第8話 虎と龍
というか、普通に女子高生だった。制服姿が物語っている。しかもかわいい。
瞬間の勃起。
屈託なく温かい笑顔を浮かべる美少女を前にして、スウェットの下にある俺の息子はなぜだか高ぶったまま元に戻ろうとしない。あと、付け加えるならゆっくりとむくむく大きくなる感じじゃなくて人体の反応を度外視した速度での勃起だったのはなぜだろう。理解に苦しむ。でもまあ、しょうがないんじゃね? 中年男性の今の俺は男性ホルモンが漲ってるだろうし若いおなごを、しかもミニスカ姿のおなごを手の届く距離で拝んでしまったんだ。そりゃ仕方ねえだろ。うん、しかたねえ。
言葉を尽くして逃げようとした。それについては謝る。でも、突然の勃起なんて信じらんねえだろ。考える時間欲しさにわらわらと思考の渦を発生させるのは男子ならわかると思うんだ。ほら、隣の女子が話しかけてきてなんて返せばわからなくなって、とりあえず教科書ぺらぺらやってごまかすようなそんな感じ。今の俺はまさにそんな感じ。目がハートになるくらい目の前の女子高生に惚れている。なぜだろう。一目ぼれってやつかな??
「あの、俺、七海さんとエッチしたいです!」
人生初の欲望であった。女子との交わりを希望する見た目は中年男性、中身は高校生の男子が望むにはそれ相応の危険が伴う欲であった。否定されれば人格すべてを否定されたような深い傷を負う。これからの将来女性恐怖症になって立ち直れないかもしれない。
だが、言葉が口を衝いて出てきた。
俺の矛で彼女の盾を突き破りたい。衝動がめまぐるしい速度で加速する。
将来の女性運を占う一世一代の大勝負はいかなる結末を迎えるのか。
「あ、ごめん」
彼女は申し訳なさそうにするでもなく、にこりとするでもなく、悪びれるそぶりも見せず、ただ吐き捨てるようにそう言った。
ぐらり、とめまいがする。
「そういえばさっき触っちゃってたね、肩。まーた余計な犠牲者出しちゃうな、これは」
意識が飛ぶ瞬間というのを経験したことはないが、今のめまいは間違いなく心の障害を目に見える形で現したものだといえるだろう。心的外傷後ストレス障害に苛まれることは確定した。
じゃあどうするか。抑えきれない性欲を胸中で飼いならし、まともな思考で一夜を過ごせると思うか? ホームレスのその影がふと頭をよぎる。生活の寄り場のない俺のような男が外でとる性欲処理の行動といえば。夜道を散歩するリクルートスーツのパンティラインむき出しの女の尻を見てやることといえば。人に見られる心配のないこの闇の中でとれる行動とは。
――襲いかかる以外、ないではないか。
俺の人格を否定したこの(悔しいが)美少女JKを煮るなり焼くなり好きにできる環境は整っている。まだ会話を交わしていない分だけ冷徹にことを終えられるだろう。変に話して情がわいてしまっていたら、それこそ悶々とした夜にもだえ苦しんでいた。無駄な会話を行なわなくてよかった。ありがとう神よ、アーメン。
俺は百獣の王の構えをとり、闇夜に浮かぶ色欲の餌に標準を合わせる。目はレーザのように赤くほとばしり、狂うことなく一点を見つめている。超高校級のプロの殺し屋さながらのポインターは彼女の平らな二つの乳房をしっかりととらえて離さない。まな板へ飛び込もう。
彼女は手首をぐるぐると回し、関節をぽきぽき鳴らしながら、俺の様子を直線的な目で見ていた。どこかカンフーを覚えたジャッキーチェーンを彷彿とさせるような鮮やかな構えをとり、俺を迎え撃とうとしている。左腕を前につきだし、手のひらを上へ向けた。
クイッ、クイッ。
二度の指先の動きは俺に「こいよ」と挑発を投げかけている。
嘘だ。
女が男の筋力に勝てるわけがない。だから、俺は必ず盾を突き破る。
本当だ。
女は男を往なすことには長けている。だから、彼女は必ず矛を止める。
いま、男女の夜の闘いが始まろうとしている。
遠く、巨大な水柱を上げていた噴水が水を吹き上げるのをやめた。
静寂。相手の呼吸を伺い、にらみ合う。
その刹那、噴水は再度、巨大な水柱を天空へと向けて打ち上げた。
俺はその瞬間、七海に飛びついた。
「うおおおおおぉぉ」
二足歩行を捨て、四足歩行、まるで虎のように荒野をかける。地を這い、よだれを口元からだらしなく垂らして、荒々しい吐息を無遠慮に吐き出す。本能のままに異性に襲いかかるそれは野獣と形容する以外に適当な言葉が見つからない。
気持ちだけは彼女と合体しているというのに足が追いついてこない。倒れ込みそうになる姿勢を両手を地面につくことで立て直し、燃え盛る火炎の如く襲いかかっていく。
ふと、中庭からかっぱらってきた健康サンダルのぶつぶつが糞痛い。
一瞬の隙。
視線を足元へ投げかけたわけではなかった。意識が足元へいかなかったかというと嘘になる。
もう少し。あと一歩。
目一杯に手を伸ばせば届きそうな距離に肉の塊はあった。
女は、真剣な表情で俺の野性的な眼差しを受け止めている。
その姿は天使、いや、菩薩のように整然としていた。タイマンを受け入れて、俺を倒すことだけに集中している。
女の構えが変わる。突き出していた左腕を腰元に引き下げ、掌をしかと握りしめた。右手は胸元をガードする形で顔の前に添えられている。
瞳を閉じる。俺の動きなど見通している言いたげな空気の動きを司っている様だ。達人のそれと言っても遜色ないだろう。しめた、
女の体に触れるには今しかない。
両の手のひらをピンと開き、腕の筋肉をエネルギーへと変換、アンパンマン工場でアンパンマンの顔をプレスする機械みたいな速度で両腕を前へ突き出し、歓声にも似た絶叫。
「くらぁええぇぇぇえ、必殺ううううぅぅぅ、まな板潰しぃぃぃぃぃぃィィィィィ!」
手のひらがブラウスの布を掴みかけた瞬間、
「ごぉおおおめんなぁぁぁぁぁぁああああさぁぁぁぁぁぁああああ~いいぃぃぃい!」
機関銃の速度で繰り出された女の掌底が俺の右頬の大人ニキビをいくらか潰した。
だけ、ではなかった。顔の皮膚の表面を掠め取るようなしなやかな拳は、龍のように流れる動きとは対照的に、俺の身体を後方へと吹き飛ばした。
脳が、揺れた。
砂利を巻き上げて摩擦に身を焦がしながら俺の身体が後方へ引きずられる。
止まらない。どんどん後ろへ引っぱられていく。
顔への衝撃が尾を引いてまともに動けない。
8.3メートル。奴の拳を受けてふっとんだ距離だ。やっとのことで俺は停止した。
同時に、いきり立っていた逸物の勃起が収まりつつあった。
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