第9話 真実

「あっちゃ~。盛大にかましちゃったなぁ……」


 うずくまりつつも、薄目を開けて七海を視認する。セーラー服にミニスカートの恵体。細くすらりと伸びた脚は周囲のライトを受けて白く透き通っている。下から見上げると今にも見えそうである。水色のパンティ。


 見事な一撃とはなんだったのか。七海はあたふたしながら右往左往している。飛んだり跳ねたりするとスカートの一部がひらひらとはためいた。


「水色! 縞模様! レース!」


 叫んでいた。叫ばされたといったほうが正しいか。正当防衛的な反撃だったとはいえあのレベルのパンチを繰り出して相手はぐったりとしているときたもんだ。「生きてますよ~」という存在証明の代わりとして見えたものをそのまま伝えた、伝えるべきだと思った。


「うっ…………」


 薄明かりに照らされた七海の頬が朱に染まる。うつむきがちにくるっと背を向けて黙る。

 その間に俺はゆっくりと起き上がり、右頬に手を当てる。じんじんと血液の流れを感じるも出血はしていないらしい。ほっと胸をなでおろし、土にまみれたスウェットをはたく。


「あのさ、」


 まだ落としきれていない土を払いながら、ついで感を滲ませて問う。


「なんか、ごめん」


 七海がこちらを振り返る。依然として下を向いたまま、肩はわなわなと震えている。


「いいの、こうするしかなかったし」


 聞き取れないくらい小さな声だった。


「それに、」


 声は大きくなっていく。七海の顔が前を向いた。


「今は仲間が必要だから。正気になってもらわないと困るし」


 目があう。意志の強そうな七海の目が俺をとらえている。それは反抗的ではく友好的な眼差しだった。歩みをもって距離を詰めてみる。


「そうか、ならよかった。俺は今日、初めてここへ来たんだが、どこか寝泊まりするところないか? 良かったら教えてほしいんだが」

「はぁ!? 寝泊まり? 無いことはないけどいまのきみには教えられないかな」

「っておい、なんでだよ。俺はわけあって野宿しなきゃならなくて、どうせならホームレス歓迎って感じの公園がいいかとおもって来てみただけなんだし、教えてくれよ」


 徐々に詰めていた脚がとまった。対面で会話するくらいの距離は保てている。まだ少し距離があるのは七海の警戒心の表れらしい。にじり寄っていくと後退りしやがる、あいつ。


「質問は一つまで。質問をしたら次は相手の質問に答える番。私の質問に答えて」


 急に強気になったぞこの女。どこかの漫画であっただろこのシーン。互いに質問をしあって答えるみたいなやつ。ハンターハンターの目利きのとこだよな。逐一質問し合うやつ。こいつ少年漫画好きかよ。仲良くなれそうだぜ。


「わかった。質問を頼む」

「きみ、生きる覚悟はある?」

 !?

 いきなりスケールがでかすぎない? 質問っていうから俺の出身地とか好きなアイドルとか聞いてくるのかと思ったが、いや、この状況で聞くわけねえが、にしても答えづらい質問だな。


「ある。じゃないと野宿してまで生きようと思っていない」

「そう。わかった。じゃあ質問していいよ」


 なんて簡単な受け答えなんだ! こいつただ少年漫画ごっこしたいだけだろ。適当に答えときゃ楽に会話できそうだな。この調子でいろいろ聞かせてもらうか。


「じゃあ聞くが、野宿の場所、なんで教えられない? あいつらと関係あるのか?」

 指で示し、噴水の周りで理解不能な言葉を唱和している生物について尋ねた。

「質問は一つって言ったでしょ。なんで教えられないか、あいつらのことかどっちかにして」

 面倒くせえ女だぜ。厳格に守ることでもなかろうし。


「しょうがねえ、じゃあ、あいつらについて教えてくれ。あいつらは何だ?」

「人間よ。きちんとした表現で言うなら能力を使っている人間。あの周囲一帯にある噴水および周りの生物は一人の人間が創りだしたオブジェなの」

 いやいや、どう見ても数百人規模の人がいるんですけど。例えるならフェス会場でアーティストを崇める信者みたいな感じ。いっぱいいて、うじゃうじゃしてる。気持ちが悪い。あれが人間だと? しかも一人の人間だと? ありえるわけねえ。そんな世界、俺がこれまで読んできたどの文献にも載ってなかった。いや待て、能力といえば、俺だって……。


「次はあたしの番ね。死ぬ勇気ある?」

 こいつの頭はオカルトで支配されているのか? 死ぬとか生きるとかもはや禅問答の域に到達してないか? 少年漫画の真似事をするくらいだ、ぶっ飛んだこと言い出してもおかしくはない。ならば、こいつがほしい答えをあげようではないか。死ぬ覚悟はあるかだっけ? んなもんあるわけねえだろ。さっきの答えと矛盾する。だけど、こういう厨二病的な人種にとってはこの回答がベストだ。


「ある。生きる覚悟はあるが、それと同じくらい死ぬ勇気もある。両者は矛盾しているように思えるが、状況次第で柔軟な対応が求められる場合、どちらにも振れられる自信はある」

 どうだ。これで満足か? 厨二病美少女ちゃんよぉ……。

「そう。いい心がけね。期待してるわ。はい、貴方の番」

 なんか役に入りきってませんかねこの子。さっきまでと口調違うんだが。きみとか言ってたのに今では貴方ですよ。俺の呼び方が安定しねえ。つーか、期待ってお前は俺の師匠かっつーの。


