第3話 戸惑い

「やっぱりそう思う?」

「や……ていうか、毛、ないし……」


 身体を確認するのに夢中になっていた俺は、あれを妹に見られていると気付かなかった。

 時すでに遅し。

 しぐれは俺の股間についているいちもつをまじまじと見つめていた。

驚く様子はない。何度か見慣れているような泰然たるリアクションである。


「うぉっとあぶあぶあぶあぶ」


 応急処置として脱ぎかけのトランクスを履き直す。


「そんな隠さなくても見たことあるじゃん、最後にお風呂入った日」

「あ~そんなこともあったっけな~」


 棒読みでしらばっくれる作戦、実行中。


「あのときはちゃんとまっくろくろすけだったのに、どしたの? お兄ちゃん」

「いやあ、それはだなあ、、、」

「全部剃っちゃうと、あとでチクチクしちゃうよ? っぷ」


 煽りよる。こいつ煽りよるぞ。自分で言ってるくせに含み笑いを携えて、最後のほうは噴き出してやがる。言いたいこと言いやがって。それより、抵抗ないのが気になりますけど。

 ん?


「剃った……?」

「うん。だってほら、全部なくなってるし」


 そうか。俺にも不可解ではあったこの現象。他人から見ると毛を剃ったように思われるだけで、外見的にはさほど問題ないのか。なら、適当にはぐらかしておくのがいいな。


「そうだ……よ。これにはな深い事情があるんだ。男にはやらなきゃならないときってのがな」

「哀愁漂うセリフのわりに、からだは幼いって……。ギャグだよね??」

「んま、それも計算のうちだ。これから行われる俺の壮大な計画には剃るということが必要不可欠だったのさ。しぐれ、お前にもわかるときがくる。俺はそんな日を楽しみにしてるぞ」

「なにいってんの。ばかじゃん。意味不明だし。とにかくそんなんじゃ彼女できても恥ずかしいだけでしょ? しょーがないなー。私がお風呂付き合ってあげよっか?」

「おう。頼むぜ! って、んなわけあるかーい」

 しぐれはぷふっと吹き出し笑いをして、目元を緩ませた。

「今日のお兄ちゃん。なんかいつもと違うね。とげがない」

「そーだな。俺が本気出せばざっとこんなもんよ」

「そういうの、うざい」

「だよな。わかってるって。うん」

「じゃあ宿題するし。冷めないうちにお風呂行きなよ~。お○○○んも寒がってるだろうしw」

「早く、あったまりたいよ~~~(息子の声)。そうか。わかったぞ。行こうな」

「やっぱお兄ちゃん馬鹿だわ」


 そういうと、しぐれはくるりと踵を返し、背中を俺に向けた。

巻き込んだ室内の風にほのかなシャンプーの香りが乗り移る。

 しぐれは背中を向けたまま、その場で数秒立ちつくし、


「また、今みたいに……」


 とだけ小さくつぶやき部屋を出て行った。

 俺の部屋にはしぐれの存在を証明する甘い香りと、俺の退行現象を立証する無毛の丘だけが残されていた。

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