第6話 仮屋


 飛べると思っていた。

 時をかける少女のようにタイムリープが発生して時空を移動できるって信じていた部分もあったさ。幽霊や超能力は信じたくないが、ファンタジーくらいにはうつつを抜かしたっていいだろ?

 でもそんなのは所詮創作の中のお話であって、現在の俺には全く適用されない。

 俺は空中で虚空をつかむように手足をバタバタさせ、生きようと必死だ。

 落ちたら死亡。いや、ワンチャン骨折程度ですむかもしれない。

 期待半分絶望半分の心情で、空中でもがいた。

 世界陸上で三段跳びの選手が飛距離を伸ばそうとじたばたするかのように。


――だが俺は、ただ落ちていった。


 一戸建ての二階の窓から、飛距離など稼げるわけもなく、自宅の庭の土の上にただただ落ちていく。

 不思議なことに走馬灯は流れない。こういうとき、演出としては俺の生きてきた人生がフラッシュバックするもんだとばかり思っていたが、あっけねえ。

 

 ぶほっ。

 本当に一瞬だった。

 部屋を飛び出してから地上へ落下するまで一秒あったかどうか……。

 結論からいう。

 俺は生きていた。

 なんと、庭には土が山盛りに集めてあった。

 通常、高いところから身投げする場合、着地時の衝撃で膝が胴を突き破ると聞く。だが今回は高さもそんなになく、砂場がクッションの役目を果たしてくれたようだ。

 そんな胸中のなか、俺はひとり、主人公になったつもりで、


「ふっ、計画通り……」


 とつぶやき、ニタぁと不敵な笑みを浮かべる。クソおもしれえ。マジで計画通りじゃねえか。しぐれもまいたことだし、とにかく今日は外で作戦を立てよう。

 砂場にささった足を抜き取る。

 あ。

 大事なことに気がついた。 

 靴がない。

 

 というか、着てる服も使い古したスウェットだし、身だしなみの得点で言うと五点くらいだろこれ。服装検査だったら間違いなくアウトになるレベル。

 靴なしで外を歩くとイタイイタイ。足が痛い。天然の足裏マッサージを受けてるのかってくらい痛い。動けません。

 周囲を見渡すと、都合よく履き物を見つけた。庭の一角に臨時用の健康サンダルが置いてある。洗濯ものを干すときに使うものだろう。


「ラッキーすぎるぜベイべー」


 テンションが無駄に上がって来た。スパイになったつもりで健康サンダルをはく。

 痛い。ぽつぽつとした刺激物が足裏を刺激してくる。これじゃあどっちも変わらねえよ……。

 でもないよりはましだな。これでいこう。

 俺は急ぎ足で玄関方面に向かい、大通りへ出た。


 

 夜の住宅地はひとけがない。

 森閑とした夜の車道をゆらゆらと街灯が照らすばかりだ。

 どこへ行こうかと考えてみたものの、金なし家なし友達なしの今の俺にとって行く場所などあるはずがない。さーて、こういうときどうするか。

 マネーレス、ホームレス、フレンドレスと順番に英語化して発想力を高めてみる。

 すると見る見るうちにアイディアがわいてきた。


「ホームレス中学生……ならぬ、ホームレス、高校生!!」


 俺は面白半分でホームレスの一日体験をしようなんて馬鹿なことを思ってしまった。

 いや、今の俺の風体は完全に中年男性だ。これじゃホームレス高校生とかブランド力のありそうなネーミングも役立たねえ。普通のホームレスじゃねえかよ……。

 意気消沈気味になりつつも、俺はある場所を目指し、歩みを進める。

 ある場所ってなにかって? そんなの決まってるでしょう。

 大通りを曲がり、少し行くと……。

大きな公園。名をミュータントパークという。

夜気につつまれて生暖かい雰囲気でひっそりと息をひそめているそれが目の前に現れる。

 俺が目指していた場所である。

 ここは、家に困った人が集まる場所としてこのあたりじゃ有名で、危険だから近づくなと言われている場所だ。小学校の夏休みには絶対入ってはいけませんとさえいわれていた。

 だいたい、名前からしておかしいだろ。ミュータントって突然変異って意味だ。パークは公園。『突然変異した公園』って明らか危険臭しかしない。入ったら命にかかわると思われる。

 でも、俺も今じゃ高校生だ。小さな大人と呼ばれてもいい年齢だ。それに今はなんっつったって外見がおっさんだ。これなら何にも怪しくない。堂々と入っていける。一度入ってみたかったんだ。いつ行くの? いまでしょ!?

 入り口で足を止める。

 鬱蒼と茂る木々が公園の周囲を取り囲んでいる。ざっと野球場ほどの大きさの空間に何が収容されているのだろうか。外からじゃ中の様子が一切うかがえない。内部へと続く一本道は月明かりに照らされるのみで足場に不安が残る。

 そして入り口わきには一本の立て看板があり、そこには、


『ワけあリさん、ノミ、カんゲイしマす』


 と不気味な白文字で書いてある。ただれたペンキが末恐ろしい。


「いく……か」


 俺は意を決し、一歩、前へと足を踏み出す。

 そして、一夜を過ごす仮屋として、ミュータントパークへと飲み込まれた。

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