら、雨の日は飛ばず寝ているだろう。事実、〈四ツ足〉ブロントサウルスで休んでいたのだ。其れを起こしたのは佐藤のはずで、矢張り此の惨事は佐藤の所為だ。


 とまれ、〈歯磨き係〉を三時とすれば、一一じゅういち時から低空で迫る。

 考えるよりアクセルが早い。拍の遅れで酸素供給ターボが動き、エンジンの声が太くなる。後輪が暴れ、泥と踊って、其れを加速で捻じ伏せる。水面を滑る優雅さは無く、力で以て沈まず進む。泥の臭いを撒き散らし、埋まる前輪を追い立てる。瞬く間を置き去りに、悪魔のおもてへ打って出た。

 全身に纏う細い毛が、水と脂でついている。牙に引っ掛かった肉片に、脳の端っこが発火する。其れが通るから導火線しんけいが熱い。右足を、リアブレーキへと叩き込む。

 いつも通り後輪がロックし、接地の摩擦が仕事を辞める。左へ傾く車体にならい、さか巻き時計が弧を描く。荷台箱キャリーボックスの赤い軌跡が、〈蝙蝠擬き〉を打ち据える。慣性任せの重量を浴び、一度は拒んだ泥に抱かれる。

 遊ぶ両輪と車体の自転スピン、挙げ句に竜まで撥ねたとなれば、転倒するのは必至のことだ。全身の筋を犠牲と為して、地球に負けじと姿勢を保つ。二七〇度は回ったところで、左の足を打ち下ろす。勝利宣言も斯くやと立つが、身体中から断末魔。そもそも何にも、終わっていない。

 今、すぐにでもりそうな腕で、銃を引き抜き左手に載せる。照門リアサイト越し、マッド・フォンデュの翼を睨む。右眼の隅に、白い少女が引っ掛かる。見ない。


「おにいさん!!」


 聞かない。

 四五口径フォーティファイブの弾丸は、どんな相手も許さない。


! !!」


 言葉の意味を解する前に、に雨く羽音を聞いた。

 胸中で舌をひとツ叩いて、銃と首とを振り向ける。だが、今の腕にはが重かった。先に動いた受光器官が、新たな刺客の姿を映す。頬も裂けよと広げたはしは、手遅れの肘に喰い付いた。雨合羽レインウェア越しに牙を感じて、汗蒸す背筋がと凍る。

 だが、暴食ぼうじきめ、此の距離だったら外しはしない。腹に直で奢ってやるぞと、皿を左に持ち替える。

 こうして危機ピンチ好機チャンスと成れば、其のもまた、真と為る。皿持つ上肢に歯牙を立てるは、たる左の個体やつだ。斯くも自由を奪われては、腕をも侭ならぬ。

 更に上空の一体が、降下姿勢に突いて入った。あれが狙うはススムのくびと、被食者としての怯えが叫ぶ。たかりにたかって抵抗を削ぐ、彼らの食事が脳裏に浮かぶ。


 とは言えど、日本郵政防衛公社にっぽんゆうせいぼうえいこうしゃは、求められれば供するような、出来た組織とは言い難い。

 なのでススムの御品書きメニューにも、鉛弾なまりはあっても、生身なまみは無いのだ。




恐竜の 歯磨き係と 配達員

 ばつと下るは 毛深の邪悪-Ⅱ


          ―完―

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