第29話

 八月二日、一陽十二時半。


 俺とカゲヤマさんは食堂にいた。


 カゲヤマさんは巫女服に着替えている。


「テッシちゃんがいないですね」


「フェリリ殿が説得しておるな」


 なんでフェリリまで、いないんだよ。


 二人きりじゃ、きまずいじゃねーか。


 ――ふいに訪れる沈黙。


 俺は食器を持ったまま目をつむる。


 落ち着け俺。


 朝は普通に話せたじゃねーか。


 何のことはねえ。


 なんでもいいから、話せばいいだけだ。


「あのぅ、趣味とかあるんですか?」


 何きいてるんだ俺。


「武器の手入れかのう」


 怖っ!


「怖っ!」


「そ、そうかのう……」


 目の周囲に陰をつくるカゲヤマ。


 やべえ声に出てた。


「いえ、可愛いとおもいます」


「武器の手入れが可愛いとか。それもどうかと想うのう」


 じゃあ、どういえばいいんだよ……。


「とりあえず、無事帰還した慶賀の食事としよう。めでたいのう」


「いただきます」


 食べ始めれば、沈黙なんて不自然じゃないし怖くない。


 これが人類の知恵だ!


「これ食っとくれ苦手なんじゃ」


 カゲヤマの皿の上にある、橙色の星型の食べ物。


 それを、フォークのような二股の刺してつかう食器で、俺の皿へ除のける。


「ちゃんと何でも食べないと、栄養摂れないですよ」


「そちの栄養は要らんのじゃ」


 大きくなれないですよ、といいそうになったが、気にしてるようなのでやめておいた。


「せめて、一個だけでも食べてください」


 俺は皿を持ち上げ、同時に食べ物をずらす。


「うむ、護符ガードじゃ」


 カゲヤマは両手で持った護符を横にし、皿の周りにバリケードをはった。


「食べ物と装備で遊ばないでください」


「遊びじゃないのじゃ、真剣に食べとうないのじゃ」


「言葉遊びじゃないですか、遊びですよ」


 俺が皿を動かすと護符で妨害してくる。


 必死だな。


「ブランクキャンセル、減退の呪符じゃ!」


 カゲヤマは札を投げてくる。


「ちょっとちょっと、食事中に技を使わないでくださいよ」


 カゲヤマさんは大人しくなった。


 ちょっと反省してるようだ。


 ここで本題の話を切り出すことにする。


「ところで、うちのパーティに入る気はありませんか?」


 おそらく一度は断られるだろう。


 そう予想して俺は言った。


「助けてもらった恩もあるし、入っても良いんじゃが、たまにある他のパーティとの付き合いもあってのう、参加できん時もあるんじゃが、それでもいいか?」


 やはりか。


 俺やテッシが参加した講座にも来てないし。


 俺やテッシちゃんなど、セレクターのレベルの上がり方を考えると、どこかのパーティに参加してるとは思っていた。


「いえ、俺のパーティにだけ参加して欲しいんです」


 カゲヤマさんは、困った表情をみせる。


「理由を聞いてもいいじゃろうか?」


 俺は、身を乗り出して小声でいった。 


「カゲヤマさんって多芸ですよね」


「どうしてそう想うんじゃ?」


「メインクラス、サブクラス両方とも同じレベルですよね」


「巻物だかで調べたのじゃな」


「その件はすいません、緊急時だったので」


「うむ、許そう。サブとメインを入れ替えて上げているんじゃ」


「なるほど」


 俺がそういうと、だんだん小声になっていったカゲヤマさんの表情が、こころなしか和らいだように見えた。


「俺はそれは違うと想います」


「どういう意味じゃ?」


「カゲヤマさんって、セレクターですよね?」


 俺はそう言いきった。


「サブクラスのレベルが上がりやすいスキルをみました。あれはセレクトスキルです」


「あれは、わしのクラスのスキルで――」

「いえ、巻物でセレクトスキル表記をみました。あれはセレクトスキルです」


「そうか……」


 カゲヤマはテーブルに組んだ腕をのせ、その中に顔をうずめる。


「気にすることはありません、誰にも言いませんから」


「気にするなと言われてものう」


 カゲヤマは、顔をうずめたまま話す。


 俺はカゲヤマの皿に、橙の食べ物をそっと落とす。


「わしが狙われたのも、それがゆえんなんじゃろうか」


「分かりません、でも可能性はあります」


「杓子定規ないい方じゃのう」


 カゲヤマさんが深く息をはく。


 それをみて、カゲヤマさんが少し落ち着いたと思い俺は切り出す。


「俺もセレクターなんです」


「やはりか、あの光る手か?」


「そうです、大丈夫ですか?」


 カゲヤマさん、ずっと顔を伏せてるな大丈夫か?


「気にせんでくれ。秘密がバレたことじゃなくて、あいつらがただの窃盗や、暴漢じゃない可能性が濃厚になったことで、ちょっと滅入ってるんじゃ。

 家には戻れんじゃろうな」


「俺が他のパーティに参加しないで欲しいっていうのは、そういう話です。


そのパーティからバレたとまでは思ってませんが、今後もバレないとも限りませんし」


「サブクラスの情報は、魔卓でパーティに非通知にしてるんじゃが、巻物とやらで見られてしまったしのう。

 また見られないとも限らん、分かった、おぬしのパーティに入ろう。

 他パーティとは、すっぱり縁を切ることにするよ」


 カゲヤマは顔を上げる。


「ありがとうございます、魔卓に非通知とかあるんですか?」


「非通知しなかったら、他の人にステータスを、公開し続けることになってしまうぞ」


「それは恥ずかしいですね」


「わたしの前では、すべての人は恥ずかしいナノ?」


 いつの間にか、フェリリがテーブルの上を飛んでいる。


 カゲヤマは、元気を取り戻したように食べている。


「テッシちゃんまだ布団かぶってるナノ」


「そうか……。フェリリ、カゲヤマさんはうちのパーティに入ったから」


「そうナノ? よろしくナノ」


「よろしくじゃ。ひとまず、わしは部屋に戻るとするよ。

 今の話はテッシ殿に、わしの方から報告しておくから」


「よろしくお願いします」


 カゲヤマは立ち上がると、部屋に戻っていった。


 テーブルのカゲヤマの皿の上には、橙色の星型のたべもののみが一つだけ残っている。


「カゲヤマさん、橙のたべもの一個も食べてねえ……」

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