第2話

 ――それは午後。


 妹が学校から帰宅して、リビングへ顔を出したときのことだった。


「ねえ、お兄ちゃん。うちに友達つれてきていい……?」


 一瞬とまどったが、俺は動揺をみせずにいった。


「お、お、おう、わかった……」


「もうすぐ来るから」


 たぶん一香ちゃんだろう。妹の同級生。兼、友達。


 いや、親友である一香ちゃんはいっしょに通学するために、毎朝、家へむかえにくる。


 一香ちゃんはととのった顔だち。


 光沢のあるショートヘアの髪。


 1センチほど奥が見えそうなほど透きとおって、きめ細かい白いやわ肌。


 おくゆかしい仕草。細い指。天使のような笑顔。


 正直。俺の理想の女子だわ。


 さて、俺は自室へひきこもるか。


 勘違いしないでほしい。他人と話すことにびびってる訳じゃない。


 俺は気をつかえる男だからな。


 中学生の妹が友達とゲームとかで遊んでるのを、俺がズカズカと入っていって、

「俺にまかせろ!」で、ドヤ顔。


 それはイカンでしょう。なので自室待機なのだ。


 しばらくして――。


 妹と一香ちゃんは二人であそんでいる。二人の会話がときおり、聞こえてきた。


 別に盗み聞きしていたつもりはない。あの年代の会話はけっこう大声なんだ。するとにわかに。


「ねえ……お兄さんも呼んで、三人で対戦しようよ」


 心臓がこおるかとおもった――動揺した。


 まさかメンツが足りないからといって、かりだされるとはな……


 妹が階段をあがる音が、俺の心臓の音とリンクする。どうきが止まらない……


 やがて、とびらをノックする音がきこえた。


「お兄ちゃん?」


「依然、お兄ちゃんです。かわりなく」


「ゲームのメンツがたりないんだけどやるー?」


 俺はなやんだ――口実をつけて逃げるか……?


 でも、せっかくにも女子中学生様がさそって下さったのですから。これをお断りするのは、失礼千万。


 それにここで断ったら、今後さそわれない気がする。


 今日断わらなかったら、今後もさそわれるチャンスがある。ようするに一香ちゃんかわいい。


「わかった。ヒゲそったらいくわー」


 ――十分後――


 俺は二人のいるリビングへ来た。


「おじゃましてます」


 一香ちゃんがペコリと頭をさげる。


「あ、こんにちは」


 俺は会釈する。なんかすげーいい匂いがする。この馥郁ふくいくたる香りの源泉がきになる。


 それから三人で数時間ゲームをやったあと、一香ちゃんはかえっていった――


「一香ちゃん来月転校しちゃうんだって――」


 妹がゲームの片づけをしながら言う。


「えっ。そうなのか……?」


 俺はおどろいた。全然そんな感じはしなかったのに……


「一香ちゃん学校でいじめられてて、私もかばったりしたんだけど……」


 聞きたくない……聞きたくないぞ、そんな話……。


 俺はすこし妹と話したあと、逃げるように自分の部屋に戻る。


 しかし、部屋でも一香ちゃんのことが頭から、はなれなかった――。


 ――つぎの日の早朝。一香ちゃんは妹をむかえに家へきた。


 この光景も、来月には見られなくなるのだろうか。


 俺と妹は相談して、あらかじめ作っておいた、メッセージカードを玄関でわたした。


 一香ちゃんは満面の笑みで、とてもよろこんでいた。やっぱり一香ちゃんは天使だな!


 俺は玄関で二人をみおくると、一息ついた。


 ふと見ると、家のまえの正面の横断歩道をふたりが渡っている――。そこへ車がスーっと近づいていく、なにか異様におもい、運転席をみたときゾッとした――運転席の運転手がハンドルに、顔をつっぷしていたのだ――俺は黙って走りだした――声はだせなかった、声を出したら――ふたりが振り返って、足をとめてしまったら――そのまま、引かれてしまうような気がした――くそっ! 間にあえ――俺の手が、妹の背中に触れるか触れないかの時に、衝撃がはしった――

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