「七海がさっき言ってた、能力ってなんだ? 科学で説明できるものか?」

「はぁ……。質問は一つ」

「わあったよ。はいはい。じゃあ能力ってなんだ。教えてくれ」

「貴方、能力についても知らないわけ!? 馬鹿でしょ。そんな丸腰でここ来たら死ぬ可能性だってあるのに」


 七海は深く細いため息をついた。そして続ける。


「あたしの前で死んでもらっても困るから教えておくけど、ここミュータントパークは能力者が集まる場所なの。能力者に課せられた指令について報告する場所として使われてる。もちろん能力者しか入れないようになってて、入り口から変な声がしたときに声の反響音で部外者と能力者を判別してるの。能力者なら問題なく入れるって仕組み。ここまでは大丈夫?」

「あぁ」

「それで、能力っていうのは占われることで発現するの。貴方もつい最近、占い師にお金渡したでしょ? ワンコイン」

「確かに、渡した。今日の夕方のことだ」

「やっぱり。その占い師にお金を渡すとその人の潜在的欲望が開花するの。一番欲してるものじゃなくて二番目に欲しいものを操れるようになるって聞くけど」

「あ! おじさんになったのそれが理由か!」


 俺は願っていた。一番欲しかったのは天才的頭脳だった。そして、次に欲しかったのはかっこいい顔だった。それで姿形が変わるようになったということか。


「おじさんって……。それ、貴方の本当の姿じゃないの?」

「違う。俺は本来であれば高校生だ。過去を想像したり未来を想像するとなぜだか身体が変わってしまって……。それで、仕方なく家を出てきたんだ。でも、条件が曖昧でおっさんのままここへ来てしまった」

「あ、そうなんだ。それなら、ちょっと親近感わくね」

 えへへと黄色いチューリップのような笑顔を俺にくれる。ちょっと癒やされる。


「そうだな。まあ、戻れればいいんだけど、どうやったらいいかわかんなくてな。自分の能力の使い方って知る方法ないのか?」

「んっとね、あるんだけど。ちょっとね」

「ちょっとって何?」

「それ聞く?」

「教えて」

 恥ずかしそうに顔を赤らめ、七海は口を開く。

「あの噴水の周りの生き物にね、その……」

「なんだよ、言ってみろよ」

「初めてを……」

「え?」

「奪われないといけないっというか……」

「はぁ!?」


 こいつはやはり頭がおかしかったようだ。初めてを奪われる。それはつまり童貞を卒業するということだ。女子にとっては処女を卒業するということに他ならない。つまりこいつ……。


「待てよ、七海は自分の能力知ってるのか……」

「……うん、いちお……」


 おい! それってぎりぎりゾーンじゃないですか。こういう形で過去の経験の有無を確かめられるとはなんという最強なシステムでしょうか。普通の会話だと聞けねえぞこんなこと。ちょっと遠回しに「彼氏いたの~」ぐらいしか聞けないところだろ。よし、ここははっきりさせておこう。


「それって、卒業してるってこと?」

「うっ…………」


 ぷいっと背中を向けて、顔が見えないように向きを変えやがる。


「図星か……」

「だって仕方ないじゃん! 高校で男友達にちょっとスキンシップしようとして肩に手置いたらみんな勘違いしてわたしのこと好きになってるんだよ!? しかも純粋な好きとかじゃんくて性的な目で見てくるし、みーんな…………あ、そこ…………おっき、くしてるし……」

「どういうことだ?」

「わたしの能力は男性を性的に興奮させるというものなの。発動条件は相手の肩をタッチして質問すること。そしたらみんな、わたしのことエッチな目でみるようになる」

「それってまさか……」

「そうだよ。さっきのあの瞬間も、きみの肩を触ってしまって勝手に発動しちゃったってわけ。解除条件が一応あるんだけど、それが相手の顔を殴りつけるってものだから仕方なく……」


 すべてを理解した。一連の俺の思考回路の暴走。股間の勃起。七海の拳。辻褄があう。


「そういうことだったのか。はあ。俺がどうかしちまったのかと思ってたぜ」

「ネタばらしをしないかぎり相手にもわからないから安心なんだけどね」

 申し訳なさそうに肩をすくめて七海が笑う。冷静に観察すると天使のような笑顔だ。


「とにかく、自分の能力を知らないかぎり、日常生活はおかしくなる一方。だから、悪いことは言わない。おとなしくあの噴水に飛び込んでおいで。ここから温かい目で見守っててあげるよ」

「確かにな。このままじゃまともに自己紹介もできない。やるしかないってところか」

「大人の階段のぼろう! おー!」


 のんきに七海が拳を突き上げる。あれ、痛かったんだよなあ。


「ほれ!」


 背中をぽんと押された。屈託のない爽やかな笑みを浮かべて、


「いってらっしゃい!」


 七海が平らな胸元で小さく手を振る。目線は噴水へ投げかけられていて、つられて俺も首を向ける。


「いってくる。待っててくれ」


「うん。待ってる。きみの覚悟があれば、なんだってできるよ」


 いつの間にか質問の数とかいう制限はなくなり、七海と話し込んでしまった。それにしてもいいやつじゃねーか。俺のこと思ってくれてるし、いろいろ聞かせてくれた。姿が戻ったらきっちりと自己紹介しよう。良い友人としてやっていけそうだぜ。


 生きる覚悟と死ぬ勇気を同時に併せ持った俺は、まだ和らぎそうもない頬の痛みを引き連れて大人の階段(能力を使った人間扮する噴水)へ飛び込もうと一歩を踏み出した。

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全年齢のハーレム @neet

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