天を分かつは 星屑の流
言っても
沈む陽が、竜の密林を燃やす
ぽつぽつと、人の灯りが点き始める。
あの光には、人が居る。
其れが確かめられるから、伊香は此の場所が好きだった。
「ふう」
桃色のタンブラーを持ったまま、銀色の柵に身体を預ける。枯草色のブラウスとスカートが、身体の曲線に沿って張り付く。
柵は幸い高さが無いから、彼女の胸部も座りが良い。手もとで氷が、からんと鳴いた。
「
こくりと喉が動いたあとに、ぼそりと伊香が呟いた。
現場の味。
勤勉な彼女が見付けた、彼女だけの
「
快活とした、高いけれど嫌みの無い声。
振り返れば、ポニーテールの小柄な後輩。チェック柄の短いスカートと、オーバーニーソックスの間が眩しい。
「
此処に来るのは彼女しか居ない。けれど来るとは思わなかった。
つくづく猫みたいな
「まだ帰ってなかったの?」
背中を預けて伊香が訊くと、
「うん、定形外が沢山あってさ。
左隣に寄って来て、惹子が応える。
「そっか。御疲れさま、ね」
「ありがとー」
控え目な胸を逸らせるように、柵に背中を押し付ける。
首筋から、鎖骨を通って、ボタンを外した襟の下へ。本当に此の娘は不用心で
「見えた?」
「へ?」
図星を突かれて心臓が跳ねる。声が上擦る。
「や、え、見えてないよ」
見ようとはしたが見えてはいない。嘘では無い。嘘では無い。
「えー。ちゃんと見てよお」
「な、ちょ、」
大胆な物言いに、顔が赤くなるのを自覚する。紺に変わった空気の色に、隠れてくれると期待して。
言葉を絞り出すのが精一杯。
「なに言ってるの」
「なにって。織姫と彦星、ちゃんと見付けてあげようよ」
「え、あ」
仰け反る姿勢の其のままに、顔だけが向く。
黒い瞳が
「ん?」
「ん、ううん、なんでも無い。――あ、あれ」
「どれ?」
誤魔化すように、天を指す。
「あれ、天の川かな」
「あ、そうかも」
よく分かんないね、と言って、にゃははと笑う。
星を見るには、まだまだ明るい。季節が季節で雲も出ているし、そうで無くても
でも伊香は、そんなニャンコの笑顔が好きだった。
「年
「ん……」
伊香は、何と返せば良いか分からなかった。
例えば自分が、ニャンコと
「
ね、と続けて姿勢を戻す。高い目尻が少し下がって、伊香は
どうしたら良いか分からなくて、視線を逃がした。手もとに口を付ける。不味い。
「其れ、アイス?」
伊香の気持ちを知ってか知らずか、ニャンコがタンブラーを見る。
「うん。飲む?」
「飲む」
ニャンコの右手が容器に絡む。其れが伊香の指にも少しだけ触れて、ひやりと冷たい感じがした。タンブラーこそ冷たいのだから、きっと自分の方が冷たいはずなのに。
薄い唇が吸い付いて、細っこい喉が
「……まっず」
「配給品だから。ね」
眉間に皺して苦情申告。苦笑で返す。
「美味しいの、飲みたいなあ」
タンブラーを返しながら、ニャンコが笑う。
「え?」
訊き返す伊香に、悪戯っぽい目を
「飲ませてよ」
「……此処で?」
上下左右、視線を泳がす。けれど。
「此処で」
逃げ場は無かった。食肉目の、捕食者たるを思い知る。
諦めて、再びタンブラーを口にする。其れを見て、ニャンコは満足そうに目を閉じた。
褐色の液を口に含んで、器を置いたら鈍い音。今は伊香が器だから、飲み手の意志にて寄せられる。
「ん……」
ゆっくり近付くタンブラーを、きゅっと細い手が迎えに上がる。両の前肢が腰に絡まる。
「!?」
目を見開いても遅い。口の方にも御迎えが来る。
肉の
「ん……んっ」
苦しくて、息が漏れる。
互いの箆が触れたかと、思ったときには吸い上げられる。
「あっ……ん……んんっ……」
舌の蕾が、薄い唇に
「ん、あ、」
決して歯は当たらない。彼女は上手だ。
口角が白く泡立って、褐色の空に星が輝く。
「う、ん、」
「は、あ……」
二人の間を粘液が伝う。
天を分かつは星屑の流。其れに掛かった細い橋。
「んふふ」
まるで
「もう……」
「御馳走さま」
ニャンコが、ぺろ、と舌を出す。
「美味しかったよ」
其のまま
「……馬鹿」
言いながら、今度は伊香から強く抱き締めた。
夏の夜は短いけれど、織姫たちより時間は有る。
するり、するりと、二人は互いを確かめ合った。
◇ ◇ ◇
「って言う夢を見たんだけど」
「……馬鹿」
恐竜の 歯磨き係と 配達員
天を分かつは 星屑の流
人人人
<おわり>
YYY
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