第2話 能力
それにしてもあれはなんだったんだ……。目の前にいた女が七変化でもしたかのように目まぐるしく姿を変えたように見えたのは気のせいだったのか……。
てか、占ってもらえてねーし! 俺の五百円返せよな、まじであのロリババアが。でも、仕方ない。今回は授業料ということで勘弁してやろう。ガキに苛つくのは俺の心の狭さを露呈することになるだけだ。俺は人生を悟った大人なんだから、一人の少女の言動に振り回されるなんて似合わないよな。
陽は沈み、自宅付近の住宅地には夜が訪れつつあった。
仕事帰りの人たちだろうか、スーツを纏った黒服の男たちがちらほらと見える。
あれが日本の子どもたちのゴールだ。朝起きて、仕事に行き、夜へとへとになって帰宅する。あのおっさんなんかはまだいいほうだろう。人によっては法外な労働時間で酷使されているやつらもいると聞く。まだ高校生の俺からすればどうでもいい話だがな。
そんなことを考えているうちに、自宅へ到着。風当たりの強い両親をできるだけ避けて自室へと向かおう。
「あ、お兄ちゃん」
階段を登っていると、階下から妹の声が聞こえた。振り返って突っ慳貪に答えてみる。
「しぐれか。なに?」
「別に、なにも」
「そ」
妹のしぐれは中学三年生だ。俺が引きこもりだす二年前までは一緒に遊んだり風呂入ったりしていたが、最近はあまり口を利いていない。それは、俺が入浴中の妹の身体をみて不謹慎なことを考えてしまったというのもあるし、俺の方から避けているというのもあるだろう。あいつは昔から「お兄ちゃん、あそぼ」って慕ってくれていて、兄としては嬉しかったものだが、さすがに中学三年にもなって兄弟仲良しというのも気が引ける。
「はあ……」
わざとらしく溜息をつくと、しぐれはびくっとしてリビングへ戻っていった。威嚇したわけじゃないんだけど、今の俺の生活からはそう思われても仕方ないか。
階段を登り終え、自室へと入るなり俺はベッドに横たわった。
「二年前の俺……か」
ふと、過去のことを思い出してしまう。しぐれと一緒に風呂に入ったあの日。
…………
………
……
…
「ねーねーお兄ちゃんはさ、好きな人とかいるの?」
湯船に浸かっている俺のすぐとなりで、しぐれは髪をシャンプーしながら聞いてきた。
「え!? 好きな人!? そんなの……いるわけ……」
現にその頃の俺には好きな女子はいなかった。だからこの答えは正しい。
と、俺は思っていたんだ。でも。
「へー。じゃああたしと一緒だね」
「一緒? 好きなやつとかいないのかよ。中学入って新しい男子たくさんいるだろうに」
「そんなことないよ。みんな幼いし」
髪を洗ったときに垣間見えるしぐれの胸が、少しだけ膨らんできているのを知っていた。
横目でちらりと見ては背徳感に駆られる。見てはいけないものを見ている感覚。
俺だって、女子の裸なんて妹の以外は見たことなかったさ。でもそれは、しぐれもおなじだった。不意に放たれた一言に俺は固まってしまったんだ。
「お兄ちゃんのは、おっきいよね」
心臓を貫かれたような気がした。
「なんのことだよ?」
「お股についてるやつだよ」
「おい、しぐれ……」
シャワーで泡を洗い流したしぐれは髪をかきあげてきゅっと水を絞り、その黒い長髪を胸へと流した。水を含んだ髪の毛がしぐれの胸を隠している。
「なんかいえよ」
しびれを切らした俺を、あいつは艶やかな目つきで見ていた。まるでこれからいかがわしいことをするのかと言わんばかりの表情で俺を見ていた。
入浴剤で白く濁った水中でいけないことが起こっているとも知らずに。
そして、その後俺たちは……。
…
……
………
…………
「うぉーおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
あのとき、どうするのが正解だったんだろうか。俺は真剣な眼差しでしぐれを叱りつけた。
それはもうリングでノックダウンしているファイターに追い打ちをかけるが如く。
あとあとわかったんだが、それはクラスで流行っている遊びだったらしく、性知識の少ない女子中学生たちが兄貴や弟を使って反応を愉しむゲームだったらしい。
なのに、本気で怒ってしまって、それから俺たちは一緒に風呂に入らなくなり、距離が生まれていった。
「今の俺なら、どうするんだろうな……」
――そう思った。念じただけだった。その刹那、
俺は、普段の癖であるチンポジ修正を試みている最中だったわけだが、ある異変が起きた。
――毛が、なくなっていた。
ストレスで全部抜いたとかじゃないぜ? まっさらな大地のようにつるぺたになってたんだ。
そりゃ焦るよな。すぐさま、机の上にあった手鏡で顔を確認。
「ん?」
髭が薄くなっている。顔も幼くなっている気がしないこともない。
「――まさか――」
俺が動揺していると、階段を登ってくる足音が聞こえてきた。
足音が俺の部屋の前で止まる。
コンコン。ノックの音。
「へあ? っちょっとまって」
「やだ」
ガチャっとドアノブをひねり、あらわれたのはしぐれだった。しかもタイミングのいいことに、風呂あがりなのか、バスタオルで濡れた髪を覆っている。
「お兄ちゃん……、お風呂、あいたよ? ん?」
「あ、うん。お兄ちゃん。うん。はい」
「あれ? お兄ちゃん?」
「ソウダヨー、オニイチャンダヨー」
ひょうきんな顔芸を交えて異世界人っぽくしてみたが家族の目は誤魔化せなかった。
「…………。幼くなってない?」
俺は、記憶はそのままに、身体だけが中学三年時へと退化していた。
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